死ぬまでに観たい映画1001本(書籍) |
1902年 ジョルジュ・メリエス(監、主) |
科学の進歩はついに人を月に送り出すまでになった。バルベンフィリ教授(メリエス)は仲間の科学者達と共に大砲で撃ち出されたロケットに乗ってついに月面に到着した。恐るべき月の十人セレナイツらを相手に冒険活劇が始まる。 ウェルズ原作の映画化作品。というより、映画の始まりの物語として、最も有名な映画だろう。元々奇術師だったメリエスが、それまで実際の映像記録でしかなかった映像に奇術を持ち込み、これが後の映画作りの手本となっていく。映画の可能性というものを一気に拡大した作品として記憶されるべき作品。 様々なメディアで紹介さえ、前々から“どうしても観たい映画”の筆頭だった作品。『八十日間世界一周』(1956)でストーリーの大部分がフォローされてたりもしたのだが、それを全部目にしたのは先日のこと。衛星放送で弁士の特集が組まれた際、その中で弁士の競演という形で放映されたものだった。その番組を観た目的は全く違ったのに、嬉しい不意打ちだった。 映画の歴史の中でも、先ず筆頭に語られるのが本作で、映画の持つスペクタクル性や演出など、これまでの演劇の延長のような視点が、全く新しく“映画”として歩み始めた記念碑的作品と言って良いだろう。 本編も短く、それだけに数々のメディアで紹介され、部分的な映像は何度と無く目にするのだが(先ほど言ったように『八十日間世界一周』では映画の中でも使われているし、他にもそのオマージュは様々なところで見える。押井守監督の『Talking Head』(1992)とかね)だけど、肝心の本編を全部観る機会って今まで無かった。 作品そのものについてはSFと言うよりは荒唐無稽なおとぎ話だが、逆にそう言ったリアリティを廃することによってお祭りっぽさを良く演出できていたんじゃないかな。月で登場した星の中に一人一人、人の顔が入っているのがなんとも微笑ましいような、不気味なような… 映画というメディアの可能性を、とことん明るくすることで見せていた感じ。ただ、この作品は繰り返し観ることを前提に作られているようで、まるでコマ落としのように見えるスピード感溢れるキャラクターの演技がとても細かい。後ろにいる人たちそれぞれが勝手に動いているようでちゃんと演技しているのが分かる(なんかこれも押井守の描く食事シーンを思い出す)。細かいところも手を抜かずに作っているんだね。 何故か殴られると煙になってしまう月世界人の設定とか、説明不足の感はあるが、存在感がとても変でいいね(既に老体のジョージ=メリエス本人に殴られて消えてしまうのは情けないが)。 ところで、今までラストを観る事が出来なかったため、どうしても一つ疑問があったのだが、大砲の砲弾に乗って月に行った彼らが、今度はどうやって地上に還って来たのか。 … 今回初めてラストまで観て、やっと分かった。まさかこんな方法で…まともには考えつかないぞ。メリエス監督のイマジネーションに惜しみない拍手を送ろう。 SF映画の始祖と呼ばれるメリエスは元々が奇術師だった。それで1986年に街頭を撮影していた際、カメラが故障してしまった。それで直して数分後に撮影を再開した。それで上がったフィルムを見たら、偶然にも乗合馬車が突然霊柩車に変わっていた。この偶然の出来事から初めてSFXを思いついたのだとか。 尚、本作は日本では商品としてDVD化されていないのだが、「死ぬまでに観たい映画1001本」という書籍の付録としてついている。はっきり言って、DVDだけでも同じ値段で売れると思う。 |
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