| オール・ザット・ジャズ 1979 |
1979米アカデミー音楽賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞、編集賞、作品賞、主演男優賞(シャイダー)、監督賞(フォッシー)、脚本賞、撮影賞
1980英アカデミー撮影賞、編集賞、主演男優賞(シャイダー)
1980カンヌ国際映画祭パルム・ドール(フォッシー)
2001アメリカ国立フィルム登録簿新規登録 |
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ロバート・アラン・アーサー
ダニエル・メルニック(製)
ロバート・アラン・アーサー
ボブ・フォッシー(脚)
ロイ・シャイダー
ジェシカ・ラング
アン・ラインキング
エリザベート・フォルディ
ベン・ヴェリーン
サンダール・バーグマン
ヴィッキー・フレデリック
ダイアン・ヴェノーラ
マイケル・トーラン
マックス・ライト
キース・ゴードン
ジョン・リスゴー
CCH・パウンダー |
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| ★★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
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5 |
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ブロードウェイにこの人ありと言わしめた天才振り付け師ジョー=ギデオン(シャイダー)。一見栄光に包まれた彼の生活は、しかしストレスの固まりで、彼はそれをアルコールと漁色で癒していた。次なる舞台の主役は彼の別れた妻オードリー(パーマー)で、同じ舞台に彼と同棲中の女性ケイト(ラインキング)も登場する。実はこの舞台はジョー自身が彼の人生のすべてのものを盛り込んだ、集大成として企画したものだったのだ。だが、その重圧による極度のストレスと、これまでの不摂生がたたり、とうとう彼は心臓発作を起こしてしまう。そんな彼の耳に鳴り響くのは…
フォッシー監督がかつて大手術をしたことを述懐し、たっぷりの外連味を加えて作り上げた、いわばフォッシー版『8 1/2』。
“人生は舞台”。と言われたりする。人はそれぞれ自分という役者になり、人生という舞台の上で役を演じ、踊るのだと。そして同時にこの舞台は決して一人舞台ではない。舞台の上にはそれぞれを主役とした様々な人物が入れ替わり立ち替わり登場人物とし、舞台に様々な影響を残していく。
今も尚、私たちは自分自身を演じ続けているのだ…何でこんな損な役割を…と思っても、それはやはり主人公の自分が演じなければならないことなのだから(…溜息)。
本作の監督であるボブ=フォッシーは映画監督としても有名だが、本業はブロードウェイ振り付け師であり、その彼が自分自身をモデルにして自分の一生を振り返る大作として本作が製作されたという(実際は『レニー・ブルース』での制作困難中の出来事から本作は出来たというが)。フォッシーらしくふんだんにダンスナンバーが取り入れられ、この世のものとは思えぬきらびやかな演出と、現実世界とのストレスの差というものを良く表した作品となっている。
そのダンスは現実に主人公ジョーが演出したものだけでなく、彼が心臓発作を起こした時に突然手術室に現れるダンサーの群れ。彼の内面世界そのものと、彼をお迎えに来るという天使までもが乱舞する。
ジョーがここまでダンスに打ち込んでいたのは、現実世界における味気なさを徹底的に否定したかったのではなかった?とも思えてしまう。どうせ舞台俳優となるんだったら、自分で演出し、自分の生を彩りたい。だが、現実はそうはいかない。愛し合った女性もやがては重荷になるし、太陽の光は白々しすぎる。それよりはむしろ幻想の世界に遊んでいたい。それが彼の目的であり、望みでもあったと思える。
私自身だって現実世界で色々とストレスを貯め込んでいるからこそ、映画を観て心を広げ、レビューすることで想像の翼を思い切り羽ばたかせている。はっきり言って毎日毎日サイト更新してる事こそが、実は私にとっては最も自分自身の本来の生き方を生きている気分にさせられるのだ。勿論、それは本当にストレスがたまる現実世界というものがあってこそで、逆にそのストレスこそが糧になってるのだ。と思えば、耐えていけるのだ。
本作はきらびやかな舞台だけでない。ロイ=シャイダーのキャラクタ性が遺憾なく発揮されているし、死の天使役として登場したジェシカ=ラングの存在感も素晴らしい。尚、愛人として登場するアン=ラインキングは事実フォッシーの愛人だったという。
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