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日本の映画監督、脚本家。本名は前出 小四郎(まえで こしろう)。脚本家デビュー時の筆名は前出 胡四朗。
無声映画時代に、ラブシーンの字幕で一苦労あった。現代劇なら「愛しています」で事は済むが、時代劇ではこのような言葉は使えない。「惚れました」では俗っぽく、「好きよ」では軽々しいと、冬島が七転八倒して考え出したのが、「お慕い申し上げておりました」というセリフの字幕だった。これは冬島が苦心して生み出した名ゼリフだったのである。 |
| Wikipediaより引用 |
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| 経歴 |
| 1901'6'2 |
京都府京都市の酒造業の家に生まれる |
| 1920 |
阪神電気鉄道に入社 |
| 1924 |
東亜キネマ甲陽撮影所に入社 |
| 1926 |
脚本家としてデビュー |
| 1927 |
衣笠貞之助が主宰する衣笠映画聯盟に参加。ここから冬島泰三を名乗る |
| 1928 |
自らが書き下ろしたオリジナル脚本をもとに、梅若礼三郎主演作『任侠五十三次』で監督としてデビュー |
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松竹下加茂撮影所に移籍 |
| 1932 |
尾上菊太郎プロダクションに移籍 |
| 1949 |
新演伎座で長谷川一夫作品を何作か撮る |
| 1981'12'24 |
死去 |
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