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| 2009 | ||
| 2008 | ||
| 2007 | ||
| 2006 | ||
| 2005 | ||
| 2004 | フォーガットン 監督 | |
| 2003 | ||
| 2002 | ||
| 2001 | ||
| 2000 | ||
| 1999 | ||
| 1998 | リターン・トゥ・パラダイス 監督 | |
| 1997 | ||
| 1996 | ||
| 1995 | マネートレイン 監督 | |
| 1994 | ||
| 1993 | 危険な遊び 監督・製作 | |
| 1992 | ||
| 1991 | ||
| 1990 | 愛がこわれるとき 監督 | |
| 1989 | トゥルー・ビリーヴァー/はぐれ弁護士の執念 監督 | |
| 1988 | ||
| 1987 | W/ダブル 監督 | |
| 1986 | ||
| 1985 | ||
| 1984 | ドリームスケープ 監督 | |
| 1983 | ||
| 1982 | ||
| 1981 | ||
| 1980 | ||
| 1979 | ||
| 1978 | ウィニング・シーズン/勝利の季節 監督 | |
| 1977 | メラニー・グリフィスの セクシー・ジョイライド 監督・脚本 | |
| 1976 | 高校生活 監督・製作・脚本 | |
| 1975 | ||
| 1974 | ||
| 1973 | ||
| 1972 | ||
| 1971 | ||
| 1970 | ||
| 1969 | ||
| 1968 | ||
| 1967 | ||
| 1966 | ||
| 1965 | ||
| 1964 | ||
| 1963 | ||
| 1962 | ||
| 1961 | ||
| 1960 | ||
| 1959 | ||
| 1958 | ||
| 1957 | ||
| 1956 | ||
| 1955 | ||
| 1954 | ||
| 1953 | ||
| 1952 | ||
| 1951 | ||
| 1950 | 3'10 ニューヨークで誕生 | |
| フォーガットン 2004 | |||||||||||||||||||||||
| 2005サターンSF作品賞、主演女優賞(ムーア) | |||||||||||||||||||||||
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| 14ヶ月前に飛行機事故で最愛の息子サムを亡くしたテリー(ムーア)は未だそのショックから立ち直れず、テリーの写真や遺品を眺めて過ごしていた。 セラピストの治療を受けていても心は鬱々としたままだった。そんなある日、いつも眺めている写真から息子の姿が消えていることに気づく。しかも夫は最初から息子はいなかったと言うようになる。不安になったテリーは同じ事故で娘を亡くしたアッシュ(ウェスト)の元に行くが、先日までテリーと悲しみを共有していたはずの彼も、娘はいない。と言いだす… ジュリアン・ムーア主演で、現代を舞台に、ほんの少しだけ常識から外れた日常を描くタイプのSF作品。自分の知っている人がもし消えてしまって、誰もその人のことを知らないと言うなら?極めてストレートな視点で描かれている。 もし自分が見ているものが、他の人とは違っていたら? 社会生活を送らねばならない人間にとっては、これは根源的な恐怖だろう。自分の信じているものが、実は誰も理解できないものであることを知らされたり、みんな知っていることが自分だけ知らされてなかったり…人が仲間と一緒にいたがったり、流行を追い続けるのは、根底にこの恐怖があるんじゃないかと思うのだが、この恐怖が小説や映画では好んで用いられる素材になる。 特に映画にあっては、多かれ少なかれこれらが効果的に用いられることになる。真実を知っている一人が周囲の目をはねのけて目的を達するという逆境の演出なんかはこの恐怖心を使っていることになるだろう。スパイスとして使うには最適なシチュエーションでもある。 それで他の作品ではスパイスの一つに使われている素材がストレートに用いられているのが本作の特徴で、その分純粋化された作品とも言える。 ただし、純粋化された物語と言うのは、見所を一カ所に定めてしまうため、往々にして間の取り方が悪いものが多い。そして本作はその難点を見事に表してくれていた。 根本的に本作はもの凄く退屈なのだ。 ふんだんにアクションシーンを入れようとも、役者が頑張ろうとも、「本当に子供がいなくなったの?」と言う地点に常に帰っていくため、過程の物語が全然楽しめないのだ。物語自体も圧縮すれば1時間も必要ない程度のもので、テレビシリーズの内の一話程度にまとめられる。 最初から難点があった物語なのだから、その過程部分に何か引き付けるものが必要だったはずだが、それも入れられなかった。結論部分を忘れるほど過程の内容に力が入っていれば。とは思う。 それら全てがオチの部分で「おおっ」となれば、挽回も出来たのだが、いきなり宇宙人が出て全部説明してくれ、さらに何もかも空の彼方にふっとばして、全部なかったことにして終わり。これじゃ納得いかないな。何より途中まではサスペンスだったのに、宇宙人が出てきた時点で物語そのものが全部破綻してるし。宇宙人出せばどんな不条理でも許せる物語になってしまったからなあ。 空を飛ぶ人間を笑うのが強いて言えば見所か? |
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| マネートレイン 1995 | |||||||||||||||||||||||
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