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| 1997 | 3'10 死去 | |
| 1969 | 永訣(わかれ) 監督 | |
| 1967 | 稲妻 監督 | |
| 春日和 監督 | ||
| 1966 | 横堀川 監督 | |
| 1965 | 雪国 監督・脚本 | |
| 1964 | ||
| 1963 | 残菊物語 監督 | |
| あの人はいま 監督・脚本 | ||
| 1962 | 愛と悲しみと 監督・脚本 | |
| 1961 | 京化粧 監督・脚本 | |
| 女舞 監督・脚本 | ||
| 1960 | 「青衣の人」より 離愁 監督・脚本 | |
| 朱の花粉 監督・脚本 | ||
| 1959 | 若い素顔 監督・脚本 | |
| ある落日 監督・脚本 | ||
| 1958 | 眼の壁 監督 | |
| 黒い花粉 監督 | ||
| 1957 | 天使の時間 監督 | |
| 1956 | 晴れた日に 監督 | |
| 白い橋 監督 | ||
| 1955 | 絵島生島 監督 | |
| あなたと共に 監督 | ||
| 1954 | 真実の愛情を求めて 何処へ 監督 | |
| 君の名は 第三部 監督 | ||
| 1953 | 君の名は 第二部 監督 | |
| 君の名は 監督 | ||
| 愛慾の裁き 監督 | ||
| 1952 | 情火 監督 | |
| 二つの花 監督 | ||
| 1951 | 命美わし 監督 | |
| 純白の夜 監督 | ||
| 1950 | 帰郷 監督 | |
| 長崎の鐘 監督 | ||
| 新妻の性典 監督 | ||
| 乙女の性典 監督 | ||
| 1949 | 美しき罰 監督 | |
| 1948 | 颱風圏の女 監督 | |
| 1946 | 人生画帖 監督 | |
| 1941 | 花は偽らず 監督 | |
| 1939 | 感激の頃 監督 | |
| 1938 | 愛より愛へ 脚本 | |
| 1910 | 2'28 誕生 | |
| 君の名は 第三部 1954 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 一度は後宮春樹(佐田啓示)の元へと走った真知子(岸恵子)だが、夫である浜口勝則(川喜多雄二)の同居請求によって東京に帰らざるを得なくなる。離婚調停に疲れた真知子は、春樹とは会ってはならないという判決を手に、知り合いを訪ね九州へと向かう。旅館の仲居として働く真知子を見た客の副島渡(大坂志郎)から求婚されてしまい… 大人気ヒット映画の完結編。1954年邦画興行成績1位。興行成績は3億3015万円を稼ぐ。 これまでの様々な関係に決着が付き、一応の大団円を迎える話になる。 ただ、これを通して観てみると、なんというか男のずるさというか、煮えきれなさが妙な具合に強調されていて、それに翻弄される女性という描写が、なんかとても居心地の悪さを感じさせてしまう。基本的にここに登場する男性はそんなに悪い奴らではなく、ただちょっと変なところに意地を張ってしまい、どんどん悪い方向へと行ってしまうと言うパターン。女性に対して優しくなろうとすることと八方美人なところが合わさると、男の優しさは残酷さにもなってしまう。 特に本作に登場する男達は、基本的に悪い人間はいないし、優しい人が多い。だけど、その優しさが一番女性を傷つけていく。 格好良いことを言うつもりはなく、私の中にもそういうところがある…と言うより、そう言うところしかないと思い至ると、この作品はとても居心地が悪くなってしまう。 たぶん本作が、特に女性受けが良いのは、そう言う男の弱さをじれったく感じる女性がとかく日本には多いということなのかもしれない。だからこそ共感を持って本作は受け入れられ、一方の男性陣に至っては、自分自身の弱さを真っ正面から出されることとなり、ますます居心地が悪くなってしまう。少なくとも私が受けた印象はそれだ。 だから、この作品を傑作とは言いたくないし、観ているのがかなり苦痛とも言えるのだが、だからこそ本作は日本映画史に輝く存在足り得るのだろう。 |
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| 君の名は 第二部 1953 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 再会は出来たものの、既に真知子(岸恵子)が勝則(川喜多雄二)の妻になっているという事実を突きつけられ、傷心の春樹(佐田啓二)は開拓民として北海道へと旅だった。一方、真知子も姑の徳枝(市川春代)との折り合いが悪く、いたたまれない生活を送っていた。あまりの仕打ちに耐えかね、ついに真知子は北海道の春樹の元へと向かう… ラジオドラマとして発表されるや否や、社会現象を起こすほどの反響を受けたドラマの映画化第二弾。1953年邦画興行成績2位。配給収入は前作を上回る3億円を記録する。 出会いを描いた第一部、和解を描く第三部の間に入ることとなった本作は、内容的には最も暗い物語で、観てるだけで気が滅入るような作品となっている。 せっかく出会った想い人の再会は最悪の状態で、更に半ば暴力的に結婚させられた嫁姑の関係、愛は冷めきっているのに嫉妬深い夫に我慢させられ続ける。そしてついに自由になったと思ったとたん、思い人から引き離される… 何というか0、私の苦手とするドラマそのものって感じなのだが、私の好みはともかく、日本映画としては重要な位置づけもあるのは確か。これがヒットすると言うことは、日本人の風土には良く合った作品なんだろうとは思う。 本作が描こうとしているのは女性の自立ではない。むしろ社会的に虐げられている女性を真っ正面から描くことで、多かれ少なかれその一端を味わっている日本女性の共感を得る物語として作ったのだろう。文字通り本作は社会的な作品なのだ。こういう土壌があってこそ日本という国が成り立っていると言う観点から観るならば、本作は今も興味深く観ることが出来る。そういう意味では、今、日本という国を知るためには重要な位置づけにある作品と言うことも出来るだろう。 |
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| 君の名は | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1945年5月24日。東京大空襲が起こったその夜。避難した数寄屋橋の上で互いに命を助け合った後宮春樹(佐田啓二)と氏家真知子(岸恵子)は、互いの名前も知らまま、半年後の24日の夜にこの橋の上で再会しようと約束して別れるのだった。そして半年後、約束通り春樹は数寄屋橋に行ったが、真知子はついに現れなかった。実は真知子は頑固な叔父の命令で、素封家の浜口(川喜多雄二)と結婚するまで佐渡島に閉じ込められていたのだった。仕方なく浜口との縁談を受けた真知子は、東京に帰ると後宮を探し出し、1年後の24日についに再会するが… 菊田一夫によるラジオドラマの映画化。ラジオドラマは空前のヒットとなり、これが始まる時間になると女湯に誰もいなくなるとまで言われた。これから分かるとおり、女性の方に絶大な人気を誇った作品であることが分かるが、映画の方も邦画初の配給収入2億円超えの2億5047万円を記録する大ヒットで、勿論1953年邦画興行成績1位。社会現象まで引き起こした作品だった。 さて、それで本作を今の目で観ると…う〜ん。やっぱりきついなあ。いや、きついってのは、物語じゃなくて真知子の性格がきつい。本来の活発的な心を押し隠し、貞淑に生きようとして、それが失敗したという役なのだが、その辺の性格が一定せず、ある時は積極的になったり、ある時は消極的になったりと、感情の振れ幅が大きく、しかも妄想ばかりがふくらんでいく女性像なので、こんなのと一緒にいたらさぞかし疲れるだろう。と思わせてしまったのが敗因。意地悪な姑に仕えてるのも、なんか自分自身を悲劇のヒロインになぞらえて自分に酔ってるようにしか見えなかった。ここが一番の問題だったんじゃないかな? マッチョなことを言うつもりは全く無いんだけど、夫となった浜口の立つ瀬がないのもきつい。なまじ浜口を本当の悪人として描いてない分、その誠実さが見えてしまうので、むしろ彼の方が可愛そうに思えてくる。特に結婚する事を前提にした女性から「わたしの想い人を探して」なんてとんでもない事を言われてしまったら、男として悲しくなってくるよ。 ただ、敢えて本作がこの時代の、特に女性に受け入れられた理由も考えてみると、このヒットも分かるような気もする。 敗戦から既に8年が経過。世の中には男女同権を声高に主張する論説に溢れているのに、実質的に女性は戦前同様過程に縛り付けられてる。理想と現実のギャップを感じ始めている時代の空気があった。そんな中に、等身大の女性として真知子が存在したからなのかと思われる。そう考えるならば、抑圧の中で時として積極的になる真知子の姿に喝采を与える人も多かったのだろう。今から観ると全く逆になってしまうのだが、彼女こそが自由の象徴に祭り上げられてしまった感がある(当時真知子巻きと呼ばれるストールの巻き方が流行ったそうな)。 時代が生んだヒット作だという認識で良いんじゃないかな? ちなみに、製作側もここまでのヒットは全く予測してなかったらしく、社員総動員で映画館から会社までバケツで札束を運んだという逸話が残されている。 |
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| 颱風圏の女 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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