| テレビアニメ |
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| 放映日時 |
1972'4'23~8'20 |
| Wikipedia |
1972年4月23日から8月20日、および特別編として同年9月24日に不二家の時間(TBS)で放送されたドキュメンタリーとアニメーションを一体化させた番組である。
番組はバレーボール日本代表が、ミュンヘンオリンピック(1972年8月開幕)へ向けて取り組む様をチーム全体、あるいは選手個々のエピソードを交えて取り上げたもので、エピソード部分はアニメーション、また練習の模様などは実写映像を使って放送された。
アニメ部分の監督を務めた吉川惣司は、日本代表監督の松平康隆がチームの知名度向上を目指して広告代理店経由でTBSに企画を持ち込んだもので、実写番組では視聴率を見込めないことから「アニメと組み合わせるしかない」という判断になったと証言している[1]。放送前の記事では、アマチュア選手を出演させると選手規定に抵触することから、アニメーションに実写を挿入する方式を採ったと紹介されている。
原作は小泉志津男の『嵐と太陽』(日本文化出版)および松平康隆の『負けてたまるか!』(柴田書店)。
松平康隆役の声優は小林昭二が担当した。毎回、猫田勝敏、南将之、森田淳悟、横田忠義、大古誠司ら、チーム全員12人を主役としてストーリーを編み、当時の日本バレーボール界をリードした選手が実名で登場している。
1971年にタツノコプロ制作、日本テレビで放映した『アニメンタリー 決断』に次ぐ「アニメによるドキュメンタリー作品」であるが、『決断』が太平洋戦争を題材にした歴史ものだったのに対し、『ミュンヘンへの道』はオリンピックに関連した同時進行ドキュメントであった。日本代表チームが本当に金メダルを取れるのかという視聴者の興味を盛り上げながら、オリンピック前哨戦の試合と連動させることで、メディアミックスともいえる演出効果が見込まれた。通常放送の最終回は、オリンピックでのバレーボール競技が開始される1週間前で、オリンピックでの優勝決定後の9月24日に、優勝を記念する形で総集編的な「特別編」を放映している。
1994年4月22日に放送されたドキュメンタリー『驚きももの木20世紀』(朝日放送制作・テレビ朝日系列)で、ミュンヘンオリンピックにおけるバレーボール日本代表を取り上げた時、本作映像を使用した。
当時の実写フィルム映像は、のちに2013年3月にNHK BS1、2014年3月にNHK総合テレビジョンで放送された「ヒーローたちの名勝負・ミュンヘンの軌跡 男子バレー金メダル」で一部紹介されている。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
実話ベース(アニメーション) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1970'9'28~1971'3'27 |
| Wikipedia |
原作・佐々木守、漫画・水島新司による野球漫画。1970年から1975年まで『週刊少年サンデー』で連載された。1970年から1971年にテレビアニメが放送された。第19回(昭和48年度)小学館漫画賞受賞。
各週、月曜日から土曜日の10分枠で各話の第1回から第6回を放映。26週終了後、同枠で1971年9月まで再放送をし、同時に1966年1月3日開始の『まんがホームラン』以来5年9ヶ月続いた18:35枠帯アニメ路線は、事実上終了した。
近畿を舞台とした物語であり登場人物は関西弁で話しているが、第1話放送後に制作会社である日本テレビの近畿出身の上層部が「声優たちの関西弁があまりにひどく、聞くにたえない。来週から標準語にしろ」と要求したため、第3話は標準語の台詞で収録・放映された。しかし、それに反対した脚本の雪室俊一は「それならタイトルをいっそ『男大バカ後楽園』とでもしろ!」と怒り、脚本を降板。その後、やはり違和感が大きかったため局に抗議が殺到し、第4話から関西弁の台詞に戻された。甲子園を演じた井上真樹夫は後年、このことについて『「それっぽい方言なら良い」と業界全体が考えており何ら違和感がない時代』であり、演出側にも「方言なんて適当でいいよ」と言われ出演を承諾、台本に忠実に演じたと語っている。
ドラマは概ね原作の高校編に準じるが、南波野球部を襲う数々の危機は、丹波グループと神島グループの対立に巻き込まれる形に整理され、全共闘の結成や学校側の八百長陰謀などは割愛されている。甲子園が丹波や神島と和解し南波ナインが結成された後は、春の選抜大会優勝で最終回を迎えている。(夏の全国大会までは描かれていない。)
後に第1話から第4話を収録したVHSビデオ全2巻がバップから発売された。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
野球(スポーツ) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1970'4'13~1971'4'5 |
| Wikipedia |
原作:梶原一騎・作画:園田光慶・深大路昇介によるサッカーを題材とした日本の漫画作品、およびそれを原作とするテレビアニメ。
テレビ放映に際しては読売サッカークラブ(現・東京ヴェルディ)の取材協力を仰いだ[6]。
放送時間(JST)は毎週月曜19:00 - 19:30で、この枠でアニメが放送されるのは本作が初。またそれまで日本テレビの19時枠国産アニメは、継続中の『巨人の星』とその前の『黄金バット』に次いで3作目だが、この2作は系列局のよみうりテレビ制作であるため、日本テレビ制作作品は初となる。なお前週の4月6日には前夜祭番組『赤き血のイレブン前夜祭』を放送、原作者の梶原一騎や、谷啓・はかま満緒・小松政夫・ドンキーカルテットを招いての歌やコントが行われた[32]。
第40話より『サッカー野郎 赤き血のイレブン』に改題され、玉井を中心とした日本ジュニアと、ケン・サントスが率いるブラジル・ジュニアとの対戦を描いたオリジナルストーリーが展開された[1]。この際、一部キャラクターデザインが変更されている。
アニメ化が決定した当時、スタッフの中にサッカーの基本技術やルールを熟知していたものが一人も存在せず[33]、試合の録画フィルムなどを参考に見よう見まねで製作をしていたところ、監修として招いた読売クラブの指導者の柴田宗宏から「こんな動きはありえないだろう」と注意を受けた[6][33]。そのため、元日本代表コーチのデットマール・クラマーが選手を指導する際に用いた教則フィルムを取り寄せ、パスやドリブルやヘディングといった基本技術を参考にした[33]。
主人公のCF玉井が放つ必殺シュートは、漫画版では蹴ったあと後方に半回転し、逆立ちをするというものであったが、「こどもが真似すると危険だ」というクレームが付いたことから、アニメ版では「ワントラップから放たれるドライブシュート」のようなシュート「サブマリンシュート」に変更されている。アニメ放送の影響で「サブマリンシュート」が人気を博すと主人公のモデルとなった永井の下には多数のファンレターが送り届けられたという[2]。
途中から監督を務めた岡迫亘弘は、1980年代には『キャプテン翼』、1990年代には『燃えろ!トップストライカー』といったサッカーを題材としたアニメ作品でキャラクターデザインを担当している。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
サッカー(スポーツ) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1968'930~1969'3'29 |
| Wikipedia |
原作:梶原一騎・画:荘司としおによる日本の漫画作品、およびそれを原作としたテレビアニメ。
漫画版は、『冒険王』(秋田書店)に、作品本編を連載し、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に、サイドストーリーを掲載する方式を採っていた。 全26話(全156回)。前番組『冒険少年シャダー』と同様に、1週間(6回分)をかけて1つのストーリーが完結する方式となっていた。
このテレビアニメ版では、赤城がキックボクシング部を創設する以前から木曽中に各スポーツ部が存在する、小瀬の父親が存命しているなど、原作漫画とは時系列や状況が異なっている。
本作がビデオソフト化されたことはないが、オープニング映像についてはハミングバード(現:ワーナーミュージック・ジャパン)から発売された『マニア愛蔵版 懐かし〜いTVアニメテーマコレクション』(規格 - VHS・LD)に収録されている。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
中学校(学校) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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