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METHOD

1994
角川書店
 『機動警察パトレイバーthe movie2』(以下『P2』)の演出ノート。
 『P2』はアニメでは初めて「レイアウト・システム」という手法によって作られた作品。このレイアウト・システムとはアニメの設計図のことで、画面にリアリティを持たせるため、作画に入る前に徹底して画面ごとのレイアウトをしっかりと捉えること。この作品では実際に作画に入る一月以上も前から作業を開始。画面効果を徹底して考え抜いた上で作画を開始しているのが特徴(レイアウトと作画を最終的には並行して行ったそうだが、結局5ヶ月近くかかったそうだ)。そもそもこれは宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』の絵コンテ本(現在は文庫で出ている上巻 下巻)でレイアウトのことについて細かく書かれていたことにインスパイアを受けた押井監督が、その方法を更に突き詰め、独自の方法で作り上げたもの。
 本作は少数出版ではあったが、有用性が口コミで広がり、主に業界の人達が買い求めてあっという間に売り切れ。長らく再版がされずにオークションでも高値を呼んでいたが、2003年になり、ようやく再版がかかった(私自身もその再版時に購入)。今は又古本が高値を呼んでいるが、『スカイ・クロラ The Sky Crowlers』公開に合わせ、二度目の再版がかかった。

 アニメーションが実写と異なるのは、画面を全て作らねばならないために自由度が高く、作り手の側が画面の中に強調点を設定できることにある(一方、それを失敗すると悲惨な目に遭う羽目に陥る)。それを徹底して検証したのが『P2』であり、何気なく見えるシーンでも、強調点がどこにあるのか、視聴者にどこを見てもらおうか。とどれだけ苦心しているのかが見られる。

 同時に作画を担当していた荒川真嗣、西久保利彦、田中誠一、小倉宏昌、高橋明彦、今敏(この当時はまだアニメーター)、竹内敦志、渡辺隆、黄瀬和哉のレイアウト・システムの利点や難しさについてのインタビューが収められている。長回しが多いのが押井作品の苦労。いかにこの作品が実写を意識したカメラアングルを撮っているのかを力説。一方では、実写に近づけるのではなく、嘘を嘘として説得させるためのリアリティとも語られる。今回キャラクタの色彩をかなり抑えたのも、モノトーンが基調の街の描写に合わせてのこと。更に特徴その他、奥行の説明のため野崎透が一文を書いている。

 以下、16の項目に分けられた強調点を俯瞰。

1.コクピット 人物の基本となる構図
 「主観的に静止しつつも客観的には移動し、あるいは主観的に移動しつつも客観的には静止する内−外の<速度>の落差をその原理とする空間。様々な窓(インターフェイス)に囲まれ、それを通じて得られる情報のみが現実となり、複数の人物が向き合うことなしに対話を成立させる特殊な場」(引用)
 固定された空間の中、いかに人物のパースを付けるか。アニメーションでは消失点(vanishing point。絵画における手法で、遠近法における中心点)は画面の中に付けるのが普通だが、狭苦しいコックピットであれば、消失点を画面外に出す必要がある。キャラクタを強調するのか、あるいはコクピット外(あるいはモニタ)を強調するのかで、消失点の位置は変わり、狭いが故にその中の人間のポーズによって空間を表現する方法などを述べる。

2.窓 
 「“窓”のむこうにもうひとつの現実を覗き込む人間を描いた「P2」という物語を象徴する構図であり、そして“映画を見る”という行為そのものを象徴する構図」(引用)
 窓とは、登場人物の目線となり外を見る方法の一つ。一方では、登場人物を写す鏡でもある。ただし、それは画面に歪みを保たせることともなり、作画的にはかなり高等技術を要する。窓を隔て、内と外で別世界が広がっているという事の象徴としても用いられる。
 『うる星やつら2』で用いた手法(光るショーウィンドウの表現など)もいくつか用いられている。

3.軍事映像 仮想空間
 「技術が生み出す実在しない空間。それでいて現実以上にリアリティーに溢れた仮想の空間。それらの二次映像によって、あるは二次映像を重ねることで生まれるもうひとつの現実。日常に<戦争>を生み出しつづける“軍事的な眼差”」(引用)
 ここに書かれていることで、冒頭の自衛隊派遣先はカンボジアであり、ポル・ポト兵と戦っていることが分かる。特に最初の戦いでは、基本敵は全てモニターの中にいるだけ。最初から本作の方向性を作っていたことがうかがえる。

4.鳥
 「何のためにそんな鳥を飛ばすのか?鳥など飛ばなくともそこに空があるように、世界は人間の物語などなくても確固として存在します。映画もまた<物語>などなくとも、すでにそこに存在している筈です」(引用)
 押井氏自らこの物語で登場する鳥には、一切象徴的な意味を持たせてないと言及。だが同時に鳥とは、物語とは基本関係なく存在する。それは一種の遊びであると共に、敢えて挿入する<偶然>のメタファー。これを用いることでアニメの<底の浅さ>を払拭し、よりリアリティに近づけようとする試みでもある。

5.廃墟 人のいない風景
 「かくあったという過去、いまこのようにある現在、やがてこうなるであろう未来。近未来という方便によって現在を語り過去の情景の彼方に未来をうかがう。架空の世界に重層的な<時間>を持ち込む構図。それが[廃墟]です」(引用)
 今そこにある廃墟。実はこれは普通に眺めている分には、日常に溶け込んで全然目に入らないもの。それを異常たらしめるのは、むしろ写真に写すこと。殊更強調することによって、そこにある廃墟を見せようとしている。
 本作に限らず押井監督作品には廃墟が常に登場する。それは過去の遺物であったり、今まさに攻撃を受けて廃墟に成り立てほやほやだったりするが、何より少しずつ崩壊していく物語の過程に惹かれ続けているのかもしれない。

6.橋 物語の基本となる構図
 「異なる二つの世界を繋ぎ、繋ぐことで異なる世界を均一とするもの「P2」の物語の基本的な舞台となりその<動機>を表した構図」(引用)
 本作を示すキー・ポイントだけあり、劇中の様々な場所で登場する橋の役割が述べられる。特に陸橋を多く用いるのは、レイバーや戦車の大きさを対比させるため。又橋梁の下を映すことで、あたかも舞台劇のセットのような奥行きを出すためでもあり。

7.街
 前項の橋と同様、ディテールをしっかり描くことによって、戦争状態となった東京の街の日常と異常性を混在させる努力。そのため、地面に欠かれているマンホールの模様や、下町の狭い道などを強調して描いている。特に街の描写では、その場に“立つ”ことの重要性を強調。

8.移動する視点
 ロボットアクション作品という作品の特質上、移動するカットはふんだんに用いられるが、特にこの話ではロボットよりも様々な乗り物に乗っている方が多く、それぞれに苦労があることをうかがわせられる。

9.奥行の演出 解放空間−閉鎖空間
 「レイアウトの目標、その努力の大半は実はこの「奥行の演出」に向けられていると言っても過言ではありません」(引用)
 平面に奥行感を成立させるには、パースの設定と、絵そのものが持つ情報量。そのためにも背景の持つ情報量をいかに利用するかが、重要となる。効果的な方法をいくつか紹介。奥行きを与えるためスロープを使ってみたり、階段を使ってみたり、あるいは背景を斜めにしてみたり。特にアニメーションの場合線の細さの表現に限界があるため、奥行きを自然に出すにはかなりの苦労が必要。ちなみに何故バセットハウンドを登場させたかというと、体高の低い犬を出すことで奥行きを演出するため。と言い訳が書かれている。

10.和風の空間 座りの高さ
 日本家屋を特徴的に登場させることは敢えて挑戦的な意味合いを持つ事を強調。

11.物へ向かう意識
 アニメーションの場合、動きがアリさえすれば、それは擬人化の対象となる。その辺のこだわりというか、執着心ははアニメーターなら必ず持つもの。と書かれている。

12.メカニック
 ロボットをアニメで描く最大の問題は、ロボットが人間の形をしているという事。特に本作を通して描きたかったのは、人と機械の接点であったはずなのに、ロボットが前面に出てしまい、それ自体がキャラクタとして動いてしまう。
 『P2』では町とレイバーを比較するショットがあまりにも少ないため、出来る限り人を配置してその大きさを一定にする試みがなされている。
 座席を上げ、運転している人間の顔を出す構図を敢えて使うのは、レイバーを人間が動かすものであることを印象づけるため。

13.人物の構図
 「(人物の構図は基本中の基本だが)構図上の要請そのものの動機となるべき“演出の意図”が明確に意識されていなければなりません」(引用)
 『P2』は意図的に“並んで同じものを見つめる”という構図が多用される。これによって視点を一方向に定める役割を持つ。又、本作では構図を定めるため敢えて止め絵を増やす。一目で状況を分からせるように。という試みもあるようだ。

14.レンズの選択
 「アニメで実写映像を再現することにどんな意味があるのか?それを考えることは、実はそのままアニメの映像の“根拠”について考えることでもあります」「<アニメ>の映像は、その演出的基準を絵画ではなくむしろ実写映像の記憶に依存しており、そして実写映像そのものもまた、原理的にはレンズという物理的(光学的)特性に依存しているだけ」(引用)
 アニメではあまり使われないワイドレンズ的手法を好んで使うのが押井作品の特徴。本作でも結構なカットで使用されている。

15.アングルの選択
 「カット割りやアングルの選択はキャラクターの動きに沿ってその場面の設定を自然に紹介しつつ、一連の流れを考慮した上で、何を印象づけるかという明確な目的意識から割り出されるべきもの」(引用)
 アングルの使い方で作画枚数がずいぶんと変わる(たとえば走る時に足下を見せるとか)。その妥協ももちろんあっただろうが、敢えてそれよりもアングルの方を優先させたカットを紹介。特に外連味のあるサスペンスやホラー映画はカメラアングルに見るべき所が多いとも紹介されている。描写だけで心理描写が出来るのもアングルのお陰。

16.アクション 破壊の構図
 実写とアニメーションのアクションの違いは、アニメは編集によってダイナミズムを得ることが出来ないという事。カットを割れば割るほど情報量は減少し、軽くなってしまうため、アクションには作画の力の方が重要と言うことになる。いくつかの制約を設けることによって、リアリティに、そして限定的な派手さを演出できる事を示唆しているが、以降押井が語っていることはこの作品で得たことであることを思わされる。
 エレベーター内のアクションについては、これまで数多くの映画で作られてきたが、「いつかエレベーターの中だけで展開する作品を演出してみたい」というコメントもあり。
 参考資料として『レマゲン鉄橋』(1968)『ミスターノーボディ』が挙げられているが、これは演出家必見の作品なのだとか。

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