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インド映画

ロボット


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シャンカール(監)
 インドロボット工学の大天才バシーガラン博士(ラジニカーント)が10年もの歳月をかけて、自律型人型ロボット“チッティ”(ラジニカーント二役)を作り上げた。人間を遙かに超えたその能力を国防のために生かしたいと願う博士だが、その弱点を指摘されて不採用にされてしまう。更に感情を持ってしまったチッティは、バシーガラン博士の恋人サナに恋をしてしまう…
 かつて
『ムトゥ 踊るマハラジャ』で一気に話題をさらい、日本にマサラ映画を紹介した形になったが、その主演をしていたラジニカーントは今もなお精力的に映画の主演を続けており、そんな彼を迎えての、SF大作。
 世界各国で数多くの映画が作られているが、あまり知られてないことだが、世界的な新作映画の数のかなりのパーセントはインド映画が占めているらしい(なんでも一つの映画でもいくつものバージョンが作られるため、それもあわせるととんでもない数になるらしい)。しかしそれらがインド市場から外に出ることは滅多になく、本作が世界市場に出たのもかなり珍しい例となっている(本作後半部のCG活劇がネットに上げられたことが大きな要素になったらしい)。
 少なくともこれを劇場で観られたことは大満足でもあり。オープニングの『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)っぽい演出を観た途端に、
「これは凄いぞ」と思わせてくれた。

 私にとって良質な映画とはなんだろうか?常に考えているような気がするが、常に変わらないのが私に“衝撃”を与えてくれた作品だと言って良い。
 言葉にするのは結構難しいが、時としてそれは目から鱗が落ちた。という感覚であり、時として体から沸き上がるパワーを感じさせてくれる感覚であり、時としてメタな感覚にどっぷり浸かって気持ち悪くなってくる感覚であり、時として、気持ち悪いけど目が離せない。という感覚であったりもする。いずれにせよ、なにかしら圧倒的な感覚に飲み込まれた作品である。
 これらをまとめると、たぶん
“心に傷を残した作品”というのかもしれない。完成度そのものより、トラウマのように頭の片隅にへばりついて離れないようなものが高得点を取りやすい傾向があるデヴィッド・リンチ作品なんて気持ち悪いばかりなのにやたら点数が高いのが多いのもそれが理由)

 長々そんなことを書いてみたが、実はこの作品、好みか?と聞かれるとそうでもない。CGの使い方も稚拙。さらにバタバタと人が死んでいくのを笑えないとか、特に売りとなっている最後の戦闘シーンに至るまでの時間がかかりすぎたため、そこまでで疲れてしまい、トンデモシーンが楽しめないとか色々とマイナス要素は多い(私が観たのはヒンディー語のカット版だったが、それでも長い)。
 だけどそれを越える“衝撃”がこの作品にはある。理性ではなく感覚で本作は最高点を与えるに値する作品となった。
 ではなにがそんな“衝撃”となったのかというと、それはもうインドという国そのものである。
 いくつか挙げてみよう。
 まず私が前に観た『ムトゥ 踊るマハラジャ』が1995年だったが、本作が2010年。その間に15年が経過している。その時間が長いのか短いのかはともかくとして、15年で、あの田舎そのものの風景が、突然近代化してしまったのに驚かされたこと。一応SFというジャンルではあるが、日常風景にすでにネットが当たり前。近代化されたコンクリートジャングル。近代的(とも言えないのだろうが)な兵器の群れ。いきなり発達したCGのこなれた使い方。いったいこの15年でなにがあった?と思えるほどの進化ぶり。
 これには驚かされたが、一方では都会に巣食う小汚らしい下水とか、電車が明らかにディーゼルだとか、不良たちが持っている獲物が原始人の作ったような手作りの棍棒だったりとか、えらくちぐはぐなところがあるのもほほえましいところ。これがギャップとして受け止められてないのだろうな。と思うと、インドの懐の深さを感じてしまう。近代と伝統が無理矢理でもなく融和している。15年を経て、「やっぱインドは凄い」と思わせてくれた。
 二つ目。マサラ映画には当然ある踊りのシーンがやっぱりここにもあったこと。「インド映画なんだから当然」と言われればそれまでなんだろうけど、普通どの国の映画を観ても観られないダンスシーンは、こんなSFにもきちんと入っていることに、ちょっと感動を覚えた。サイロン兵(言うまでもなく、新しい方じゃなくて古い『宇宙空母ギャラクティカ』だけど)みたいなのがわらわらと出てきて
バックダンサーやってるのがなんとも微笑ましい。むしろこの映画の見所はここにこそある!と思わせられるところだ。実際このためにこそDVD買いたいと思ってるし。
 そして三つ目。なにより驚いたのが日常の普通の風景として軍隊が存在するという点。元々バシーガラン博士がチッティを作ったのは「インド国防のため」軍に売り込むためだったし、そのための戦闘プログラムは当たり前に搭載されている。そのために不必要なアシモフの三原則は最初から無視されてるし、トッティが最後に戦うのはインド軍である。しかも凄いと思ったのは、この状況であるのに、軍隊不要論とか平和とかに対してほとんど何の言及されてないという点。あまりに軍隊というのが日常にとけ込んでいるため、それを素直に受け取っている社会がここにはあるんだ。正直平和が当たり前という日本にあって、常時戦争状態で安定している国のあり方を見せつけられてショックを受けた感じ。
 改めて「インドすげえ」でも「インド怖い」と思わせてくれた作品でもある。間違いない衝撃がこの作品にはある。文句なしに最高点である。

 

サナ
【さな】
 バシーガランの婚約者。はっきりした意見を持つ医学生で、バシーガランやチッティにもしっかり意見を述べている。 甘崎
チッティ
【ちってぃ】
 バシーガラン博士によって博士そっくりに作られた高性能ロボット。博士とサナの努力で判断力を学習し、さらに雷に打たれたことで感情を持つに至る。サナに求婚するが、ふられてしまい、博士によって廃棄処分にされるがボーラ博士によって拾われ、殺人兵器としてよみがえる。役はラジニカーント二役。 甘崎
バシーガラン
【ばしーがらん】
 ロボット工学における第一人者にして大天才。自分自身に似せたロボット“チッティ”を作り上げる。役はラジニカーント。 甘崎
ボーラ
【ぼーら】
 バシーガランの師であり、インドロボット学界の権威。自分ではチッティのようなロボットを作ることができず、バシーガランを逆恨みしている。 甘崎