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| Wikipedia |
『ルパン三世』シリーズ(日本テレビ系)、『それいけ!アンパンマン』シリーズ(日本テレビ系)や『名探偵コナン』シリーズ(日本テレビ系)などを制作していることで知られ、分社化・合併・社名変更などを経て現在の「トムス・エンタテインメント」となった。その為、制作した作品の制作クレジット表記は時期によって「東京ムービー」、「東京ムービー新社」、「キョクイチ東京ムービー」、「トムス・エンタテインメント」と変遷している。なお、最終的に社名が現在のトムス・エンタテインメントに変更された2000年(平成12年)以降も、「東京ムービー」の名はアニメ制作ブランド名として2011年(平成23年)頃まで残り続けた。
また、近年、デジタルリマスター化の際などにクレジット表記をそれまでの古い表記(東京ムービーなど)から、トムス・エンタテインメント名義に変更する事例もある(特徴の節も参照)。
なお、同社の英語表記「TMS」は、東京ムービー新社(Tokyo Movie Shinsha Co., Ltd.)が著作権表記に用いた略称と同じものであり、周年カウントについては旧・東京ムービーがアニメを制作開始した1964年(昭和39年)を起点としている。 |
| 経緯 |
| 1964 |
服飾メーカーである旭一シャイン工業株式会社の子会社として設立 |
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| 雑感 |
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| 放映日時 |
1973'10'5〜1974'3'29 |
| Wikipedia |
県立西高テニス部一年生の岡ひろみが新任の宗方コーチに見出され成長するさまを描いているが、ラストはひろみとお蝶夫人との対決とその決着で終わっており、宗方コーチの死は描かれていない。基本的には原作通りだが、音羽京子に原作にはない設定が加えられるなど、一部で出崎によるアレンジが施された。原作第一部の中盤までの内容で終了している。旧エースとも呼ばれる。
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
テニス(スポーツ) |
| 原作 |
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| 放映日時 |
1971'10'24〜1972'3'26 |
| Wikipedia |
1969年に劇場用アニメを想定してルパン三世 パイロットフィルムが製作され、原作者のモンキー・パンチもそのクオリティの高さに製作を快諾していた。だが、受け入れる制作会社がなかったことで企画は停滞し、約2年後によみうりテレビからテレビアニメ化することが決まる。
演出(監督)は、パイロットフィルムから大隅正秋が続投する。それまでは人形劇などを手がけていた異色の演出家である大隅に依頼がなされたのは、東京ムービーの社長だった藤岡豊が大隅の演出した『オバケのQ太郎』のオープニングを気に入っていたからである。藤岡に「初の大人向けのアニメを作ろう」と言われた大隅は意気投合し快諾したといい、後に「中学生以下の視聴層は全くターゲットにしていなかった」と語っている。
キャラクターデザイン・作画監督には大塚康生が起用される。パイロットフィルムに参加した芝山努が他作品に参加していた都合から参加できず、同じくパイロットフィルムに参加していた大塚が抜擢されたという。大塚は、パイロットフィルムの時点でいつでも参加できるよう所属する東映動画から東京ムービーの下請けであるAプロダクションに移籍しており、その後は大隅・大塚両者の話し合いでキャラクターのテレビ用人物造形が決まった。
脚本には大和屋竺などが参加した。大和屋は、大隅が彼の執筆した映画『毛の生えた拳銃』に感銘を受け、パイロットフィルム製作時もオファーしていたことで参加が決まったという。
原作の世界をアニメでそのまま再現することは様々な要因から不可能であり換骨奪胎することが求められ、以下の方針が打ち立てられた。
原作の(それまでの漫画に無かった)ケレン味を活かした映像作りをする。
劇中で登場する車や拳銃、時計、煙草の銘柄などに至るまでリアリティを重要視し、写真やカタログを収集から全て実在のものを事細かに設定する「実証主義宣言」。これに関しては原作にはなく、当時流行していた大藪春彦の作風を取り入れたものである。
この様な試行を経て大人向けに製作され、新聞などにも大人向けとして広告されたそれまでにないアニメとしてスタートしたが、視聴率は厳しいものとなる。
当時、テレビアニメは作れば一定の視聴率が取れると考えられていた時代で、同じ東京ムービー作品の『巨人の星』は20%を超えたりしていたが、当作は初回6.5%、その後も3%などといった桁違いに低い視聴率をとり、即打ち切りも仕方ない状況だった(同局の歴代ワースト記録で、2024年現在も破られていない)。一つの原因としては、大人向けと広告したのが、1970年代当時の家庭での倫理観にそぐわず、意識的に子供に見せまいとした親側の圧力などが考えられていた。初回から峰不二子の衣装作画やルパンとのからみや退廃的な世界観は現代の視点でも扇情的なものであったが、作品の内容そのものはそこまでアダルトではなかった。
第3話の視聴率が出ると、局サイドやスポンサーは藤岡と大隅を大阪に急遽呼びつけ「この低視聴率はどういうことだ」「子供に人気が無い」と問いただす。大隅は「大人向けのアニメを作ったまで」と率直に答え「じゃあ子供向けにやって、人気が出る確証はあるんですか?」と反論もしたが、対照的に藤岡は「今後は子供向けに改善して立て直す」と約束した。その帰り、大隅は藤岡に番組降板を切り出し、藤岡もそれを受諾。この時、藤岡は大隅へ「君のための花道は作ってあげられない」と告げたという。
この日を境に、大隅は現場に必要以上の混乱を与えないため、スタジオに一歩も足を踏み入れなかった。これにより、引継ぎなどは一切行われず、現場に私物を残したままという異例の状態で大隅は降板となった。後年に大隅は「誰もこのあとを引き継ぐやつなんていないだろう」と考えていたことを明かし、「当時は自分の精神状態を保つのに目一杯だった。若さゆえの選択で、引き継いだ人や視聴者へ申し訳ないことをした」と述べている。
それまでの製作が大隅に全てを預け任していたような状態だったことから、大隅の降板は重大な出来事となり、「大隅さんが降りるなら」と脚本家数人も降板することとなった。
岐路に立たされた大塚は、東映で一緒に子供向けアニメを作り、当時はAプロダクション〈現・シンエイ動画〉に在籍していた高畑勲と宮崎駿に演出を依頼した。当時のAプロが東京ムービーの下請け会社だったことや偶然手が空いていたこと、旧知の間柄の大塚が困っていたことから二人は依頼を引き受けるが、“匿名”であることを仕事を請ける条件にしたため、二人の名前はクレジットされず「Aプロ演出グループ」名義となっている。宮崎は後年、「その話が決まったとたんテレビ局の会議室に引っ張り出されましてね、行くとテーブルの向こう側にスポンサーや放送局などの人間がズラリ、こちら側は東京ムービーの社長始め、僕たちが並んだ訳です。その会議室が、また凄まじくてね。『どうしてくれるんだ、コラッ!!』『こんな物作って子供たちは分かるか!!』と言った罵詈雑言のオンパレード。こちらは只ただ頭を下げるんですが、東京ムービーの社長など『ハハッ!』
って平伏しっぱなし(笑)。こりゃ、大変なところに足を踏み込んじゃったなぁ、とその時ツクヅク思った物でした。」と当時を回想している。
両名は、原作の影響の強いハード・タッチの作風を中盤以降、徐々に低年齢層向けに軌道修正していく。しかし、大隅降板時点ですでにほとんど完成していたフィルムや、それ以前に発注済だった脚本・絵コンテ・作画もあったため、どこまでが大隅演出でどこからがAプロダクション演出かは、厳密には区別できない。高畑・宮崎両名で出来うる限りコンテや脚本を見直したりしたが、時間的に変更が不可能だった話もあったためでもあった(一応、演出クレジットは1-6、9、12話が大隅正秋名義となっている)。4-8、10-12話は高畑・宮崎コンビによる部分直しやコミカルな演出で、一般的にはAプロ演出と思われている7話の後半は大隅の指示を受けた出崎統によるもの、6話と9話は基本的には大隅演出のままということである。ストーリー的には、犯罪者を主人公とすることを嫌う高畑にはどうしても6話と9話は大きく変えることはできなかったと本人が回想している。完全にAプロダクション演出になったのは、宮崎によるキャラクターの性格変更が行われた13話以降であるが、絵は大隅演出時代のものと思しきものも流用されている。
宮崎は後年、大隅時代からAプロ時代のルパン像の変化を、「富裕の倦怠を紛らわすために泥棒をする退廃したフランス貴族の末裔から、常にスカンピンで何かオモシロイことはないかと目をギョロつかせているイタリア系の貧乏人への変化」と称している。高畑・宮崎コンビ演出のルパンは、視聴率は9%程度と序盤よりは安定していったものの、約半年後の全23話で放送が打ち切りとなった。だが、関係者の証言によると当初から2クール、26話の予定で制作されていた為、実際には3話分が減らされた状態だったという。
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
泥棒(犯罪) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1971'9'25〜1972'6'24 |
| Wikipedia |
赤塚不二夫の漫画『天才バカボン』を原作としたテレビアニメ。『天才バカボン』のアニメ化作品の1作目である。よみうりテレビ、東京ムービー制作。全40回・全79話。
本作は後年のアニメ作品との区別のため、「無印」と表現されることもある
およそ3年半に及ぶ長期の人気に支えられた『巨人の星』の後番組として、同じ東京ムービーで製作された。1959年10月スタートの『頓馬天狗』以来続いた、土曜19:00
- 19:30枠のよみうりテレビ制作「大塚製薬一社提供番組」としては最後の作品となった。
原作では登場人物の死亡・殺害描写、残酷描写や暴力的表現も数多く見られたが、アニメ化に際しては大幅に書き換えられている。
キャラクターデザインや人物造形については原作をほぼ踏襲しているが「本官さん」のみ本作品用に描き改められ、1つだけだった鼻の穴が普通に2つ付いており、シーンによっては目玉がつながっていない。また、乱射しながら手足をバタつかせる特徴的な走り方は本作では行わない。さらに後述の植木屋設定により植木屋衣装のバカボンのパパが加えられた。
作品のテーマも原作と大きく異なっている。原作ではバカボンのパパをはじめ、登場人物がおかしな行動をとることで一般常識や漫画作品としてのルールすらゆさぶり、ストーリーや設定の破綻すらお構いなしのナンセンスな世界を展開するのが狙いであるのに対し、本作品ではバカボンのパパたちの一見おかしな行動は「無垢な心の表れ」であり、彼らの偽りない真心が、結果として問題を解決へ導いたり周囲の人々に幸せを招く…という、赤塚作品では『もーれつア太郎』のような「人情劇」やホームコメディを彷彿とさせる世界観に改変された。これは全国アンケート「子どもに見せたくない番組(ワースト番組)」を実施していた日本PTA全国協議会から番組内容にクレームが寄せられたことが影響している。また番組スポンサーの大塚製薬からは「一家の主が働かないで生活が成り立っているのはおかしい、設定上ではなくパパが実際に働いてるシーンを映像で見せて欲しい。」との要望が出され、苦肉の策として番組中盤より「パパを定職(植木屋)に就かせる」という本作独自の設定が生まれ、原作に無い植木屋で働いているシーンが多数盛り込まれた。しかしこれらの内容改変は、「パパは無職(バガボンド=放浪者)でないといけない」としている原作者、赤塚を大いに激怒と同時に失望させることとなった。
この他にも、バカボンの学校生活が原作より多くなり、担任の「凡田先生」、ガールフレンドの「さくら」、ガキ大将の「中村」・「青成」といった、原作に無いオリジナルレギュラーキャラが加わった。またママが激怒すると、落雷場面がカットインする演出があった。このようなオリジナル設定は次作『元祖天才バカボン』でスタッフが一新された事を受け無くなった。
スポットや次週予告での最後の決めゼリフは、パパの「来週の『天才バカボン』を見よ! 見ない奴は死刑なのだ!」というものだった。なお予告の台詞には歴代では唯一、次回放送作品のサブタイトルが無かった。
なお台詞の中には前番組『巨人の星』同様差別用語が含まれているのがあり、かつて再放送の際そのままにされていたが、現在は無音になる事がある。
なお、『天才バカボン』のアニメ化企画自体は本作以前にもあり、日本テレビ系列で放映される予定でパイロットフィルムも制作されたが、何らかの事情でお蔵入りとなった。このことに関しては天才バカボン パイロットフィルムを参照。
スタッフの1人だった辻真先によれば本放送時の視聴率は芳しくなかった。辻は連載中にアニメ化した『Dr.スランプ』を引き合いに出し、連載終了から数年を経て当時は旬だったギャグが放送時には古びていたのが原因と指摘している。
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
キャラクター(コメディ) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1969'12'7〜1971'11'28 |
| Wikipedia |
フジテレビ系列の日曜日19時-19時30分枠における『モーレツ欲張りゲーム』の後を継いで、1969年12月7日から1971年11月28日にかけて全104話が放送されたテレビシリーズ。
よみうりテレビの土曜日19時-19時30分枠における『巨人の星』で、視聴率的にも成功を収めていた広告代理店の旭通信社&提供スポンサーの大塚グループ[注釈 27]&企画の東京ムービー(下請制作はAプロダクション)が、今回は『週刊マーガレット』に連載中であった原作漫画を題材にすることで、フジテレビの日曜日19時-19時30分枠を新たに獲得した。『巨人の星』と同様に成功を収めたアニメ番組でもあった。
フジテレビの同枠は、アニメ番組の『マッハGoGoGo』が1967年6月末に枠移動(日曜19時台前半枠→日曜18時台後半枠)後、『爆笑ヒットパレード』(週レギュラー版、56分番組)→『リッカー スクラム歌合戦』→『爆笑ダイヤモンドショー(第2期)』→『東京ぼん太ショー』(56分番組。ただし1969年2月2日から2か月間は前半枠)→『紅白スタージェスチャー』→『モーレツ欲張りゲーム』といったバラエティ番組が続いていた。しかし本作からは、旭通信社→アサツー ディ・ケイ時代の変化に応じて提供スポンサーや制作会社を替えながらも2006年に日曜朝に移動した『ONE PIECE』まで、同枠を長らく担当することになった。
裏番組に視聴率の高かった『柔道一直線』(TBS系)と『アップダウンクイズ』(当時NET系)と言う2つの強敵番組があったにもかかわらず、それまでテレビを見ていなかった小学生
- 高校生の女子が本作品を見るようになったこともあり、平均視聴率は平均視聴率19.9%、最高27.1%(1971年1月10日放送)を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。主題歌レコードは70万枚を売り、主題歌の中の1フレーズが流行した。
日本での放送終了後、日本国外でも放映され、イタリアでは後にトップ選手として活躍するフランチェスカ・ピッチニーニがバレーボールを始めるきっかけになった。フジテレビにおいても、バレーボール中継に力を入れるきっかけとなり、放送期間中にはフジサンケイグループで春の高校バレーをスタートさせ、1977年からはバレーボールワールドカップの中継のみならず、運営そのものに関わっている。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1969'4'28〜9'26 |
| Wikipedia |
佐賀潜の『民法入門』を原作としたテレビアニメ。 在名テレビ局が初めて自社製作したアニメであり[2]、キー局以外の放送局が制作した初の深夜アニメでもある。
サブタイトルはすべて六法の条文に基づいて付けられた。ヨハン・ゼバスティアン・バッハのトッカータとフーガニ短調のメロディーに合わせて法律条文が示されるという、当時としては画期的な表現が用いられていた[3]。
本作の放送終了後、名古屋テレビ製作のアニメは1977年に放送された『無敵超人ザンボット3』(テレビ朝日系列)まで8年間存在しなかった。また、深夜帯のアニメ放送自体も20年近く途絶えたが、1986年の『ハートカクテル』(日本テレビ制作)から徐々に復活し、1990年代にテレビ各局で定着することとなる。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1964'8'3〜1965'10'4 |
| Wikipedia |
1963年11月から1966年2月まで集英社『少年ブック』に連載されていた手塚治虫の漫画作品、およびそれを原作とするテレビアニメである。また「ビッグX」は、薬品またはエネルギーの名称であると共に、それにより変身した主人公を指す場合もある。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
ヒーロー(SF) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 朝岡隆志 |
18話演出 |
| 泉久次 |
45,46,50,59,60話演出 |
| 今泉俊明 |
36,40,43,58,60話演出 |
| 上野寿夫 |
33話演出 |
| 内田弘三 |
57,58話脚本 |
| おおいひさし |
41,49話演出 |
| 大隅正秋 |
59話演出 |
| 岡部英二 |
47,51,52,59話演出 |
| 岡本欣三 |
40,45,47,48,50,53,54話脚本 |
| 岡本光輝 |
22~26,30話演出 |
| 小沢協 |
2,4,13,20,27,29,35, 脚本 |
| 小沢正 |
26,28,31,36話脚本 |
| 梶平太朗 |
39,44話演出 |
| 木下蓮三 |
53話演出 |
| 後藤田信広 |
55話演出 |
| 佐々木哲治 |
6,7話演出 |
| 佐田誠 |
13,17,27話演出 |
| 佐野美津男 |
34,38話脚本 |
| 清水浩二 |
19,28,29,32,35話演出 |
| 鈴木英二 |
24,34,42話演出 |
| 高木清 |
21話 |
| 高木寛 |
21話脚本 |
| 田中八寿雄 |
38話演出 |
| 月岡威 |
1,4,16話演出 |
| つのだじろう |
1,3,6,7,11,16,18話脚本 |
| 成橋均 |
5,10話脚本 |
| 花島邦彦 |
46,49,59話脚本 |
| 広瀬正 |
17話脚本 |
| 保利吉紀 |
14話脚本 |
| 堀川豊平 |
5話演出
15話脚本 |
| 本間文幸 |
57話演出 |
| 村野守美 |
12,14話演出
12話脚本 |
| 山野浩一 |
8,9,19,22~25,33,37,39,41~44,51,56話脚本 |
| 山本恵三 |
2,4,13,20,27,29,35, 脚本 |
| 光山勝治 |
12話 |
| 渡辺和彦 |
2,10話演出 |
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タイトル
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| 放映日時 |
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| Wikipedia |
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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