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ラルフ・ネルソン
Ralph Nelson

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鑑賞本数 3 合計点 12 平均点 4.00
書籍
1987 12'21 死去
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
1979
1978
1977
1976 エンブリヨ 監督
1975
1974 ケープタウン 監督
1973
1972 サンタマリア特命隊 監督・脚本
1971 小さな冒険者 監督・製作
1970 …チック…チック…チック 監督・製作
ソルジャー・ブルー 監督
1969
1968 まごころを君に 監督・製作
1967 誇り高き戦場 監督
1966
1965 泥棒を消せ 監督
砦の29人 監督・製作
1964 不時着 監督
がちょうのおやじ 監督
1963 野のユリ 監督・製作
雨の中の兵隊 監督
1962
1961
1960
1959
1958
1957
1956
1955
1954
1953
1952
1951
1950
1949
1948
1947
1946
1945
1944
1943
1942
1941
1940
1939
1938
1937
1936
1935
1934
1933
1932
1931
1930
1929
1928
1927
1926
1925
1924
1923
1922
1921
1920
1919
1918
1917
1916 8'12 ニューヨーク市で誕生

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まごころを君に 1968
1968米アカデミー主演男優賞(ロバートソン)
1968ゴールデン・グローブ脚本賞(スターリング=シリファント)

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スターリング・シリファント(脚)
クリフ・ロバートソン
クレア・ブルーム
リリア・スカラ
レオン・ジャニー
ルース・ホワイト
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
アルジャーノンに花束を(書籍)ダニエル・キイス
 知的障害者チャーリー(ロバートソン)は、実験的な脳手術を受け、常人を上回る知能を身につけた。溢れかえる知性を持て余すチャーリーは、徐々に精神の均衡を失っていく。更に、彼より先に同じ実験を受けた天才マウスのアルジャーノンが元のネズミに戻ってしまったことを知った時、チャーリーは…
 ダニエル=キイスの傑作長編小説
「アルジャーノンに花束を」の映画化作品。ロバートソンの役どころは巧く、オスカーも頷けるのだが(この手の役を巧く演じるっていうのはアカデミーの好みなのかも知れない)、原作ファンとしてはちょっと首を傾げてしまう出来だった
 原作の良さは、主人公のチャーリーが日記を書いていて、それを読んでいるから楽しいのだが、ここでのチャーリーは日記を書いていない。ただ運命のまま流される役を演じてるだけ。この点は映画というメディアを用いているから仕方ないのかも知れないけど、原作最後にあった最も大切な台詞
「アルジャーノンに花束を」が抜けてるのは残念すぎ(それで邦題が変えられたのかな?何故かDVDはちゃんと「アルジャーノンに花束を」になってるけど)
 映像的には漫画的なコマ割りの手法を用いたりして見るべき所も多いし、ペーパーバック版(所有してるけど読んでない)の表紙にもなった印象的なシーンがやはり心に残る。
 不満も大きい作品だし、
原作の良さをかなりスポイルもしてるけど、それでも元が良いだけに出来そのものは結構良い。
 この作品で見事オスカー男優賞を射止めたロバートソンだったが(後のTVシリーズでも同役で出演)、アカデミー授賞式当日はフィリピンで
『燃える戦場』に出演中で、アルドリッチ監督は絶対にロバートソンを現場から出そうとせず、ロバートソン本人は長らくアルドリッチ監督を恨んでいたとか。
誇り高き戦場 1967

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ジェームズ・リー
ジョエル・オリアンスキー(脚)
チャールトン・ヘストン
マクシミリアン・シェル
キャスリン・ヘイズ
レスリー・ニールセン
アントン・ディフリング
リンデン・チャイルズ
ネヴァ・パターソン
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
野のユリ 1963
1963米アカデミー主演男優賞(ポワチエ)、作品賞、助演女優賞(スカラ)
1963
ベルリン国際映画祭男優賞(ポワチエ)、国際カトリック映画事務局賞
1963ゴールデン・グローブ男優賞(ポワチエ)、国際賞
1964英アカデミー国外男優賞(ポワチエ)
1964ブルーリボン外国作品賞

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ジェームズ・ポー(脚)
シドニー・ポワチエ
リリア・スカラ
リサ・マン
アイサ・クリノ
スタンリー・アダムス
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 ステーション・ワゴンで気楽な旅をしていたホーマー(ポワチエ)はアリゾナ砂漠のはずれでエンストを起こしてしまい、たまたま近くにあった修道院に一夜の宿を求める。そこには東ドイツを亡命してきた修道女達がつましい生活を送っており、この砂漠に教会を建てるという計画を話し合っていた。気楽に雨漏りの修理を申し出たホーマーは、なんと翌日から院長のマリア(スカラ)から教会建設の準備を命じられることに。憤慨するホーマーの前でマリアは厳かに、「これは神が与えてくださったこと」と宣言する…
 人の良いアフリカ系アメリカ人青年とどこか世間一般からはずれた性格のきつい修道女達が巻き起こす日常を暖かい目で描き、最後はホロリとさせるという、人情喜劇の見本みたいな作品で、内容的に『天使にラブ・ソングを…』(1992)のオリジナル版のようにも思える…だからこそ
「見本」なんだが。
 この時代で敢えてモノクロで作ったのは、単に予算の関係らしいけど、
白黒だからこそ、余計な部分を全て排除し、純粋にストーリーとして楽しめた作品で、ストレートで単純ながら、とても心地良い作品に仕上がっていた。物語中盤にちょっと冗長な所も確かにあったけど、それでもやっぱりキャラクターの良さと、会話のテンポの良さ。そして反発しながらも相手を気遣う心遣いなど。何というか、じーんと来るものが詰まってる感じ。
 この作品で
初めてアフリカ系アメリカ人にオスカーをもたらしたポワチエは文句なしの名演。当時のアフリカ系であれば、色々な差別も受けていたんだろうけど、卑屈さを全く感じさせず、伸びやかに演技していた。実際劇中のホーマーの役所を考えてみると、ああ言う境地に至るまでどれだけ苦労したんだろうか?とも感じてしまう。
 だからこれは単なる人情話ではなく、人種差別や性的なものを全く感じさせない、一種のファンタジーあるいは理想として作品が成り立っている。
 
ファンタジーを自然なものとして観客に観てもらうこと。これが最高級の映画の条件だ。そして本作はストレートにそれを観客に信じ込ませていると言うことで、巧い作りとなった作品だろう。一種、本当にある“かもしれない”話と観客に思わせることが出来た時点で成功だ。
 流れ者がふらりと修道院にやってきて、教会作りを始める。それを見ていた人たちも協力していき、やがてみんなで教会を造っていく。その過程の一つ一つが丁寧だったし、心温まる物語に、ホーマーとマリアの口げんかがスパイスとして入っていたため、それが良い感じに仕上がっていた。
 それでも表面から見られる彼らの和気藹々、あるいは丁々発止のやりとりも、
実際にはお互いに色々な黒いものがあるのかも知れない。と思ってみたりもする。この二人の立場はかなり微妙。ホーマーはアフリカ系で、本来虐げられる立場にあったのに、それを嫌い、放浪の旅をしている。自由に生きることを何より欲していた人間だった。それが悪く言えば、自分から進んで使役される立場に身を置く事となる。これを自分で良しとする理由としては、結局自分が物ではなく、一人の人間として頼られていると言うことの誇りであり、あまりに頼りない修道女達に対する保護者としての役割を自らに強いた事によるものと思える。自分を保護者であるとした以上、彼女たちに優しく振る舞うことしかできないのだが、それを図に乗ってこられると、怒りが湧きあふれてくるはず。一方のマリアにしても、神からの贈り物としてホーマーを見ているのだから、当然自分の思い通りに動いてくれるはず。と言う思いになるはず。当然物語り上、その衝突は描かれて然りかと思ったのだが、画面では比較的それを回避していた。更に、ホーマーの行いを見ていた町の人たちが、自主的に教会作りの手伝いを買って出るのも、結局みんな良いことをしたいんだ。と言う程度の認識で終わってしまっていた。もうちょっと意地の悪い人間もいるはずなのに。
 …
だからこそ、この作品はファンタジーとして受け入れるべきもんなんだろう。
 それに最後のホーマーの去り方が無茶苦茶格好良いんだよな。こういう生き方してみてえ。と瞬間、痛切に思ってみたりもしたし。
 なにか
暖かいものが心から湧き出るような気分にさせてくれたので、こういうファンタジーは大歓迎。

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