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2004 | ドッジボール 監督・脚本 | |
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1975 | 2'9 カリフォルニアで誕生 |
タイトル | |||||||||||||||||||||||||||
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ドッジボール 2004 | |||||||||||||||||||||||||||
2004全米BOXOffice第19位 2005MTVムービー・アワード悪役賞(スティラー)、チーム賞、コメディ演技賞(スティラー) |
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ピーター(ヴォーン)の経営する零細スポーツジム“アベレージ・ジョー”は現在経営難に陥っていた。それと言うのも、道路を挟んだ向かい側に出来た最新設備を擁するフィットネスジム“グロボ・ジム”に客を奪われてしまったからだった。経営難に陥っていた。その“グロボ・ジム”の経営者ホワイト(スティラー)はピーターとは旧知の仲で、ライバル心むき出しで“アベレージ・ジョー”を買収にかかる。あの手この手で買収を阻止してきたピータ一だったが、ついに、30日以内に滞納している5万ドルを支払わないとアベレージ・ジョーは潰されてしまうという最後通知を受けてしまうのだった。途方に暮れるピーターは、ラスヴェガスで開催されるドッジボール大会の優勝賞金5万ドルに最後の望みを託し、冴えないジムの仲間たちとドッジボール・チームを結成するのだが… 日本のルールとは異なるが、近年アメリカでもエンタテインメント・スポーツとして注目を浴びるようになってきたドッジボール”を題材に取った作品。 この手の作品の場合、国別で色々と特徴が出るものだ。勝手に私なりに分析させてもらうと、例えば日本の場合は対象は中高生あたりで、チームワークゼロのチームが様々な出来事を通して一致団結し、どんどん強くなっていく。それで準決勝の前で一悶着が起こって、又チームワークがたがたになっていくが、決勝で真の友情パワーを手に入れて見事優勝!と言うのが一番パターン。ここにもちろん恋心の話などを挿入していってメリハリを付ける。アメリカの場合は飛び抜けた才能のある人物を一人配し、チームから浮きまくっていても超然として、一人の実力だけで勝ち進むが、やがて壁にぶつかり、新しくできた恋人や彼を理解しているチームメイトの取りなしで最後はチームを信用するようになっていく。というパターンが多いと思う。それでイギリスの場合、主人公は生活に疲れた中年にさしかかる男で、チームも最初から最後までみんなバラバラ。ほとんど偶然の産物のような状態で勝ち残っていくが、全員それなりに生活の問題を抱え、真剣は真剣…実はこれが本作のストーリーフローそのものだったりする。 だから、本作を観て、ハリウッド映画の割にはずいぶんウェットな作品だ。と言うのが最初の印象だった。物語そのものはアメリカ人好みの作品じゃないと思うんだけど、何故か本作が大ヒットという(そもそもその触れ込みだったから興味を持ったんだけど)。 私なりの理解では本作は決してアメリカ人好みの作品ではないはず。だけど何故ヒットするんだ? 実は今もってちょっと分かってないのだが、一つには本作で製作に当たり、憎々しげなライバルを演じているベン=スティラーはアメリカでは有名なコメディアンだから。という点は確かにあるだろう。 それともう一つ、本作には面白いキー・ワードが散りばめられているので、それがあるいはヒットの原因だろうか?とも考えている。以下は私の妄想なのだが、妄想にしては適合する部分が多いと思う。 そのキー・ワードというのが実は“人種差別”というもの。 この作品には数々のキー・ワードが散りばめられている。例えばヴォーン演じるピーターが経営しているスポーツジムの名称は“アベレージ・ジョー”訳すれば“平均的なジョー”だが、ジョーというのはアメリカ人そのものを示す言葉と考えれば、これは「普通のアメリカ人」とか意訳できる。又ジョーというのは、もう一つ、アメリカ産フィギュアである“G.I.ジョー”の“ジョー”であるとも言えるだろう。これを探るのは簡単で、ホワイト率いるドッジボールチームの名称が“パープル・コブラ”で、“コブラ”とは“G.I.ジョー”に敵対する組織名だから。 G.I.ジョーはまさにアメリカ人そのもの。しかもアングロ・サクソン系に限られたヒーローとしてここでは捉えられているように思える。事実アベレージ・ジョーはみんなアングロ・サクソン系なのに対し、パープル・コブラはユダヤ系を筆頭にアフリカ系やプエルトリコ系など民族的には多彩。他のライバルチームにしても、緑色のユニフォームの“ランバージャック”はアイリッシュ系だし、“カミカゼ”は…言うまでもないな(笑) これまでのハリウッド作品は大体マイノリティが主人公となって、アングロ・サクソン系はわざと悪役となっているパターンが多かった。上品に作るとどうしてもそうなってしまうし、“人種差別”というレッテルを貼られるのも嫌。だからマイノリティを持ち上げるのだが、そうなると、悪役はみんなアングロ・サクソン系が演じることばかりで、なかなか主人公になれない。 だからこれは、これまで不当に低く置かれてきたアングロ・サクソン系の復讐劇として考えることも出来るだろう。駄目な白人連中がエリートの他民族を押しのけていく。アメリカ人としては、こう言うのを観て溜飲を下げたかったのかも知れないのだから。 更に言えば、製作にも関わったのがベン=スティラー本人だったというのもポイントではあろう。この人は何かと「俺はユダヤ人だ」発言が多いのだが、そんな彼がアメリカ人のために作ったのが本作とすれば、かなり皮肉な作品として観ることも出来る(だからこそ本作には人種差別のレッテルが貼られない)。 スティラー自身が自虐的にノリにノッて作っているため、自らの造形が無茶苦茶なのも良し。久々に劇場に登場したチャック=ノリスも、相変わらずのやんちゃぶりを見せてくれている。 勿論話はパターンだし、アラも色々あるけど、こういう風に考えてみると面白いもんだ。 |