美術学校の生徒だった京子(羽田美智子)はあこがれだった講師の門野(阿部寛)と結婚することになった。幸せ一杯の京子だったが、結婚後半年ほどして、夫の門野が夜中に度々こっそり屋敷裏の蔵に行くことに気づく。不審に思い、ある日ついに夫の後をつけた京子が見たものは、なんと蔵に大切にしまわれていた人形と同衾する門野の姿だった…
江戸川乱歩の同名短編小説を映画化した作品。乱歩は日本において、耽美小説を文学にまで高めた人物として知られ、多くのファンを持つ人で、それを映像化すべく、数多くの映画が作られている(ちょっと調べただけで50本以上も映画になっていて、TVを合わせたら、100本近くになりそうだ)。
ただ、映画化に当たって特に最近の作品はどうも好みではないのばかり。これは最近の作品は乱歩の耽美性にばかり強調点が置かれてしまったことに原因があるのだろう。乱歩の作品というのは、そもそも誰もが分かるような美を作ろうとしているのではない。むしろ極めて通俗な…いやこう言って良ければ低俗なレベルで作品を描いていた。多くの小説に連れ込み宿や、マニアックな倶楽部が出てくるし、登場人物だってSM趣味から窃視趣味、快楽殺人者などなど、世間一般に見てもドマイナーな趣味を持つものばかりで構成される。本作の主人公門野だって人形偏愛者と言う変態として描かれている。
これを「低俗」と決めつけることをしないことはともかく、「美」にしてしまうことは問題だろ?著者の求めていたことはこれではなかったと思うし、観てる方も、どう評価して良いやら…という戸惑いを起こさせてしまう。
確かに画面は美しいし、雰囲気も出ているけど、アンモラルな内容をこんなに綺麗に描かれてもなあ。こういった美しさの表現はもっと別な内容でやって欲しかったな。しかも一時間半の内容が、たったこれだけ?と言うレベル。
監督が作りたいように作った作品というのならば、こんなに金かけて欲しくなかったし。
結局本作は無茶苦茶金かけた羽田美智子のプロモーション映画にしかなってない。
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