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| 1962 | 10'23 ニューヨークで誕生 | |
| オープン・ウォーター | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ワーカホリックの夫婦、スーザンとダニエルは、久々のバカンスでカリブ海にやってくきた。旅先でも仕事を忘れられなかったが、ツアーボートに乗りスキューバ・ダイビングを始めてようやく解放される。だがその直後、ガイドの手違いから、ボートが二人を残したまま帰ってしまった… 低予算で作られ、ほとんど宣伝もないまま口コミで広がってアメリカではスマッシュヒットを放った作品。 一応本作はパニック映画と言っても良いが、実際には物語にさほど起伏はなく、延々と洋上での口論が続くのみ。ところが、それが面白い。 良質のパニック映画で必要なのは恐怖演出の方ではなく、むしろ溜めとなる沈黙部分であると言われる。演出の派手さや恐怖の表情は限界があるが、実際画面をじっくり観させるのは、その合間に入る沈黙の部分に他ならず、ここを丁寧に作り込んでいる作品が良質作品と言われ、この部分にどれだけ力が入っているか否かでその作品のよしあしが分かる。本作の場合その沈黙状態部分のみを押し広げたような感じ。 登場人物がほとんど二人だけなので、その会話が話の中心となるのだが、ここでの二人の口論はとてもリアル。一本調子ではなく徐々に変化していく心理描写が巧みで飽きさせない作りになってる。この辺の口論は実際心理学的な意味でも納得できる作り。シンプルな設定で心理描写を見せるのはスピルバーグの『激突』(1971)にもつながる面白さがある。 人の心理は極限状態を維持することが出来ない。瞬間的にパニックに陥っても、やがてそれに理由付けを始めて心は安定していくもの。それは大体類型パターンを持ち、まず理不尽な出来事を嘆いて、「なんで私ばかりが」と言う心が来た後で、「私が悪いのではない」という考えになる。この映画の場合二人いると言うのが味噌だろう。自分が悪くないなら、悪いのは相手に違いない。と来る。だから最初のうちは二人の会話は罵り合いばかりになる。 だがやがてそれをも受け入れるようになるのが人間の精神。わだかまりをもったままでも、叫び合い、いわゆるカタルシスの時がすぎればお互いに受け入れあっていく。現状でバランスを取るようになっていくのだが、本作の場合、その心理までがきっちりと描かれている。 結果的に本作がアメリカで大いに受けたのは、こう言った人間関係は日常生活の中でありすぎるくらいにあるから、そのリアリティが受けた…と言うより、身につまされるからだったのかもしれない。特に日本人ではなくアメリカ人の方がリアリティを感じてたのかもしれないし。前半部分の罵り合いは日本ではあまり身近に感じることもないか。 最終的に本作は後味の悪い終わり方になるのだが、それも又リアリティなのかも。スーザンはダニエルが消えたことさえも無関心になっていく。すべてに疲れきってしまった姿がそこにはあった。あるいはこの作品はアメリカと言う国の縮図であったのかもしれない。 ただ、いくら盛り上がりがないのが売りとはいえ、物語そのものが退屈すぎる事と、演出をもうちょっと考えて欲しかった所。設定の面白さを充分に演出出来なかったのが痛い。一種のカルト作品なんだろうね。 |
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