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マーティン・マクドナー
Martin McDonagh

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鑑賞本数 合計点 平均点
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wiki キネ旬 eiga.com wiki(E) みんシネ
書籍

_(書籍)

_(書籍)
2018
2017 スリー・ビルボード 監督・製作・脚本
2016 ナショナル・シアター・ライヴ2017/ハングメン 脚本
2015
2014
2013
2012 セブン・サイコパス 監督・製作・脚本
2011 ザ・ガード 〜西部の相棒〜 製作総指揮
2010
2009
2008 ヒットマンズ・レクイエム 監督・脚本
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
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1990
1989
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1981
1980
1979
1978
1977
1976
1975
1974
1973
1972
1971
1970 3'26 ロンドンで誕生

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タイトル
<A> <楽>
  
物語 人物 演出 設定 思い入れ

 

スリー・ビルボード
2017米アカデミー主演女優賞(マクドーマンド)、助演男優賞(ロックウェル)、作品賞、脚本賞、作曲賞、編集賞
2017英アカデミー作品賞、主演女優賞(マクドーマンド)、助演男優賞(ロックウェル)、脚本賞、英国作品賞、助演男優賞(ハレルソン)、監督賞、撮影賞、編集賞
<A> <楽>
グレアム・ブロードベント
ピート・チャーニン
マーティン・マクドナー
バーゲン・スワンソン
ダーモット・マキヨン
ローズ・ガーネット
デヴィッド・コス
ダニエル・バトセク(製)
マーティン・マクドナー(脚)
フランシス・マクドーマンド
ウディ・ハレルソン
サム・ロックウェル
アビー・コーニッシュ
ジョン・ホークス
ピーター・ディンクレイジ
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
ルーカス・ヘッジズ
ケリー・コンドン
ダレル・ブリット=ギブソン
ジェリコ・イヴァネク
キャスリン・ニュートン
サマラ・ウィーヴィング
クラーク・ピータース
サンディ・マーティン
アマンダ・ウォーレン
マラヤ・リヴェラ・ドリュー
ブレンダン・セクストン三世
ジェリー・ウィンセット
★★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 ミズーリ州エビング。七ヶ月前に一人の少女がレイプされ殺された。遅々として進まぬ捜査に、少女の母ミルドレッド・ヘイズ(マクドーマンド)は自宅近くの三つの看板に「娘はレイプされて焼き殺された(Raped While Dying)」「未だに犯人が捕まらない(And Still No Arrests?)」「どうして、ウィロビー署長?(How Come, Chief Willoughby?)」というメッセージを張り出した。これによって街は大騒ぎとなってしまう。
 レイプ犯罪に対して意外な行動を取った母親を描いた作品で、多くのアメリカに根ざす問題を直視した、とても社会的な話に仕上げられている。

 ここでの問題点は少し分けて考える必要がある。
 何故なら、本作で描かれているのは、
アメリカが昔から持っていた差別構造という側面の他に、その差別をなんとかしようとして、それでもなんともならないという構造、そして現在新しく起こっている差別の構造が複雑に絡み合っているから。まさしく現代で作られる意味のある作品なのだ。

 そういった啓蒙作品は映画の中でこれまで数多く作られてきた。
 特に移民で構成されるアメリカの中にあって、ハリウッドはほとんど全ての時代を通してレイシズムと戦い続けてきたし、その他様々な差別問題についても俎上に上げられてきた。恐らくはこれからもずっとその戦いは続くだろう。
 そこで問題とされるのが偽善性というやつ。主題が良くても、道徳性を高めた結果、いかにも教科書的なものになってしまったり、一方的に社会的強者が弱者に手をさしのべるというものになってしまったりする。
 その中で強者も弱者も無く、人は人であり、悩みながら解決を見つけていくしかないという作品も出ている。過去オスカーを取ったハギス監督作品の『クラッシュ』(2005)なんかは、差別するものとされるものの境界線が曖昧で、差別する側も正義になり得るし、差別される側が純粋ではないと示したりもしていた。
 本作はそれと同様、差別する側とされる側の境界をかなり曖昧にして、どちらにもなり得る人間性を突き詰めていく。

 主人公となるミルドレッドは、娘を失って、その犯人も捕まえられないと言う事で被差別側に立つはずなのだが、話の中で、実は彼女も又これまで散々差別的な行いをしてきたことや、犯人を捜す過程で多くの人たちを踏み台にしている。
 一方、もう一人の主人公とも言えるのがジェイソン・ディクソン巡査。彼は最初からレイシストとして登場し、差別的言動を繰り返すのだが、彼が差別的なのは結局人生何もかも上手くいかず、性的マイノリティにある自分を強く見せようとしてのことだとわかる。
 この二人だけでなく、登場人物は誰しも多かれ少なかれ被差別者でありつつ差別者でもあるという側面を持っている。
 それは人間誰しもが持つ感情であるとして、否定をしてないところが本作の特徴とも言えるだろう。
 その前提の上で、人はどう生きるべきなのかということを示す。

 それが何かと言えば、“赦すこと”と言って良かろう。

 赦すとは又偽善的な言葉だとも思えるのだが、何故人を赦さねばならないのかというと、そうしないと人は復讐だけに留まって、憎む以外の感情を持つ事が出来なくなる。死ぬまで憎みだけで生きていくのか?と問いかけられている。
 実際ミルドレッドは、自分の行いによって警察署長のウィロビーを自殺に追い込んでしまったことを後悔するシーンがあるし、警察署を燃やした後で、本当に自分に嫌悪感を持ってるようなシーンもある。復讐に駆られて行き着くところまで行くと、どれだけ虚しいかを知ってしまうのだ。対してジェイソンは自分が正義を行っていると信じて暴力沙汰を繰り返してきたが、いざ自分が被害者になった時に、自分が差別していた人から赦されることで、初めて赦すことの強さを体験する。
 すぐにそれが分かった訳では無く、その後も色々過ちを繰り返していくのだが、徐々にこれまでの自分を振り返ることが多くなっていき、最終的に、恨みや憎しみを抱きつつも、それでも新しい一歩を踏み出すことができるようになる。

 自分の人生を生きるためには、赦すことが第一歩である。本作の出した結論は、非常に普遍的な重要な意味合いを持っている。

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