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紀里谷和明

紀里谷 和明
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鑑賞本数 2 合計点 4 平均点 2.00
書籍
著作
トラとカラスと絢子の夢(書籍)

_(書籍)
2024
2023 世界の終わりから 監督・製作・脚本
2022 MIRRORLIAR FILMS Season2 監督
2021
2020
2019
2018
2017
2016 リップヴァンウィンクルの花嫁 出演
リップヴァンウィンクルの花嫁 serial edition
<A> <楽> 出演
2015 ラスト・ナイツ 監督・製作
2014
2013
2012 friends after 3.11 vol.2 出演
2011
2010
2008 GOEMON 監督・製作・原案・脚本・撮影監督・編集
2004 CASSHERN 監督・企画・脚本・撮影監督・編集
1968 4'20 熊本で誕生

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世界の終わりから
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紀里谷和明
小林琢磨
三宅はるえ
川端基夫
中林千賀子
紀里谷和明
坂上也寸志(製)
紀里谷和明(脚)
伊東蒼
毎熊克哉
朝比奈彩
増田光桜
岩井俊二
市川由衣
又吉直樹
冨永愛
高橋克典
北村一輝
夏木マリ
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 小さい頃に事故で両親を亡くし、祖母一人で育てられたハナ(伊東蒼)。その祖母が亡くなり、本来施設に送られるはずだが、祖母との思い出の詰まった家を守ろうと、アルバイトをしながら高校に通っていたのだが、そんな彼女の前に政府の特別機関と名乗る男女が現れ、唐突に見た夢について訊ねられ、それに答えたところ、不思議な場所へと連れて行かれる。そこにいた老女(夏木マリ)から、実はハナにはとんでもない力があることを告げられるのだった。実はあと数ヶ月で地球に巨大隕石が降って人類は滅亡してしまうのだが、ハナの夢を見る能力によってその悲惨な出来事が回避出来るかもしれないというのだ。

 かなり尖った作風のため好きな人は好き。嫌いな人は嫌い。そんな極端な評価を持つ紀里谷監督。私は比較的否定派ではあるものの、この人が映画を作れる環境にあると言うことは日本映画界にとってはとても良いことだと思っている。
 この人年齢的にはもうアラフィフなのだが、まるで子供のような感性を持ち、思春期思想丸出しで映画作るもので、観ていてかなり痛々しいのだが、逆にこれくらいの感性で映画作ってくれる人がいると嬉しい。この作品にしても、なんというか、20年前のセカイ系作品みたいな物語なのだが、すっかり廃れてしまったこの系統の作品が今も作られてるという事実。ただそれだけで充分。
 改めて言うのもなんだが、いわゆるセカイ系というのは定義づけが困難だが、概ね思春期の若者が人間関係で悩むことと、その悩みが世界の危機に直結しているというもので、極小の人間関係と極大の世界観を同居させる手法のこと。
 本作ではまさにハナが夢に見たことが危機的状況にある今の世界での解決につながるということで典型的なセカイ系。話に整合性がなかったり、当人が分かってない世界の事情が観てるこっちも全く分からないとかいうのもあるが、まあその辺は許容範囲。見た目で危機感を感じられるならばそれで充分だろう。それを力技で見せようとする監督の姿勢にむしろ共感する。
 これまでの作品同様、けなしたい部分は山ほどあるのだが、共感出来る部分も多いため、表するのに難しい作品ではある。とりあえず観てもらって、どう感じるのかだけが重要だと思われる。

 この作風は合わない人が大半だろうが、刺さる人間には無茶苦茶刺さるので、色んな人に観て欲しい作品ではある。

 そうそう。セカイ系というのは、基本思春期のラブロマンスを基調とするが、本作にはその要素がないな…と思ってたら、ちゃんと用意してるあたり、監督のやっつけ感というか、お約束も感じられるので、そう言うマニアックな楽しみ方も出来る。
製作年 2023
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紀里谷和明 (検索) <A> <楽>
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GOEMON
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一瀬隆重
紀里谷和明(製)
紀里谷和明
瀧田哲郎(脚)
江口洋介
大沢たかお
広末涼子
ゴリ
要潤
玉山鉄二
チェ・ホンマン
佐藤江梨子
戸田恵梨香
鶴田真由
りょう
藤澤恵麻
佐田真由美
深澤嵐
福田麻由子
広田亮平
田辺季正
佐藤健
蛭子能収
六平直政
小日向文世
中村橋之助
寺島進
平幹二朗
伊武雅刀
奥田瑛二
★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
製作年 2008
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原作
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キーワード
CASSHERN
2004文春きいちご賞第2位
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紀里谷和明
菅正太郎
佐藤大(脚)
伊勢谷友介
麻生久美子
寺尾聰
樋口可南子
小日向文世
宮迫博之
佐田真由美
要潤
西島秀俊
及川光博
寺島進
大滝秀治
三橋達也
唐沢寿明
★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 我々の知る世界とは違った歴史を歩んだ日本。50年続いた大戦により、世界は大亜細亜連邦共和国とヨーロッパ連合という、2つの陣営に分断されていた。戦いはついに大亜細亜連邦共和国の勝利に終わるのだが、残されたのは荒廃した大地と、大戦で家族を失った家族ばかりだった。重い病に苦しむ妻を助けたい一心で東博士は、人間のあらゆる部位を自在に造り出す“新造細胞”理論を提唱する。学会の誰も顧みないその理論を軍閥が利用することで、それは博士の思惑を超えた“新造人間”を作り出してしまう…
 かつてタツノコプロのアニメーション作品としてTV放映され、大きな人気を誇った作品の映画化作品。監督の紀里谷和明は宇多田ヒカルの旦那であり、本作のテーマソングも宇多田ヒカルが歌うと言うことで、事前情報では大変な期待作だった。尤も私は劇場では観ることはなかったが、予告で『デビルマン』(2004)と並んで放映されると、その質的な違いには期待させられたものだ(余談だが、あの糞のような予告以下の作品を『デビルマン』は作ってしまったわけだが)。予告だけでも、えらいエフェクトのかけかたと、一流キャストが勢揃いは分かったし、並々ならぬ力が入っていることはよく分かる作品だった。そもそも紀里谷は宇多田ヒカルのミュージッククリップ作ってるから、センスは非凡なものを持っていると思う。
 で、問題はこの出来なのだが、これはなんとも評するのが難しい。実際悪い面を見ればいくらでも出てくる。物語が平板な上に、とにかく説明口調の台詞が多すぎて、膨大なテキストの中で意味のある単語がきわめて少ないとか、力の入ったエフェクトが間延びしてるとか、演じる人間みんなに抑えた演技を強いたから、物語の盛り上がりが見極めにくいとか…90分の内容を無理矢理140分にまで伸ばしたと言うのが一番のまずい部分だったとは思う。
 しかし、この作品を無碍に「駄作」とは切り捨てられない自分も確かにいる
 一つには演出面の良さ。予告からしてそうだったが、一画面一画面がCGを用いて某かのエフェクトが必ずかかっており、それがこの映画の演出に一役買っているのは確か。それにここでのキャシャーンのキャラクタ描写は極めてピュア。2004年は「冬ソナ」ブームのあおりで、ピュアなキャラを描くのが流行になりつつあった。その辺をよく分かってのことだったのだろう。約30年という時代の流れを経て、新しいタイプのヒーローとしてキャシャーンは蘇ったのだ。多分この辺は監督、よく分かっていたんだろうと思う(物語が平板なのはその辺もふまえてのことだと思う)。これは目で見える部分での一般的な良さ
 それで今度は他の魅力というか、私にとって捨てられない部分というものを考えてみると、私自身が持つTV版「新造人間キャシャーン」に対する思い入れというのが一番。これが放映されたのは私が子供の頃で、えらく暗いアニメだ。と言うイメージしか持たなかったが、後になってみると、この物語の奥深さが分かった。結局あの作品は、人間ならざるものが人間を守って戦うことの意味を、物語を通して問い続けてきた作品だったと言うこと。アニメ版のキャシャーンは、親である東博士が作り出してしまったブライと、ブライ率いるアンドロ軍団を倒すために、半ば無理矢理東博士から改造人間にされてしまうのだが、ここに本人の責任感が加えられたため、たとえ強要されたとはいえ、半分は自分の意志で後戻りの出来ない新造人間になった。彼の口上である「たった一つの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体。 鉄の悪魔を叩いて砕く、キャシャーンがやらねば誰がやる」とは、強烈な意志を感じさせるのみならず、ともすれば、人間外の存在となってしまい、崩れ落ちてしまいそうな自分自身を叱咤するためにこれを言っていたのでは?と思わせられたものだ。一方、本作も、キャシャーンはやはり自分自身の存在意義を問い続けている。オリジナルとは異なり、それは何故自分は生まれたのか、何故戦わねばならないのか。と言う方向性になっているが、この改変は物語の都合上、それで良いと思う。キャシャーンこと東鉄也の性格をきわめてピュアなものに持って行っている点も重要。監督はさすがに現代の流行に敏感のようで、TV版「キャシャーン」が放映された1970年代の問題性をここに持ってきても駄目だと判断したのだろう。それに細かいところは色々とオリジナルへの傾倒を思わせる。たとえば上月博士の研究室にはキャシャーンのヘルメットがあったり、ブライに捕まったミドリの部屋には白鳥の置物があったり(アニメ版では彼女のパーソナルデータは東博士により白鳥型ロボット“スワニー”に移植されている)
 ただ、変えてはいけない部分ってのもあったとは思うのだ。オリジナルのキャシャーンは、アンドロ軍団と戦う際、(フレンダーを除き)決して武器を使用しない。彼にとってアンドロ軍団のロボットは一種の兄弟であり、それ故にロボットを破壊する際、彼は武器を使用しないことを己に課した。だからパンチやキック以外で攻撃はしなかった。それが今回は、ビーム兵器を使ってアンドロ軍団のロボットを一網打尽に倒してしまうシーンがあり、これはさすがに引いた。本質は分かっていたとしても、大切な部分を無くしてしまったようだ。
 …こう見てみると、甲乙つけがたかった本作の評価が、やや否定部分の方がやや強くなってしまったことに気づいてしまった。得てしてレビューというのはこういうものだろう。
製作年 2004
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たった一つの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体。鉄の悪魔を叩いて砕く。キャシャーンがやらねば誰がやる。

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