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| なぜ君は総理大臣になれないのか | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 2005年に民主党として初当選を果たし、以降政変に翻弄されつつ、あくまで不正と戦うという姿勢を貫きつつ野党議員として活動中の小川淳也議員。小川の古くからの知り合いで、2003年から彼の選挙風景を撮影していた監督がこのタイミングで映画化に踏み切ったドキュメンタリー作品。 一人の政治家、しかも監督の知り合いを主役にして映画を作り、それで金を得る。はっきり言えばこれは監督のエゴと、特定政治家のヨイショとしか取られない最低の作品である。 ただし、それは本作の主人公である政治家が政権与党である場合だが。もし小川が政権与党の側に立つ場合、この作品はプロパガンダか、若しくは本人を褒め称えるだけのヨイショになってしまう。 これが映画として成り立つのは、主人公の小川淳也が野党議員、しかも冷や飯食いという立場にあるからに他ならない。ニッチな立場にあるから映画として成り立つというのも変な話だが、商業映画として成立する設定は最低限クリアしている。 前に相田監督の『選挙』(2006)観た時にも、選挙ってなんて金と時間がかかるもんだと思ってしまったし、それに見合うものを得られるかどうかさえ分からないギャンブルみたいなものだと思った。 『選挙』に関しては政策とかではなく、被選挙者であるという事だけがピックアップされていたものだが、本作は政策と歴史にもにも突っ込んだ視点が取り入れられているのが特徴だ。 まず小川淳也という人物は、野党議員として、国家としてのバランスよりも国民の側に立った視点で政策を述べている。政権与党が国民の方を向いていないという立脚点から政権批判をしているのが特徴となる。 あまり文句は言いたくないが、政権批判というのは、本来スキャンダルとか金の流れとかではなく、政策に対するものであってほしいもので、そっちの方を見ていることがはっきりと描かれていた(それでも政権批判が変な方向に向かってしまってるのがなんともかんとも)。 そして本作の後半で、2017年の衆議院選挙について描かれている。おそらくはここが映画としてのクライマックス。選挙に勝つために無理矢理不本意な政策を掲げねばならなくなる小川と、それに対して怒る有権者達。その描写はドキュメンタリーだからこそ生々しく、ただ頭を下げることしか出来ない小川の姿が本当に痛々しい。こんな事態を引き起こしたどこぞの都知事を思い起こしては胸糞悪くなってくる。 更にラストシーン。娘二人が独立して、夫婦二人のマンションはなんとも狭苦しい。こんなところに四人家族で住んでいたのかと思うと、政治家の大部分は本当に金持ってないことを思わされる。 この生々しさを見せられると、特に野党議員として到底国政選挙には出馬したいなんて考えたくなくなるのは請け合い。選挙に対する啓蒙作品には全くなってない。 しかしだからこそ映画として面白い。 自らの政策を掲げて出馬する人をおろそかには出来ない。それくらいは言っておこう。 |
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