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洋食考―食べものダンディ学 _(書籍) |
1973 | 9'21 死去 | |
1972 | ||
1971 | ||
1970 | ||
1969 | ||
1968 | ||
1967 | ||
1966 | ||
1965 | ||
1964 | 花のお江戸の無責任 監督・脚本 | |
1963 | ||
1962 | ||
1961 | ||
1960 | ||
1959 | 孫悟空 監督・脚本 | |
1958 | 東京の休日 監督・脚本 | |
続ちゃっきり金太 原作・脚本 | ||
ちゃっきり金太 原作・脚本 | ||
1957 | 善太と三平物語 お化けの世界 監督・脚本 | |
善太と三平物語 風の中の子供 監督・脚本 | ||
象 監督・脚本 | ||
1956 | お嬢さん登場 監督・脚本 | |
暗黒街 監督 | ||
1955 | 愛の歴史 監督・脚本 | |
むっつり右門捕物帖 鬼面屋敷 監督・脚本 | ||
俺も男さ 監督 | ||
顔役無用 男性No.1 監督 | ||
初笑い底抜け旅日記 脚本 | ||
1954 | 土曜日の天使 監督 | |
続坊ちゃん社員 監督・脚本 | ||
坊ちゃん社員 監督・脚本 | ||
1953 | 誘蛾燈 監督・脚本 | |
浮気天国 脚本 | ||
1952 | 七色の街 監督・脚本 | |
三太と千代の山 脚本 | ||
三等重役 脚本 | ||
1951 | 女ごころ誰か知る 監督・脚本 | |
ホープさん サラリーマン虎の巻 監督・脚本 | ||
悲歌 監督・脚本 | ||
三太物語 脚本 | ||
夜の未亡人 脚本 | ||
1950 | 真珠夫人 人妻の巻 監督・脚本 | |
真珠夫人 処女の巻 監督・脚本 | ||
1949 | 春の戯れ 監督・製作・脚本 | |
歌うまぼろし御殿 脚本 | ||
脱線情熱娘 脚本 | ||
エノケンのとび助冒険旅行 脚本 | ||
銀座カンカン娘 脚本 | ||
1948 | 歌ふエノケン捕物帖 脚本 | |
エノケンのびっくりしゃっくり時代 脚本 | ||
親馬鹿大将 脚本 | ||
1947 | 四つの恋の物語 演出 | |
1946 | ||
1945 | ||
1944 | 雷撃隊出動 監督・脚本 | |
加藤隼戦闘隊 監督・脚本 | ||
1943 | ||
1942 | ハワイ・マレー沖海戦 監督・脚本 | |
1941 | 馬 演出・脚本 | |
1940 | エノケンの孫悟空 監督・脚本 | |
エノケンのワンワン大将 脚本 | ||
1939 | ||
1938 | 綴方教室 演出 | |
藤十郎の恋 演出 | ||
エノケンの猿飛佐助 どろんどろんの巻 脚本 | ||
1937 | エノケンのちゃっきり金太 監督・原作・脚本 | |
エノケンの猿飛佐助 ありゃありゃの巻 脚本 | ||
良人の貞操 後篇 秋ふたたび 監督・脚本 | ||
良人の貞操 前篇 春来れば 監督・脚本 | ||
1936 | 吾輩は猫である 監督 | |
エノケンのどんぐり頓兵衛 監督 | ||
1935 | エノケンの近藤勇 監督 | |
坊っちゃん 監督 | ||
1934 | ||
1933 | ||
1932 | ||
1931 | ||
1930 | ||
1929 | ||
1928 | 愛の町 脚本 | |
1927 | ||
1926 | ||
1925 | ||
1924 | ||
1923 | ||
1922 | ||
1921 | ||
1920 | ||
1919 | ||
1918 | ||
1917 | ||
1916 | ||
1915 | ||
1914 | ||
1913 | ||
1912 | ||
1911 | ||
1910 | ||
1909 | ||
1908 | ||
1907 | ||
1906 | ||
1905 | ||
1904 | ||
1903 | ||
1902 | 3'15 東京で誕生 |
花のお江戸の無責任 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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孫悟空 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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東京の休日 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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象 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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助監督に梶田興治。 |
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春の戯れ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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雷撃隊出動 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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加藤隼戦闘隊 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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空中戦で戦死した加藤健夫の伝記映画。円谷英二による空中戦の特撮 航空本部後援で製作 |
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ハワイ・マレー沖海戦 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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海軍の特別な依頼により製作。元々は真珠湾のみの話だったが、海軍の要望によりマレー沖海戦も入れることになる。公開半年前からの大々的なPRにより、国民の誰もがこの作品を知っていたと言われる。特撮は円谷英二が担当。だが、資料収集の際、軍の協力がなかなか得られなかったため、アメリカの空母の写真を参考にする。この作品を見た軍の検閲官は「これはアメリカの空母じゃないか。こんな国辱映画は焼いてしまえ」と怒鳴ったとか 戦時中の作品でありながら戦後もリバイバルされる名作。円谷英二の特撮技術を内外に知らしめる あまりにハワイ湾の精度が正確だったため、陸軍の測量部が測量技術の参考のために見学に来たという。 |
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馬 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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東北の山深い馬の産地で小野田甚次郎の娘いね(高峰秀子)は幼少の頃より、家で預かった馬と共に成長してきた。その預かった馬にこどもが出来たが、窮乏した家では両親がその子馬を売ろうとする。なんとかそれを止めさせたいいねが取った方法とは… 1930年代後半から、日本の映画はどんどん軍事色に染まるようになっていき、名だたる監督達も、この時期は国のためのプロパガンダ作品に手を染めるようになっていった。 山本監督も又、その映画監督の一人。その圧倒的演出力によって、国策的な映画を何本か撮ることになるのだが、その最初の作品が本作となる。 ただ、単純な国策映画とは一線を画す演出力もあり、監督自身のフィルモグラフィにおいてもかなりの異色作となった。 国民高揚を狙うにせよ、本作では戦地描写は一切無く、全て銃後の淡々とした生活がメインとなる。山本監督と言ったら古い特撮監督っていうイメージしかなかった私にとっても意外な部部である。しかも極めて高度な演出に裏打ちされた、臨場感溢れる作品となった。 どうやらこの作品、山本監督がこれから新しく監督となる助監督の面々を教育するために作ったと言う側面があるらしくて何人もの助監督にシーン毎を撮影させているのだが(四季の違いを違うカメラマンに撮らせると言う面白い試みをしている。このロケ撮影は助監督時代の黒澤明が担当する)、総合すると一貫した臨場感を出せたのはたいしたものである。 ただ、演出はとても高度な一方、物語がやや弱いような感じ。特に現代の私の目からすると、どうにも主人公の感情が掴みにくいのが問題。逆に言えば、演出でそこまでの説得力を持たせられなかったと言う事でもある。 そもそも馬をそんなに大切にする過程が不明だし、それを飲んだとしても、今度は「国のため」と言うだけで喜んでその大切な馬を供出出来るものなのか?なんて事を考えてしまうと、やっぱり説得力が薄いな。 |
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エノケンの孫悟空 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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助監督として黒澤明が参加。この時に後に妻となる矢口陽子がデビューしている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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エノケンの ちゃっきり金太 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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エノケンの近藤勇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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京都の町を高歯下駄の音高らかに闊歩する新撰組の近藤勇(榎本健一)と、極度の近眼で眼鏡が手放せない坂本龍馬(榎本健一:二役)の二人が巻き起こす江戸末期の一大スペクタクルミュージカル劇。 当然本作は戦前の作品なのだが、監督の山本嘉次郎と榎本健一というのは凄い人物だったんだ。と、しみじみ感心。山本嘉次郎と言えば、現代では本人よりも黒澤明監督の師匠だというので有名なきらいがあるが、この規制の強い時代にあって、ここまで奔放なコメディを作ったと言うことに驚かされる。 それに二役を演じる榎本健一が見事にはまっているという事実。殺伐としがちな活劇を見事にコメディに昇華している。キャラ立ても巧く、近藤勇は高歯下駄、坂本龍馬は眼鏡というアイテムを使うことで(どちらもそれがないと締まらないと言うのも良い特徴付けだ)、きちんと演じ分けていたし。コメディアンとしてのみならず演技者としてのエノケンの巧さが良く出ていた。 それと演出が面白い。当時の世相を笑い飛ばしてみたり、歌舞伎や日本舞踊のレビューじみた派手な演出があってみたり、脅迫状の文面に「SOS」と英語が書いてあったり。 圧巻は池田屋襲撃のボレロ。これに合わせて踊りまくりながら舞うように(と言うか、実際舞いながら)相手をばったばったとなぎ倒す場面はかなりシュールながら笑える。 これだけ垢抜けて奔放な映画が戦前にあったと言う事が驚き。戦争続きの時代だからこそ、良質な笑いを人々が求めていたとするなら、本作は見事にそれに適合していたと言えよう。 |
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