キング・コング
King Kong |
| 1991アメリカ国立フィルム登録簿登録 |
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アーネスト・ボーモント・シュードサック(共)
メリアン・C・クーパー
アーネスト・B・シュードサック
デヴィッド・O・セルズニック(製)
ジェームズ・アシュモア・クリールマン
ルース・ローズ(脚)
フェイ・レイ
ロバート・アームストロング
ブルース・キャボット
フランク・ライチャー
サム・ハーディ
ノーブル・ジョンソン
ジェームズ・フラヴィン |
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| ★★★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
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独自の画風で知られ、極地での撮影を得意とする映画監督のデナムは、危険を顧みずに伝説の生物を撮影するため、地図にも載っていない南海の孤島髑髏島に向かう。だが、彼の見つけだした映画のヒロイン役のアン(レイ)は島の先住民に誘拐されてしまう。彼女を救出するため、船員達と彼女の恋人ドリスコルは島の奥地へと向かうが、そこは恐竜と怪物コングが生息する前史の世界だった。その中でドリスコルはなんとかアンを取り戻し、更に追ってきたコングはデナムのガス弾で仕留められる。やがてニューヨークに連れてこられ、見世物にされるコング。彼の怒りが爆発するとき…
特撮、殊に怪獣映画が好きだというなら避けて通ることの出来ない、怪獣映画最初にして最高傑作(円谷英二がこの作品にリスペクトした形で『ゴジラ』(1954)を創り上げたのは有名な話)。コマ撮りアニメーションの合成で見事にコングの巨大さ、緊張感、そしてコングと人間の哀しみを描ききった所にこの映画の凄さがある。通常B級とされる題材を名作にまで引き上げた重要な映画の転換点でもある。
監督及びプロデューサーであるクーパーの元々の構想は本物のトカゲを使っての恐竜映画を考えていたそうだが、『ロスト・ワールド』(1925)のストップモーション技術を見て、急遽予定を変更したそうな。お陰で物語中盤にいたり、多量の恐竜を出すことが可能となった。いわば二つの映画が合体して作られた映画と言える。お陰で中だるみなしに見事なアクションを展開させることが可能となった。
怪獣ものの映画を観るに際し、私は怪獣は単なる暴れ者ではなく、何かしらそれ以外に引きずっているものが欲しいと思っている。むしろ私が怪獣映画を観る際は、その引きずっているものを中心に見ようとしている。
しかるに、この作品は当初単なる暴れ者にしか見えなかったコングが髑髏島では人間の女性のために戦うし、ニューヨークでのあの暴れっぷりは、あれ程の破壊をしつつももの哀しささえ覚える、と言った付加価値を非常に強く引きずっている。ラスト、飛行機の機銃掃射で瀕死となったコングが、アンを離し、愛おしむよう手をかざすところは本物の名場面だ。
結局彼は人間のエゴによる被害者でもあった。その中で唯一縋れるものとして、髑髏島での花嫁、アンを求め、彼女の身を気遣いつつエンパイア・ステートビルから落下していく。このコングの姿の描写は、実に素晴らしい。彼は彼の常識でしか生きることが出来ず、それを矯正しようとした人間のエゴによって死んでいったのだ。凶暴さと哀しさとの両立。だからこそ、コングは輝きを失わないのだろう(実生活でもこんな人間って結構いるよね?)。どう考えてもサイズの合わない女性を守ろうとするなんて、泣かせる演出じゃないか。
この映画のもう一人の主人公であるアン役のレイは、映画史初のSQ(スクリーミング・クイーン)として有名であるが、ラストに呟かれる「美女が野獣を殺した」という台詞によって、実は彼女はヒロインではなく、本当に物語の中心であったのだ。と思わせる演出は見事と言うしかない。それと演出の重要な点として本作の音楽の素晴らしさも挙げておくべきだろう。本作のスコアはマックス=スタイナーによるもので、100分の上映時価の内、なんと75分のオリジナル曲を用意したとか。映画館の臨場感のなかで観たら、どれほど感動できたか…痛切にそれ、やってみたいと思う。
以降は蛇足。
この作品であまりにも有名になってしまったためキング・コング(King-Kong)のコングとは「猿」若しくは「ゴリラ」を表す英語だと思っていたのだが(私だけ?)、実は造語。意外なことに語源は“金剛(Kinkong)”なのだそうだ。
この映画に関しては、公開当時は“残酷だ”との理由でいくつかのシーンがカットされていた。コングが花嫁となったアンの服をあのぶっとい指で剥ぎ取るシーンと、コングが人間を襲うシーンの一部(現地人を踏みつぶし、噛みつぶすシーン)は1971年になって残っていたフィルムを補完して復元された。ただし、唯一、丸太から振り落とされた男たちがクモガニ(クモとカニを足した姿の生物)に襲われるシーンだけはフィルムが残っておらず、カットされたままらしい。半ば伝説となったそのシーン、観てみたいものだ(このシーン、後にジョークとしてピーター・ジャクソン監督が作ってわざと流出させたなんてのもあったが)。
本作はオリジナルの劇場上映作品としてはフィルムが少なかったためにさほどの儲けは記録していないのだが、その後1952年に再公開したところ大ヒットし、その後さらにテレビ用にマスターを貸し出したら、全米で大ヒット。劇場でよりもテレビの方で大きく設けた作品だった。
オブライエンは生涯にわたり、この作品を愛し続け、生涯最後の企画として『キング・コング対フランケンシュタイン』を企画するのだが、その実現を見ることなく、彼は他界する…その企画は紆余曲折を経、東宝の手に入り、本作の大ファンである円谷英二を経て(資料用としてフィルムも保有していたそうだ)、本多猪四郎監督による『キングコング対ゴジラ』(1962)が出来上がったという事実もあり。
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It was beauty that killed the beast(美女が野獣を殺した)
キング・コング入門(書籍)神武団四郎 |