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ロバート・J・フラハティ
Robert J. Flaherty

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Flaherty
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アメリカ合衆国の記録映画作家、映画監督。
ドキュメンタリー映画の父として知られる。
映像作品にドキュメンタリーの語が用いられたのは、フラハティの『モアナ』を紹介する1926年2月8日付のニューヨーク・サン紙の記事が最初とされる。筆名でこの記事を書いたのは、イギリスの記録映画作家ジョン・グリアスンであった。
家族とともに現地に住み着いて撮影を行う方式をとり、その影響を受けた日本の小川紳介監督はフラハティの妻であるフランシス・フラハティの著書『ある映画作家の旅 ロバート・フラハティ物語』(みすず書房)を翻訳している。
Wikipediaより引用
経歴
1884'2'16 ミシガン州アイアンマウンテンで誕生
1914 映画界入り。フランセス・ハーバートと結婚
1951'7'23 死去
5+
4+
極北のナヌーク
3+
モアナ
2+
個人的感想
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1952
1951
1950 マタイ受難曲 編集
1949
1948 ルイジアナ物語 監督・原案
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1943
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1941
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1936
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1934 アラン 監督・撮影
1933
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1931 タブウ 監督
1930
1929
1928
1927
1926
1925 モアナ 監督
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1922 極北のナヌーク 監督・製作・撮影
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レビュー
モアナ
Moana
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ターベル
フィアンガセ
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 南太平洋サモア諸島に住むモアナという女性を含む村人を撮影し、この地ならではの生活を描いたドキュメンタリー作品。

 極北のナヌークを作り上げ、ドキュメンタリーの父と言われたロバート・フラハティ監督が、今度は南の島で作った作品となる。北の果てが終わったら南の島と、なんか極端な作り方をしている。
 実はドキュメンタリーという名前は本作で初めて使われたため、最初のドキュメンタリー映画とも言われている。実質的には極北のナヌークと同じ事をやってるため、最初にその名称が付けられたからというだけだが。
 内容的にはちゃんと島の生活を起伏を付けて紹介しているし、ストーリー性はなくても連続性があるので決して退屈させない。ドキュメンタリーとして考える限り、結構できは良い。強いて言うならば、フィルムがあまり良くなかったのか、非常に画面が荒れていることくらいか(あるいは観たフィルムが悪かったのか?)
 本作のどこまでが実録で、どこまでが演出なのかは今ひとつ分かっていないそうで、むしろドキュメンタリーと言うよりも、最初のモンドフィルムといった方が良いのかも知れない。
製作年 1925
製作会社 プレイヤーズ・ラスキー
ジャンル 生活(ドキュメンタリー)
モンド(ドキュメンタリー)
売り上げ
原作
歴史地域 サモア
関連
極北のナヌーク
Nanook of the North
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ロバート・J・フラハティ(製)
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 カナダ、ケベック州北部のアンガヴァ半島。年間の多くを氷に閉ざされたこの地で定住地を持たずに旅し、交易を行うイヌク族のナヌークと妻のナイラと子ども達の生活を追う。

 別邦題『極北の怪異』。監督のフラハティは現地の住民を助手とし、15ヶ月間という期間を用いて殆ど一人で完成させる。映画の最も初期に作られたドキュメンタリー作品なのだが、この時はまだ「ドキュメンタリー映画」という言葉が無く、本作もどこまでが本当で、どこまでが演出なのかが不明だし、無理に本物を作る必要性がない状態で作られた。だから正確な意味で本作はドキュメンタリーとは言えず、本物というお墨付きを与える事は出来ない。
 しかし、映画の面白さという意味では、全く遜色ない。極限の地で、それでもそこで生きている人はちゃんと生活をしている。生きるには過酷であっても、そんな中だからこそ、家族の結束の強さと愛情を見せ付け、彼らなりの楽しみを見つけている。その自然と調和して生きる姿は一種の羨ましささえ感じられるのが特徴だ。
 でもこの作品の一番の成果は、公開当時にこれを観た人の反応だっただろう。自分の知らない世界を垣間見ることができたことで、自らの生活の価値観を再確認したり、遠くの世界を夢見たりできる。素朴な人間関係に心からの憧れを抱く人もいるので、一種の清涼剤にもなる。
 人々の目を世界に向かせることが出来たと言うことだけでも本作は新しい映画の作り方を提示できたし、映画の作り方にも大きな意味を与えてくれた。その意味で映画界に対する貢献度は大変大きい。

 尚、ナヌーク一家は映画の完成直後に大吹雪が原因で全員死亡したそうで、それを知ってしまうと、なんとも寂しい気持ちになってくる。
製作年 1922
製作会社 レ・フローレス・レヴィロン
パテ・エクスチェンジ
ジャンル 生活(ドキュメンタリー)
売り上げ $53,000
原作
歴史地域 ケベック(カナダ)
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書籍
著作 評伝