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| 1991 | 4'16 死去 | |
| 1990 | ||
| 1989 | ||
| 1988 | ||
| 1987 | ||
| 1986 | ||
| 1985 | ||
| 1984 | インドへの道 監督・脚本 | |
| 1983 | ||
| 1982 | ||
| 1981 | ||
| 1980 | ||
| 1979 | ||
| 1978 | ||
| 1977 | ||
| 1976 | ||
| 1975 | ||
| 1974 | ||
| 1973 | ||
| 1972 | ||
| 1971 | ||
| 1970 | ライアンの娘 監督 | |
| 1969 | ||
| 1968 | ||
| 1967 | ||
| 1966 | ||
| 1965 | ドクトル・ジバゴ 監督 | |
| 1964 | ||
| 1963 | ||
| 1962 | アラビアのロレンス 監督 | |
| 1961 | ||
| 1960 | ||
| 1959 | ||
| 1958 | ||
| 1957 | 戦場にかける橋 監督 | |
| 1956 | ||
| 1955 | 旅情 監督・脚本 | |
| 1954 | ホブスンの婿選び 監督・脚本 | |
| 1953 | ||
| 1952 | 超音ジェット機 監督 | |
| 1951 | ||
| 1950 | マデリーン 愛の旅路 監督 | |
| 1949 | ||
| 1948 | 情熱の友 監督 | |
| 1947 | オリヴァ・ツイスト 監督・脚本 | |
| 1946 | 大いなる遺産 監督・脚本 | |
| 1945 | 逢びき 監督・脚本 | |
| 1944 | 幸福なる種族 監督・脚本 | |
| 1943 | ||
| 1942 | 軍旗の下に ノエル・カワードと共同監督 | |
| 1941 | ||
| 1940 | ||
| 1939 | ||
| 1938 | ||
| 1937 | ||
| 1936 | ||
| 1935 | ||
| 1934 | ||
| 1933 | ||
| 1932 | ||
| 1931 | ||
| 1930 | ||
| 1929 | ||
| 1928 | ||
| 1927 | ||
| 1926 | ||
| 1925 | ||
| 1924 | ||
| 1923 | ||
| 1922 | ||
| 1921 | ||
| 1920 | ||
| 1919 | ||
| 1918 | ||
| 1917 | ||
| 1916 | ||
| 1915 | ||
| 1914 | ||
| 1913 | ||
| 1912 | ||
| 1911 | ||
| 1910 | ||
| 1909 | ||
| 1908 | 3'25 クロインドンで誕生 | |
| インドへの道 1984 | |||||||||||||||||||||||
| 1984米アカデミー助演女優賞(アシュクロフト)、作曲賞、作品賞、主演女優賞(デイヴィス)、監督賞(リーン)、脚色賞、撮影賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞、音響賞、編集賞 1984NY批評家協会作品賞、女優賞(アシュクロフト)、監督賞(リーン) 1984LA批評家協会助演女優賞(アシュクロフト) 1984ゴールデン・グローブ外国映画賞、助演女優賞(アシュクロフト)、音楽賞、監督賞(リーン)、脚本賞 1985英アカデミー主演女優賞(アシュクロフト)、作品賞、主演男優賞(バナルジー)、助演男優賞(フォックス)、脚色賞、作曲賞、撮影賞 1985キネマ旬報外国映画9位 |
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| リーン監督14年ぶりの新作だが、これが遺作となる。 日本ではヒットした。 インド人のイギリス人に対する劣等感の描き方が細かい。一応植民地支配を批判しているはずだが、何故かイギリス人の高潔さを強調している。 リーン監督14年ぶりの監督作。アシュクロフトは高齢のため辞退するが、リーンが「同じ年」だからと口説き落とす。 |
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| ライアンの娘 Ryan's Daughter |
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| 1970米アカデミー助演男優賞(ミルズ)、撮影賞、主演女優賞(マイルズ)、音響賞 1970英アカデミー作品賞、主演女優賞(マイルズ)、助演男優賞(ミルズ)、助演女優賞(クローリー)、監督賞(リーン)、撮影賞 1970ゴールデン・グローブ助演男優賞(ミルズ) 1971キネマ旬報外国映画第2位 |
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| 1916年。IRAによるイースター蜂起が失敗して間もないアイルランドの寒村キラリーで教師をしているチャールズ(ミッチャム)は、彼の教え子でもあるロージー=ライアン(マイルズ)と年の離れた結婚する。傍目からは申し分のない夫婦が誕生したのだが、ロージーの求愛にチャールズは応えることが出来なかった。そんな時、キラリーに、第一次世界大戦で脚を負傷した兵士ランドルフ(ジョーンズ)が英軍守備隊の指揮官として赴任してきた。ある日発作に見舞われたランドルフを、そこに居合わせたロージーが甲斐甲斐しく世話をするのだが、その関係はやがて愛へと変わっていく… IRAの活動とアイルランド気質を下敷きに作り上げた大作メロドラマで、1971年全米興行成績4位と、かなりのヒットを記録。 しかし、確かに大作感はあるものの、しかし不倫もののメロドラマを何もこんなに金かけて作らなくても良かったんじゃない?ってのが正直な感想。そもそもメロドラマ、特に不倫ものが嫌いな人間としては、これだけ長々と不倫ものやられるとかなりげんなり来る。 その分演出は確かに優れていて、荒海の北海の描写と、のんびりした田舎の風景の対比に関しては文句なしなのだが、如何せん長すぎるのが問題で、演出のテンポも悪い。正直私にとっては退屈なだけで終わった感じ。この年には同じくイギリス史を題材とした『クロムウェル』(1970)もあるが、歴史観としても、本作は緊迫度が足りず。 かなりのヒットを記録したとは言え、完璧主義の監督にとっては不満が多く、更に監督のわがままぶりが批判されて評論家に酷評されてしまい、以降14年間リーン監督は活動を休止してしまったという曰く付きの作品でもあり。 |
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| ドクトル・ジバゴ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1965米アカデミー脚色賞、撮影賞、作曲賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞、作品賞、助演男優賞(コートネイ)、編集賞、録音賞、 1965ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(シャリフ)、監督賞(リーン)、脚本賞、音楽賞 1966英アカデミー作品賞、男優賞(シャリフ)、女優賞(クリスティ) 1966カンヌ国際映画祭パルム・ドール(リーン) 1966キネマ旬報外国映画第9位 |
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| ボリス=パステルナークがイタリアで出版した小説の映画化。撮影はスペインとカナダで行われる。原作はノーベル文学賞に選ばれるが、原作者のパステルナークはソ連の圧力で辞退する。大作を任されたリーンは再び『アラビアのロレンス』のスタッフとキャストを結集して本作に臨む 1966年全米興行成績2位 巨額の経費を必要としたが、イギリス映画史上空前の収益を上げる 20世紀初頭の揺れ動くロシア社会を描く。雄大で厳しい自然を背景に名優達の姿を描く |
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| アラビアのロレンス | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1962米アカデミー作品賞、監督賞(リーン)、撮影賞、作曲賞、美術監督・装置賞、編集賞、録音賞、主演男優賞(オトゥール)、助演男優賞(シャリフ)、脚色賞 1962英アカデミー作品賞(総合)、作品賞(国内)、男優賞(オトゥール)、脚本賞、男優賞(クィン) 1962ゴールデン・グローブ作品賞、助演男優賞(シャリフ)、監督賞(リーン)、撮影賞) 1963キネマ旬報外国映画第1位 |
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| 第1次大戦下の1914年、ドイツと同盟を結ぶトルコに反乱を企てるアラビア遊牧民を支援すべくイギリス軍より派遣されたトーマス・エドワード・ロレンス(ピーター・オトゥール)はトルコ軍の近代戦術に翻弄される反乱軍指導者フェイサル(ギネス)を遊牧民族の一族長アリ(オマー・シャリフ)と共に説き伏せゲリラ戦術によるトルコ軍の要衝アカバ攻略を進言する。金拝主義の族長アウダ(アンソニー・クイン)を巻き込み決死の砂漠横断の末アカバを陥落した反乱軍はロレンスを軍神とあがめるのであったが…。砂漠とその民を深く愛し、しかし英国人であるがために深い挫折に追い込まれていく青年リーダー、ロレンスの苦悩を中心に、砂漠の一大戦争スペクタクルを展開していく T・E・ローレンスのアラビアでの活躍を描いた作品。英国人でありながらアラビアのファイサル王子を助け、ベドウィンをまとめ上げ、巨大勢力に育てた彼の功績は確かに素晴らしいものだが、それがイギリスの国益に結びついている事から評価が分かれるところだが、その彼をあくまで冷静なタッチで描きあげた点本作の面白さがあるだろう。音楽も画面に非常に合っていて素晴らしかった。しかし、この映画を語る際、最も大切なのは主演を新人のピーター・オトゥールとした所にあることを忘れてはならない。彼のあの神経質な表情と青い目が乾いた大地に何と映えたことか。その精神と目とが見つめた砂漠のリアリズム。そして人間による(又は自分自身が引き起こした)災禍。それに同化出来た時、この映画は大きな感動を呼ぶ。 実際、ここでのロレンスはアラビアの民族では決してない。だが同時に彼はイギリス人であろうともしない。いわゆる文明国と呼ばれる国のマナーを持ちつつも、砂漠のリアリズムを見つめている。それが端的に示されたのが、前半では行軍中脱落した一人を身を以て助け出すところ、そして自分自身の命を賭けてまで助けたはずの男を撃ち殺さねばならなかったところ。そして後半においては、「自由」を求めて行ったはずの事が、結果的に「死を伴う不自由」を強いてしまったところ。そのリアルな部分を、中心にいて見つめている。 劇中のローレンスは自分は何者か、その事を常に問い続けていた。革命のただ中にいる自分。停滞する状況の中、自暴自棄にさえ見える行動でトルコ人に自らの身体を蹂躙させ、自らの可能性を見ようとする自分。そして国際状況に逆らい、アラブ人のために国を造ろうとし、それが失敗した時の絶望。結局彼の目には、イギリスも、そしてアラビアも、彼のいるべきところではなかった。結局彼が後年バイクを用い、スピードの中に自分を置くことになったのは、それが理由だったのかも知れない。 命のやりとりの狭間に自らを置くことでアイデンティティを探すロレンスは、そうせざるを得ない人間の業を感じさせられると共に、キリスト教圏とイスラム教圏の狭間にある世界の悲哀というものも感じさせてくれるものだ。 そしてそれら全てを見つめる彼の目つきが非常に色っぽい。結局オトゥールの魅力とは、その色っぽさにあったのかな? 歴史的に見るならば、イギリスはドイツとトルコに対抗するため、アラブ人とイスラエル人に対し、パレスティナを与える。と言う二股膏薬的外交を行っていた。それが現在の中東の混乱の一端でもあり、そしてローレンスの悲劇でもあった。 撮影技術も極めて高度なものが使用され、特にカメラが砂漠をパンしていくと、画面の端にアラビア海が遠望されるパノラマ・シーンは感動的な光景だ。 本作は主演のオトゥール、監督のリーン共にイギリス人で、当然イギリス映画だが(イギリス作品が米アカデミーでオスカーを取るのは結構多い)、資本そのものはハリウッドから流れたもの。これは経済的な理由で、アメリカは海外における売り上げのドルを一定額しかアメリカ本国に持ち帰ることが出来なかったため、その余剰金を用いて海外で大作映画が作られるようになったためである(海外の方が物価が安く付くというのも大きな理由)。そのためにふんだんに資金が用いられ、なんと1,500万ドルという史上稀に見る資金が投入されたが、結果的に映画が大成功したお陰で充分すぎるほど元は取れた。 本作の完全版は3時間42分に及ぶが、公開当時は20分がカットされ、再公開では更に15分カットされてしまった。結果的に映画史家のロバート=ハリスの手を経て失われた20分を再編集して完全版として公開されたのは27年後の1989年。これには本作の大ファンであるスピルバーグやスコセッシ監督の働きかけがあったそうだ(完全版では3時間46分となっている)。 ところで本作にはいくつかの逸話がある。オトゥールは見事なはまりぶりだったが、実は彼は第一候補ではなかったそうだ。プロデューサーのサム=スピーゲルは元々ロレンス役にはマーロン=ブランドかアルバート=フィニーを予定していたのだが、両者が出演以来を断ってしまったため、急遽代役のような形で、スピーゲルに嫌われている(なんでもオトゥールは前にスピーゲルをちゃかしたような言動をしたからだとか)オトゥールにお鉢が回ってきたという。大分後になってからだが、オトゥール本人が、旅行中の外国(ヨルダンだったと思う)のテレビで偶然本作を観て、「あの太って貧相で、目を光らせてる奴は誰だ?」と言ったとか…結構天然入ってる人だったんだな。 又、本作の印象的な音楽はモーリス=ジャールの傑作だが、これも本来リチャード=ロジャースに依頼していた作曲が間に合わなかったから、急遽作り上げた曲だとのこと。結構裏話が面白い作品だ。 撮影はニコラス・ローグ。 |
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| 戦場にかける橋 The Bridge on The River Kwai |
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| 1957米アカデミー作品賞、主演男優賞(ギネス)、監督賞(リーン)、脚色賞、撮影賞、作曲賞、編集賞、助演男優賞(早川雪洲) 1957英アカデミー作品賞(総合)、作品賞(国内)、男優賞(ギネス)、脚本賞 1957NY批評家協会作品賞、男優賞(ギネス)、監督賞(リーン) 1957ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(ギネス)、監督賞(リーン) 1957キネマ旬報外国映画第5位 |
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| タイとビルマの国境近くにある日本軍の捕虜収容所。ここでは連合軍の捕虜を使って、国境に流れるクワイ河に橋を架ける準備が進められていた。だが、英軍大佐のニコルソン大佐(ギネス)はこれがジュネーヴ協定に反するとして、所長の斎藤大佐(早川雪洲)と対立する。彼の勇気と理路整然とした抗議に感心した斎藤は改めて捕虜の恩赦を条件に再度協力を要請し、捕虜たちに生きがいを与えようと考えていた大佐はこれを承諾する。こうして日本軍と連合国捕虜達による共同の架橋設置作業が始まった。だが、脱走に成功した米軍捕虜の海軍少佐シアーズ(ホールデン)の持ち帰った情報により、連合軍は架橋爆破作戦を計画していた。 原作は第2次世界大戦中のビルマとタイの国境を舞台とした、実話に基づくピエール・ブールの小説「クワイ河からの生還」(持ってるはずだけど未読)を元にアメリカ資本300万ドルを用いてこれが初大作というリーン監督が映画化。公開時の1958年には全米興行成績は堂々の1位。更にこの年の作品賞でのオスカーを得、成績と賞を両方得たという珍しい作品。 本作を未見の人でも口笛によるタイトルソングは大抵聴いたことがあるだろう。それだけ印象的な音楽なのだが、その音楽に決して負けず、内容も素晴らしい。ストーリーそのものにはかなり単純なものだが、その中にあっての人間ドラマ、緊張感、虚しさの演出。立ちまくったキャラクター。その中でも民族性の違いの演出が実に上手い。規則に真面目で、頑固ながら部下のことを何よりも心配するイギリス人軍人をギネス。お調子者でヒーロー願望を持っているが、自分の役割をはっきり認識していて、やる時はやるヤンキー魂を持ち合わせるアメリカ人将校にホールデン(この人、ワイルダーの『第十七捕虜収容所』(1953)でも脱走兵役やってたってのが面白いが、性格描写は随分違ってる)、そして何より武士道を重んじる日本人収容所長に早川雪洲(先日知ったが、映画現場で足場を「セッシュウ」というのは彼の名前からだそうだ…彼の身長が低かったからよく足台を使っていたから。時代的に悪役が多いが、日本を代表するハリウッド・スターだ)。この三者三様のものの見方がちゃんと対比されている。しかもそれら民族的特徴をどことなく皮肉に描いているのもイギリス監督のなせる技か。 それに緩急をわきまえた演出、サスペンス性、真摯な会話の数々。そしてラストのカタルシスと、まさに大作と呼ぶにふさわしい作品だろう。 確か初見は日本語吹き替えの地上波テレビで観たものだが、まだ子供だったからか、本作の良さというのは今ひとつ分からなかったが(口笛だけは印象深かったが)、丁度先日ビデオで観直す機会を得た。いや、こんなに面白い作品だったんだな。と改めて感心してしまった。特に最後、折角これだけ苦労に苦労を重ね、ようやく完成した橋が一瞬にして爆破されてしまう時の虚しさの演出は身震いを感じるほどだった。確かに捕虜収容所がえらく牧歌的で、それが真実とは外れていると言う指摘もあるが、あくまで本作は物語と捉え、それも演出の一つと考えたい(一応これでも日本人だから)。捕虜収容所という設定でありながら、決して地味にならないように配慮されたテンポの良いストーリー展開も好感が持てる。 戦争を描いた作品でこれだけ全く人が死なない映画も珍しい。それでこれだけの描写が出来るのだからたいしたものだ。まさに戦争映画の佳作だ。 更に、本作はもう一つ大きな功績を残したことでも知られる。今でこそ公開された映画がしばらくするとテレビで観られるようになるが、昔は映画は映画館で。と言うのが主流の中、本作がテレビ放映した際、驚異の視聴率を得たそうだ。本作がその流れを後押ししたのは確からしい。 当初本作はハワード=ホークスに監督が依頼されたが、かつて『ピラミッド』(1955)が失敗したため、大作に及び腰で断られ、なんとこれが本当の大作は初めてというリーンに話が持って行かれた。それまで基本的に恋愛劇ばかりを作ってきたリーンだったが、見事に大役を果たす。 尚、脚本家のマイケル・ウィルソンとカール・フォアマンは二人とも非米活動委員会のブラックリストに載っていたため、オリジナルでは原作者のピエール・ブールの名前が脚本家にクレジットされた(アカデミーは1984年に改めてこの二人を表彰し、修復版が作られた時には二人の名前がクレジットされた)とか、逸話にも事欠かない作品。 …どうでも良いことかも知れないが、やっぱりこの続編『戦場にかける橋 クワイ河からの生還』(1989)を作ったのは失敗では? |
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| 旅情 Summertime |
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| 1955アカデミー主演女優賞(ヘップバーン)、監督賞(リーン) 1955NY批評家協会監督賞(リーン) |
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| アメリカでしがない秘書をしているハイ・ミスのジェイン=ハドスン(ヘップバーン)は、長年の夢を叶え、ヨーロッパ旅行にやってきた。ヴェニスに滞在中の彼女はサン・マルコ広場で彼女を見ている中年の男(ブラッツィ)を見かけ、その後通りすがりの骨董店に入ったところ、その店主こそが先ほど彼女を見ていた男であることを知る。その男レナードはジェインにヴェニスの案内を買って出、思わず頷いてしまったジェインだったが… 『アラビアのロレンス』(1962)や『戦場にかける橋』(1957)と言った大作映画で知られるリーン監督だが、初期の作品はむしろ低予算の恋愛を主体にした作品を得意としていた。その監督が大作監督となる転換点となったのが本作と言っても良いだろう。設定そのものは自分のフィールドで、しかし初の大型予算プロジェクトでの挑戦で、見事に成功に導いた。それで監督は世界に認められ、次々と大作をものにしていくことになる。次回作の『戦場にかける橋』が大成功したのも本作あってこそ。 この手のラブロマンスものは苦手な部分はあるけど、ここでのヘップバーンの演技は確かに素晴らしい。この人は失礼ながら綺麗とは決して言えないのだが、それを自分自身充分知っていて、それを演技に活かすことをよく知っている人で、それこそが彼女のオーラを増している。 その華を上手く活かしたのが本作の特徴だろう。この役はヘップバーンのために作られたと言っても構わないほど見事にはまっていた。いかにも気の強い人間が人から隠れてうちひしがれる様子なんか、この人の独壇場と言っても良い。 そして演出の巧さも映える。ヴェニスの町のごみごみした路地から広場へと至るカメラ・ワークは見事で、一瞬にして視界が広がる感じ。そして最後、ヘップバーンを乗せて去っていく列車のロングショットは割と長回しになってるが、これが又本当に見事。これがハイ・ミス役であるヘップバーンの心境と連動して行われているのが良い。コンプレックスの固まりが、恋をすることで少し広がり、そしてそこから解放されることによってより広い心を持つに至る。後の『アラビアのロレンス』で多用されることになるロングショットはこんな所にも活かされているわけだ。 ここで登場する駅はヴェネツィアにあるサンタ・ルチア駅。特にラストシーンの旅立ちの描写は素晴らしい。 ただ一方、物語はありきたりと言うにも何な出来で、どうにも私には合わないのが何ともかんとも。もっと楽しめても良かったはずなんだけどなあ。 |
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| マデリーン 愛の旅路 Madeleine |
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| タイトル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| オリヴァ・ツイスト Oliver Twist |
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| 1948ヴェネツィア国際映画祭美術賞 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 大いなる遺産 Great Expectations |
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| 1947アカデミー撮影賞、美術監督賞、美術装置賞、作品賞、監督賞(リーン)、脚色賞 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 両親を失い姉夫婦に養われていた少年ピップはある日墓場で脱獄囚と出会い、彼の願いで食べ物を運んでやる。やがて彼は捕らえられていった。その後、ピップは近くの大邸宅に
住んでいる狂女といううわさのあるハヴィシャム嬢から遊び相手として呼ばれ、そこで彼女の養女となっているエステラという少女と出会う。やがて時が流れ、鍛冶屋として働くピップの元に、弁護士が現れ、彼が大きな財産の相続人に指定されたことを告げるのだった… 「オリバー・ツイスト」もそうだが、少年が様々な大人達の運命に翻弄されている内にいつの間にか幸運を掴んでいたというのはまさにディケンズそのものと言う感じ。典型的なディケンズの古典作品を忠実に映画化した、と言うのが本作の特徴だろう。これだけ複雑な流れの物語を端折る事無く、しかもすっきりとまとめ上げたリーン監督の力量を見せつけた形で、名作文学の最高の映画化作品とも称されている。 本作の魅力と言えば、やっぱりキャラクタなのだが、主人公が本当に何もしないと言うのが一番の魅力なのが面白い所。流れるままに、言われるままに生きているだけ。強いて言えば、子供時代に食べ物を持っていったことと、最後にカーテンを開けた事を除けば自分から進んで行動した事はなく、人に言われたまま流されるままに行動していく。ただ、主人公が一歩退いた分、他のキャラが脇役に至るまで活き活きしてる。本当の脇役なのだが、本作がアレック=ギネスのデビュー作だし、少女時代のジーン=シモンズまで出ていて、本作を機にイギリスの映画が一ランク上がった気がする。ちなみにピップ役のミルズはこの時38歳。20代そこそこの役をちゃんとやってるのも凄い。 物語も破綻がないが、原作そのものがさほど好きってほどじゃないし、ストーリー展開も強引な所があったりして、点数はそこそこ。 |
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| 逢びき Brief Encounter |
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| 1946アカデミー主演女優賞(ジョンソン)、監督賞(リーン)、脚色賞 1946カンヌ国際映画祭グランプリ(リーン)、批評家賞(リーン) 1946NY批評家協会女優賞(ジョンソン) |
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| 平凡な会社員を夫とし、息子が一人いるローラは毎週木曜、近郊の小都市への買い出しついでの昼食や映画鑑賞を楽しみにしていた。そんな時にアレックスという医師と出会い、お互いに惹かれ合っていく。 ノエル・カワード原作の、しっとりと大人の愛情を描いた好作で、本作のヒットによってリーン監督は大監督の仲間入りを果たした。 ただ私にとってはどうだろうか?確かにジョンソンの微妙な演技は実に上手いし、物語の節目節目に登場する列車の動きのダイナミズム。場面構成など、特筆に値する名シーンは多い。イギリス映画の渋さを代表する作品とも言われている。 …だが、あまりにも題材がストレート過ぎた。私はメロドラマは嫌いなんだよ。もっと題材的に捻った部分が全面に出ていたら良かったんだけどね。私にはちょっと直球過ぎた。映画そのものの出来は確かに良いと思うし、ラフマニノフのピアノと言い、カメラ・ワークは見事に尽きるし、主役二人の目の演技はやはり上手い。ただ、やはり私の感性の問題だ。 ただ、最後のローラの夫フレッドの台詞は瞬間ジンときた。彼は妻の感情が揺れている事をよく知っていた。知っていながら、あくまで包み込む事しかできない、ある意味善良すぎる男だった。だが、その自分の所に妻が帰ってきてくれた。その安堵感と優しさが分かるようだ。こう言う男にはなりたくてもなれそうもないな。 節度ある不倫ものって事になるのかな?(変なたとえか?) |
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