|
|
あべ ゆたか。ハリウッド無声映画期「ジャック・アベ」、「ジャック・ユタカ・アベ」の芸名で、ハリウッド映画で俳優として活躍した後、帰国して日本の映画監督。映画人仲間からは「阿部ジャッキー」の愛称で呼ばれていた。
17歳で渡米し、ハリウッドで俳優としてデビューする。早川・青木夫妻の居候となり、早川の求めに応じて映画の脚本を書くようになる。
トーマス・H・インス、フランク・ボーゼージの両監督からは演出術を学ぶ。
太平洋戦争中は東宝で活躍し、国策戦争映画に辣腕を振るう。
『戦艦大和』で助監督を務めた瀬川昌治は、阿部の第一印象を「群を抜いてお洒落な年配の紳士」、と著書に記している。
阿部の助監督を務め、『足にさわつた女』のリメイクもした市川崑は、阿部を「新しい人間のみつめかたを創造した監督」と評し、「映画づくりも日常生活もモダンで、実にスマートでした」「時代におもねらずにさっさとやめていかれた阿部さんを、さすがにスタイリストだと思ったものです」と述懐している。
丹波哲郎が新東宝に入社した当時、態度が大きく挨拶もしない丹波を阿部は徹底的に嫌っていたが、『女といふ城』のクランクアップ間近に、阿部が後ろ手に持っていたべっこう飴を丹波がパクリと口で咥えて取り、驚いて振り返った阿部に丹波が微笑を返したところ、それ以後、阿部はすっかり丹波を気に入ってしまったという。 |
| Wikipediaより引用 |
|
|
|
|