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石原立也

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鑑賞本数 1 合計点 3 平均点 3.00
allcinema Walker ぴあ IMDb CinemaScape
wiki キネ旬 eiga.com wiki(E) みんシネ
書籍
ムック
ハマルアニメ 特集「東のエデン」を解く etc.(書籍)
2019 響け!ユーフォニアム 〜誓いのフィナーレ〜 監督
2018
2017
2016 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜 監督
無彩限のファントム・ワールド<TV> 監督
2015 響け!ユーフォニアム<TV> 監督・演出・絵コンテ
2014 甘城ブリリアントパーク<TV> 監督
Free! -Eternal Summer-<TV> 絵コンテ
中二病でも恋がしたい!戀<TV> 監督
2013 小鳥遊六花・改 〜劇場版 中二病でも恋がしたい!〜 監督
境界の彼方<TV> 絵コンテ
たまこまーけっと<TV> 監督
2012
中二病でも恋がしたい!
<A> <楽> 監督・絵コンテ
2011 けいおん! スーパーバイザー
日常
<A> <楽> 監督・脚本・絵コンテ
2010
けいおん!!
<A> <楽> 演出・絵コンテ
wiki
2009 涼宮ハルヒの消失 総監督
けいおん!
<A> <楽> 絵コンテ
wiki
涼宮ハルヒの憂鬱(2nd)
<A> <楽> 監督
wiki
2008
CLANNAD AFTER STORY
<A> <楽> 監督
wiki
2007
CLANNAD
<A> <楽> 監督
2006
Kanon カノン
<A> <楽> 監督
涼宮ハルヒの憂鬱(1st)
<A> <楽> 監督
2005 AIR・夏 特別編 AIR IN SUMMER<TMV> 監督
2004 AIR<TV> 監督
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996 新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり 演出
赤ちゃんと僕<TV> 演出
1995 ヤマトタケル 〜After War〜<OVA> 演出・絵コンテ
1994
1993
1992
1991 しあわせってなあに<OVA> チーフディレクター・作画監督
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
1979
1978
1977
1976
1975
1974
1973
1972
1971
1970
1969
1968
1967
1966 7'31 京都で誕生

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響け!ユーフォニアム 〜誓いのフィナーレ〜
<A> <楽>
花田十輝(脚)
黒沢ともよ
朝井彩加
豊田萌絵
安済知佳
石谷春貴
藤村鼓乃美
山岡ゆり
津田健次郎
小堀幸
雨宮天
七瀬彩夏
久野美咲
土屋神葉
寿美菜子
櫻井孝宏
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部 波乱の第二楽章(小説)武田綾乃
 新学期が始まり、新体制となった北宇治高校吹奏楽部。昨年全国大会まで言ったと言う実績もあり、大勢の新入生が入り、2年生となった黄前久美子(黒沢ともよ)は後輩を抱えることになる。低音パートに入ってきた新1年生はみんな曲者揃いで、そんな後輩の面倒を看るようになっていった久美子だが…
 かつてテレビシリーズで展開していた
「響け!ユーフォニアム」は、テレビとは思えない綺麗な絵と、演奏シーンのとんがった演出によってとても印象深いものとなった。お陰で私自身が興味もって原作を読み始めたくらい。
 原作について言うなら、現役大学生が小説を書いたという事から、まだ文体は練られておらず、1作目なんかは結構読み難い作品だったのだが、いかにも普通の高校でありそうな出来事や細やかな心理描写がとても面白い作りだった。
 それから次々に続刊が書かれていくことになるのだが、話が進むにつれて著者の実力も上がり、4作目と5作目となる本作の原作「第二楽章」になると、文章自体も軽快に読ませる見事な作品になっていった。著者が現在書きつつある3年生編がとても楽しみでもある。

 原作が前後編と長いので、これもテレビシリーズでやるのか?と思っていたのだが、敢えてそれを映画でやるというのに少々驚いた。
 ただし、これは特殊な形態で、基本一本の映画で全部を演出するが、その一エピソードだけを『リズと青い鳥』(2018)として別な映画で作っていた
(そちらには本来主体的に関わるはずの久美子の存在が敢えてカットされている)。なかなか面白い形式で上映された。
 ただ、私なりに考えるなら、大変勿体なかった作品だったと思う。

 この作品は普通の高校生の、普通の高校生活を描くところに特徴がある。いわゆる“普通”の高校生として青春を吹奏楽に賭ける少女達が描かれることになる。
 だからメインストーリーは全国大会に向けての吹奏楽部の活動となるのだが、主人公の黄前久美子は、問題を持った人と関わって、その解決の手伝いをしてしまうという点がちょっとだけ特徴のある物語となる。
 主人公の久美子は基本的には真面目に部活に打ち込む普通の女の子で、問題がある人に積極的に関わる訳ではない。その問題がだんだんとエスカレートして収拾付かなくなったところで巻き込まれ、そこで事件解決への道筋を探るようになるというのが基本的な道筋。
 原作ではその問題を持つ事態が五つほどあって、それも同時並行的に徐々に進んでいく。最終的にすべて久美子の介入で一応の解決を見て、問題を抱えていたそれぞれの高校生達の成長物語になっていく。

 ただ、この同時並行的に進んでいく物語というのが問題となる。これらをすべて描くためには本来それなりの時間を必要とするのだ。テレビシリーズ向きの素材である。
 ところがそれを時間に制限のある劇場版で作っってしまった。そのため問題が醸成されるまでの時間がなくなってしまって、とてもせわしない物語になってしまった。
 具体的には順番に問題が起こって、起こった途端に久美子がそれを解決するように見えてしまう。もっと時間をかけて問題が熟するのを待たずに終わってしまうため、すべてが唐突に解決してしまう。
 並行していくつもの問題が少しずつ展開していき、こんがらかった問題を少しずつ解決していくという風にテレビで作るべきだったとは思う。多少演出が犠牲になったとしても、ストーリーに力を入れてほしかった。

 ただ、映画だからこその良さもある。何より演奏シーンは映画館で観るからこその迫力がある。更に『リズと青い鳥』をあらかじめ観ていると、その主人公鎧塚みぞれの圧倒的演奏シーンに心が熱くなる。

 作品としてきちんとまとまっているし、テンポが良いとも言えるが、私としては、もっと長い作品で作って欲しかったと思う。せめて前後編。間に『リズと青い鳥』を挟んだ三部作だったらだいぶ良くなったと思う。
 そんなこともあって、良い部分と今ひとつの部分の二つがあるので、結構複雑な思いはある。
響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜 2016

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花田十輝(脚)
黒沢ともよ
朝井彩加
豊田萌絵
安済知佳
寿美菜子
早見沙織
茅原実里
櫻井孝宏
石谷春貴
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ(書籍)武田綾乃
 かつて吹奏楽の名門と言われながら、今はすっかり落ちぶれてしまった京都府立北宇治高校に入学した黄前久美子は、入学早々友達になった級友に引きずられるように吹奏楽部への入部を決めてしまう。予想以上に酷い状態だったが、そこには中学時代に共に吹奏楽をしていた高坂麗奈がいた…
 日本がアニメ立国などと言われるようになってそれなりに時間が経過したが、その中で最も゛熱い゛アニメスタジオがどこかと言われると、色々出てくるかもしれないが、京都アニメーションを挙げる人が多いのではないかと思う。
 『涼宮ハルヒの憂鬱』がその出世作となるが、以降定期的に質の高いアニメ作品を投入し続けている。
 そして京都アニメーションはテレビアニメを積極的に劇場化することでも知られる。今までテレビで放映されたものなので、安定した観客数が望めるし、それに見合うだけのクォリティを提供できるシステムが確立されているからだろう。
 その多くは続編として位置付けられるものになり、オリジナリティの高いものとなる。然るに、本作はこれまでにない試みの元で作られる事になった。
 簡単に言えば、初めてテレビアニメの再編集版を投入してみたのだ。
 テレビアニメ版「響け!ユーフォニアム」は特に画面の綺麗さに定評のあった作品なので、そのまま劇場にしても視聴に耐えられるとの判断だったのかもしれない。その意味ではチャレンジだったかとも思える。少し意地悪に解釈すると、2016年秋から始まる第二期の"つなぎ゛のためとも取れるのだが…

 で、出来としては、
「まあまあ」と言ったところか?

 確かにテレビ版はテレビアニメにしておくには勿体ないほどのクォリティだったが、それが劇場レベルにまでなっているのか?と言われると微妙。綺麗は綺麗だが、大画面になると荒さが目立つし、何よりキャラクターの描写線の太さが気になってしまった。テレビと劇場とでは作り方そのものが違うということを痛感させられる結果となったし、テレビ放映の時は全く気にならなかった作画でいくつもの違和感を感じさせられる事にもなった(一例を挙げると、高校の上履きで、左右が異なるように見える描写が多々ある)。
 物語においても、既に一度観てしまったもののため、新味はない。ではテレビアニメ版との違いは何かと言えば、何を取捨選択したかという問題となる。合計6時間にも至るテレビアニメ版を二時間弱に収めなければならないのだから、当然大胆に切ることになる。
 そしてその切り方は、とてもオーソドックスに物語を追うものになっていた。
 テレビアニメを劇場化するためには正しい作り方なのだが、同時にそれでは物足りない。
 この作品は物語のみで観るなら、素直なサクセスストーリーでははあるが、本作の潜在的な魅力とは、高校生として、色々もやもやしたものを抱えながらも、なんとか吹奏楽に全力に取り組もうとする葛藤にある。正しいことをしたからと言っても解決はしないことも多いし、有言無言の人間関係のプレッシャーに常に直面させられ続ける。自分でも間違っていると分かっていても、余計なことをして人を傷つけるし、人の心が知りたいと願い、それが分からないと苛立つ。物語をシンプルにすると切り捨てられるそんな細かいエピソードが、この作品の魅力でもあるのだ。
 仕方ないとは言え、劇場アニメとして切り捨てられたその部分の魅力も捨てがたかったと今更ながら思うものだ。
小鳥遊六花・改 〜劇場版 中二病でも恋がしたい!〜 2013

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花田十輝(脚)
内田真礼
福山潤
赤崎千夏
浅倉杏美
上坂すみれ
保志総一朗
仙台エリ
井上喜久子
天野由梨
福原香織
設楽麻美
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
中二病でも恋がしたい!(書籍)虎虎
涼宮ハルヒの消失 2009

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志茂文彦(脚)
平野綾
杉田智和
茅原実里
後藤邑子
小野大輔
桑谷夏子
松岡由貴
白石稔
松元恵
あおきさやか
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
涼宮ハルヒの消失(書籍)谷川流
 クリスマスまで後少し。涼宮ハルヒの率いるSOS団は、ハルヒの号令一過、クリスマスパーティの用意に余念なく過ごしていた。そんなハルヒに引っ張られ、ぼやくことが多くなった”俺”キョン。だがそんなある日、”俺”はとんでもない事態に放り込まれてしまった。ある日学校に行くと、そこにはトラブルメーカーのハルヒはおらず、更に過去”俺”を殺そうとして消去された朝倉がいたのだ。しかもSOS団の面々は誰も”俺”の事を覚えてないと言う。混乱する”俺”が文芸部室の中で見つけたものは…
 日本のアニメーションが世界的なブームを起こしていた時代。2006年にテレビ放映されるや否や大ブームを引き起こしたアニメ
「涼宮ハルヒの憂鬱」。谷川流による原作もベストセラーとなり、制作会社の京都アニメーションを一躍有名にした。当時既に飽和状態かと思われたアニメブームの中で最も成功した作品だろう。
 そんなヒット作だけに、割と早い時期から映画化の話は噂されており、しかもやるとしたら原作の
「涼宮ハルヒの消失」をやるだろう。とまで推測されていた。
 そして実際に噂通り「消失」が映画化された訳だが、ここまで来るのに3年かかってしまった。TV版の放映中に結婚した友人夫婦も赤ちゃんが産まれてすっかり良い家庭を築いてるし…
 と言う感慨はともかくとして、さすがに待たされただけのことはあった。流石京都アニメーションと言ったところか。クォリティは高いし、原作も過不足なくきっちり描写されている。褒めることはたくさんあるのだが、「はまれたか?」と聞かれると、
微妙。物語自体は大変楽しめたのだが、概念的な意味で思考が引っ張られる。

 その理由を少々考えてみよう。
 本作の肝となる部分は、これまで培ってきた世界観を一旦解体して「if」の世界が展開される。その上で
「元の世界に戻る」「この世界に留まる」かの選択が主人公のキョンに託される事となる点だろうと思う。
 ここで前提となるのが、キョンが元々いた世界が、言語道断にふざけた世界であると言うことだった。
 何せこの世界の主人公キョンの周囲には、宇宙人、未来人、超能力者(あるいは異世界人も)が普通に存在し、彼らを“生み出した”涼宮ハルヒという一人の少女がすべての中心にある世界。いわばハルヒは世界の中心であり、自覚無き神として君臨している。物理法則を越えたところにある相当に歪んだ世界と言える。
 それに対して新しくできた世界とは、ハルヒには何の力もなく、必然的に彼女が無意識に作ってしまった能力者も存在しない世界となっている。
 これが逆だとこの構図は分かりやすい。退屈な日常に飽き飽きしている主人公が無茶な世界に放り込まれ、そこで本来の世界に戻っていく。この場合
「元の世界」=「善」という文脈で描くことが出来る訳だ。ちょっと前に公開された『かいじゅうたちのいるところ』(2009)がその典型的例になるだろうが、これが普通の物語の構図だ。
 だが、この作品の場合、
新しい世界がまともで元の世界の方がおかしいため、構図が逆になってしまっている。これは大変おもしろく出来る可能性を秘めている。つまり、完全に主人公次第でどちらを選ぶのか自由裁量に任せることが出来るように作れる。
 この新しい選択をどう使うか。と言う所がこの作品の肝となるべきだった。ところが、その点が無自覚すぎた感じがある。そりゃ
原作がそうだから、こう作るしか無いと言われたらそれまで。だけど、作りようによっては観てる側に錯覚させる工夫も出来たはず。改めて本作を考えてみると、この部分が欲しかったような気もしてる。原作をちょっとだけいじっても良かったんじゃないかな?

 それは多分、
この新しい世界が不自然としか描写されなかったからじゃなかろうか。例えば新しい世界の方が大変自然な世界で、こちらの世界の方が良さそうだ。とキョンに思わせていれば、決断シーンに緊迫感を演出できただろう。元の世界ではロボットのような長門が普通の女の子のようになった。と言うだけでは、少々魅力に欠けたか?どうせ最後に全員集合させるんだから、個々を描き、「この世界の方が良いかも?」とどこかで思わせる描写が必要だったのでは?
 …いや、そもそも長門一人の変化で充分と取られるんだろうか?少なくともネットの盛り上がりを見る限り、はまれない私の方が少数派みたいだし。この作品に関してのキャラに対する思い入れがないので、その辺よく分からない。
 アニメに関しては、はまれそうに思えてはまれなかった喪失感はきつい。良い作品であることは認めるのだが。

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