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ミロス・フォアマン
Milos Forman

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鑑賞本数 合計点 平均点
allcinema Walker ぴあ IMDb CinemaScape
wiki キネ旬 eiga.com wiki(E) みんシネ
書籍
2018 4'13 死去
2008
2007
2006 宮廷画家ゴヤは見た 監督・脚本
2005 レッド・ウォリアー 製作総指揮
2004 マイ・シネマトグラファー 出演
2003 チャーリー・チャップリン ライフ・アンド・アート 出演
アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史 出演
2002
2001
2000 僕たちのアナ・バナナ 出演
1999 マン・オン・ザ・ムーン 監督
1998
1997
1996 ラリー・フリント 監督
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989 恋の掟 監督
1988
1987
1986 心みだれて 出演
1985
1984 アマデウス 監督
1983
1982
1981 ラグタイム 監督
1980
1979 ヘアー 監督
1978
1977
1976
1975 カッコーの巣の上で 監督
1974
1973 時よとまれ、君は美しい ミュンヘンの17日 監督
1972
1971 パパ/ずれてるゥ! 監督・脚本
1970
1969
1968
1967 火事だよ!カワイ子ちゃん 監督
1966
1965 ブロンドの恋 監督
1964
1963
1962
1961
1960
1959
1958
1957
1956
1955
1954
1953
1952
1951
1950
1949
1948
1947
1946
1945
1944
1943
1942
1941
1940
1939
1938
1937
1936
1935
1934
1933
1932 2'18 カスラフで誕生

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タイトル

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物語 人物 演出 設定 思い入れ

 

マン・オン・ザ・ムーン 1999
1999ゴールデン・グローブ男優賞(キャリー)、作品賞
1999
放送映画批評家協会作品賞
2000ベルリン国際映画祭銀熊賞
2000
MTVムービー・アワード男優賞(キャリー)

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スコット・アレクサンダー
ラリー・カラゼウスキー(脚)
ジム・キャリー
ダニー・デヴィート
コートニー・ラヴ
ポール・ジアマッティ
ヴィンセント・スキャヴェリ
ピーター・ボナーズ
ジェリー・ベッカー
レスリー・ライルズ
マリル・ヘナー
レイコ・エイルスワース
マイケル・ケリー
リチャード・ベルザー
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 1975年。NBCのジョージ・シャピロ(デヴィート)はアンダーグラウンドで人気が高まっているスタンダップコメディアンのアンディ・カウフマン(キャリー)に目を付け、新コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』にゲストとして出演させる。その特異なパフォーマンスは世間をあっといわせ、アンディはスターの道を歩み始めるのだった。だがプロレス会場でレスラー相手に行った過激なパフォーマンスに怒ったジェリー・ローラーにこてんぱんにのされてしまう。アンディはコメディアンではなく、プロレスラーとしてジェリーの前に立とうと、特訓を重ねつつ、番組でジェリーを徴発し続ける…
 若くして亡くなったコメディアン、アンディ・カウフマンの伝記映画。
 無知を白状すると、この作品観るまではアンディ・カウフマンなる人物のことは全く知らなかったのだが、レビューを書くに当たり、ちょっとだけ調べてみたが、本当にお騒がせな人物だったようだ。彼のジョークは中傷の嵐で、しかも落とさずに客のブーイングで幕を閉じることもしばしば。中傷の相手も誰彼構わず。身近な人間は大抵ネタにされ、友人関係もボロボロ。言ってることも本当と嘘の区別が付かず、座を引っかき回すだけ引っかき回すのを得意としたとか(肺がんで死んだ時も、周囲の人々は質の悪いジョークとしか思われなかったとも言われている)。
 少なくとも
“まともな人”という範疇からはかけ離れた人物で、常識や社会といったものから完全に自由でいようとした人物であった事は確かだ。

 人を笑わせる職業というのは精神的に非常にすり減らすとも言われているが、時としてそれが過激化することがある。ギャグというのは常識に根ざした部分は確かに重要だが、常識と非常識の兼ね合いから生まれてくるものなので、ほんの僅か非常識の方に足を踏み入れたら、それだけでとんでもない存在になってしまいがちだから。
 カウフマンとは、そのような非常識部分が少々…
完全に行きすぎてしまった人物なのだろう。最初はサービス精神で過激なことをやっていったら、それが妙に受けてしまい、やがて自分自身でギャグの限界を突破しようとしてしまった。その際にバランスを崩してしまった人物なのではなかったと思う。少なくとも、同時代のアメリカで彼を観ていたら、真っ先に私はテレビのチャンネルを変えただろう。
 でも、そんな嫌われ者だからこそ、伝説になっていくのかもしれない。本作は
実は伝記ではなく、伝説を描いた作品だったとも言える

 そしてその狂気性とは、主演のジム・キャリー自身が持っているものなのかもしれない。彼は世界的なコメディアンではあるが、かなり重度の躁鬱症を患っており、映画の出演も飛び飛びになってしまうのもそのせいだと言われている。
 そんな彼だからこそ、この役には並々ならぬ思い入れがあったのではないだろうか?
 カウフマンはキャリーにとって、憧れの存在であり、同時に自分がこうなってしまうことの恐怖感を感じさせる存在だったのかもしれない。
 そう考えてみると、本作のキャリーははまり役だった。役を通してキャリー自身が透けて見えるかのような気にさせてくれる。
ラリー・フリント 1996
1996米アカデミー主演男優賞(ハレルソン)、監督賞(フォアマン)
1996
NY批評家協会助演女優賞(ラヴ)
1996LA批評家協会助演男優賞(ノートン)
1996ゴールデン・グローブ監督賞(フォアマン)、脚本賞、作品賞、男優賞(ハレルソン)、女優賞(ラヴ)
1996放送映画批評家協会作品賞
1997ベルリン国際映画祭金熊賞(フォアマン)
1997ヨーロッパ映画世界的功労賞
1997MTVムービー・アワードブレイクスルー演技賞(ラヴ)
1997キネマ旬報外国映画第10位

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スコット・アレクサンダー
ラリー・カラゼウスキー(脚)
ウディ・ハレルソン
コートニー・ラヴ
エドワード・ノートン
ブレット・ハレルソン
ドナ・ハノーヴァー
ジェームズ・クロムウェル
クリスピン・グローヴァー
ヴィンセント・スキャヴェリ
マイルズ・チャピン
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 1972年オハイオ州シンシナティ。ストリップクラブのオーナーのラリー(ハレルソン)は客寄せのためにヌード写真入りの会報を発行したところ、それがヒットし、ラリーは出版社を設立するまでになった。アメリカ初のヌード誌「ハスラー」を発刊することで大バッシングを受けたラリーだが、スキャンダルと共に雑誌は大売れしていく。そんなラリーの周囲の人間は、ある者は彼を低俗なものとして訴え、ある者は、彼を自由の旗印として担ぎ上げようとする。破天荒な人生を送る実在のラリーを描く。
 出版と“表現の自由”問題とは切っても切れない関係となる。出版とは基本的に営利追求だが、書籍を売るためには常識人(と思っている人)が眉をひそめるような過激さも必要な時がある。そしてその“過激”も様々で、時にそれはエロチックさを売りにしたものもあり、時にそれは政府に対する批判であったりもする。それは公序良俗に反するという意味で弾圧を受ける事も多く、そのギリギリの線をどう作るかというのが出版社の腕の見せ所。
 そしてそこから微妙に足を踏み出してしまったことで、“表現の自由”という言葉が出てくるのも事実。現在言われている表現の自由とは、こう言うところから来ている。
 ここで面白いのが、“表現の自由”とは過激な表現を指すが、その範囲は、政府に対する批判と過激なポルノ表現が同一線上で語られているという点だ。ポルノと政治。冷静に考えれば全く違うもののはずなのだが、どちらもいわゆる“良識を持った人間”からは眉をひそめられており、公序良俗に反するものとして取り締まるべきものとして考えられているものとされるところに共通点があり、どちらもどこまで表現できるのか?と言う限界を競うという点にも共通点がある。
 それ故に、時に低俗と言われる雑誌の中に極めて的確に政府や社会に対するものが出たりもするのだ。低俗であるが故にこそ出来る社会貢献なんてのもあったりもするわけだ。

 それで本作は、その面からポルノ雑誌を見るという、とてもユニークな観点の作品となった。なんせ製作にハリウッド社会派の巨匠オリヴァー・ストーンが名を連ねているのは伊達ではない。ここからアメリカにおける表現の自由を保護した条約「修正第1条」の存在の素晴らしさを伝えようとしてるのが分かる。
 ただ、それが成功したかどうかは話が別。フォアマンが作ったがために、ちょっと格調が高くなりすぎた感じ。
 この作品の素材であれば、主人公のラリーは徹底した低俗を貫き、その周囲の人達に振り回される存在である必要があったかと思うのだが、ラリーの“自由”に対する考えを強調して美化し過ぎた感じだ。
 尚、本作のポスターはキリストの磔刑と星条旗と女性のヌードを組み合わせたものだったが、物議を醸して差し替えとなる。

 

アマデウス 1984
1984米アカデミー作品賞、主演男優賞(エイブラハム、ハルス)、監督賞(フォアマン)、脚色賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞、撮影賞、編集賞
1984LA作品賞、男優賞(エイブラハム)、監督賞(フォアマン)、脚本賞
1984ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(エイブラハム)、監督賞(フォアマン)、脚本賞
1984セザール外国映画賞
1985英アカデミー撮影賞、メイクアップ賞、編集賞、音響賞、
作品賞、主演男優賞(エイブラハム)、脚色賞
1985日本アカデミー外国作品賞
1985キネマ旬報外国映画賞1位

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ピーター・シェイファー(脚)
F・マーレイ・エイブラハム
トム・ハルス
エリザベス・ベリッジ
ロイ・ドートリス
サイモン・キャロウ
ジェフリー・ジョーンズ
クリスティーン・エバーソール
チャールズ・ケイ
ケニー・ベイカー
ヴィンセント・スキャヴェリ
シンシア・ニクソン
リチャード・フランク
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
原作:ピーター・シェイファー
 かつての宮廷音楽家で、年老いてからは精神を患い病院に入っているサリエリ(エイブラハム)が自殺未遂を犯した。窮地を逃れた彼が語る過去の物語…それはモーツァルト(ハルス)と同時代に生きた男の、矜持と嫉妬とに満ちた生涯の物語だった…
 ピーター=シェイファーの舞台劇の映画化で、フォアマン監督にとっては『カッコーの巣の上で』以来の最高評価作品となり、見事にオスカーを射止めた。主演二人が同時ノミネートも話題。
 私が大の映画好きとなった理由の一つは、高校の時の音楽の先生が、やはり凄い映画好きだった点がある。その音楽の授業は、二月に一回くらいは音楽に関するビデオの鑑賞会だった。2時間の授業だったため、場合によっては部分的にしか観ることは出来なかったとは言え、
結構色々観させられた。今から思うと、映画の選び方もセンスが良かった。お陰で当時アクション作品一辺倒だった私に、映画って本当に様々な広がりを持っていると言う認識を持たせてくれた(いずれそれらの良質作品には出会えていただろうけど、そのきっかけを作ってくれた事には感謝したい)
 本作も初見は授業の中で。
 正直な話、私の受けた最初の印象は、
「なんじゃこれは?」だった。ハルスの名演である、奇妙奇天烈なモーツァルトの笑い方に、思い切り引いた…なんと不快な笑い方だ
 正直生理的嫌悪を起こさせるハルスの演技に、とてもこれが名作だとは思えなかったのも事実。実際、サリエリの考え方の方が私にはよほど親近感を覚えた位。
 しかしながら、観ていくうちにそれを感じなくなっていった。否、観るほどに引き込まれていく自分が確かにいた。特に後半、精神的、金銭的にぎりぎりにまで追いつめられたモーツァルトが、それでも身体までぼろぼろになるまで遊びまくりながら描いた、その曲の挿入の仕方は映画的にも見事。
「ドン・ジョヴァンニ」を指揮する鬼気迫る迫力も凄い(この撮影は実際モーツァルトが初演したティル劇場で撮っているという凝りよう)
 最後のレクイエムの時なんか、手に汗を握って観ていた。クラスで観ていたので、結構ざわついていたようだったけど、それにも気づかなかった
(いや、あるいはその時は全員静かになっていたのかも知れない)
 途中飛ばし飛ばしで約2時間。ざわついた教室の、しかも音楽室のあまり大きくないテレビ画面で観たにも拘わらず、最後は本気で観終え、後でかなり疲れを覚えた。

 サリエリの方に近親感を覚えていた私は、天才の領域というのがやっぱり分からないが、
二人の狂気はびんびんに伝わってきた。天才となんとかは紙一重と言うけど、そんな人間へのあこがれも持っていたのかも知れない…あれは生来のものだから、なろうと思ったってなれないし、ああ言う風に生まれてしまったら、ああなるしかないんだろう。そう言う生き方しかできない人間は数多くいる。その中のほんの一握りの人間だけが、本当の天才と呼ばれるようになる。モーツァルトという存在自体が奇跡そのものなのかもしれない。
 ピンポイントで使われている音楽も本当に見事。ただ、残念ながら本作ではアカデミー作曲賞は選考外。この年見事オスカー像を手にしたモーリス・ジャール
『インドへの道』で受賞)は授賞式の時、奇しくもこう言ったそうだ。「モーツァルト氏は候補になる資格が無くて幸いでした」と…そりゃそうか。作曲賞はモーツァルト本人だからなあ

 ちなみに高校時代に購入した唯一のクラシックCDは
「レクイエム」だったし(ファルコの「ロック・ミー・アマデウス」の歌詞を暗唱してみたり(笑))、後年、LDを購入した際、一番最初に購入した3枚のLDの一枚は本作だったこともあり、これも色々想い出の深い作品。

 本作の撮影場所はチェコのプラハ。これは既にアメリカ国籍を得ていたとはいえ、フォアマン監督の故郷であり、本作の大成功は見事に故郷に錦を飾った事になった。又、本作で主演男優賞オスカーを得たエイブラムズは気前よく日本にオスカー像を貸し、銀座丸の内ピカデリーで一般公開もされている。

 後年塩野七生が対談でこの作品を称し、
「王様の視点から見ると、本作は面白くなる」と言っていた。なるほど、天才と秀才だけじゃなく、そこに何の才能も持ってない人を加えることで、この作品の深みが増す訳か。映画の観方も色々だ。
カッコーの巣の上で
1975米アカデミー作品賞、主演男優賞(ニコルソン)、主演女優賞(フレッチャー)、監督賞(フォアマン)、脚色賞、助演男優賞(ドゥーリフ)、撮影賞、作曲賞、編集賞
1975全米批評家協会男優賞(ニコルソン)
1975NY批評家協会主演男優賞(ニコルソン)
1975LA批評家協会作品賞
1975ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(ニコルソン)、女優賞(フレッチャー)、監督賞、脚本賞、新人男優賞(ドゥーリフ)

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ローレンス・ホーベン
ボー・ゴールドマン(脚)
ジャック・ニコルソン
ルイーズ・フレッチャー
マイケル・ベリーマン
ブラッド・ドゥーリフ
ウィル・サンプソン
クリストファー・ロイド
ダニー・デヴィート
ポール・ベネディクト
スキャットマン・クローザース
ネイサン・ジョージ
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
カッコーの巣の上で(書籍)ケン・キージー 書評
 犯罪を犯し、刑務所に入れられそうになったマクマーフィ(ニコルソン)は強制労働から逃れるため、精神異常を装ってオレゴン州立精神病院に入った。だが、特に婦長ラチェッド(フレッチャー)による絶対管理体制と対立しながら、入院患者たちの中に生きる気力を与えていく。しかし…
 
1975年のオスカーに輝く作品であり、公開された1976年には全米興行成績でトップを取った作品。
 かつてオレゴンの精神病院に勤務していたというケン・キージー原作小説の映画化で、ヒッピー的思想で管理体制を告発した作品。本の方はヴェトナム反戦運動の高まりの中、反体制主義を唱える学生達にもてはやされ、一度舞台化され、舞台の主役でもあったカーク・ダグラスが映画化権を取得していた
(僅か5000ドルだったそうだ)。徹底氏らリアリズム体制が取られ、実際の精神病院を舞台に、ロボトミーというのがどういう手術なのかも初めてこの作品で明らかになった。
 郭公(カッコー)というのは託卵を行う鳥。これは
自分で卵を孵すことなく、百舌鳥などの鳥の巣に自分の卵を産み付け、そこで育ててもらう訳だが、そう考えると、そう言う意味では“カッコーの巣”というのは実際には存在しない。だから正確には“カッコーの卵を産み付けられた巣”というのが正しい意味になる。だが、実は英語にはカッコーの巣(Nest of cuckoo)という熟語が存在するのが面白いところ。これは「家庭内の争い」という意味。郭公の卵を産み付けられた巣の状態を思わせる面白いたとえだ。
 ところでcuckooという言葉には、実はもう一つ意味がある。それは、
“精神病者”。まさにこの舞台そのものだ。それを合わせて考えてみると、原題の『One Flew Over the Cockoo's Nest』というのは、内容を見事に言い表した題であることが分かる。
 つまり、“巣”つまり、精神病院に異邦の存在、つまり郭公の親であるマクマーフィが舞い降り、そこで“自由”という名の卵を産んで去っていく。そして卵から一羽の郭公が孵化し、飛び立っていくと言うことに…
 ところでこの映画を観たのは随分前になるが、正直観てる間は
「なんじゃこれは?」だった。その時はむしろ私は主人公マクマーフィを演じているニコルソンより、病院の管理側の立場に立って観ていたような気がする。こういうところで規則を大切にするのは当たり前であり、それをかき回す人間だとしか思えなかった訳だ。変に思えるかもしれないけど、私はルイーズ=フレッチャー演じるラチェッド婦長を悪人とは思えなかった(オンライン映画批評家協会の名悪役では堂々の17位に入ってるわけだが)
 しかしながら、変な映画を観てしまったなあ。と思いつつも、後々尾を引き、結局もう一度観ることになったのだが、その二度目の観覧で、なるほど。これがアカデミー賞を総ナメにするほどの作品だという事実に気付いた。そして二度目の鑑賞から更に時が経ち、
仕事上、そう言うところに出入りする立場に立って、ようやく私は自分なりに納得できたことがある。
 別段なにもこれは
“体制VS反体制”の構図でだけ語れる話ではない。勿論それは重要なテーマの一つには違いなかろうが、それだけでは決して語れる内容ではない。いみじくもビリーは言った。「ここにいる人間は自分で進んでここに入った者ばかりだ」と。これも又、一つの自由意思だったんだから。その上で“一体人にとっての自由とは何か”というテーマをぶつけたのではないか?
 結果的にマクマーフィがこの病院で与えようとした自由を理解する者は殆どいなかった。唯一それに反応したチーフだって、本当はマクマーフィの言う通りにしようとしたわけではない。確かにそれは彼の心を動かしはしたが、彼は自分の意思で自由を得ようと、最後に自ら行動した訳なんだから。彼はもう自由を与える存在マクマーフィを必要としなかった。
 そう。郭公の子供は親の顔を全く知らずして、ただ産んでくれた。と言う事実だけで、自らの羽根で羽ばたき、巣を飛び出すのだから。

 
本作は本来カーク・ダグラスがその映画化の権利を持っており、自分を主演にして作りたかったが、映画化にこぎ着けるまでには非常に難航する。この際、映画化に大きな力を発揮したのが息子のマイケル=ダグラス。先に上演された舞台では主演のマクマーフィを演じ、映画では製作を務めている。ニコルソンの起用をしたのもマイケルだという。お陰でマイケルは俳優としてではなくプロデューサーとして初めてのオスカーを得ることになってしまった
 蛇足だが、本作品は多くのアカデミーノミネート及び受賞を果たしている。その際、ラチェッド婦長役で見事オスカーを射止めた(この役は大変難航したそうで、ジェーン・フォンダ、アン・バンクロフト、エレン・バースティン、フェイ・ダナウェイらに打診されたそうだが、全員拒否)ルイーズ・フレッチャーは受賞スピーチの席上、
「受賞出来たのはみなさんが私の事を憎んでくださったからです。憎まれるのって大好き」と言ったとか…人を食った、同時に素晴らしいスピーチだったと言えよう。同時に主演男優賞を射止めたジャック・ニコルソンはサングラス姿で現れ、「私が選ばれるとは、アカデミーにも精神異常者が多いらしい」と皮肉を飛ばしていた(なんとこの年でニコルソンは五度目のノミネートでようやく得たオスカーだった)。これも名言。更にその後、壇上に上ったフォアマン監督は「アカデミー賞が星条旗を祝福するためだけのものではないとわかり、感激している」と語る(当時フォアマン監督はチェコ国籍)。それだけ会場を沸かせたことで、ここでもアカデミー史上に残る作品となった訳だ。

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