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小泉堯史

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鑑賞本数 4 合計点 13.5 平均点 3.33
書籍
_(書籍)
2009
2007 明日への遺言 監督
2005 博士の愛した数式 監督・脚本
2002 阿弥陀堂だより 監督・脚色
1999 雨あがる 監督
1993 まあだだよ 助監督
1991 八月の狂詩曲 助監督
1944 11'6 水戸市で誕生

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明日への遺言 2007

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小泉堯史
ロジャー・パルヴァース(脚)
藤田まこと
ロバート・レッサー
フレッド・マックィーン
リチャード・ニール
西村雅彦
蒼井優
近衛はな
加藤隆之
田中好子
富司純子
児玉謙次
頭師佳孝
松井範雄
金内喜久夫
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
ながい旅 <A> <楽>
大岡昇平 (検索) <A> <楽>
博士の愛した数式 2005
2006日本アカデミー主演男優賞(寺尾聰)
2006日本映画批評家大賞作品賞、主演女優賞(深津絵理)
2006
キネマ旬報日本映画第7位
2006毎日映画コンクール音楽賞
2006
ヨコハマ映画祭第9位

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小泉堯史(脚)
寺尾聰
深津絵里
齋藤隆成
吉岡秀隆
浅丘ルリ子
★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
博士の愛した数式 <A> <楽>
小川洋子 (検索) <A> <楽>
阿弥陀堂だより 2002
2002日本アカデミー助演女優賞(北林谷栄)、新人俳優賞(小西真奈美)、作品賞、主演男優賞(寺尾聰)、主演女優賞(樋口可南子)、監督賞(小泉堯史)、脚本賞、音楽賞、撮影賞、照明賞、美術賞、録音賞、編集賞
2002ブルーリボン新人賞(小西真奈美)
2002キネマ旬報日本映画第7位
2002毎日映画コンクール日本映画優秀賞、音楽賞

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小泉堯史(脚)
寺尾聰
樋口可南子
田村高廣
香川京子
井川比佐志
吉岡秀隆
小西真奈美
塩屋洋子
内藤安彦
荒野祥司
北林谷栄
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
阿弥陀堂だより(書籍)南木佳士
 主人公の恩師が癌に冒されながら余命をあるがままに生きようとしたエピソードを追加。
雨あがる 1999
1999ヴェネツィア国際映画祭緑の獅子賞
2000日本アカデミー作品賞、主演男優賞(寺尾聰)、助演女優賞(原田美枝子)、脚本賞、音楽賞、撮影賞、照明賞、美術賞、主演女優賞(宮崎美子)、助演男優賞(三船史郎)、監督賞(小泉堯史)、録音賞、編集賞
2000ブルーリボン助演女優賞(宮崎美子)
2000
キネマ旬報第9位
2000毎日映画コンクール日本映画優秀賞、撮影賞
2000ヨコハマ映画祭次点

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黒澤明(脚)
寺尾聰
宮崎美子
三船史郎
吉岡秀隆
原田美枝子
檀ふみ
井川比佐志
加藤隆之
松村達雄
仲代達矢
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
雨あがる(書籍)山本周五郎
 武芸に秀でているものの、生来の人の好さが災いして仕官がかなわない三沢伊兵衛(寺尾聰)は妻のたよ(宮崎美子)を連れて士官口を探す旅を続けていた。旅の途中大雨で宿場町に足止めされた二人だが、そんな時に遭遇した若侍同士の果たし合いを仲裁する。そんな彼の行いに感心した藩の城主である永井和泉守(三船史郎)から剣術指南番の話を勧められる…
 黒澤明監督は晩年になっても映画づくりの意欲は衰えず、最後まで新作を作ろうとしていたらしい。それでいくつかの作品の草稿が残されていたと言うが
(本作と熊井啓監督の『海は見ていた』(2002)があった)、それらは名もない市井の人物を描いた時代劇ばかりだったと言う。良い具合に力を抜いた作品を作りたかったのだろうが、結局は最終作は現代劇である『まあだだよ』(1993)となってしまい、これらの構想は結局実現されることはなかった。
 1998年に黒澤明が亡くなった後になり、黒澤組が集まった時に、弔いを兼ねて黒澤監督が最も愛した映画を自分たちで作ろう。と言うことで、残った黒澤組スタッフたちの手によって一周忌に合わせて作られたのが本作だった。監督はこれが初監督作となる、長らく黒澤監督の元で長年助監督を務めてきた小泉堯史に依頼された。
 それで出来としては、そう言ったバックボーンなしで観ても充分なのびのびした作品に仕上げられている。場面の端々に確かにいくつかの黒澤作品に対するケレン味が感じられるシーンがあるものの
『どん底』(1957)『七人の侍』(1954)の影響は確かに見て取れるし、師匠と弟子の関係は現実の黒澤監督と小林監督の関係にも感じられる)、全般的に日本の雄大な自然を素直に映し出して、それを取り入れた人間ドラマと言った感じ。何より映画に生活感が溢れているのが嬉しい。食べるだけのシーンでも、苦労して得た食い扶持を黙々として食べるシーンなんかは名場面。殺陣のシーンもシンプルながら見応えあり。無理して黒澤タッチにこだわらず、暖かみのある良作に仕上げられていた。
 黒澤へのオマージュを持ちつつ、新しい作品に仕上げる。確かにこれは弔いという意味でも正しい映画の作り方であろう。
 思えば、本作は寺尾聰という役者を得たのが幸運だった。石原軍団の一員である寺尾はもちろん格好良い役もできるが、翌年に公開される『日本の黒い夏 冤罪』(2000)などを観て分かる通り、しょぼくれた親父の役も見事にこなすことが出来る人物で、本作にはまさにうってつけの役者。一見冴えない親父に見えていながら、その太刀筋は鋭く、一旦事あらば考えるよりも先に行動する。こういう人間がほんと格好良く見えるんだよな。勿論彼を支える宮崎美子の演技も重要。優柔不断のためになかなか士官出来ない夫を黙って暖かく見守っている。能なしで三行半突きつけても不思議じゃない彼を支え続けるなんて、なかなか出来る事じゃないよ。ま、
それだけの魅力があるからね。その分殿様役に出てきた三船史郎はちょっといただけなかったりするが。何も三船の息子だからって合わない役に無理に出す必要はなかった。

 本作は小林監督のデビュー作となるのだが、とてもデビュー作とは思えない手慣れた作風に驚かされる。ただ、かなり苦労したらしく、クランクアップした時、
「今だったら世界一の助監督になれます」と述懐していたという逸話が残されている。それと、音楽が故早坂文雄の一番弟子で、黒澤映画の常連でありながら、『影武者』(1980)で袂を分かった佐藤勝が担当しているのも大きい。彼はこの作品で再び黒澤組に戻れたことを殊の外喜んでいたそうだが、完成直後に急逝。彼の最後の作品でもあった。

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