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| ダンガル きっと、つよくなる | |||||||||||||||||||||||||||
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| レスリングに全てを賭け、オリンピック候補までいきながら、国からの補助金が下りなかったために夢を諦めざるを得なかったマハヴィル(カーン)。それでも夢を諦めることが出来ず、これから生まれる息子をインド一のレスラーにしようと志す。しかし生まれた子は四人とも女の子だった。ところが長女のギータと次女のバビータが喧嘩が強いことを知ってしまったマハヴィルは、二人を女子レスラーにしようとするのだが… 実在のインドの姉妹女子レスラーをモティーフにした物語。作品の冒頭で「基本的にはフィクションである」と書かれてあったが、恐らくは二人の姉妹レスラーを育てた父親という事実を元に、相当に脚色したものだろう。 設定だけ見るなら、アニマル浜口親子の物語っぽくもあるし、物語としてはやや単調で、ベタベタな作品だが、舞台をインドに持ってきたことで、ぐっと説得力が増している。 なんというか、本当に映画の原点を観てる気分だ。 映画は勿論自由である。いわゆる“国策映画”と呼ばれることもある勿論保守的なものも作られてもいるが、作り手の自由を最大限に行使する場合、革新的なものになる事が多い。なんせ作り手が本当に作りたいものを制限されたくない。イデオロギーによる圧迫を何より嫌う人たちが映画人になることが多い。 だから必然的に現在の社会状況に対して批判的なものになる。いや、なってしまうのが普通。映画とは批判的精神を持っているものであって、それこそが映画作りのモチベーションであってほしいと願っている。 社会情勢が厳しい時代には、反抗的で革新的な作品が数多く出来る。日本でも例えば戦中から軍に対して批判的な立場をとり続けた木下惠介の例もあるし、50年代以降の今井正や小林正樹や山本薩夫など、蒼々たる映画人たちが、社会に対して、権力者に対して批判的な作品を作り続けてきたし、アメリカでも赤狩りの時代にしっかり権力批判を込めた作品を作り続けてきた、それが映画人の誇りである(現在日本でも数人こういう姿勢を持った監督はいるが、残念ながらそこまでのパワーを感じない)。 本作ではその社会批判が本当にストレートに出ている。それは例えば女性の社会進出についてであったり、権威を持った人間が何でも好きに出来るという、役人天国にたいするものであったり。そして皮肉なことではあるが、家長が最も力を持つという家族制度そのものに対してもメスを入れている。 ここまでストレートに社会批判をしてくれると、拍手をしたくなるほど。 そしてここが肝心なのだが、社会批判というのは、「きっと未来はもっと良くなる」という希望に立って語られるものであるということである。本作のラストシーンは、まさしくこれからのインドの行くべき道を指し示しているようで、とても感動的だ。 ただ、これを観て思うのは、今、邦画でこんな作品が生まれてこないことの一抹の寂しさ。 |
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