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| (やまもと えいいち)。日本の映画監督、アニメ監督、演出家、脚本家、アニメーター、プロデューサー、小説家。 |
| Wikipediaより引用 |
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| 経歴 |
| 1940'11'22 |
京都府で誕生 |
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幼少期に父親が太平洋戦争に応召し、母親とともに母方の実家がある香川県の小豆島へ移住 |
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高校卒業後に横山隆一が主宰するおとぎプロに入社 |
| 1960 |
おとぎプロを退社して手塚を訪問 |
| 1961 |
虫プロダクションの創設メンバーのひとりとなる |
| 1974 |
『宇宙戦艦ヤマト』シリーズに企画段階から参加。「ヤマト」のロゴデザイン、脚本、絵コンテも行った |
| 2021'9'7 |
死去 |
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| 哀しみのベラドンナ |
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渡辺忠美
吉田輝明
本橋誠
小池桂子(製) 福田善之
山本暎一(脚) 長山藍子
高橋昌也
米倉斉加年
伊藤孝雄
しめぎしがこ
津坂匡章
山谷初男
新村礼子
林昭夫
山口譲
磯貝陽悟
石橋雅史
折尾吉郎
伊東満智子
後久博
仲代達矢 |
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| ★★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
| 3 |
3 |
5 |
5 |
4 |
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| 悲しみのベラドンナは山本暎一のアイディアによる、魔女を悲しい女性として描くというテーマに沿ったもの。商業ベースでは珍しいスチール・アニメーションを用いた。 悪魔は男根のイメージ |
| 製作年 |
1973 |
| 製作会社 |
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| ジャンル |
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| 売り上げ |
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| 原作 |
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| 歴史地域 |
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| 関連 |
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| クレオパトラ |
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手塚治虫(共同監督)
米山安彦(製)
里吉しげみ(脚)
中山千夏
ハナ肇
なべおさみ
野沢那智 |
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| ★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
| 2 |
2 |
3 |
2 |
2 |
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21世紀。人類は宇宙からの侵略者パサトリネ星人と戦い続けていた。そのパサトリネ星人の内容不明の極秘作戦名を手に入れるが、そこには「クレオパトラ計画」と書かれていた。それは何を意味するのか不明なため、人の魂を過去に送る装置によって三人の男女がクレオパトラの生きている時代に精神を転生させ、そこでクレオパトラの動向を探らせるのだった。
虫プロ製作による芸術用アニメの一本で、ある街角の物語、千夜一夜物語に続く三本目に当たる。監督はこれまでその二本を監督した山本暎一で、この時点で名実共に山本監督は虫プロにおける芸術部門のトップとなっている。
話はシェイクスピアの戯曲で有名なクレオパトラを主人公にしたものだが、それをSFチックに描いたのが特徴となる。普通に伝記として描いても別段ストーリーに影響しないので、その意味は薄いが、おそらくは当初は過去と未来を行き来するもっと膨らみのある物語だったのがスケジュールの都合などで縮小されてしまった結果なのではないかと推測する。
物語としては、クレオパトラの数奇な運命を描く話で、ローマのシーザーとアントニウスを手玉に取る悪女に仕立てられた庶民の娘の運命の顛末と言ったところ。
ただ設定上それは不可能な話であり、史実を無理矢理ねじ曲げてしまったところに無理が生じてしまった。話としてもさほど面白いわけでなし、壮大さの表現も今ひとつ。これを芸術と言われても納得いかない。何もかもあと一歩足りないというところで、虫プロ制作作品の中でもかなり評価は低くなる。
本作制作中は多忙により手塚治虫自身はほとんどノータッチだったらしいが、出来に納得いかなかったらしく、完成後に手塚治虫が内容を書き直したという(そのため2バージョン存在する)。
設定上、本作がアニメーションに与えた影響としては、日本で最初に映倫カットを受けたアニメというところ。後の18禁アニメの先駆けでもあった。
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| 千夜一夜物語 |
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富岡厚司
手塚治虫(製)
手塚治虫
深沢一夫
熊井宏之(脚) |
| 青島幸男 |
| 芥川比呂志 |
| 岸田今日子 |
| 小池朝雄 |
| 橋爪功 |
| 三谷昇 |
| 加藤治子 |
| 遠藤周作 |
| 吉行淳之介 |
| 北杜夫 |
| 筒井康隆 |
| 小松左京 |
| 大宅壮一 |
| 佐賀潜 |
| 大森実 |
| 前田武彦 |
| 野末陳平 |
| 立川談志 |
| 大橋巨泉 |
| 木崎国嘉 |
| 安藤孝子 |
| スマイリー小原 |
| 劇団雲 |
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| ★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
| 3 |
3 |
3 |
4 |
3 |
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貧乏な水売りアルディンはある日バグダッドの奴隷市場でミリアムという美女を見かけ、自分のものにしようとする。たまたまおこった竜巻騒ぎのどさくさで彼女をさらって、束の間の情事を楽しむ。やがて船乗りとなったアルディンはシンドバッドを名乗るようになり、旅の中でランプの魔神ジーニーと出会う。
「千夜一夜物語」の中のシンドバッドの冒険をベースに、いくつかの物語を合わせて作られたアニメーション作品。 デザインはやなせたかし。手塚は旧知の北杜夫と小松左京にストーリーの手直しを頼んだとのこと。ようやく大人向けのアニメということでヒットを記録する。この年の邦画興行収入では3位に入る。
日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」を皮切りに、切れ目なくテレビアニメ造りを続けてきた手塚プロだが、余力が出来れば劇場用アニメ作品も作っている。テレビ版のようなシンプルなものではなく、芸術的にも優れたものを作りたいという願いのようなものを感じさせるような作品を作る。
これは虫プロの姿勢で、そもそも作りたいのは『ある街角の物語』のような芸術的作品だったが、それを作るために稼げるテレビアニメを作っていたということもあって、芸術を志向する作品は全く商業的な成功を考えていない実験性を高めた作品となっている。
本作もそうで、主人公も自分の欲望のためだけに行動してるだけで、やってることは決して正しくないし、内容もかなりアダルティでインモラル性も高く、子どもに観せてはいけない内容だった。内容が内容だけに子どもどころか海外配信も考えていないだろう作品に仕上がってしまった。
本作は全体的に観るならば、ビルドゥングスロマンと言っても良い。貧しい水売りが冒険を経て力を手に入れ、その力を用いてやりたい放題をしていくが、やがてその虚しさに気づいていく。とにかく人生を力いっぱいに生きる人で、自分の限界を考えない。もし失敗してもすぐに立ち上がるし、成功して頂点に立つとあっさりとそれを投げ出し、新たな冒険に出る。そういう人間は存在するが、その筆頭が誰かと考えたら、まさしく手塚治虫そのもの。
そう考えると、この作品は山本監督による手塚治虫に対する思いにあふれてるような気になってしまう。山本監督にとって手塚治虫は社長よりも父親みたいな偉大な存在だったようだが、同時に激しい反発心も持っていたそうだ(山本監督に限らず、手塚治虫の関係者の大部分は同じ反応をしている)。だからここのアルディンは、決して品行方正ではなく、自分勝手だし、人の迷惑も考えずに我が道を行く。憎みながら憧れる、山本監督から見た手塚の姿なのだろう。
アルディンのイメージはジャン・ポール・ベルモンド。そこに声を当てた青島幸男の要素を加えたとのこと。これは後にそのままルパン三世のイメージになっていったのではなかろうか?
作品自体の破天荒さが今ひとつ噛み合ってない感じもするが、本作がはっきり日本のアニメを一歩踏み出す手助けになったと考えるならば、大変重要な意味を持つ作品と言って良かろう。
やなせは本作前後を境に、子供向け作品を描いていた手塚が大人向け作品を作ることが増え、逆に大人向け作品を描いていたやなせが子供向け作品を作ることが増えたことを『運命の交錯』と表現している |
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| 鉄腕アトム 宇宙の勇者 |
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山本暎一
高木厚
林重行(演) 山本暎一
鈴木良武
林重行(脚)
清水マリ
勝田久
矢島正明
水垣洋子
高塔正康
今井和子
熊倉一雄
田上和枝
北条ミチル |
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| ★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
| 3 |
3 |
3 |
3 |
3 |
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天馬博士が創造した少年ロボットアトムは正義の心の命じるままに多くの事件に立ち向かっていた。その中で合体・分離可能なロボット宇宙艇の誕生、地球防衛組織ナンバー7が挑む悪の宇宙人との戦い、そして謎の少年ベムによる地球爆発の危機、それらの事件に遭遇する。
1963年に始まった日本初のSFアニメ「鉄腕アトム」はそれからの日本アニメを作り出す最重要作品。私はまだ生まれていないのでリアルタイムで観ているわけではないが、その後機会があってかなりの話数を観る事が出来た。
正直思ったのは、これが第一作目で本当に良かったということ。これはこども向きの作品ではあったが、内容的には大人にも十分対応できる作品が多い。SFを主題にした分、物語に幅を出すことが出来たということもあったが、何より脚本に当たったのが当代を代表する漫画家たちで、彼らが総力を上げて作り上げただけに、テーマとして今でも古びない見事な話が多い。
それは本作を観ても分かる。本作は元々テレビで放映した作品の内、三作(第46・56・71話)をくっつけて再編集したものとなっている。再編集したためか、所々カラーになったりして変な具合だが、内容的にはかなりハードなものが多い。一本目に関してはややコミカルでテレビアニメ向きだが、二本目は人間同士の不和から始まって和解へと至る人間ドラマを直球で描いている。三話目に関してはSF小説を読んでいるかのようなハードな内容だった。今の眼で見てもこども向きとは思えないほどしっかりしたものになっているし、こう言うのを最初からテレビアニメとして放映していたと考えるなら、かなり感慨無量というか、よく作ったものだと感心出来る。
また旧作「鉄腕アトム」を最初から観てみたくなった。 |
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| ある街角の物語 |
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| ★★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
| 3 |
3 |
4 |
5 |
4 |
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とあるヨーロッパ風の街角。そこには街角に貼られたポスターと、クマのぬいぐるみを友達にしている女の子、さらに街灯やその光に誘われる一匹のイタズラな蛾が町の中でそれぞれ生きていた。だが街角のポスターはいつしか戦いを推進するものへと変えられていき、それに伴って町の雰囲気も変わっていく。
手塚プロが作った実験的作品という位置づけの作品で、基本的には一般流通を目さず、作家の作りたいものを作るという観点で作られたものの第一作。スタッフの給料から制作費まですべてを手塚の描いた漫画の原稿料で賄い、制作に丸1年をかけたという。
“漫画の神様”と呼ばれるだけあって、手塚治虫は、漫画に様々な試みを加えていて、それで成功したものも多いが、失敗したものも多い。あまりに実験的だったために、公開当時は悪評ばかりを受けてしまったものも多いが、しかしそう言った作品こそが後のアニメーションの発展に寄与した事も多い。そのいくつかは創る時代が早すぎて、後にやっと時代の方が追いついたという作品もある。
本作はまさしくその実験的手法をアニメーションで試みた作品で、物語らしい物語を排除した上で抽象的なメッセージ性を加えたものとなった。ある意味社会運動の映像化のような作品とも言えるだろう。
本作は基本的に街角をただ映すだけの作品なのだが、時間が経過するに従い町の風景は徐々に変化していく。具体的には平和だった町が、過激な政治家の主張を受け入れる事で徐々に戦闘的な言説が増えていく。それに従って町の管理もお座なりになっていって、町は少しずつ荒廃していき、その代わり威勢の良いポスターが町を覆っていくようになる。
そしてその結果は悲劇で終わる。
それで話が終わってしまうため、なんともやるせない物語なのだが、近代国家のあり方について考えさせられる作品ではある。
実はこれ、20世紀以降のどの世界でも似たような事が起こっているという暗示にもなってもいる。過去の反省であると共に予言のような話でもある。
アニメーションの可能性を考える際にも、そして今の自分たちの立ち位置を考えるためにも定期的に観直していきたい作品でもあった。 |
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