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| Wikipedia |
虫プロダクション(むしプロダクション、通称: 虫プロ)は、日本のアニメ制作会社。
漫画家でアニメーターである手塚治虫が関係したアニメーション専門プロダクションである。 |
| 経緯 |
| 1961'6 |
手塚治虫によってアニメーション専門プロダクション「手塚治虫プロダクション動画部」として設立。 |
| 1962'1 |
「虫プロダクション」に改称する。 |
| 1962'11'5 |
短編映画『ある街角の物語』を公開。同時に「鉄腕アトム」第1話も公開する。 |
| 1962'12 |
株式会社として法人登録 |
| 1963 |
初の国産テレビアニメーション「鉄腕アトム」放映開始 |
| 1965 |
初のカラーテレビアニメーション「ジャングル大帝」放映開始 |
| 1971'6 |
利益追求型の会社組織に改組することを決議した総会によって手塚治虫が社長を辞す。 |
| 1973'11'5 |
倒産 |
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| 雑感 |
漫画家の手塚治虫が作った日本初のアニメ制作会社。手塚の漫画をアニメ化するために設立された会社で、日本初のアニメーション作品鉄腕アトムを制作する。
初のアニメーションスタジオのため、ここで培われた技術は広く用いられるようになるが、アニメーションのビジネスモデルもここから発展しており、現在の日本のアニメスタジオの状況はここで既に作られていたと言っても良い。
数多くの著名な監督や演出家を輩出。その後の日本アニメーションに大きな足跡を残した(演出希望者に絵を描かせ、手塚自身が気に入ったら即演出を任せたという逸話もある)。
具体的には金食い虫のアニメーション単体ではCMから来る謝礼だけでは赤字となるため、著作権を保有し、作品をテレビ会社に放映権として賃貸料を受け取ること。そしてその著作権を用いたマーチャタイジングを行うことでなんとか収益を得ていた。
しかし経営のプロではない人物が作ったこともあってか、完全収益化はできず、相当な赤字を手塚の漫画の収益で埋め合わせていたらしい。
1973年に赤字倒産したが、その後スタッフが再結集して新たな虫プロ(新虫プロ)と、手塚プロダクションという新会社が設立された。 |
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| テレビアニメ |
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| 放映日時 |
1971'10'3〜1972'3'26 |
| Wikipedia |
1971年6月、手塚治虫はアニメ制作会社である虫プロダクションの社長を退任。漫画制作や管理のための別会社として設立していた手塚プロダクションに新たにアニメ制作部門を興した。当時の虫プロは設立理由であった手塚原作作品のアニメ化が減少し、営業の問題から「手塚(原作)の作品はもう売れない」という噂が出ていたと言う。
手塚はマネージャーの西崎義展と組み、西崎の売り込みで、朝日放送で2クールのアニメ制作の契約を虫プロ退社の一月前に結んだ。手塚はプロデューサー職を虫プロにいた下崎闊(真佐美ジュン)に依頼、下崎は虫プロから手塚プロへ移籍した。
初期段階では同じ手塚による大人向けの作品『アポロの歌』をアニメ化する形で企画が進んでいたが製作したパイロット版を見た局側が大人向け作品のアニメ化に難色を示し、企画は『ママァちゃん』のアニメ化に変更された。『ママァちゃん』について、下崎は「手塚がアニメ化の準備として『アポロの歌』の年齢層を下げて、新たに連載を始めた」と述べている一方、手塚は「パイロット版の題は確かに『アポロの歌』だが、終盤に同作の主人公がわずかに登場するだけで『ママァちゃん』とはまったく関係ない」と述べている。
虫プロが版権の問題で経営が悪化した経験から、版権問題は慎重に検討された。すると「ママァちゃん」が既に商標登録されていることが判明したため、手塚の案で現題に変更された。
スタッフ集めは手塚の監修があったものの、基本的に下崎へと一任された。なお手塚の「迷惑をかけたくない」「当てにしないで」との意向で虫プロ関連のスタッフは基本的に起用されなかったが、手塚本人の頼みで参加した中村和子など例外はあったという。キャスティングは、音響監督の明田川進に一任された。
手塚は、久し振りのアニメ参加であるため「全部自分でやりたい」と言うほど力を入れており、その意向を生かそうと「手塚からの指示・参加待ち」の制作体制が取られた。だが多忙で必然的に漫画執筆を優先する手塚の影響でスケジュールは常に遅れていたといい、下崎曰く製作現場は「常に綱渡り」「放送するのは不可能」と言われるほど想像を絶するものだったという。そのため「作画期間が3日しかないこともざらだった」などの逸話がある。
14話ではアフレコは一切映像がない状態で行われ「こんなんじゃもう出来ない」と出演声優全員が降板を申し出たことがある。最終的に「手塚先生のためだから」と頼み込み納得してもらったが、この影響で声優陣の演技が本調子でなかったといい、下崎は後年「声優さんの名誉を大変傷つけてしまった。全ての責任は、メルモの制作にあるのだ」と謝罪の言葉を述べている。
脚本に関して、放送初期は基本的に手塚のアイデアを全て採用していたが、中盤からは脚本家を起用して台本を作るようになった。
作画は通常の制作法と異なり、絵コンテが存在せず、コンテと原画の中間の工程にあたるレイアウトをもとに制作が進められた。これも放送初期は手塚本人がレイアウトと原画に参加して、レイアウトは清書までを全て一人で描いていたが多忙ゆえに後半からは池原成利が協力している。
オープニング、エンディングは全て手塚のアイデアである。オープニングは1カットで作成されている。
本放送時、裏番組が『サザエさん』だったことから視聴率は良くなかったが評価は高かったという。手塚は性教育が作品のテーマである以上、大きな批判を受けることを覚悟していたが思ったより問題にならず拍子抜けしていたという。
手塚は上述の多忙やスケジュールの問題で修正が間に合わなかった場面やセリフと絵が一致しない場面があることから出来には満足していなかったといい、放送後は常に「なおしたい」と話していたという。
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
こども向き(アニメーション) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1971'4'8〜9'30 |
| Wikipedia |
原作漫画は1970年8月から1971年8月まで、すずき真弓によって小学館の『週刊少女コミック』に連載された。1973年に若木書房より「ティーンズコミックス」として全4巻がコミックス化されたが、発行部数が少ないまま廃刊になり、さらに若木書房が1982年頃に倒産したことで非常に希少となり一時期高額なプレミアが付いたが、2006年にコミックパークで再刊されたことにより、入手が容易になった。
1971年の毎日新聞社による読書調査では、小学生女子の2位、中学生女子の1位、高校生女子の4位にランクインされる人気作品であった。
アニメ版は1971年4月8日から9月30日まで放送された。虫プロダクションが制作を手掛け、原作の藤川桂介が脚本陣に参加し、当時フリーだった富野由悠季が斧谷喜幸名義で演出陣に参加した。
アニメ化に際し、原作版の内容では残酷なシーンが多すぎて視聴者となる子供には精神的な負担が大きすぎると判断され、原作のストーリー性を残しつつシナリオやキャラの容姿、設定を大幅に変えることになった。
アニメ作品として初めて芸能界や歌手、音楽、歌謡曲を主体に取り入れ、現在で言うところの「アイドル系アニメ」または「音楽系アニメ」の礎を築いた作品とも言われている。本編では当時の芸能界の内情がリアルに描かれており、多くの既存の流行歌が劇中で使用された[2]。
放送当時は家庭用録画機器のVHSがまだ普及していない時期で、長らくビデオ化は困難だったが、2006年9月にコロムビアミュージックエンタテインメントより全話を収録したDVD-BOXが発売。ビデオ化に際し、最良と思われる映像や音声素材を中心にリマスター化された。
2020年1月からは、CS放送局の歌謡ポップスチャンネルにて再放送を開始した[3]。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
歌手(職業) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1971'10'6〜1972'9'25 |
| wikipedia |
ちばてつやの漫画作品『ハリスの旋風』の2度目のアニメ化作品で、カラーテレビの普及に合わせて本作品はカラーでのリメイクとなった。アニメ第1作にて、カネボウハリス(クラシエフーズの前身)と結んでいたスポンサー契約が満了していた都合上、番組タイトルは原題から一新されている。また、物語終盤はオリジナルストーリーとして、原作のその後にあたる話が描かれた。
スタッフは前番組である『あしたのジョー』とほぼ同じ布陣が参加している[2]。本作品の制作に入った時点で、すでに虫プロダクションは経営危機に陥っており、スタッフの多くは番組終了後に独立しマッドハウスの設立メンバーとなった。
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
高校(学校) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1971'1'3〜12'26 |
| Wikipedia |
虫プロダクション制作 のミュージカルテレビアニメ。「カルピスまんが劇場」の第3作目に当たる。前述の時間帯にて、1月から12月までの1年間に1作品ずつ放送されるというスタイルは、カルピスまんが劇場が世界名作劇場へと移行した後も『ロミオの青い空』(1995年)まで、実に四半世紀近くにわたって踏襲された。
1エピソードにつき概ね2 - 4回完結となっているが、番組全体の案内役としてオリジナルキャラクターのキャンティとズッコが、全編を通して登場している。また番組内では視聴者応募の中から選ばれたイラストや、各エピソードのモチーフとなった作品を紹介するコーナーもあった。
2000年代には、テレビシリーズ全話が収録されたDVDが日本コロムビアから発売された。まず2005年1月に「みにくいアヒルの子」などを始めとした一部のエピソード(順不同)が単品のDVDとして全5巻発売され、その後同年3月よりDVD-BOXが3期に分かれて発売(1は前述の単品版5巻セットで2005年3月23日、2が4巻セットで2005年6月29日、3が5巻セットで2005年9月28日)。そして2008年12月17日にはこれら14巻全てをセットにした「Complete BOX」も発売された。前述したリリース方式の都合上、巻毎の収録順は必ずしも実際の放送順とは一致していない。
『世界名作劇場』のオープニングキャッチ部分は、通常は静止画像が使用されるが、同作品では「カルピスまんが劇場」のタイトルがズームアウトするという、独特の演出が用いられていた。後年の再放送ではこの部分はカットされるが、日本テレビの再放送枠『おーい!まんがだヨー』(関東ローカル)で再放送された際はBGM(作曲 - 宇野誠一郎)はカットされず、オープニングキャッチ画像部分を『おーい〜』のタイトルカードに差し替えて放送した。
魔法の国の妖精キャンティが魔法大学に入学するには、魔法カードを101枚集めなければならなかった。魔法カードは、いい行いをひとつするたびにどこからともなく現れるカードである。キャンティは相棒のズッコを伴ってアンデルセンのお話の世界に現れ、何かいいことをするチャンスを探しはじめる。はたしてキャンティとズッコは101枚のカードを集めることができるだろうか。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
こども向き(アニメーション) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1970'4'1〜1971'9'29 |
| Wikipedia |
原作:高森朝雄(梶原一騎)・作画:ちばてつやによる日本の漫画作品。ボクシングをテーマにしたスポーツ漫画である。
『週刊少年マガジン』(講談社)に、1968年1月1日号(発売日は1967年12月15日)から1973年5月13日号にかけて連載された。2010年12月時点で単行本累計発行部数は2500万部を突破している。
原作で力石が死亡してから間もない1970年4月より放映が開始された。放映中にちばてつやが病気で連載を休載したこと、また遅筆であったこともあり、ストーリーが原作に追いついてしまった。そのため、矢吹丈VSカーロス・リベラ戦で終了している。原作の魅力に加え、初めて監督格となった出ア統の先鋭的な演出によりその名を高めた。続編『2』ほどではないにせよ、本作にも原作にないオリジナルキャラクターやオリジナルストーリーが随所に挿入されている。原作最後の対戦者である「ホセ・メンドーサ」は第77話で名前が登場する。
虫プロダクションに所属していた出崎統と丸山正雄が原作を気に入り、原作の絵を拡大コピーして個人的にパイロットフィルムを制作したことに端を発し、これがフジテレビプロデューサーである別所孝治の目にとまり、正式な企画として立ち上げられることとなった。虫プロダクションでの制作であったが、社長の手塚治虫は本作品をライバル視していたため、アニメ版の制作にも関知しなかった。しかし、当時手塚治虫とちばてつやが打ち合わせしたとの指摘がある。
制作当初は作画が手塚の絵に似てしまっていたため、作画スタッフは杉野昭夫を中心に虫プロ本体から外れたメンバーで構成された。その多くは後に出崎・丸山らとともにマッドハウスの設立メンバーとなった。
予告編は、本編と別のスタッフにより独自に制作されていたため、本編の内容と異なる部分が多い。例として、第22話のサブタイトルは、予告編では「さらば少年院」であったが、本編では「まぼろしの力石徹」となっていた。また、第51話放送後の次回予告「さらば力石徹」は、本来第52話にあたるところを、第42話と誤植されていた。死に番号を付けられたこの52話は、偶然にも力石の死に関するエピソードの回である。なおこの『ジョー』予告編は、2018年3月に原作の連載開始50周年を記念してトムス・エンタテインメントによりYouTubeでネット配信されている。
キャスティングは主役に当たる矢吹丈と丹下段平の声を(元来アニメ声優ではない)あおい輝彦と藤岡重慶が担当し、続編や劇場版において他の人物の声の配役が大幅に変更される中でも、この両名だけは常に不動とされた。あおいはオファーを最初は断ったが、ボクシングや原作のファンだったこととプロデューサーの熱意を受けて受諾し、出演後は丈になりきって「アテレコをやったつもりはない。ジョーの声を作ってもいません。」と2020年のインタビューで述べている。あおいは作画が間に合わない収録の際に「自分の気持ち」で演じて尺が合わなかったときに、ディレクターが「今の芝居がとても良かったので、今の声に絵を合わせます」と言われたこともあったと回想している。
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| 個人的感想 |
原作付きではあるが、最初に触れたのはアニメの方だった。色々力づけられることもあって、実際にも色々影響を受けた作品だった。
作品自体は力石の死をもって概ね終わり、その後のオリジナル展開が今ひとつだったという印象。それは後に「あしたのジョー2」で解消されることになる。 |
| ジャンル |
ボクシング(スポーツ) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1973'4'2〜1973'9'24 |
| Wikipedia |
1971年に手塚の個人マネージャーを務めていた虫プロ商事兼オフィス・アカデミー(個人事務所)所属の西崎義展が、手塚に描かせた数パターンの犬のイラストを版権営業先の三和銀行(UFJ銀行→現:三菱UFJ銀行)へ提示し、マスコットキャラクターとして採用されたものである。「お子さま通帳」イラストやノベルティグッズに起用された。
その後、月刊誌『てづかまがじんレオ』(虫プロ商事発行、1971年10月号創刊)に連載されたが、同雑誌が(1972年4月号までの7冊で?)廃刊になったため未完結のまま終了している。ストーリーもアニメ版とは異なり、ワンサと仲間達が税務署を襲撃するところもある。『手塚治虫漫画全集』では本作の他に『海のトリトン (『テレビマガジン』・『たのしい幼稚園』版)』、『らびちゃん』、『とべとべるんちゃん』、『ぽっかち』の4作の短編漫画を収録している。秋田文庫『ふしぎなメルモ』では本作と『海のトリトン(『テレビマガジン』・『たのしい幼稚園』版)』を収録している。
虫プロダクション倒産後、権利保有者のオフィス・アカデミーと三和銀行とのキャラクター使用契約更新にあたり、西崎がライセンス料を釣り上げて破談となったため、1974年ごろにはキャラクター使用は終了している。 |
| 個人的感想 |
踊りあり涙あり活劇ありの、様々なジャンルを取り込んだ意欲作。概して受けは良くなかったそうだが、大変楽しい作品ではあった。
ワンサくんの名前自体が三和のアナグラムであり、最初から宣伝として作られたもの。手塚自身はこのような作り方を好まなかったらしいが、そこは西崎嘉展のごり押しのせいだったとか。 |
| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
| 山本暎一 |
監督 14話演出
14話脚本 |
| 西崎義展 |
製作 |
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| 阿佐みなみ |
5,16話演出 |
| 池野文雄 |
8,9,16話演出 |
| 石黒昇 |
3,10,15,20~26話演出 |
| 石崎すすむ |
11,13,16,18話演出 |
| 小林三男 |
3,6,19話演出 |
| 鈴木正俊 |
8,9話演出 |
| 田中実 |
1,4,10,12,17,20~26話演出 |
| 田村丸 |
4,9,15,19話脚本 |
| 西尾向太 |
4,11話演出 |
| 波多正美 |
2,7,13話演出 |
| 藤川桂介 |
1~3,5~7,8,10~13,16~18,20~26話脚本 |
| 矢沢則夫 |
6,12,18話演出 |
| 山本暎一 |
14話演出 |
| 吉川惣司 |
17話演出 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1972'1'9〜12'31 |
| Wikipedia |
東京ムービーの契約終了に伴い、第27話『顔をなくしたニンニ』からは新たに虫プロダクションが制作会社として参加した。同社が制作を手掛けるに当たっては、キャラクターデザインを原作の絵に近付ける形でスマートにしたり、スノークのお嬢さん(ノンノン)のリボンを外したり、自動車の使用を控えたりするなど、スタッフはトーベの要望に沿って放送を試みることにした。しかし実際に放送されると、終了後から問い合わせなどが殺到し始めた。
視聴者からは「キャラクターが怖くなった」「つまらなくなったのはなぜ?」「どうしてムードが変わったの?」という意見が出たり、ラジオの深夜放送の投書にも「面白くなくなったのはなぜ?」「なぜ絵を変えたの?」と著しい不評が寄せられた。東京ムービー期の出来に満足していた提供会社のカルピスの役員たちも、第27話を視聴して非常に激しい不満を持った。そのためキャラクターデザインは「日本国内でのみ放送する」という条件で東京ムービー期に近いものへ戻された。
虫プロ制作期に作画で参加した森田浩光によると、トーベとは何度か話し合いの場が設けられ、トーベ自身が虫プロに出向いたこともあった。だがトーベの要望には例えば「(黒い手袋をはめて)スナフキンやミイの素手を黒くしてほしい」など日本の風土に合わず採用されなかったものがあり、トーベは「これ(同作品)を海外で売る場合は、〈トーベ・ヤンソン原作のムーミン〉として売ることは認められない」と言っていたという。
1969年版はもとより、1972年版でデザイン変更をさらに試みても、なおトーベ側からは「日本国内はともかく、外国での放送は認めません」の一点張りだったと言われている。別の側面としてトーベは本シリーズを全否定したわけではなく、水や空などの背景を「カラー効果が上手くでている」と褒めたり、来日時に「日本的なムーミンもあってもよいと考えるようになりました」と発言し、晩年には「自分の描いたムーミンと違っていても子供たちが喜ぶならそれでいい」と本シリーズを肯定する発言もしていた。
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1969'4'6〜9'28 |
| Wikipedia |
『どろろ』は、手塚治虫の漫画『どろろ』を原作とした日本のテレビアニメ。パイロットフィルムを含め、2019年までに3度にわたって制作されている。
虫プロダクションとフジテレビの共同制作。タイトルは、当初は原作と同じく『どろろ』であったが、1969年7月6日放送分(第14話)より『どろろと百鬼丸』へと改題された。 |
| 個人的感想 |
原作は読んだが、アニメ版は未見。 |
| ジャンル |
ホラー(怪談) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 杉井ギサブロー |
総監督 |
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| 石黒昇 |
19話演出 |
| 遠藤政治 |
2話演出 |
| 岡崎邦彦 |
22話演出 |
| 奥田誠治 |
14,23話演出 |
| 勝井千賀雄 |
7,8,15話演出 |
| 北野英明 |
18,26話演出 |
| さわきとおる |
16,18話脚本 |
| 杉山卓 |
24,25話演出
24話脚本 |
| 鈴木良武 |
14,1519,20,22,25,26話脚本 |
| 高橋良輔 |
5,13,15,17,20,22話演出 |
| 出崎統 |
1,11話演出 |
| 富野喜幸 |
3,4,16話演出 |
| 西牧秀夫 |
9話演出 |
| 彦根範夫 |
12話演出 |
| 平見修二 |
23話脚本 |
| 南川博 |
10,21話演出 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1968'10'3〜1969'3'29 |
| Wikipedia |
フジテレビ系で全26話が放送された、実写とアニメの合成のモノクロ作品。バンパイヤの変身シーンと変身後の動物形をアニメーションで描いている。
水谷豊の事実上のデビュー作である。 |
| 個人的感想 |
未見作品。何かの特集で1作目の冒頭の手塚治虫登場シーンは何度か観ている。 |
| ジャンル |
ホラー(動物) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 安藤豊弘 |
23,24話脚本 |
| 石郷岡豪 |
26話脚本 |
| 今村文人 |
21話脚本 |
| 菊池靖 |
1,15,19話監督 |
| 杉井ギサブロー |
動画 |
| 辻真先 |
1話脚本 |
| 中西隆三 |
15,19話脚本 |
| 西島孝恒 |
20,21,23話監督 |
| 久谷新 |
7~9,11~14,16~18話脚本 |
| 藤波敏郎 |
2~6,10話脚本 |
| 松田寛夫 |
16~18話監督 |
| まふねてい |
2,5,6,8~11話監督 |
| 宮下教雄 |
20話脚本 |
| 三芳加也 |
22話脚本 |
| 山浦弘靖 |
1,7,8話脚本 |
| 山田健 |
1~4,7,8,11話監督 |
| 雪室俊一 |
25話脚本 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1968'10'3〜1969'9'24 |
| Wikipedia |
制作は毎日放送(MBS) 。モノクロ。当初は成人層を視聴者とする狙いで、当時のアニメ番組としては異例の21:00 - 21:30枠で放映されたが、半年後には19:00 - 19:30枠に変更されている。
端々に実写映像を使用する実験的な演出も行われている。
MBS制作アニメとしては腸捻転解消前後を通じて唯一の東映動画との作品だった。また、NET→テレビ朝日以外の制作によるANN系列の東映動画のテレビアニメは、本作品以後、『とんがり帽子のメモル』(腸捻転解消後の朝日放送〔ABC〕制作)まで途絶えることになる。
ローカルセールス枠であり、NETではハヤミズ(速水家具センター)、MBSでは大阪ガスの1社提供で放送された。
本放送時、キー局のMBSでは『反逆者』を第1話、『三匹の狂犬』を第2話として放送したが、NETでは逆に『三匹の狂犬』を第1話、『反逆者』を第2話として放送するという異例の措置が執られた。この事実は近年になって知られ始めたものであるため、現在でも『三匹の狂犬』を第1話と記載する資料が多い。
山下毅雄によるBGMの幾つかは、後に放送された「ルパン三世」における石川五右衛門関連のシーン等に流用されている。 |
| 個人的感想 |
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| 原作 |
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| スタッフ |
| 石ノ森章太郎 |
原作 |
| 松田定次 |
監修 |
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| 阿部桂一 |
3,7,12,14,15,21,27,29,33,34,43,47,51話脚本 |
| 石黒昇 |
43,45話演出 |
| 猪俣勝人 |
18話脚本 |
| 梅谷卓司 |
41話脚本 |
| 梅林貴久生 |
16話脚本 |
| 大原清秀 |
11話脚本 |
| 岡崎邦彦 |
17,23,38,42,49話演出 |
| 勝間田具治 |
37,46話演出 |
| 鎌田房夫 |
31話脚本 |
| 上梨満雄 |
12,15,2131,36,44,49話演出 |
| 北野真生 |
23話脚本 |
| 吉良敬三 |
8,11,16,22,28,34,39,52話演出 |
| 黒川文男 |
4,20話演出 |
| 結束信二 |
17話脚本 |
| 小島英夫 |
5,10,13,18,41,48話演出 |
| 杉浦久 |
40,46話脚本 |
| 鈴木生朗 |
1,2,4,5,10,25,30,36話脚本 |
| 鈴木伸一 |
1話演出 |
| 棚橋一徳 |
26,32,43,50話演出 |
| 田宮武 |
35,40話演出 |
| 辻真先 |
39,48話脚本 |
| 西川洋二 |
20話脚本 |
| 根岸雅雄 |
26話脚本 |
| 迫間健 |
6,8,9,13,19,22,28,35,38,42,44,45,49,52話脚本 |
| 林政行 |
19,29,33,47,51話演出 |
| ひでぼお |
30話演出 |
| 深山伸 |
24話脚本 |
| 真崎守 |
2,3,6,7,25話演出 |
| 三芳加也 |
37,50話脚本 |
| 村野守美 |
9,14話演出 |
| りんたろう |
2,3,6,7,27話演出 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1968'4'1〜9'30 |
| Wikipedia |
全27話、モノクロ作品。番組製作はフジテレビと虫プロ商事が担当。アニメの実制作には虫プロダクション(旧虫プロ)が携わった。 本作は原作とは大幅に展開が異なっており、例として原作のアメリカ遠征が行われない他、キャプテン山彦は原作では病気の影響により途中でレスリング生命を終えるのに対し、アニメ版では最後まで東の一番の強敵として立ちはだかる。また、学校の描写が大幅に増えている他、山彦の妹こだまなどオリジナルキャラクターも多数登場する。 |
| 個人的感想 |
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| 原作 |
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| スタッフ |
| 杉山卓 |
監督
1,5,7,9,15,16,24,27話演出 |
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| 赤堀幹治 |
12話演出 |
| 内田有紀彦 |
18,21話演出 |
| 小田良 |
13,22話演出 |
| 川崎泰民 |
9,12,13,16,25,27話脚本 |
| 斎出光布 |
15話演出 |
| 杉山卓 |
15,20,24,27話演出 |
| 高橋良輔 |
4,14,19,26話演出 |
| 辻真先 |
5,8,14,15,23,24話脚本 |
| 富野喜幸 |
3,14話演出 |
| 西牧秀雄 |
6,10,17話演出 |
| 波多正美 |
2話演出 |
| 南川博 |
11,23,25話演出 |
| 山崎忠昭 |
1,5,10,17,20,22話脚本 |
| 雪室俊一 |
2,3,6,7,11,18,1921,26話脚本 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1968'2'1〜9'26 |
| Wikipedia |
原作は、江戸川乱歩の子供向け探偵小説シリーズ『少年探偵団』。6人の少年少女によるわんぱく探偵団が、私立探偵明智小五郎とともに推理力と行動力を駆使して難事件に立ち向かい、怪人二十面相と対決する模様を描く。虫プロでは初の、手塚治虫作品以外をもとにして制作されたアニメである。
原作での少年探偵団は10人以上でメンバーも流動的であったが、本作では団員を6人に絞って個性を明確化している[1]。怪人二十面相の容貌も、それまでのイメージとは異なる独特なデザインとなっている[1]。
本作をもって、1966年4月からの『宇宙エース』以来2年半続いた木曜19:00枠のアニメシリーズは一旦終了。引き続き虫プロが手掛けた後番組『バンパイヤ』は、一部の箇所にアニメーションを取り入れたテレビドラマとして放送されていた。 |
| 個人的感想 |
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| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1967'4'2〜1968'4'7 |
| Wikipedia |
リボンの騎士』(リボンのきし)とは、手塚治虫による少女漫画作品。および、それを原作とする作品群のことを指す。手塚の20代の頃の連載漫画代表作の一つであり、少女向けストーリー漫画の先駆け的な作品。
TVアニメ作品は虫プロダクションの製作で、フジテレビ系で1967年4月2日から1968年4月7日にかけて放送された(カラー全52回、音声モノラル)。
本作品は日本のテレビアニメ史上で少女が主人公である第二番目の作品である(第一番目は「魔法使いサリー(東映動画、横山光輝)」)。
TVアニメ化にあたってストーリーが大幅に変更されており、続きものの原作とは異なりおおむね一話完結となっている(22話から25話までおよび26話から29話まではそれぞれ四回連続で完結、また36話と37話および51話と52話は二回連続で完結のエピソード構成となっている)。原作や『双子の騎士』に登場・もしくはちなんだキャラクターが登場することもある。ストーリー後半ではクールランド国の雪の女王率いる軍隊との戦いや、侵略者Xが率いるX帝国連合軍との戦いが中心となっていき、原作漫画とは大きく異なる展開となっている。また、TVアニメではサファイアとフランツ王子(アニメ版ではロック・ホームが扮し、手塚によりデザインされた)、天使チンクの年齢は原作よりも低めに設定されている。[7] |
| 個人的感想 |
これは再放送で観た記憶。全話ではなく何話か跳んでいたが、最初の話と最終話はちゃんと記憶してる。 |
| ジャンル |
ファンタジー(ヨーロッパ) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 手塚治虫 |
総監督
1,22話演出 |
| 赤堀幹治 |
チーフディレクター
6,45話演出 |
| 勝井千賀雄 |
チーフディレクター |
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| 内田有紀彦 |
12,23,28,34,38,48,50話演出 |
| 内山順一郎 |
8話脚本 |
| 大貫信夫 |
2,11話演出 |
| 奥田誠治 |
43話演出 |
| 上口照人 |
10話演出 |
| 上梨満雄 |
7,14,19,26,31,37話演出 |
| 北野英明 |
20,27,30,39話演出 |
| 熊井宏之 |
40,41話脚本 |
| 坂口尚 |
5,18,25,29,33,40,51,52話演出 |
| 坂本雄作 |
42,47話脚本 |
| 進藤満尾 |
17話演出 |
| 瀬山義文 |
8,41話演出 |
| 高橋良輔 |
32,36,4話演出 |
| 月岡貞夫 |
1話演出 |
| 辻真先 |
10,12,17,21,26~30,34,44,45,49,50話脚本 |
| 富野喜幸 |
3,4,9,21話演出 |
| 西牧秀夫 |
35,42,46話演出 |
| 能加平 |
1~7,9,11,13,1416,18~20,22~25,31~33,35~39,48,51,52話脚本 |
| 波多正美 |
16話演出 |
| 彦根範夫 |
47話演出 |
| 正延宏三 |
13,24話演出 |
| 丸山正雄 |
46話脚本 |
| 南川博 |
49話演出 |
| 三輪孝輝 |
15話演出 |
| 保富康午 |
43話脚本 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1967'1'7〜1967'9'30 |
| Wikipedia |
手塚治虫が『西遊記』を元に描いた漫画作品『ぼくのそんごくう』を原作に、虫プロダクションがスラップスティックなギャグアニメとして作り上げたのが本作である。『鉄腕アトム』(アニメ第1作)の後番組であり、引き続き明治製菓(現・明治)の一社提供で放送された。
キャラクターや話の内容が現代風にアレンジされており、三蔵法師が天竺まで経典を取りに行くという基本設定を除いてほとんど作り替えている。登場人物も、竜子(たつこ)という女性キャラが追加されている[注釈 1]。
当初は高い視聴率を稼ぎ、最高視聴率は1967年2月18日(土)に31.7%を記録している。しかし、同年4月に日本テレビ系列で同じ時間帯に『黄金バット』(読売テレビ製作)がスタートしてからは、視聴率の低下に苦しんだ。「妖怪連合シリーズ」などの路線変更が行われたが、後半の視聴率不振の盛り返しには至らずに9か月(39話)で放送を終えた。 |
| 個人的感想 |
幼少期に私の実家のところでも放映されていたが、時期が違うので再放送だろう。私にとって初めて触れた西遊記の話でもある。三蔵法師があまりに情けないという印象しか残ってなかったが。 |
| ジャンル |
ファンタジー(中華) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 杉井ギサブロー |
総監督 |
| 川畑栄一 |
プロデューサー |
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| 菅野昭彦 |
11,19,30話脚本 |
| 北野英明 |
15,19,31話演出 |
| 佐野美津男 |
10,12,14,17,18話脚本 |
鈴木良武
(五武冬史) |
1~3話脚本 |
| 高橋良輔 |
16,25,37話演出 |
| 月岡貞夫 |
21話演出 |
| 出崎統 |
1,4,6,12,14,20,22話演出 |
| 西牧秀夫 |
2,5,811,13,17,28,32話演出
28話脚本 |
| 波多正美 |
3,7,9,10,13,22,33,34,37話演出 |
彦根範夫
(ひこねのりお) |
18,36話演出 |
| 平田敏夫 |
27,30,39話演出
27,33話演出 |
| 山中恒 |
8,16話脚本 |
| 山元護久 |
13,21話脚本 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1965'10'6〜1966'9'28(第1期)
1966'10'5〜1967'3'29(第2期) |
| Wikipedia |
『ジャングル大帝』(ジャングルたいてい)は、手塚治虫の漫画およびそれを原作とした一連のアニメ作品。
英題は日本国内ではJungle Emperor Leo、日本国外では第1、第2シリーズから再編集劇場版までがJungle Emperor、1989年のリメイク版および1997年の劇場版がKimba the White Lion、2009年のテレビスペシャル版がJungle Taitei。 |
| 個人的感想 |
手塚治虫原作のアニメーション。原作は1巻程度しか読んでいない。 |
| ジャンル |
ライオン(動物) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 監督 |
八村博也、山本暎一 |
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| 演出 |
荒木伸吾、片岡忠三、勝井千賀雄、北野英明、斎藤博、瀬山義文、月岡貞夫、手塚治虫、八村博也、山本暎一 |
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| 脚本 |
安東穂夫、石郷岡豪、五味明、辻真先、手塚治虫、八村博也、山本暎一 |
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豊田有恒 |
1st |
36話脚本 |
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永島慎二 |
1st |
1,3,4,11,12,14,21,34~36,41,45,48話演出 |
| 2nd |
3,10話演出 |
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林重行 |
1st |
1,2,7,13,26,33~35,42話演出 |
| 2nd |
7,15,23,26話演出 |
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彦根範夫 |
1st |
50話演出 |
|
平田敏夫 |
1st |
23,24,31,34,35,39,47話演出 |
| 2nd |
4,14,20,26話演出 |
|
正延宏三 |
1st |
50話演出 |
| 2nd |
15,23話演出 |
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雪室俊一 |
1st |
3,7,13,16,18,26,33話脚本 |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1965'6'6〜1966'6'27 |
| Wikipedia |
虫プロダクション制作のテレビアニメ、およびそれと設定を同じくする手塚治虫のSF漫画作品である。 『ジャングル大帝』に続く虫プロ3番目のアニメ作品で、虫プロ内の余剰人員を活用する目的で出された企画をその端緒とする。『W3』が形になるまでに、2度虫プロの企画と似たアニメが他の会社から制作され、虫プロではその都度設定変更を行っている。
漫画版は当初『週刊少年マガジン』に掲載された。しかし、前述の設定変更の際に社内で内通者騒ぎが起こり、不幸にもその発端となった作品が『W3』と同時掲載になったため、これを快く思わなかった手塚の意向によりマガジンでの連載を6回(1965年13号
- 18号)で打ち切り、設定を見直した上で掲載誌を『週刊少年サンデー』に変更して連載された(1965年5月30日号 - 1966年5月8日号)。このことは俗に「W3事件」と呼ばれている。
アメリカでは、Erika Film Production の手によって、THE AMAZING 3のタイトルで放送された。余談だが、エンドロールでの手塚の表記が"OSAMO TEDUKA"と誤記されている。 |
| 個人的感想 |
原作の方は読んでいるが、アニメは完全未見。 |
| 原作 |
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| ジャンル |
ヒーロー(SF) |
| スタッフ |
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| 協力会社 |
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| 放映日時 |
1963'4'7〜1965'4'1 |
| Wikipedia |
手塚治虫原作の人形劇である(全3部・92話)。毎回メカなどのSF的な描写に数分のアニメーション(虫プロダクション製作)を組み入れていた。
第1部では、太陽が急速にエネルギーを失い冷え始めて、地球は寒冷化し、人類をふくむ全生物に絶滅の危機が迫ることを花島博士が発見する。太陽を再生するには、恒星同士が衝突した時に生じる特殊な物質を撃ち込んでやらなければならない。ロップ少年はロボット犬を従え、優しく美しい金星人アーミア、向こう見ずだが勇敢な火星人ポイポイ、食いしん坊でちょっと間抜けな宇宙人ダーと共に、恒星同士の衝突現場を見つけようと、ロケットのロップ号に乗り込んで銀河系内を探索する。 |
| 個人的感想 |
番組の基本は人形劇でアニメーションは短いもの。現存するフィルムがほとんど無いため、それぞれの話を誰が演出しているのかは不明。基本的に虫プロ全体の作品と認識される。 |
| ジャンル |
ヒーロー(SF) |
| 原作 |
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| スタッフ |
| 市川平二 |
演出 |
| 今西洋一郎 |
演出 |
| 竹田喜之助 |
人形美術 |
| 島田二郎 |
脚本 |
| 安江進 |
演出 |
| 山口裕一 |
演出 |
| 若林一郎 |
脚本 |
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| 協力会社 |
日本放送協会(NHK総合テレビ)
竹田人形座 |
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| 放映日時 |
1963'1'1〜1966'12'31 |
| Wikipedia |
フジテレビ系列にて、1963年1月1日から1966年12月31日まで放送。全193話。一部を除きモノクロ作品。
日本で最初の本格的な1話30分の連続TVアニメ、日本初の国産ロボットアニメである。(ちなみに放送当時には通常は「TVアニメ」とは呼ばれず「テレビまんが」とよばれていた。「アニメーション映画」も「まんが映画」であった。) |
| 個人的感想 |
日本初のテレビアニメ。終了時点でまだ筆者は誕生しておらず、観た作品も断片的。様々なテレビ番組でその一部を観ることは何度かあった。 |
| ジャンル |
ロボット(SF) |
| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
スタジオ・ゼロ
ピー・プロダクション |
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タイトル
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| 放映日時 |
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| Wikipedia |
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| 個人的感想 |
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| ジャンル |
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| 原作 |
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| スタッフ |
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| 協力会社 |
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