2013年。太平洋の深海で異世界とつながる亀裂が生じ、そこから怪獣が次々と現れるようになった。その怪獣に対抗するため、人類は手を組み、人型兵器イェーガーを建造して立ち向かう。だが怪獣の現れる頻度は少しずつ早まり、イェーガーの建造が間に合わなくなってきた。そして2025年。元イェーガー乗りのローリー(ハナム)の前に環太平洋防衛軍の司令官ペントコスト(エルバ)がやってきた。戦線復帰してイェーガーに乗れというペントコストの言葉に従うことにしたローリーだが…
映画が開発されてから一世紀余り。その間に映画史にはいくつものトピックが存在した。大きいものもあるし、小さいものもあるが、それを投入したことによって、ガラッと映画のトレンドが変わる、あるいは新たなメジャージャンルを作り上げるパワーを持ったものが時折現れる。ハリウッドにおいては、ルーカスとスピルバーグによってSFが一気にメジャージャンルになったり、ライミがスプラッターというジャンルを作ったり、ヒーローものを一気にメジャーに押し上げたり。
そんな新しいジャンルがどうやら出てきた雰囲気を持った作品が搭乗した。そう、それが“巨大ロボットもの”だ。
もともとこのジャンルは細々とは存在してはいた。だが、金を使う割にキワモノ扱いされるために、メジャーな監督は誰も手を付けようとはしないジャンルでもあった…ただし、特定の国ではこれは非常にメジャージャンルであり、特にアニメとしては常に作られ続けている国はあるのはある。テレビアニメはほぼ常に作られ続けているし、数年に一度位の割で劇場でもかかってはくる。
で、そんな国のアニメーションの大ファンは世界中に存在する。その中にはいわゆるオタク監督などと言われてる人もいるのだが、その筆頭とも言われるのがギレルモ・デル・トロという人。日本のアニメや特撮に造詣の深いこの人が怪獣作品を作るというので、特に注目していた。前の『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』で、思いっきり質の高いゴジラリスペクトしてくれた人だ。当然今回のも楽しいもの作ってくれるに違いない。楽しみだった。
そしてついに鑑賞と相成った。このためにわざわざIMAX3D(日本語吹き替え版)まで予約して。
そして出来たものは、期待を全く裏切らないものだった。まさに「これが観たかった!」というものを目の前に出されたようなもの。特に「私のために作られた」と思えるようなものが、目の前にある。まさしくこれこそ多幸感!
はっきり言うが、この作品については物語性なんてもんはどうでも良い。ロボットに乗った主人公が必殺技を叫びながら怪獣と戦う。これを最高水準で見せてくれるのだから、それだけで充分である。最高に爽快。
この作品の際立った特徴は圧倒的な演出力だ。しかもこの演出を完全に理解出来るのは日本人しかいない。なんせこの演出の大部分は日本で作られたアニメ演出に負っているから。元ネタが明らかなのが多いけど、どれもこれまでアニメだから出来たものばかり。それが実写で、最高の演出で見せられたら脱帽する以外ない。
無意味かもしれんが、ここでリスペクトされたと思われるアニメを挙げてみよう。まずイェーガーの存在感はかなり「ガンダム」や「マクロス」シリーズに負っている。イェーガーは無骨なデザインだが、体の各部には「ガンダム」シリーズの色々なパーツが使われてる。コックピット描写は「新世紀エヴァンゲリオン」及び「トップをねらえ」と言ったガイナックス作品の影響が色濃い。ダイレクトドライブシステムは「勇者ライディーン」か(特撮作品の「ジャンボーグA」もあるけど)。イェーガーの出撃シーンは「新世紀エヴァンゲリオン」のハンガーと「マジンガーZ」のホバーパイルダーの合体シーンだろう。他に一々出撃過程をねちっこく描写するのは「グレンダイザー」と「ゲッターロボ」と「ウルトラマンA」の影響から。ヘリでイェーガーを運ぶのも「エヴァ」から。肝心な戦闘シーンについては明らかにOVA版の「ジャイアントロボ」を始めとする今川泰宏演出と、「マジンガーZ」、イェーガーと人間との対比は「ファイブスター物語」、香港の街描写などは『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)や「パトレイバー」などの押井演出と『AKIRA』(1988)から。他に武器の使い方なんかは「ダンガードA」や「機甲界ガリアン」なんかもあり。
…と、まあとにかく凄まじい真似演出なのだが、これがとてつもなく質が高い。元ネタがあったとしても、この映画に合った見事な演出を展開してくれるので、これを「パクリ」などと言うつもりは全く無い。アニメ演出を実写で作れる第一人者はこれまで樋口真嗣が第一人者だと思ってたけど、その認識も改めねばならないかも知れない。
元々世界最高水準の日本のアニメの良いところを全部取り込んで、最高の演出で見せる。これだけでどれだけ本作が高水準であるか分かろうというもの。
ここまでは、本作が日本のアニメに準拠した良い部分を語ってきたが、これからは本作の演出の凄さを語っていこうと思う(大半はいらんこと言いになるけど)。
本作はハリウッドにとっての初のビッグバジェットによるロボット作品ではない。その前に、やっぱりアニメから派生した『トランスフォーマー』(2007)がある。ただしそちらにはなく、この作品にはあるもの。それは簡単に言えば重量感である。『TF』にも重量感の演出はたっぷり入れられていたが、その巨大ロボットの動きが良すぎるため(あの作品のロボットは生命体という設定だから)、現実に即したリアリティはまるでない。対して本作の場合、ロボットは人間が作ったもの。その動きは機械そのものであり、歩行の際も一歩一歩ドスンドスンと地響きをたててゆっくりと動く。このゆっくりさこそが、本当に「ロボットを観た」という気分にさせてくれる。更に、このロボットは人間が動かしているという点も大きい。イェーガーは人間の動きをトレースするため、その稼働には制約が多い。その制約の中で動くため、より人間っぽくなっている。結論として、本作はとても重量感に溢れた動きとなっている。第一点としてこの重量感を挙げるべきだろう。
第二点として、この作品は破壊の描写がとにかく良いという点。物語を通して破壊されたものは実に多い。それはイェーガーであったり、怪獣であったりもするが、それ以上に建造物の破壊が多い。人間が作り上げてきた巨大な箱物が巨大な存在によって次々に破壊されていく。それは一種のカタルシスであり、そして日本の怪獣特撮が営々と続けられてきた理由でもある。それこそ『ゴジラ』(1954)以降(正確には『ゴジラ』(1984)以降か)、特撮ファンは、「次に何をぶっ壊してくれるだろう?」と楽しみにしていたものだ。その溜飲を大いに下げさせてくれる。特にメインの戦いとなった香港での戦いは、特撮ファンには分かるカタルシスそのもの。
第三点。武器の使用方法がよく分かってらっしゃる。必殺技は叫ばなければいけないし、イェーガーの武器の一つ一つがアニメを意識したものなんだが、この運用方法が細かくてよろしい。ミサイル一つを取っても、大勢の人間が手動で運んでおり、ローテクで一発一発装填してるシーンがあるが、これが大切なんだよ。ロボットを運用するなら、乗組員がいればいい訳でなく、それを運用するために膨大な人間を必要とする。この辺りは「機動警察パトレイバー」からのものかもしれないが、そもそもパトレイバー自体が特撮を相当意識したものなので、遠因とすればやっぱりこれも特撮と言って良いだろう。この辺これまでのハリウッド作品ではありそうでなかった(と言うか、そもそも日本でもなかったな)。
以降は本当に個人的な部分だが、第四点。この作品にはちゃんと人類側にマッドサイエンティストが存在すること。この作品の場合、敵ではなく人類側だが、自分の研究のためには命を喜んで投げ出すような阿呆さっぷりがアクセントになっていて、これまた大変よろしい。どっかネジがぶっ飛んだ二人は結構良いコンビ。
第五点。吹き替えが見事なこと。この作品、字幕ではなくやっぱり吹き替えが最高。主人公ローリーの杉田智和は最近のヒーローものでは比較的よく聞く声だが、それ以外が特にオールドアニメファンには嬉しい。司令官役が玄田哲章だとか、メカニックに千葉繁とか、科学者役の二人が古谷徹と三ツ矢雄二とか(この二人とも、ロボットアニメの主人公は結構やってるけど、敢えてそれを外して科学者をやらせたのは良かった)。とにかく古いアニメ知ってる人には嬉しい器用…マコ役に林原めぐみは良かったのか悪かったのか。だって一応こう見えて菊地凛子は『スカイ・クロラ The Sky Crowlers』(2008)で声当ててたからなあ。
まあ、そんな事で、とにかく見所満載。オタ心にビッとくる作品だって事は間違いなし。だから敢えて単純すぎる物語展開については言わないでおこう。それも又狙いなんだろうから。 |