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著作の「聖なる映画」で小津とドライエルとブレッソンを宗教的に語り、前衛的な『Mishima』(日本未公開)を撮ったことで、あまり日本で見向きされなくなってしまった。 | ||||||||||
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聖なる映画―小津/ブレッソン/ドライヤー(書籍) _(書籍) |
2019 | ||
2018 | ||
2017 | 魂のゆくえ 監督 | |
2016 | ||
健さん 出演 | ||
2015 | ヒッチコック/トリュフォー 出演 | |
2014 | ラスト・リベンジ 監督・脚本 | |
2013 | ザ・ハリウッド 監督 | |
2012 | ||
2011 | ||
2010 | ||
2009 | ||
2008 | 囚われのサーカス 監督 | |
2007 | ||
2006 | ||
2005 | ||
2004 | ||
2003 | イージー・ライダー☆レイジング・ブル 出演 | |
アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史 出演 | ||
2002 | ボブ・クレイン 快楽を知ったTVスター 監督 | |
2001 | ||
2000 | ||
1999 | 人妻 監督・脚本 | |
救命士 脚本 | ||
1998 | 白い刻印 監督 | |
1997 | ||
1996 | Touch タッチ 監督・脚本 | |
訣別の街 脚本 | ||
1995 | ||
1994 | 魔界世紀ハリウッド 監督 | |
1993 | 小津と語る Talking With OZU 出演 | |
1992 | ||
1991 | ライト・スリーパー 監督・脚本 | |
1990 | 迷宮のヴェニス 監督 | |
プレストン・スタージェス★アメリカン・ドリーマー 出演 | ||
1989 | ||
1988 | テロリズムの夜/パティ・ハースト誘拐事件 監督 | |
最後の誘惑 脚本 | ||
1987 | ||
1986 | 愛と栄光への日々/ライト・オブ・デイ 監督・脚本 | |
モスキート・コースト 脚本 | ||
1985 | MISHIMA 監督・脚本 | |
1984 | ||
1983 | ||
1982 | ||
1981 | キャット・ピープル 監督 | |
1980 | アメリカン・ジゴロ 監督・脚本 | |
レイジング・ブル 脚本 | ||
1979 | ハードコアの夜 監督・脚本 | |
1978 | ブルー・カラー/怒りのはみだし労働者ども 監督・脚本 | |
オールドボーイフレンズ 製作総指揮・出演 | ||
1977 | ローリング・サンダー 脚本 | |
1976 | 愛のメモリー 脚本 | |
タクシードライバー 脚本 | ||
1975 | ||
1974 | ザ・ヤクザ 脚本 | |
1973 | ||
1972 | ||
1971 | ||
1970 | ||
1969 | ||
1968 | ||
1967 | ||
1966 | ||
1965 | ||
1964 | ||
1963 | ||
1962 | ||
1961 | ||
1960 | ||
1959 | ||
1958 | ||
1957 | ||
1956 | ||
1955 | ||
1954 | ||
1953 | ||
1952 | ||
1951 | ||
1950 | ||
1949 | ||
1948 | ||
1947 | ||
1946 | 7'22 ミシガン州で誕生 |
タイトル | |||||||||||||||||||||||
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魂のゆくえ 2017 | |||||||||||||||||||||||||||
2018米アカデミー脚本賞 2018NY批評家協会脚本賞、主演男優賞(ホーク) |
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ニューヨークにある小さな教会で牧師を務めるエルンスト・トラー(ホーク)はある日、数少ない信徒の一人メアリー(セイフライド)から、過激な環境保護運動に傾倒する夫のマイケル(エッティンガー)と面談してくれるよう頼まれる。そこでマイケルの持論を聞いている内に、自らの息子を戦地に送り出して死なせてしまった自分自身の過去と直面させられる。それでもマイケルを諭すエルンストだったが、次に会う約束の当日にマイケルは自殺してしまう。 常に観ている側の精神を逆なでするような作風で知られるシュレイダー監督の最新作は牧師を主人公にしたもので、これまでの作品以上に観ていてきつい作品になっていた。 この作品のきつさは、何もかも出口が見えないと言うところにある。 単純に企業が悪いとか拝金主義が悪いとかではない。それを糾弾しても何も変わりがないという事実を眼前に突きつけられるからなのだ。 正直な話、なんでこんなきついのをわざわざ金出して観ないといかんのだ?という気分にさせられるのだが、逆に「だからこそ、これが映画だ!」という思いもある。 そこであのラストシーンは映画としてこうあるべきことなのだろう。社会的にも人生においても行き詰まりの中、そこで情という部分に訴えたのは、僅かでも希望を提示するためだし、その希望なしでは物語として成立しないから。 とにかく精神にどすっと来る作品を劇場で観られた充実感でいっぱいとなった。無茶苦茶きついけど。 |
白い刻印 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
1998米アカデミー助演男優賞(コバーン)、主演男優賞(ノルティ) 1998全米批評家協会主演男優賞(ノルティ) 1998NY批評家協会男優賞(ノルティ) 1998ゴールデン・グローブ男優賞(ノルティ) 1998インディペンデント・スピリット作品賞、監督賞(シュレイダー)、主演男優賞(ノルティ)、助演男優賞(コバーン)、脚本賞、撮影賞 |
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この年の助演男優賞はコバーン除いてみんなノミネート経験者。 |
キャット・ピープル 1981 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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兄のポール(マクダウェル)と同居するために妹のアリーナ(キンスキー)はニューオリンズに上京してきた。だが、その夜娼婦が黒豹に襲われる事件が起こる。動物園に捕らえられた黒豹を見たアリーナは直感でその豹を逃すのだが、その夜に帰ってきたポールから、恐るべき事実を告げられる… 『キャット・ピープル』(1942)のリメイク作品。 総じてさして評価は高くない作品なのだが、私にとって偏愛度はかなり高い(私自身かなりのネコ好きだと言うのも理由だろうが)。 確かにストーリーが鈍重で観ていて退屈する部分はあるが、雰囲気が凄く好みだったし、なんと言っても本作はキャラクターがものすごく良い。野性的な風貌を持つ(はっきり言ってしまえばネコっぽい)キンスキーを主演にしたのは大正解。兄のポール役のマクダウェルもべたーっとした不気味さを良く表していていた。 それにこの作品、背徳感に溢れた雰囲気が良いんだよ。近親相姦を扱ってもいる事も一つだけど、一旦男と寝てしまうと、その男を食い殺さねば、再び人間に戻ることが出来ない。その究極の選択を強いられる時の、背徳感と絶望を感じる演出。それでも寂しさのあまりオリバー(ハード)とベッドインしたときの、吹っ切れた彼女の表情。なんだかその雰囲気に飲まれ、涙が出そうになった。 その後の変身シーンも凄い。通常この手の作品だとモーフィングで人間から動物へと過程を追って変化するのが好まれるが、本作の場合、人間の皮膚を突き破って身体の中から黒豹が現れる。皮膚が割れるとき、本当に痛そう。ここでも雰囲気に飲まれてたので、分かるはずのない黒豹の表情のなかに悲しみまで見てしまったよ(キンスキーはクラウス=キンスキーの実の娘だが、その顔つきのあまりの違いから「野獣から生まれた美女」とまで言われたが、変身の瞬間の苦しみの表情は、やはり父親譲り。やはり親子だったんだな)。 それで結局人間に戻ることを放棄してしまい、動物園で豹の姿のままうずくまるアリーナと、それを見つめるポール…なんだかこれにも背徳的な演出でドキドキした(何てったって、人間と豹の間の愛情の演出だよ)。ラストのデヴィッド=ボウイのけだるい歌も上手くはまっていたと思うし。 でも、やっぱキンスキーの雰囲気に尽きるな。この作品は。 |
アメリカン・ジゴロ American Gigolo |
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