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_(書籍) _(書籍) |
2020 | ||
2019 | グレース・オブ・ゴッド 告発の時 監督・脚本 | |
2018 | ||
2017 | 2重螺旋の恋人 監督・脚本 | |
2016 | 婚約者の友人 監督・脚本 | |
2015 | ||
2014 | 彼は秘密の女ともだち 監督・脚本 | |
2013 | 17歳 監督・脚本 | |
2012 | 危険なプロット 監督・脚本 | |
2011 | ||
2010 | しあわせの雨傘 監督・脚本 | |
2009 | Ricky リッキー 監督・脚本 | |
ムースの隠遁 監督・脚本 | ||
2008 | ||
2007 | エンジェル 監督 | |
2006 | ||
2005 | ぼくを葬る 監督・脚本 | |
2004 | ふたりの5つの分かれ路 監督・脚本 | |
2003 | スイミング・プール 監督・脚本 | |
2002 | 8人の女たち 監督・製作 | |
2001 | ||
2000 | ||
1999 | ||
1998 | ||
1997 | ||
1996 | ||
1995 | 小さな死 監督・脚本 | |
1994 | アクション、ヴェリテ 監督・脚本 | |
1993 | ||
1992 | ||
1991 | ||
1990 | ||
1989 | ||
1988 | ||
1987 | ||
1986 | ||
1985 | ||
1984 | ||
1983 | ||
1982 | ||
1981 | ||
1980 | ||
1979 | ||
1978 | ||
1977 | ||
1976 | ||
1975 | ||
1974 | ||
1973 | ||
1972 | ||
1971 | ||
1970 | ||
1969 | ||
1968 | ||
1967 | 11'15 パリで誕生 |
グレース・オブ・ゴッド 告発の時 Grâce à Dieu |
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2014年リヨン。何でも語り合う家族に囲まれ、日曜日にはミサに出かけるアレクサンドル(プポー)は、リヨンにプレナ神父(ヴェルレー)が戻ってきたことを知る。アレクサンドルが少年時代に参加したボーイスカウトでプレナから性的暴行を受けていたアレクサンドルは、プレナが今も聖職にあり、しかも子どもを教えていると知った。激しい怒りを覚えたアレクサンドルはバルバラン枢機卿(マルトゥーレ)に直訴してプレナを免職するよう求める。アレクサンドルの言葉に耳を傾けたバルバランだが、全く処分がされない。そしてそのことを聞き及んだ、かつての被害者達が次々と立ち上がる。 21世紀になったばかりの時。スポットライト 世紀のスクープ(2015)で描かれた、アメリカのボストンの新聞コラムから始まったカトリック司祭による性的虐待の真実が明らかにされた。 それまでいくつもの噂は流れていたし、裁判を起こしたという海外ニュースも何度か耳にしたことはあったが、この新聞コラムはまさに眠った子を起こしてしまった。この事件以来カトリック教界は大激震が走り、それは今も続いている。 その中でフランスで実際に起こった事件が本作のモティーフとなる。実際には過去形ではなく現在も裁判は続いているそうで、調べたらこの映画とほぼ同時期の2019年2月に裁判が行われ、2020年1月にブレナの公判が行われ、有罪となったが、現在上訴中とのこと。 世界最大の宗教組織の罪で、組織ぐるみで隠蔽を行ってきたということなのだが、これが過去からずっと続いてきたとするならばあまりにその罪は重い。 淡々と描かれる分、ずしっとした重さを感じさせられる作品だ。 本作を特徴付けるものとして、複数主人公の存在もある。オープニングで登場したアレクサンドルは訴訟を起こすまでで一旦退場。それを受け継いで新たに二人の主人公が登場。それぞれの立場から訴訟を成功まで導いていく。ストーリーの一貫性を考えるならそこが違和感あるのだが、これが狙った演出と考えるならば、他になかなかない珍しい演出として受け取れる。 それに何より本作の場合、主人公は訴える側ではない。訴えられるブレナ神父と、バルバラン。引いて言えばフランスのカトリック教会そのものが主人公である。存命の実在の人物に対する容赦のない演出を印象づけるための演出とするなら、映画としては大変優れたものと言えるだろう。当人にとってはたまらんだろうけど。 社会派としても、演出としても立派な映画作品に仕上がってるので、いろんな意味で挑戦作として見られるだろう。 |
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スイミング・プール Swimming Pool |
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2003カンヌ国際映画祭パルム・ドール 2003ヨーロッパ映画女優賞(ランプリング)、作品賞 2003放送映画批評家協会外国映画賞 |
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8人の女たち 8 femmes |
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2002ベルリン国際映画祭銀熊賞(ダリュー&ドヌーヴ&ユペール&ベアール&アルダン&ルドワイヤン&サニエ&リシャール) 2002ヨーロッパ映画女優賞(ダリュー&ドヌーヴ&ユペール&ベアール&アルダン&ルドワイヤン&サニエ&リシャール)、作品賞 |
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1950年代フランス。クリスマスを祝うために家族が集まってきた。そんなクリスマスの朝、メイドのルイーズ(ベアール)が自室で主人が背中を刺されて殺されているのを発見した。当然邸宅に集まった8人の女たちの中に犯人がいるはず。笑顔の下に欲深な本性を隠す祖母のマミー(ダリュー)、夫の共同経営者と浮気している妻のギャビー(ドヌーヴ)、トラブルを抱えて金を借りに来た妹のピレット(アルダン)、何かと義兄に色目を使っていたギャビーの妹のオーギュスティーヌ(ユペール)に、長女スゾン(ルドワイヤン)、次女カトリーヌ(サニエ)、妖艶さを振りまくメイドのルイーズ、家政婦マダム・シャネル(リシャール)と言った面々が集まる中、それぞれが犯人を推測するが… フランスはミュージカルの傑作が少ないと言われる。確かにミュージカルの本場はアメリカだから、数の上では桁が違うため、あまり振り向かれないようだが、実際はいくつかミュージカルの傑作もあり。特に挑戦的なシェルブールの雨傘(1963)は全ミュージカルの中でも特異な位置にありつつ、紛れもない傑作だった。ひょっとして本作はそれ以来の傑作の誕生だったかも知れない。フランス映画では珍しく近くのシネコンに来たのに観に行かず、後でテレビで観た時、「失敗した!」と本気で思った。こんな楽しいミュージカル観たのは久々だ。 新旧のフランス女優を一堂に介し、ストーリーとミュージカルを完全に分離した、まるで舞台劇のような作品に仕上げられているのだが、どれほど残酷な現実を目の前にしても、最初の内はみんなおっとりして本音を出さない。真剣味がなさそうでありそうな不思議な間を持っているので、突然のミュージカルシーンが妙に映える。その中で物語が進む内に全員の表層がだんだん破れてきて本音が徐々に見えてくる辺りの構成は見事で、全員が全員本音がまるで違う所にあるものだから、それぞれに二重性を持ったしっかり見所と演技が楽しめる。表層と本音で8人×2の過不足なく描写したオゾン監督の力量に感服。 ドヌーブのようなヴェテランでもかなり変な役をやってるのが本作での意外な点で、この人ってあんまり本音を出す役演ってなかったはずなのに、いざ演ってみると本当にはまり役って感じ。 いかにも作り物じみたセットの中で話が展開していくが、まさか謎まで作り物だったとは…この辺のケレン味というか、パロディ的描写が実に楽しい。そう言えば気狂いピエロ(1965)でベルナンドとカリーナが死体の置いてある脇でミュージカルやってたシーンがあったが、あれって実はフランス的なジョークだったのかな?本作観てそう思える。 是非これからもフランスはミュージカル作るべきだ。 |
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