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ジャン=リュック・ゴダール
Jean-Luc Godard

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書籍
著作
ゴダール全評論・全発言〈1〉1950‐1967(書籍)

評論
ゴダール原論: 映画・世界・ソニマージュ佐々木 敦

_(書籍)
2018 イメージの本 監督・ナレーション
2017
2016
2015
2014 さらば、愛の言葉よ 監督・編集
2013
2012 旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス 出演
2011
2010 ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー 出演
ゴダール・ソシアリスム 監督・脚本
2009 シネマ・ゴダール 出演
2008 アニエスの浜辺 出演
2007
2006
2005 映画史特別編 選ばれた瞬間 監督・編集
2004 アワーミュージック 監督・脚本・編集・出演
2003
2002 10ミニッツ・オールダー イデアの森 監督
2001 愛の世紀 監督・脚本
2000 そして愛に至る 出演
1999
1998 映画史 監督・編集・出演
1997
1996 フォーエヴァー・モーツァルト 監督・脚本・編集
1995 JLG/自画像 監督・製作・脚本
1994
1993 ゴダールの決別 監督・脚本
フランソワ・トリュフォー/盗まれた肖像 出演
1992
1991 新ドイツ零年 監督・脚本
キング・オブ・アド 監督
1990 ヌーヴェルヴァーグ 監督・脚本
1989 ゴダールの映画史 第2章 単独の歴史 監督・脚本・出演
ゴダールの映画史 第1章 すべての歴史 監督・脚本・出演
1988 パリ・ストーリー 監督
1987 ゴダールのリア王 監督・脚色・出演
右側に気をつけろ 監督・脚本・出演
アリア 監督・脚本
1986 ウディ・アレン会見レポート 監督・出演
映画というささやかな商売の栄華と衰退 監督・脚本
1985 ゴダールの探偵 監督・脚本
1984 ゴダールのマリア 監督・脚本
1983 カルメンという名の女 監督
ブレスレス 原作
1982 パッション 監督・脚本
666号室 出演
1981 フレディ・ビアシュへの手紙 監督・脚本・編集・出演
1980
1979 勝手に逃げろ/人生 監督・製作
1978
1977
1976 ヒア&ゼア・こことよそ 監督・製作
1975 うまくいってる? 監督・脚本
パート2 監督・脚本・出演
1974
1973
1972 ジェーンへの手紙 監督・脚本・出演
万事快調 監督・脚本
1971
1970 ウラジミールとローザ 監督・脚本・出演
イタリアにおける闘争 監督・撮影
1969 愛と怒り 監督
プラウダ(真実) 監督
ブリティッシュ・サウンズ 監督・脚本
ブリティッシュ・サウンズ 監督・脚本
1968 ワン・プラス・ワン 監督・脚本
1967 愛すべき女・女(め・め)たち 監督・脚本
ベトナムから遠く離れて 監督
中国女 監督・脚本
ウイークエンド 監督・脚本
メイド・イン・USA 監督・脚本
1966 彼女について私が知っている二、三の事柄 監督・製作・脚本
1965 気狂いピエロ 監督・脚本
男性・女性 監督・脚本
アルファヴィル 監督・脚本
パリところどころ 共同監督
1964 恋人のいる時間 監督・脚本
立派な詐欺師 監督・脚本
はなればなれに 監督・脚本
1963 軽蔑 監督・脚本
カラビニエ 監督・脚本
ロゴパグ 監督
バルドー/ゴダール 出演
パパラッツィ 出演
1962 新7つの大罪 監督・脚本
女と男のいる舗道 監督・脚本
1961 女は女である 監督・脚本
1960 シャルロットとジュール 監督・脚本・出演
小さな兵隊 監督・脚本
1959 男の子の名前はみんなパトリックっていうの 監督
勝手にしやがれ 監督・脚本・出演
獅子座 出演
1958
1957 水の話/プチ・シネマ・バザール 監督
1956 王手飛車取り 出演
1955
1954
1953
1952
1951
1950
1949
1948
1947
1946
1945
1944
1943
1942
1941
1940
1939
1938
1937
1936
1935
1934
1933
1932
1931
1930 12'3 パリで誕生

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万事快調 1972
<A> <楽>
ジェーン・フォンダ
イヴ・モンタン
ヴィットリオ・カプリオーリ
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
中国女 1967
1967ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞(ゴダール)
<A> <楽>
マグ・ボダール(製)
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
アンヌ・ヴィアゼムスキー
ジャン=ピエール・レオ
ジュリエット・ベルト
フランシス・ジャンソン
ミシェル・セメニアコ
レクス・デ・ブロイン
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
マオ〜、マオ〜!
 ヴェトナムではアメリカとソ連の代理戦争が行われ、中国では紅衛兵の登場により、文化大革命が起こっていた1967年。フランスではベロニカを初めとする左翼大学生たちがアパートでの共同生活を送っていた。毛語録を集め、ラジオ北京を聞きつつ議論を戦わせ、映画を撮ってフランスの革命を話し合っていた。だが、過激なベロニカの主張についていけず、彼女の元を去る友たち。フランスでの学生生活を描く。
 資本主義国家で商業的に作られた映画中最も左翼的な作品と言われた作品で、本作の作られた翌年、パリでは五月革命が起こる。まるでそれを予見したかのような物語となっている。
 最初観た時は実際の学生に対するインタヴュー形式のドラマかと思っていたのだが、一応ちゃんとした物語にはなっている。日本でもそうだったらしいが、フランスでも学生はこういう生活を送っていたんだろうな。学生の考える過激な正義を主張しつつ、結局何も出来ないまま挫折を繰り返し、みんな大人になっていくのだろう
(あるいはベロニカは大人になりきれないかもしれないけど)。彼らの議論を見ていると、坂口弘の「あさま山荘1972」を思い出してしまう。ヨーロッパや日本で毛沢東主義に陥ったのは、結局の話は、毛沢東が最も嫌ったブルジョアであったと言うことは、皮肉にもなってるな。
 映画のエンディングや劇中で用いられる
毛沢東賛美の歌は今では笑うばかり。
 そう言う時代を描いた映画としては
貴重な映画だと思うが、ゴダールってこういう主張を持っていたのだろうか?単なる左翼主義讃美と言うよりは極めつけの皮肉にも見える。
 殊映像に関しては、何となく押井監督自身が相当影響を受けているように思えるのだが…
ウィークエンド 1967
1969キネマ旬報外国映画第4位
<A> <楽>
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
ミレーユ・ダルク
ジャン・ヤンヌ
ジャン=ピエール・カルフォン
ヴァレリー・ラグランジェ
ジャン=ピエール・レオ
ジュリエット・ベルト
ジョルジュ・スタケ
ダニエル・ポムルール
ヴィルジニー・ヴィニョン
ブランディーヌ・ジャンソン
イヴ・アフォンソ
ポール・ジェゴフ
アンヌ・ヴィアゼムスキー
ミシェル・クルノー
ジャン=クロード・ギルベール
ラズロ・サボ
エルネスト・メンゼル
イヴ・ベネイトン
イザベル・ポンス
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 怠惰な生活を送るコリンヌ(ダルク)とロラン(イアンヌ)の二人は土曜日の朝に週末旅行に出た。出がけに隣人と大げんかをしたり、延々と車の列が続き、事故や死者も放っておかれる国道を経て、ヒッピー風の女性を拾って田舎に到着するが…
 『中国女』と共に資本主義批判の集大成と言われる作品で、ゴダールの不条理世界がこれでもか!と言う風に出てくる。最早ここまで来ると
ヌーヴェル・ヴァーグと言うよりは前衛劇にしか思えない
 しかし、それが面白くないか?と言うとそうじゃない。むしろここまでやられると逆に、次に何が来るのか?と言う思いを持って画面を見ることになるし、次の展開がなんだこりゃ?だったりすると、かえって楽しくなってくる。そう言う意味ではゴダールというのは特殊な監督なんだと思う。
 それらが可能なのは、場面の転換が行き当たりばったりの即興に見えていながら、物語となっているのは「現代性」というテーマに貫かれているからなんだろう。
 無茶苦茶描かれているようであって、実はここでは電化製品に囲まれた生活、親子の確執、ヒッピー文化とビートニク世代の違い、そしてフリーセックスなどについて、と、とにかく色々なものが詰め込まれ、しかもそれら全てが破壊的に用いられているのが特徴。当時の時代を如実に示す資料として考えることも出来る。文明世界にいると人は機械によって支配される存在に堕す。だが人間性を求め、郊外に出ると、今度は人間の野獣性が増す。結果として人間はこの振れ幅の中で生きていくしかないのだ。その辺の皮肉さ加減が面白いところである。
 この時代というのが分かってくると、更に本作の面白さが分かってくるだろう…
ちょっと気持ち悪いけどね
 ただ、やっぱりゴダールでなかったらこんな面白くはならなかっただろうな。この監督の特別性を改めて感じる作品でもある。
 そしてゴダールの非凡さを裏付けるものとして、ゴダール自身が劇中で語ったたった一言の台詞を挙げよ
う「心配することはなにもない。単に赤いペンキに過ぎないのだから」
メイド・イン・USA 1967
<A> <楽>
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
アンナ・カリーナ
ラズロ・サボ
ジャン=ピエール・レオ
マリアンヌ・フェイスフル
小坂恭子
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
悪党パーカー/死者の遺産(書籍)リチャード・スターク
彼女について私が知っている二、三の事柄 1966
<A> <楽>
フランソワ・トリュフォー
ジャン=リュック・ゴダール(製)
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
マリナ・ヴラディ
アニー・デュプレー
ロジェ・モンソール
ラウール・レヴィ
ジャン・ナルボニ
ジュリエット・ベルト
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
気狂いピエロ 1965
1965ヴェネツィア国際映画祭新鋭評論家賞(ゴダール)
1967
キネマ旬報外国映画第5位
<A> <楽>
ジョルジュ・ドゥ・ボールガールディノ・デ・ラウレンティス(製)
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
ジャン=ポール・ベルモンド
アンナ・カリーナ
グラツィエラ・ガルヴァーニ
ダーク・サンダース
ジミー・カルービ
サミュエル・フラー
レイモン・ドボス
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
「十一時の悪魔」ライオネル・ホワイト
 ライオネル=ホワイトの大衆小説「十一時の悪魔」から発想を得て制作される。
 ゴダールはポレの『地中海』に多大な影響を受け、本作でも『地中海』の音楽家アントワーヌ=デュアメルが曲を提供している。
 ゴダール監督の転換点となった作品で、実験的映像の世界と政治色の強いシニカルな世界が混在している。
 サミュエル・フラーが本人役で登場。
アルファビル 1965
1965ベルリン国際映画祭金熊賞
<A> <楽>
アンドレ・ミシュラン(製)
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
エディ・コンスタンティーヌ
アンナ・カリーナ
エイキム・タミロフ
ハワード・ヴァーノン
ラズロ・サボ
クリスタ・ラング
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 低予算で作られたSF映画。最初はSF小説のパロディのような話で、中盤から話は脇にそれていくが、本作が映画界に与えた影響は決して小さくはない。
軽蔑 1963
1964キネマ旬報外国映画第7位
<A> <楽>
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
ミシェル・ピッコリ
ブリジット・バルドー
ジャック・パランス
フリッツ・ラング
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
軽蔑(書籍)アルベルト・モラヴィア
 職業で栄光を得た顔と実生活での途方に暮れた顔の対比が描かれる。
 結婚と映画作りの物語を結びつける。フリッツ・ラングが本人役で出演している。ゴダールの美術性が遺憾なく発揮された作品。
 同じ年に公開されたフェリーニ監督の『8 1/2』と較べてしまうと、かえって地味になってしまった。演出面では、わざと自然に作らないことで、映画的リアリティを増す事に成功している。主演はフリッツ・ラング監督その人。
 資本主義のシステムそのものに疑問を投げかけ、そのシステムの仲にある映画自体をも批判する。
女と男のいる舗道 1962
1962ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞
1963キネマ旬報外国映画第3位
<A> <楽>
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
アンナ・カリーナ
サディ・レボ
ブリス・パラン
アンドレ・S・ラバルト
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 商品としての娼婦の生き方を描く。そのためエロチックさは一切排除される。娼婦そのものを憐れむべき職業とは捕らえていない
 売春を取り上げた作品
 色彩を落とし、張りつめた冬の美しさが表現されている。
女は女である 1961
1961ベルリン国際映画祭銀熊賞(ゴダール)、女優賞(カリーナ)
<A> <楽>
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
ジャン=ポール・ベルモンド
アンナ・カリーナ
ジャン=クロード・ブリアリ
マリー・デュボワ
ジャンヌ・モロー
カトリーヌ・ドモンジョ
★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 酒場で働くダンサーのアンジェラ(カリーナ)。ボーイ・フレンドのエミール(ブリアリ)との間に子供が欲しいと願うが、エミールの方はさほど乗り気ではなかった。エミールとその友人アルフレド(ベルモンド)との関係を通しつつ、それでも幸せなアンジェラの生活を描く。
 ちょっと変わったカップルの日常生活を淡々と描いている作品だが、それはやっぱりゴダールらしく、時折画面に不思議な映像が盛り込まれているので、観ていて全然飽きない。コロコロと表情が変わるアンジェラと登場人物の次の行動がまるで予測つかないため、観ていて楽しい。そう言う意味では良質のコメディと言うことが出来るだろう。
 
ゴダールは常に実験的な手法を映画に取り入れるので有名だが、この作品では兎角音楽の使い方が特徴的。映像が少し進んでから唐突に始まるため、ちょっと戸惑いを覚えたりするが、それも狙いか。更に活字が効果的に用いられ、それが映像に華をもたらしている。
 後にゴダールはカリーナとベルモンドを用い、
『気狂いピエロ』(1965)を撮ることになるが、本作の突拍子のなさにはその萌芽があるな。
 しかし、この映画を観て、つくづく痛感するのは何故か部屋についてであったりする。アンジェラは決して裕福ではないが、自転車が乗れたりする広い真っ白い部屋があり、妙に印象に残る。
小さな兵隊 1960
<A> <楽>
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
アンナ・カリーナ
ミシェル・シュボール
アンリ=ジャック・ユエ
★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
勝手にしやがれ 1959
1960ベルリン国際映画祭監督賞(ゴダール)
1961
英アカデミー女優賞(セバーグ)
<A> <楽>
クロード・シャブロル(監修)
ジョルジュ・ドゥ・ボールガール(製)
ジャン=リュック・ゴダール(脚)
ジャン=ポール・ベルモンド
ジーン・セバーグ
ダニエル・ブーランジェ
ジャン=ピエール・メルヴィル
ジャン=リュック・ゴダール
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 自動車泥棒の常習犯で、白バイ警官を殺してマルセイユからパリに逃げて来たミシェル(ベルモンド)は、アメリカ人の恋人パトリシア(セバーグ)とお互いにきままな関係を楽しんでいた。しかし、警官殺しとして指名手配を受けていたミシェルの居場所を聞きに来た警察に、自由を欲するパトリシアはあっさりとミシェルの居場所を密告するのだった…
 フランス・ヌーヴェル・ヴァーグを代表する作品であり、監督のゴダールの初長編作品にして彼を一躍有名にした、映画史に残る記念的作品。更にトレンド・セッティング・フィルム
(ファッション界や若者文化を直接リードするようなメッセージの発信源となるような映画)の代表作でもある(ちなみにゴダール監督作品で商業的にも成功したのは本作のみだとか)。ゴダール監督としてはそもそも『俺たちに明日はない』(1967)の主人公であるボニーとクライドを元にした作品を作るつもりだったらしく、アメリカのギャング映画のパロディのような作風になっている(本人曰く、「アメリカ流の犯罪映画を作ろうとして「不思議の国のアリス」を作ってしまった」とのこと)。
 本作を観たのは名画座で
『気狂いピエロ』(1965)の併映として。
 ここで私は大きな間違いをしでかした。
 時間の問題で『気狂いピエロ』の方を先に観てしまった。
 いい加減に脳がぐちゃぐちゃになった状態で本作を拝見…
面白いと思えなかった。映画史などで絶賛されていたため、かなり期待していたんだが、順番が悪すぎた。
 そう言うわけで、あんまり良い思い出ではないのだが、改めて考えてみたり、後で本作に関する記事などを漁ってみると、色々と面白い事がこの映画から分かってくる。
 実際本作から映画は映画として独自の表現形式を取るようになったのだと思う。元々映画は舞台劇を元として作られ始めたので、どうしても演劇の形式に引きずられる傾向があった。緩急のついた脚本、演技者の巧さ、連続性のあるストーリー展開など。今でも勿論それは基本としてちゃんと残っている。
 ただ一方で、これを映画独自の表現にしようとする試みは、それこそ黎明期の頃から行われてきた。
 舞台劇と映画の違いはいくつも挙げられるが、その一つとして、
カメラで撮られた映画は、フィルムの使い方によって時間の連続を無視できると言う点がある。例えば結末部分を冒頭に持ってきて、それを補足説明する形でストーリーを展開させるとか、一瞬の時間を引き延ばして長々と見せるとか(奇しくもその最たる作品ヒッチコックの『サイコ』(1960)は同じ年に公開されている)。現実時間に即していない映画はもっと自由度が高く作ることが出来る。本作はコマ送りや早回し、逆に時間の引き延ばしと言った映画独特の技法を自由自在に駆使した作品で、それまでほとんど無かった表現様式を作り上げてくれた。これまで良しとされていた技法を一旦白紙にして改めて映画を問うたゴダール監督の勇気には感服する。更に最後のミシェルの犬死にシーンではリアリティを増すため、何の予告もなしに街中で突然カメラを回し始めたと言う。だからあのシーンの市民の驚いた表情は本当に驚いているのだとか。
 又、キャラクターに連続性を求める必要はない。と言う事をそのまま出してしまった作品でもある。要するに、人を殺したら当然その罪の意識に苛まれるか、あるいはそれを覆い隠してしまって素知らぬ振りをする。と言う具合に持っていくのが当たり前なのだが、ここにはそれがない。ベルモンド演じるミシェルは人を殺そうがなんだろうが、それを一向に気にしていない。せいぜいやっかい事が増えたと言う程度の認識でしかない。ラストシーンの
「最低だ」ってのは、そのままミシェルの思いだろう。単に自分に素直に生きているだけで、殺されてしまうなんて、なんて最低なのか。そんな思いとして私は捉えた。又、セバーグ演じるパトリシアの性格の豹変も凄い。あれだけ濃厚に(?)愛し合っていながら、次の瞬間にはあっさりとミシェルを警察に売るような真似をする。ここにも一切の罪悪感や葛藤は見られない。
 この現実味のなさこそが本作の最大の魅力となっているのは間違いなく、見事にそれまでの映画の定式を壊して作ってくれていた。これまでの映画の定式を壊すことによっても映画は作れる。否、映画でしか作れない作品が出来上がると言うことを映画界に認識させたと言うことで、記念碑的作品と呼ばれるようになった。いかに自然に作るのではなく、いかに不自然に作るか。これも又、映画の一つの魅力だ。これまで積み重ねられた技術体系を全部ぶっつぶして見せたのは爽快だし、作ってる本人も相当に楽しかったことだろう。

 ちなみに
ヌーヴェル・ヴァーグというのはフランスの「カイエ・デ・シネマ」の映画評論家から始まった運動で、代表的な論客がトリュフォー、シャブロル、そしてこのゴダールだったのだが、本作は元々トリュフォーが原案を出し(何でも新聞の三面記事を見ていてひらめいたそうだ)、製作監修をシャブロルが務めるという、まさにヌーヴェル・ヴァーグを代表する一本として良い作品へと仕上がった。

 …なんだか書いてる内に評価がどんどん上がっていくのだが、
こんな事があるから映画批評は楽しい

 ちなみにに本作の原題は
『ABout De Souffle』だが、邦題を付けるに当たり、配給会社では議論が紛糾し、煮詰まった宣伝部員が「勝手にしろ!」と叫んだことから付けられたとか。冗談のような実話である。

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