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2017 | 6'6 死去 | |
2016 | ||
2015 | ||
2014 | ||
2013 | ||
2012 | ||
2011 | ||
2010 | ||
2009 | ||
2008 | ||
2007 | ||
2006 | ||
2005 | ||
2004 | ||
2003 | アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史 出演 | |
2002 | ||
2001 | ||
2000 | ||
1999 | ヴァン・ダム IN コヨーテ 監督 | |
1998 | ||
1997 | ||
1996 | ||
1995 | ||
1994 | エイト・セカンズ/伝説の8秒 監督 | |
1993 | ||
1992 | パワー・オブ・ワン 監督 | |
1991 | ||
1990 | ロッキー5 最後のドラマ 監督 | |
1989 | ワイルド・チェンジ 監督・製作総指揮 | |
ベスト・キッド3 最後の挑戦 監督 | ||
1988 | この愛に生きて 監督 | |
1987 | ||
1986 | ピーター・フォークの 恋する大泥棒 監督 | |
ベスト・キッド2 監督 | ||
1985 | ||
1984 | ベスト・キッド 監督 | |
1983 | ナイト・イン・ヘブン 監督 | |
1982 | ||
1981 | ネイバーズ 監督 | |
1980 | ジェネシスを追え 監督 | |
1979 | ||
1978 | ふたりでスロー・ダンスを 監督・製作 | |
1977 | ||
1976 | ロッキー 監督 | |
1975 | フォア・プレイ 監督 | |
1974 | デキシー・ダンスキングス 監督 | |
1973 | セイブ・ザ・タイガー 監督 | |
1972 | ||
1971 | 泣く女 監督・撮影 | |
1970 | セックスandソサエティ 大人の恋愛講座 監督・撮影・編集 | |
ジョー 監督・撮影 | ||
1969 | ||
1968 | 青春の渚 撮影 | |
1967 | ||
1966 | ||
1965 | ||
1964 | ||
1963 | ||
1962 | ||
1961 | ||
1960 | ||
1959 | ||
1958 | ||
1957 | ||
1956 | ||
1955 | ||
1954 | ||
1953 | ||
1952 | ||
1951 | ||
1950 | ||
1949 | ||
1948 | ||
1947 | ||
1946 | ||
1945 | ||
1944 | ||
1943 | ||
1942 | ||
1941 | ||
1940 | ||
1939 | ||
1938 | ||
1937 | ||
1936 | ||
1935 | 12'21 イリノイ州オークパークで誕生 |
タイトル | |||||||||||||||||||||||
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ヴァン・ダム IN コヨーテ 1999 | |||||||||||||||||||||||||||
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かつて凄腕の兵士として知られたが、今や希望をなくした男エディ(ヴァン・ダム)。親友に会うために一人旅をしている途中に暴漢に襲撃され、瀕死の重傷を負わされてしまう。やがて、近隣の町で彼らが悪の限りを尽くしていることを知ったエディは、単身、悪へ立ち向かう。 ヴァンダムにパット=モリタ、ダニー=トレホという、知る人ぞ知るマニアックなキャスティングで送るアクション作品で、一見よく分かるのは、大変古いタイプの作品だと言うこと。最初に流れ者が登場し、最初に悪と対決。その後、村のために一肌脱いで悪人と戦う…うむ。西部劇の定番物語だ…いや、むしろマカロニ・ウエスタンの方に近いか?…と思ったら、『用心棒』(1961)を翻案した作品だとか。なるほどねえ。 都合の良い設定とヴァン・ダム流の激しいアクションが中心の作品なんだが、結構面白かったのが町の住民達。最初暴力に怯えるだけだったのに、ヴァン・ダム扮するエディの活躍に触発されてどんどん元気になって、格好良くなっていく。まあ、そりゃモリタなんかが出たら、そうならざるを得ないか(笑)。悪役顔のトレホも今回は結構おいしいところを持って行った。 ただ、なんか笑わせようとしてる部分が無茶苦茶外しまくってたのが凄く寒いし、ヴァン・ダムも今回はおいしいところ持って行かれてしまった分、狂言回しみたいな役割でしかなかったし、その辺どうも練りが足りなかった感じ…練る以前の問題という話もあるな(笑) ハリウッド映画好きにはこう言うのが安心できる作品なんだろうな。こう言うのですかっとしたい人向き。 |
ロッキー5 1990 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
1990ゴールデン・ラズベリーこの10年最低主演男優賞(スタローン)、ゴールデン・ラズベリー最低作品賞、最低主演男優賞(スタローン)、最低主演女優賞(シャイア)、最低監督賞(アヴィルドセン)、最低助演男優賞(ヤング)、最低脚本賞、最低主題歌賞 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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死闘の末ドラゴを倒しソ連から凱旋したロッキー(スタローン)だったが、これまでの戦いで脳障害が起き、医者の診断ではもはや戦うことが出来ないと判断されてしまう。引退を決意したロッキーだが、義兄のポーリー(ヤング)が雇った会計士の不正により破産にまで追い込まれてしまう。仕方なく生まれ故郷のフィラディルフィアに戻り、ミッキーの残したジムでトレーナーとして働くことになる。そんな彼の元に若きボクサー、トミー・マシンガン(モリソン)が訪ねてくる。彼に昔の自分の姿を重ねたロッキーは彼を育ててみることにした。厳しいトレーニングの末、めきめき頭角を現すトミー。マスコミはトミーを“ロッキーの操り人形”としてもてはやすが、トミーはそれが気にくわない。そんな二人の前にプロモーターのジョージ・ワシントン・デューク(ガント)が現れ、卑怯な手段でトミーを取り込んでしまう。ロッキーを捨て、ついに世界チャンプとなったトミーだったが… 言うまでもなく大人気シリーズの最終作。ラジー賞の軒並みノミネートという快挙(?)を成し遂げ、アヴィルドセンは、この作品を監督したことを後悔したと言うし、シリーズ最低作の呼び声も高いが、そこまでこの作品は悪くないと思ってる…設定だけだが。 これまでのシリーズの軌跡を辿ってみると、『ロッキー』でアメリカン・ドリームを成し遂げ、『ロッキー2』(1979)でついにチャンプへ。『ロッキー3』(1982)で挫折と復活を…それに加えて本作は引退後の姿を描くことで、流れはかなりしっかりしている。ボクシングはボクサーだけじゃないんだ(敢えてあの馬鹿げた『ロッキー4 炎の友情』(1985)は除く)。トレーナーだって、充分主役と成り得るし、ボクサーの行くべき道というものを指し示してもいた。だから流れとしては間違っていないと思う。ロッキーの良さは最低の中で、不屈の闘志で立ち上がるところにあるんだから。 …ただ、これはあくまで設定だけに限っての話。お話の方があまりにも貧相すぎた。ってか、フィラデルフィアに戻る理由があまりに強引すぎるし、そんな馬鹿な話にしてしまう脚本家の正気を疑うほど(つまりスタローン自身になるか(笑))。更にまさかの自分の実の息子を息子役にしてしまうと言うとんでもない真似してくれるし、殆ど自己満足のために撮ったとしか思えない(実際その通りだろう)。 それにモリソンを出したのは大いなる間違いでは?あの筋肉の付き方はどう見てもボクサーじゃない。あれじゃストリートファイターかフットボール選手だよ。どう見ても強そうに見えない人間を出すもんじゃない。 最後はリングではなくストリートファイトで決めるわけだが、プロのボクサー、しかも世界チャンプがそんなことやったら、当然権利剥奪だよ。下手すれば殺人未遂。しかも誰もそれを止めようとしないし、煽るような真似してる奴らがちょっと酷すぎないか? で、この作品で一番キャラが立ってたのって、記憶の中のミッキーだったんじゃなかろうか?最後の瞬間、彼の姿が映し出されて、思わずジーンとしてしまった。 |
ベスト・キッド3 最後の挑戦 1989 | |||||||||||||||||||||||
1989ゴールデン・ラズベリー最低作品賞、最低主演男優賞(マッチオ)、最低監督賞、最低助演男優賞(モリタ)、最低脚本賞 | |||||||||||||||||||||||
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かつてダニエルに完敗し左前となった「コブラ会」の塾長はダニエルに復讐を誓った。彼は、戦争帰りの兄貴分のシルバーのつてを頼り強暴なライバル役を招聘する。そのパワーに不安を隠せないダニエル(マッチオ)にシルバーは味方のふりをして近づき、言葉巧みに彼を空手の暗黒面にひきこむのだった。 作るべきじゃなかった。それが正直な感想。2を番外編とするなら、3は正統な続編になるのだが、折角のあの余韻を一気にぶちこわしにしてくれた。 カラテを主題としているだけに、オリエンタルな雰囲気は随分増している感じだが、盆栽のために文字通り命までかけるダニエルとか、空手の型の中に中国憲法の鶴拳があるとか(これは1でもそうだけど)、どこか浮ついた、嫌みな東洋趣味が丸出しになっていて、それがどうにも鼻につく。 更に空手の暗黒面!等という言葉がポンポン飛び出す。それはSWの見過ぎだって、それは。ストーリー展開もSW2〜3を敷衍したようなものとなっているような気がして仕方がない。 ところで一言。 ダニエルの、浮気者〜! |
ベスト・キッド2 1986 | |||||||||||||||||||||||
1986米アカデミー主題歌賞 1986ゴールデン・グローブ歌曲賞 |
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ミヤギ(モリタ)のもとに父親の危篤を知らせる手紙が届いた。彼は弟子のダニエル(マッチオ)を連れて、故郷の沖縄に戻る。だがそこには、かつて同じ女性を愛したがために宿敵となった男が、復讐のために待ちかまえていたのだ。 大好評作品の続編で1986年全米興行成績も2位。まあ、一作目も結構誤解が多かったけど、この作品はそれに輪をかけて凄いものにし上がっていた。日本文化を誤解していたってより、むしろ意識的に外していたんじゃないかな?ここまで酷いと殆どジョークだ。特に最後の戦いに向かうダニエルを何ででんでん太鼓で送らにゃならんのか?ちょっと凄いね、これは。 ただ、この作品、とにかくピーター=セテラの歌う「Power of Love」が素晴らしく、これだけで満足いった。今や、私のカラオケの定番曲となっている。 ところでこう書いてしまったが、後年テレビで観直す機会を持った。 あれ?こんなに面白い作品だったか?嗜好の変化だろうか? これだけタメが上手く作られた作品なんて、初見では思っても見なかったな。多分あまりの文化侵害に呆れたんだと思うのだが、今素直にアクション映画として観るなら、出来はかなり良かったりする。 |
ベスト・キッド 1984 | |||||||||||||||||||||||
1984米アカデミー助演男優賞(モリタ) | |||||||||||||||||||||||
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転校生ダニエル(マッチオ)が恋した少女は、カラテの高校チャンピオンが狙っている娘でもあった。ある日不良グループにからまれた彼は、ミヤギと名乗る老人に助けられる。強くなりたいと願うダニエルに対してミヤギは、自分を守るために使うのならカラテを教えよう、と言うが… 1984年全米興行成績6位。 アヴィルドセン監督が青春版『ロッキー』を目指して作り上げた作品。格闘をベースに基本を押さえた作りで、売れ筋の構造と言えるんじゃないかな? だけど、本作の最大の魅力は「カラテ」をメインとしたことだろう。アメリカに日本の伝統格闘技を紹介し、それによってカラテブームを起こすことに成功している。その意味での文化に関わる功績は大きいだろう。 ただ、今思い直すとこの映画、随分日本のこと誤解していたようだ。特にダニエルが最後の試合で構えた格好は鶴拳だろ?あれは空手じゃなくて中国拳法だぜ。 ところでこの映画、私には妙な思い出がある。丁度アメリカにホーム・ステイした時、映画の話になって、私がこの映画のことを随分誉めたのだが、全然反応してくれなかった。途中ではっと気が付いたのだが、この映画の題名は「Karate Kid」だった。以降は見事に会話がはまった。まあ、確かにこの題では日本では売れなかっただろう。 マッチオは『アウトサイダー』(1983)によるいわゆる“ブラット・パック”の一人で、本作が彼らの躍進に一役買った。 |
ロッキー 1976 | |||||||||||||||||||||||||||
1976アカデミー作品賞、監督賞(アビルドセン)、編集賞、主演男優賞(スタローン)、主演女優賞(シャイア)、助演男優賞(メレデス、ヤング)、脚本賞(スタローン)、歌曲賞、音響賞 1976NY批評家協会助演女優賞(シャイア) 1976LA批評家協会作品賞 1976ゴールデン・グローブ作品賞 |
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30歳の4回戦ボーイ、ロッキー・バルボア(スタローン)はボクシング以外の生きがいをペット店に勤めるエイドリアン(シャイア)に見い出し始めていた。そんなある日、ヘビー級王者アポロ(ウェザース)が建国200年祭の催しとして世界戦を行なうことを発表した。しかし対戦相手が負傷。プロモーターはチャンスの国アメリカを具現化するために代役として無名選手を挑戦者として指名することにした。それに当たったのは何とロッキーその人だった。 1977年全米興行成績5位。当時あまり受けの良くなかったアクション作品で見事アカデミー作品賞を射止めた作品(この年のアカデミー賞にはモハメド・アリ本人がやってきたという逸話もある)。何よりヴェトナム戦争での敗北が生々しく残るアメリカ人が最も求めていた“アメリカン・ドリーム”が詰まっている。この作品ほど日本人に愛された映画はないだろう。少なくともスポーツ番組を提供するテレビ局にとっては、この作品の貢献度は最も高いはずだ。 見事にアメリカン・ドリームを実現した作品だが、ここにはいわゆる「アメリカン・ドリーム」についての皮肉も入っている。本作で描こうとしているのは、くすぶっている人間にもアメリカはチャンスを与えてくれるというものだけではない。そもそもこの話でロッキーにチャンスが舞い込んだのは、チャンピオンのアポロが話題作りのため、アメリカン・ドリームを利用したことから始まっている。既にアメリカン・ドリームという言葉は商用に転換できるほどに堕ちてしまっているということが前提としてあるわけだ。 そしてロッキー自身もこのチャンスに、自らがチャンピオンになろうということを目的にはしてない。ロッキーが後半エイドリアンに呟いた言葉は、「最後まで立っていたら俺の勝ちだ」だった。与えられた商業的なアメリカン・ドリームではなく、自身の意地を賭けて、自分に勝つことこそが本当のドリームなのだということを高らかに歌った話になっているのである。 だからこそ、本作は汗臭いほどに努力することの喜びが描かれているのだ。スポーツは目標があって、そのためにプレイヤーは精進するのだが、それが「自分に勝つ」という目標だってある。この作品を観て体を鍛える人は、無意識なうちに「俺だってロッキーになれる」という思いがあるはずなのだから。 その映画を通して生身の自分自身に向かって放たれるメッセージを受け取れることこそが本作を本当の名作にしている要因なのだろう。 だから、本作は決して廃れたりはしない。どんな時代にあっても光輝く作品となるのだ。 アカデミー賞ほか数々の映画賞を取るほどの爆発的なヒットを得た本作であるが、実際の製作はは無名俳優のスタローンが3日で書きあげた脚本をわずか28日で完成させたものだった(モハメッド=アリと無名のチャック=ウェプナーによるテレビのタイトル・マッチを観ていてこのアイディアを思いつき、脚本には時分自身を投影しまくって書き上げたという)。これを売り込む際、脚本の良さに映画会社側は有名俳優を何人も主役候補に挙げ、シナリオを買い取ることを提案するが、スタローンは絶対自分の主演でなければ駄目だとがんばった。その結果、アカデミーでは前代未聞の主演男優賞と脚本賞の同時ノミネートを果たすことになる。スタローンは劇中の人物ロッキーと同じくアメリカン・ドリームを手に入れた役者と言うことが出来よう。 ただ、予算そのものがB級スポーツ映画程度しか無かったため、役者の演技が時として鼻につく。特に本作では主役のスタローンがかなり下手くそで、言葉さえ明瞭でない(これは当時まだイタリア訛が強かったのが理由なのかな?)。それを「実直さ」と思わせるところが、実はこの映画の最大の巧さなのかも知れない。 ラストの感動はやはり突出したものがある。試合結果よりも愛する人物を抱いていたい。全て成し遂げたすがすがしさこそがその姿にはあった。 脇役も渋めで実に良かった。低予算だけに有名俳優を使えなかったのが、本作では上手くはまっていた。特に本作では唯一のヴェテラン、メレディスはこれまで120本もの作品に出演したが、本作が最大のヒット作となったという。 それと、この作品で試みられたのは何より殴り合いの臨場感で、人間がぶっ叩かれる瞬間をスローで撮影し、更に殴られた瞬間、鈍い音を立てる(ちなみにこの音はスイカを叩きつぶして得た音だとか)など、色々と技術的にも面白い試みがなされている。 ちなみにあまりにも有名なテーマ曲は、そもそもバラード調の曲として作られたもので、実際その音を聴いてみると、驚くほどダウナーな曲ではまっている。これをアップテンポにするだけで、こんなに燃える曲になるのは実に興味深い所。 |
セイブ・ザ・タイガー 1973 | |||||||||||||||||||||||||||
1973米アカデミー主演男優賞(レモン)、助演男優賞(ギルフォード)、脚本賞 | |||||||||||||||||||||||||||
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ハリー・ストーナー(レモン)は小さな服飾工場の社長だったが、景気の停滞によって経営は苦しく、資金繰りに毎日悩んでいた。家に帰ってもすっかり冷え切った夫婦仲の妻は何の慰めにもならない。そんなある日、得意先の接待に向かわせたコールガールから緊急連絡が入り、SMプレイの途中でクライアントが危篤状態になったという。やりきれない今を打破するため、ハリーは工場への放火を考えていた… こんな言葉がある。「優れたコメディアンは良い演技者になれるが、逆はあり得ない」と。コメディアンの芸というのがいかに苦労するか、そして演技の幅を付けるかが分かる言葉だが、それを体現できたキャラクタは?と聞かれると、真っ先に思い浮かべるのがこのジャック=レモンであろう(日本で言うと…あれ?いかりや長介を真っ先に思い出したぞ)。 若い頃にビリー=ワイルダーと出会ってコメディアンとしての才能を遺憾なく発揮したが、彼の芸域はそれにとどまらなかった。中でも70年代のニューシネマ時代になると、それまでのややエキセントリックな感じの演技を全く逆に、抑えたものへと転換。落ち着いた演技を見せてくれる。そう言う演技者としての代表作が本作だろう。 実際ここでのレモンは本当に普通の人間を演じている。悩んで迷って自分の決断に自信を持てなくて、誰かに頼って、頼られて…社会的な責任を負うようになると、避けては通れない圧迫を体現してくれていた。口で説明するよりもむしろその無表情さでそれを表現してくれるのが凄いところ。実際、色々な圧迫を受けてやるせない思いをしてる当時にこれ観たお陰で、本気で落ち込みそうになった…それで微妙なのだが、あのラストはやっぱり救いなんだろうな。少なくともあれがあって、ほっとした気になったし。 物語としてもさほど盛り上がりがあるわけでないし、話もとりとめないと言う印象を受けるのだが、むしろそのとりとめのなさこそがリアリティであり、それを目指したのがニューシネマというもの。我々の“普通の”生活から見たらちょっとだけいろんな事がある一日。だけど、その一日の長さというものを感じさせてくれる。決して過激に走ることなく、抑えきった描写がとても良い作品。 ただ一つだけよく分からないのがタイトル。劇中何度かに渡ってこの台詞は確かに語られるのだが、決して主題ではない。それどころか、このタイトルじゃ内容が全く分からないと思うのだが、なんで敢えてこんなタイトルにしたんだろう?それも挑戦だったのかな? 本作で主演男優賞オスカーを得たレモンはかつて得た『ミスタア・ロバーツ』(1955)の助演男優賞と合わせ、初の両部門受賞者となった。 |