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ロード・オブ・ウォー―史上最強の武器商人と呼ばれた男(書籍) _(書籍) |
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| 2015 | ||
| 2014 | ドローン・オブ・ウォー 監督・製作・脚本 | |
| 2013 | ザ・ホスト 美しき侵略者 監督・脚本 | |
| 2012 | ||
| 2011 | TIME タイム 監督 | |
| 2010 | ||
| 2009 | ||
| 2008 | ||
| 2007 | ||
| 2006 | ||
| 2005 | ロード・オブ・ウォー 監督・製作・脚本 | |
| 2004 | ターミナル 製作総指揮・原案 | |
| 2003 | ||
| 2002 | シモーヌ 監督・製作・脚本 | |
| 2001 | ||
| 2000 | ||
| 1999 | ||
| 1998 | トゥルーマン・ショー 製作・脚本 | |
| 1997 | ガタカ 監督・脚本 | |
| 1996 | ||
| 1995 | ||
| 1994 | ||
| 1993 | ||
| 1992 | ||
| 1991 | ||
| 1990 | ||
| 1989 | ||
| 1988 | ||
| 1987 | ||
| 1986 | ||
| 1985 | ||
| 1984 | ||
| 1983 | ||
| 1982 | ||
| 1981 | ||
| 1980 | ||
| 1979 | ||
| 1978 | ||
| 1977 | ||
| 1976 | ||
| 1975 | ||
| 1974 | ||
| 1973 | ||
| 1972 | ||
| 1971 | ||
| 1970 | ||
| 1969 | ||
| 1968 | ||
| 1967 | ||
| 1966 | ||
| 1965 | ||
| 1964 | 6'10 パラパラウムで誕生 | |
| ドローン・オブ・ウォー Good Kill |
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| TIME タイム 2011 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2012国内興行成績(海外映画)第10位 2012TSUTAYAレンタルベスト第6位 2012映画館で観たい映画洋画編第9位 2012レンタルランキング第8位 |
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| ロード・オブ・ウォー 2005 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 「世界中の人間が一人一挺の銃を持つのが理想」と公言する最強の死の商人として知られるウクライナ生まれの武器商人ユーリー=オルロフの(ケイジ)の半生を描く作品。アメリカでの極貧時代。裏家業に手を出して大もうけし、理想の結婚相手も見つけた蜜月時代。そして全てを失ってなお自分の才能を信じ武器商人を続けていく現在を通して描く。 まずは本作は正直な話で驚いた。本作は個人の武器輸出である。日本だったらどう見たって違法の最たるものである武器輸出が、アメリカでは公然と行われている。 武器輸出業者の話を真っ正面から真面目に作り上げた好作。おそらく911以降、初めてアメリカ国内で作られた、アメリカの国を公然と批判する作品(事実この製作にはアメリカ人は関わっていない)。 『Lord of War』の“Lord”とは、「戦争の支配者」と言うよりは「戦争によって肥え太る貴族」と言った方が正しいかも知れない。 このテーマをアメリカでやるのか?いや、やれるのか?という新鮮な驚き。実際本作はハリウッド・メジャーの作品ではない。いくら作ろうにもそっぽ向かれてしまうだろう。しかしそれをインディーズではなく世界公開に持って行けるというのは、アメリカの表現の自由もまだまだ捨てたものではないのかもしれない。 本作の最大の特徴は、何にも包まずストレートに大国批判をしている事。これはかつて『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)でもムーア監督が触れていたが、銃の輸出国の大部分は大国であり、その多くはアメリカである。ユーリー自身も「俺が一年かけて取引する量を大統領は一日でやってのける」と言っているくらいだ。その事実は誰でも知ることであるにも関わらず、それをストレートに語ることは実に少ない。しかもそれを本当に切実なものとして受け取る機会というのは更に少ない。事実『ボウリング・フォー・コロンバイン』よりもはるかにこちらの方が胸に来る。結局個人の銃輸出者とは、面だって国でフォローできないことをやっているという、結局は国の出張機関のようなものだから。 いくら映画は物語と言っても、実在の人物を描くのに、そこまでやるか?と思った時、自分自身がそう言うことに目を向けようともしてなかったという事実に気づかされた。 当たり前のことを当たり前のように言う。そんな当たり前のことに驚かされたわけだ。目の前にあり、知っているのに、周知の事実だから。としてそれを考えることを避けてる事ってたくさんあるのだろう。私自身そういう人間なんだな。 キャラクタに関してはやっぱりケイジはこういう役は上手い。下手にヒーロー役をやるよりも、『リービング・ラスベガス』(1995)に見られるような、不器用な、こうやって生きることしか出来ない。という役の方がはるかにはまる(ラスト、全てを失っても、やっぱり武器輸出を続けざるを得ず、それがオープニングと重なるシーンは見事な演出。最初の語りかけは、なんと現在進行形なのだ)。それに真面目役が似合うホークもその本領発揮という役柄を見事にこなしていた。 ただ、物語自体は前半部分があんまりにもあっさりしすぎの感があり、後半は説教じみてしまったという難点は確かにある。色々障害があって、それでも徐々にのし上がっていく過程が観たかったんだけど、あっさり一言回想だけで終わらせてしまったのは勿体ない。過程をあっさり描くのはニコル監督の特徴かな?それがこの監督の味だけど、後味の悪い作品を作るんだったら、前半部分はもっと盛り上げて然りだったんじゃないだろうか?そうすれば後半の落差をもっと派手に演出できたはず。 それに微量の軍オタ傾向を持つ身としては、次々に出てくる兵器の数々(その大部分はAK-47だけど)存分に楽しめたのも良し。年末の新作ラッシュにあって今ひとつ知名度は低いけど、はまる人にははまれる。 |
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| シモーヌ S1m0ne |
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| かつて2度アカデミーでノミネートされた経験を持つ映画監督ヴィクター・タランスキー(パチーノ)だが、ここ10年作る作品はことごとく失敗し、殆どの女優からもそっぽを向かれてるようになってしまった。再起を賭けた新作はワガママ女優ニコラ(ライダー)に降板されてしまい、映画会社のプロデューサーで元妻のエレイン(キーナー)には解雇を宣告される始末。絶望した彼の前にCGデザイナーのハンクが現われた。彼が開発したソフト“シミュレーション1”を託されたタランスキーは究極のCG女優“シモーヌ”を創り出し、彼女を使って映画を撮り上げるのだった。彼のもくろみは見事に当たり、“究極の美女”シモーヌは絶賛されるに至るのだが… 『ガタカ』、『トゥルーマン・ショー』により、注目してる若手監督のアンドリュー・ニコル監督最新作。かなりの期待はしていたのだが、既に観た人の話を聞く限り、それほどの作品ではないと言う印象。なんだか躊躇させるなあ。 それでも観てる間はとても楽しかった。コメディ・タッチで作られた本作はキャラクターや配色などがきちんと立っていたし、ストーリーだってかなり良かった。コメディと言っても一筋縄ではなく、むしろブラック・コメディと言えるラストシーンも結構好み。設定とかには非常にアラが多いが、楽しめた作品だった。 だけど、観終わってからしばらくして、何か腑に落ちないところが出てきた。面白いはずのストーリーにどうもひっかかる。うーん、なんでだろう?と、しばらくぼんやり考えてみた。とりあえずSF的な部分を全てはぎ取って、純粋なストーリーとして考えてみる…誰か他人になりすまし、人に賞賛されようとしたら、虚像の方が受け入れられてしまって引っ込みがつかなくなり、やがて虚像に殺意を抱く…うん。コメディでは定番といえるようなもんだ。その類型を辿ってみる…と、わかった。このストーリー、まんま『あなただけ今晩は』(1963)じゃないか。あっちではイルマ(マクレーン)という一人の女性に対し、ミスターX(レモン)という虚像を作り上げるんだが、こっちではそれが不特定多数の人間に対象が変わっただけだ。オチまで似てる…ってか、あの作品のオチを逆手に取ってる。道理で面白いと思えた訳だよ。でも、そうなってしまった以上、本作の評価は下げざるを得ないな…虚像が実体よりリアリティを持ってるってテーゼは今の映画界のみならず、実社会においても通じる面白いテーマで、深読みすれば色々面白いんだけど、もう一ひねりが欲しかったかな? キャラクターに関しては言うこと無し。これは見事なはまり具合。パチーノは老体にむち打って結構アクションしてくれるし、表情の変化や笑いの取り方も巧い(口紅は笑えた)。本当に良い役者だと思う。あんまり登場はしてないけど、ウィノナ=ライダーも演技の幅をますます増した感じ(劇中の自主的にオーディションのまねごとをするシーンは見事だった)。シモーヌ役のカナダ人モデル、レイチェル=ロバーツの謎めいた雰囲気も良い。個人的には子役のエヴァン=レイチェル=ウッドの小悪魔的な魅力が一番ツボ。一つ間違えば生意気なだけのガキになりそうな所をギリギリで最大限の魅力を保っていた。 演出に関しては結構面白い部分もあるのだが(場面毎に色によって演出を変えるとか、虚像と実像の狭間を感じなくさせるとか、プログラムであるはずのシモーヌの表情が、パチーノの演技によって変わって見えるとか)、ちょっと問題なのは画面にあんまりにも手を加えすぎてて、嫌味に見える。特にシモーヌのポップアップが置いてある場面はそれを目立たせようとマットで抜いて作ってるように見えるんだが、画面の中心がおかしくなってしまう(何カ所か通常のカメラでは絶対に撮れない場面が登場するが、殆ど意味がない)。勿体ない作り方だ。 設定に関して言えば、あまりにもアラが多すぎ。ホログラムを使ってのコンサートって、電源大丈夫なの?とか、インタビューでの背景は明らかに浮いてるぞ!とかいくつもあるが、一番の問題はシモーヌの声をパチーノが言ってるって点だろう。実体の分からない人間の正体を探す方法は素人の私だって、こういう場合いくつもの手を考える。一番有用な方法の一つには、シモーヌの声紋を取るって事なんだが、これやったら一発で声出してるのが男だって分かるよ。それを考えてる奴がいないのは変だろ?コンピュータマニアだったら、画像の荒さとか見てプログラムだって事分かる人間だっているだろうに。あとどうでも良いけど、あれだけのことをやってのけるパソコンが妙に古くさいのは何故?今時8インチフロッピーなんか使うか?ラストにハンクが命を削って8年間もかけて作ったプログラムが一人の娘によって僅かな間に再現されるってのも相当無理ないか? …あれれ?ひょっとして酷評してる?(笑) |
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| ガタカ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1997米アカデミー美術賞 1997ゴールデン・グローブ音楽賞 1998ジュラルメール・ファンタスティック映画祭審査員特別賞 |
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