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宇宙人東京に現わる


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1956年
島耕二
 突如東京で頻発する宇宙船騒ぎ。更にヒトデ型の宇宙人を見たという目撃情報が寄せられ、東京中が不安の中に落とし込まれていた。東京城北天文台長の小村芳雄博士(見明凡太朗)と助手の磯辺徹(川崎敬三)、物理学者の松田英輔(山形勲)らによって円盤研究がなされていたが、そんな松田博士のところに天野銀子(苅田とよみ)と名乗る一人の女性が訪ねてきた。自分の正体がパイラ人という宇宙人であることを打ち明けた銀子は、磯部が現在開発中のウリュウムの開発を止めるように警告する…
 日本初の総天然色空想科学映画
(“オールカラーSF”よりもこっちの方が風情がある)。丁度先に『ゴジラ』(1954)が大ヒットして、科学映画ムーブメントが起こっていた時期なので、それに便乗した、と言えなくも無いが、本作は“特撮”ではなく“SF”を目指していたところが特徴とも言えるだろう。
 いかにも悪人面したパイラ人も、インベーダーではなく純粋な好意から地球人を救うためにやってきたのだし、それを受けた日本の科学者連中もひたすら地球を救うために活動していた訳だから。
 岡本太郎がデザインしたというパイラ人の造形は素晴らしく(安っぽいけど)、期待としては、人類対パイラ人の戦いが展開することだったので、その点は拍子抜けだったが、こどものものとしてではなく、大人が観られるSF映画を作ろうという気概は認めても良かろう。
 『ゴジラ』によって日本の特撮は新しい局面へと移行したが、単なる怪獣が出てくるだけではネタは限られてくるので、そのヒットを足がかりに新しいタイプのSFを模索していた時代を象徴しているのだろう。
 ただ、やはり『ゴジラ』の後追い企画で、特撮技術もまだまだ黎明期。ましてや時代を先行する
天才特技家の円谷英二なしと言う事もあって、特撮はお粗末なもの。物語自身も会話中心となっている分危機感が弱い。何よりシンプルながら優れた造形をもったパイラ人の魅力を画面に出し切れてなかったのが痛いところ。もう少しこなれていれば以降のSF作品にも良い影響を与えただろうに、その辺が勿体ない。
 確かに本作が成功したとは言い難いし、色々残念なところもある作品だけど、新しい手法にチャレンジしていこうという時代の流れを感じる事が出来るし、その意気込みを込みにして本作は考えたい。

 

青空ひかり
【あおぞら-ひかり】
 アイドル歌手。パイラ人に姿を真似られた。 甘崎
天野銀子
【あまの-ぎんこ】
 青空ひかりを解析したパイラ人が地球人の姿を取った姿。 甘崎
磯辺徹
【いそべ-とおる】
 天文台に勤める小村博士の助手。宇宙から来る電波の分析をしている。 甘崎
磯辺徳子
【いそべ-とくこ】
 磯部直太郎の妻で徹の母。 甘崎
磯辺直太郎
【いそべ-なおたろう】
 磯辺徹の父。科学者。 甘崎
小村多恵子
【こむら-たえこ】
 小村芳雄の娘。磯辺徹とは旧知の仲。 甘崎
小村芳雄
【こむら-よしお】
 天文台に勤める天文学者。地球外からの通信に初めて気づいた人物。 甘崎
新天体R
【しん-てんたい-あーる】
 地球に近づいてきた遊星。この星が地球の衝突コースを取っていることを警告するためにパイラ人は地球にやってきた。 甘崎
パイラ人
【ぱいら-じん】
 ヒトデ型で体の真ん中に巨大な目が一つある宇宙人。実は友好的な宇宙人で、地球には「宇宙道徳」に基づいて新天体 R の衝突を警告するために訪れた。地球人とは相容れない姿のため、人間の姿も取れるのだが、一旦人間の姿になると元に戻れなくなる。 甘崎
パイラ人(検索) <amazon> <楽天>
松田英輔
【まつだ-ひですけ】
 物理学者。放射性物質ウリュウムを発見した人物。 甘崎

 

エスパイ


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1974年
福田純
 地球を守る使命を帯び、どこの組織にも属さずに世界の裏で活躍している組織があった。“エスパイ”それは世界各地から集められた超能力を持った者たちであり、厳しい訓練の末、自らの能力を駆使して超常的な活躍をする者達のことだった。そんなエスパイを狙った犯罪が多発していた。エスパイのニューヨーク本部では、事件の背後には宿敵、逆エスパイがいることを突き止める。その頃、エスパイ日本支部では、エスパイの一員田村良夫(藤岡弘、)とマリア(由美かおり)にバルトニア首相の身辺警護にあたるよう指令が下っていた。だが調査の結果、バルトニア首相は二人いることが分かる…
 
小松左京原作のSF小説の映画化作。小松左京は小説の出来映えも素晴らしいものだが、カメラ受けするその個性も相まって、当時日本のSF界を牽引していた人だった。当時の日本のSF小説はかなり肩身が狭く、特に子供向きとしか考えられてなかったSFをいかに大人の読み物と出来るか。と言う事で頑張っていた。その結果書き上げた「日本沈没」は大ベストセラーとなり、前年に公開された映画版も大ヒットTV版も当時放映中)。その余勢を駆って、豪華キャストと更に超能力を使ったより娯楽作を作り上げた。
 原作の
「エスパイ」は実は私が初めて読んだ大人向きのSFだったりする。丁度小学生の頃、町の図書館に行ってはジュブナイルを読みあさっていたが、小さな図書館だけにあっという間に読み尽くしてしまい、それで他に何か無いか?と探していたときに文庫本に見知った著者の名前があったので、借りて読んだのがこの作品だった。当時、非常にアダルティな描写に結構どきどきしながら読み進めた記憶がある。
 それが映画化されていたことは先に知っていたが、なかなか観る機会が得られず、DVDのレンタルが始まってようやく観ることが叶った。
 一応好意的に観る限り、本作は「早すぎた作品」であるとは言える。CGもない時代になんとか特撮で超能力を表そうという努力は認めるけど、描写がちょっといい加減すぎる感じで、藤岡弘、が主役と言うこともあって、悪い意味で変身しない仮面ライダーを観てる気分にさせられる。なにせ、国際的な犯罪シンジケートとの戦いというのに、全く世界に出かけてる気分にさせられず、あたかも箱庭の活劇と言った感じ。特撮の部分も申し訳程度で、結局戦いも銃撃戦がメイン。超能力で味付けされたアクション映画というのが一番分かりやすいかもしれない。
 日本映画界が誇る濃〜い面々が画面狭しと暴れ回ってるのはそれなりに見栄えはするのだが、ギリギリのところで真面目さが仇になって、みんな馬鹿に見えてしまうのが一番の問題点かも。大体この作品の最大の見所って由美かおるが胸をほりだすだけしか印象に残らない。
原作をこれっぽっちも理解してると思えない脚本も難点
 もうちょっと割り切ってエログロを強調するか、あるいはコメディ調に仕上げるかしないと、当時でも受け入れられなかったんじゃないかな?
福田純監督じゃなくて石井輝男あたりに撮らせたら、ある意味伝説の作品になれていたかもしれないんだけど。

 ただ、これを悪く言いたくないのもやっぱり特撮ファンの心理ではあり。出来れば今CGを駆使してリメイクしてもらいたいものだ。作りようによっては『X-MEN』ばりのアクション作には出来るんだから。

 

ウルロフ
【うるろふ】
 逆エスパイの首領。実は地球外生物によって憑依されていた。役は若山富三郎。 甘崎
エスパイ
【えすぱい】
 世界を裏から守っている超法規的組織で、組織員はそれぞれ超能力の持ち主。全世界に支部がある。これはESP+SPYの造語。 甘崎
逆エスパイ
【ぎゃく-えすぱい】
 超能力を悪用しようとする組織で、エスパイの宿敵。その首領はなんと地球外生物だった。 甘崎
サラバット
【さらばっと】
 インドの予言者でエスパイの一員。未来予知以外にも強力な念動力を使える。役は岡田英次。 甘崎
巽五郎
【たつみ-ごろう】
 逆エスパイに雇われた殺し屋。バルトニア首相を狙う。 甘崎
田村良夫
【たむら-よしお】
 エスパイ日本支部のエージェント。念動力の使い手だったが、同僚のマリアを救うために全能力を使い果たしてしまう。その後、未だ誰も行ったことがなかったテレポーテイションの能力に目覚める。役は藤岡弘、。 甘崎
バルトニア
【ばるとにあ】
 小国ではあるが、国際的に非常に重要な位置づけを持つ国。この国の首相が逆エスパイによって狙われている。 甘崎
法条
【ほうじょう】
 エスパイ日本支部長官。役は加山雄三。 甘崎
ボール
【ぼーる】
 諜報員。逆エスパイの情報をエスパイ側に流そうとして暗殺されてしまう。 甘崎
マリア
【まりあ】
 マリア・原田。ハーフのエスパイ。田村の同僚で、いつもコンビを組んで活動している。透視能力の持ち主。役は由美かおる。 甘崎
三木次郎
【みき-じろう】
 エスパイ日本支部からスカウトされた新人エスパイ。逆エスパイからの誘いも受けている。役は草刈正夫。 甘崎

正義だ!味方だ!全員集合

1975年
瀬川昌治(監) いかりや長介、加藤茶、仲本工事、志村けん、高木ブー、榊原るみ、ミヤコ蝶々
 レジャービル建設を巡り、横浜にある伊勢浜町は暴力団による強制立ち退きを迫られる住民が増えていた。何とかして自分たちの土地を守ろうとする住民たちは流れ者で新しく広告店を開いた錨長太郎(いかりや長介)に暴力団の圧迫を訴えるミニコミ誌の発行を依頼する。適当にお茶を濁して集まった金を持って逃げようと考えていた錨だったが、たまたま自殺未遂を助けたヒデオ(加藤茶)の描く暴力的な熊から動物の村を守る“ゴリレンジャー”が大人気となるのだった。そのアイディアは彼が憧れるめぐみ(榊原るみ)が考えついたもので、彼女は実は暴力団の組長熊田卓三(金子信雄)の娘だったのだ…。
 これがシリーズ最終作となる。前作『ザ・ドリフターズのカモだ!!御用だ!!』(1975)および前々作『ザ・ドリフターズの極楽はどこだ!!』(1974)が、コントよりも人情話の方にウェイトを置いた話となっていたが、最終作の本作は原点回帰か、コントの連発ばかりで描かれているのが特徴。
 本作の大きな特徴となっているのが、石森プロとの連携により新ヒーロー“ゴリレンジャー”が登場しているところだろう。ちなみにゴレンジャーは東映作品で、本作は松竹だから、製作会社を超えたコラボレーションがここになされているのが面白いところ。実際ミニコミで描かれているゴリレンジャーはそのまま石森タッチで、本人が描いているのは明らか
(この人の漫画を書く手の早さは凄まじいらしく、多分これもあんまり気にしないでささっと描いてしまったんだろうけど)…一応本作も特撮番組にはいるのかな?
 ただ、これまでの二作で深みを持った物語をドリフの面々が出来る(と言っても実際にはいかりや長介一人とも言えるが)事が分かって後、こういうコントノリを出されると、かえって戸惑ってしまう気がする。いかりや長介よりも、今回は加藤茶の奇行の方がよく目立っていたし。
 それと後半になって漫画から飛び出たゴリレンジャーが活躍する話になってからは、前半と後半の話につながりがほとんど無くなってしまい、更に話自体が特撮レスで、単にコマ落としとギミックで負いかけっこを延々と見せるだけになってしまい
(キートン作品みたい)、それ単独だったらともかく、映画でこれを見せられても全然面白くなかったのがなんとも残念。
 更にこれが最後のサービスとばかり、ラストに20年後くらいの関連性の薄い全く違った話を持ってきてしまい、それがよけいに物語をちぐはぐにしてしまっていた。
 魅力的な素材を出したのに、勿体ない話だ。

 

ゴリレンジャー
【ごり-れんじゃー】
 いかりや長介、仲本工事、加藤茶が扮する正義の味方。榊原るみが演じる動物人形劇に出てくるゴリラのヒーローが元で、やくざ組織と戦い、懲らしめる。デザインと漫画化(劇中に漫画が出てくる)は石森プロが担当しており、中途半端な長さのマントなどゴレンジャーのデザインを踏襲している。登場時は高い倉庫の上から現われるなど東映スタイルだが、製作は松竹映画。 水那岐

夜叉ヶ池


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1979年
 越前三国嶽の龍神が住むという伝説のある夜叉ヶ池に民俗学者の山沢学円(山崎努)という男が訪れた。池の畔の家で彼は美しい女性百合(坂東玉三郎)と出会う。彼女に自分がここにやってきた理由を語る学円は、実はこの旅は純粋な学術的な旅行ではなく、二年前に失踪した親友の跡をたどるためのものだと打ち明ける。実は百合の夫萩原晃(加藤剛)こそが学円の言う男だと気付く百合。そして二人の話を立ち聞きしてしまった晃は、学円の前に出て、自分が何故ここにいるのかの理由を語るのだった。実はここには本当に白雪姫という龍神(坂東玉三郎・二役)が住んでおり、彼女の心を静め、一日三回鐘を突かねばならないという。二年前にここにやってきた晃は、鐘突の老人弥太兵衛からその事を聞かされ、近代化によってそれを迷信と思いこむ村人にはその役目を継いでくれる人がいない。と言われ、その跡を継ぐことを決心したというのだ。そして村の娘百合と結婚し、爾来毎日鐘を突いて生きてきたという。だが、この地方にやってきた干ばつに、村人はなんと百合を雨乞いの生贄に捧げようとしていた…
 岐阜県と福井県の県境にある実在の池の伝説を元に泉鏡花が仕上げた小説。それが一旦舞台劇となったものの映画化作。尚、舞台劇は時折今でも上演され、近年ではあの三池崇が作ったと言うことで結構話題にもなった。
 本作は一応文学作品の映画化、しかも邦画の重鎮である篠田監督作品と言うこともあり、特撮のカテゴリーに入れるのはちょっと気も引けるが、数多くの特撮的手法も用いられている
(ちなみにラストの強引な合成で分かるように特技監督は矢島信男が務めている)
 本作の最大特徴としては、メインヒロインの白雪姫=百合に女性ではなく女形の坂東玉三郎が用いられていると言うこと。これがどうか?と言われると、
何ともかんとも。舞台俳優としての玉三郎は良いんだろうけど、映画になると、立ち居振る舞いが全く異なるし、何よりあの声では男丸わかりだからなあ。そもそも女形は“見立て”として女性となる。ところが映画の場合、それはリアリティにはならず、男が女の真似をしているとしか見えなくなってしまうものだから(時代が変われば、男は男のままヒロインが演じられるんだろうけど)
 特に本作を観たのが私がまだ子供の頃だったので、目を丸くした記憶があった。勿論坂東玉三郎という存在も知らなかったし、女形などというものが理解出来る歳でもなし。親に「なんで男の人が女の人の役をやってるの?」と聞いて閉口された記憶があり。

 物語はともかくとして、演出部分は素晴らしいところと酷いところが混在してる。色々文句はあるものの、合成や着ぐるみ特撮部分などは、普通の邦画の中にこういうのが入っていると大変嬉しいのだが、問題は演技の仕方がモロ舞台風なため、大変嘘くさくなってしまったという点。映画的リアリティと舞台のリアリティは異なっているのだが、それを敢えて舞台寄りに持って行ったのは玉三郎の個性を活かそうとした結果だろうが、明らかにそれは雰囲気を崩してしまっていた。
 ラスト部分のスペクタクルは確かに凄かった。しかし突然どこぞの大瀑布のところに飛んでいっての合成は流石に強引すぎ。流石矢島信男と言うべきか。あれには流石に唖然と出来る。
 ちなみに一応本作は映画だが、公開期間がとても短く、テレビ放映も一回されただけという、結構貴重な作品らしい。たまたま子供時代テレビで観られた私は運が良かったのかな?

 

影法師
【かげぼうし】
 夜叉ヶ池の妖怪達といつも一緒にいる妖怪の一種。何故か先代の鐘突とそっくり。 甘崎
蟹五郎
【かにごろう】
 夜叉ヶ池に住む龍神の眷属で蟹の化身。役は 常田富士男。 甘崎
鯉七
【こいしち】
 夜叉ヶ池に住む龍神の眷属で鯉の化身。役は井川比佐志。 甘崎
白雪姫
【しらゆき-ひめ】
 夜叉ヶ池に住んでいるという龍神。伝承では元は人間の女だったが、ここの水を飲んでしまったために龍に化身したらしい。現在は人間との約束を守り、池に封印されているが、一日三回鐘を突くという約束を人間が破った時に自由になると言われている。 甘崎
鯰入
【なまずいり】
 夜叉ヶ池に住む龍神の眷属で鯰の化身。役は三木のり平。 甘崎
萩原晃
【はぎわら-あきら】
 かつて名の知れた民俗学者だったが、二年前に調査に来た夜叉ヶ池で鐘突となる決心をして以来夜叉ヶ池の湖畔に住んでいる。 甘崎
山沢学円
【やまさわ-がくえん】
 民俗学者。親友の晃が失踪したことを知り、その消息を尋ねて夜叉ヶ池へとやってきた。 甘崎
山椿
【やまつばき】
 夜叉ヶ池近くにある椿の化身。 甘崎
百合
【ゆり】
 晃が夜叉ヶ池の鐘突となってから出会った女性。現在は晃の妻となっている。 甘崎

ウルトラマンVS仮面ライダー

1993年
佛田洋(監)
 大変だったのは音楽だったそうで、ウルトラマンがメジャーコード、仮面ライダーがマイナーコードの曲ばかりのため、共通して仕える曲が無かったのだとか。

 

ウルトラマン
【うるとらまん】
 ガドラス出現によって現れた光の巨人。その正体は誰なのかは全く語られることはない。 甘崎
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ガドラス サソリガドラ、ドクサソリ
【がどらす】
 古代怪獣。後に怪人ドクサソリと合体してサソリガドラへ変化する。 甘崎
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仮面ライダー
【かめん-らいだー】
 毒サソリ男と戦う正義の怪人。毒サソリ男を追いつめるが、突如現れたガドラスに邪魔され、更に二体が合体したサソリガドラスによって窮地に陥る。最後は謎の力によって巨大化してサソリガドラスにライダーキックを見舞う。ちなみに姿は1号だが、細かい説明は省かれている。 甘崎
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サイクロン号 サソリガドラ、ドクサソリ
【さいくろん】
 仮面ライダーが駆る高性能バイク。エンディング画面では等身大となったウルトラマンが乗っているシーンがある。 甘崎
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サソリガドラス ガドラ、ドクサソリ
【さそり-がどらす】
 合体古代怪獣。怪獣ガドラと怪人ドクサソリが合体して誕生。スペシウム光線を食らい、その上で巨大化した仮面ライダーのライダーキックを食らって爆死。 甘崎
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スペシウム光線
【すぺしうむ-こうせん】
 ウルトラマンの最大の必殺技。サソリガドラスを屠った。 甘崎
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東京ズタズタ作戦 ガドラ、サソリガドラ
【とうきょう-ずたずた-さくせん】
 毒サソリ男による作戦で、大地震を引き起こして東京壊滅を狙う。。 甘崎
毒サソリ男 ガドラ、サソリガドラ
【どく-さそり-おとこ】
 ショッカー怪人。後に怪人ガドラと合体してサソリガドラへ変化する。 甘崎
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ライダーキック
【らいだー-きっく】
 仮面ライダーの必殺技。巨大化した仮面ライダーがサソリガドラスに放っているが、これだけの衝撃あったら、東京の中心は大陥没していただろう。 甘崎
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北京原人 Who are you?


北京原人 Who are you?
1997年
佐藤純彌(監) 緒方直人、ジョイ・ウォン、本田博太郎、小松みゆき
 第二次世界大戦時に紛失したと思われていた北京原人の頭蓋骨の化石が、2001年になって東シナ海の海底で発見された。その化石を秘密裏に持ち帰った日本の生命科学研究所は、そのDNAから北京原人そのものを甦らせようという実験に着手するのだった。佐倉竜彦(緒方直人)と竹井桃子(片岡礼子)の二人の科学者によってついに実験は成功する。三人の親子として蘇った北京原人をそれぞれフジタカシ、ヤマモトハナコ、ケンジと名付け、生態研究が始まった。しかしこの実験に対し、本来の所有者である中国政府と生命工学の先陣であるアメリカが動き出していた。そして中国側のスパイ美々(ジョイ・ウォン)によって三人は連れ去られてしまう。同じ頃中国では北京原人が発掘された同じ場所から発見されたマンモスの復元が成功しようとしていた…
 日本の誇る1900年代最も凄い作品!こう言って多分ある意味では間違いではない。これが全国公開されたと言うだけで奇跡に近い。
 かくいう私は劇場公開の際には観に行くことがなかったのだが、色々と本作の噂は聞いていたので、トンデモ映画が割と好きな私としては、本作を観る時を大変楽しみにしていたものだ。それでたまたま近くのレンタルビデオ屋が潰れることになって一本250円という安価で売られていたのを手に入れ、早速拝見。
 …
 うむ。
確かにこれは凄いわ。これを真面目に観ることは私にはほぼ不可能な所行『デビルマン』(2004)先に観てなかったらビデオでも耐えるのは困難だっただろう。この時ばかりは『デビルマン』に感謝した。あれを観て以降、変な映画を目の当たりにした際は、なるだけ笑って変な所を楽しめるようになってくれたお陰で無事早送りもすることなく全部観ることができた。が、約2時間の時間を凍り付いたように笑みの形を作っていなければ耐えきれなかった
 内容がどうこうではない。
これを全部観た!と言うだけで充分褒められてしかりだ。ここまで想像を絶する作品が出来たと言うことに日本の映画の力強さというものを感じられる。秒単位でツッこめるのだが、ツッこむこと自体がナンセンスという恐るべき作品に仕上がってしまった。
 ストーリー、人物描写、設定、無駄なCG合成、そして感動させようとする姿勢。全てが見事なほどに空回り…いや、これこそが目的だったとすれば、素晴らしすぎる。少なくともこれは
狙って出来ることではない
 これがあの『新幹線大爆破』(1975)という傑作を作った佐藤純彌監督と同じとは到底思えない。いや、少なくともこの二作を監督したと言う事実だけで佐藤監督は日本における大いなる足跡を残したと言えよう
(事実佐藤監督、この作品作ったことで相当干されたようで、次の作品作るまでに8年の時間が必要だった)
 この作品は映画好き用の試金石として位置づけるのが一番正しいのではないだろうか?この時間を耐え、そしてこれを貴重な体験といえるならば、それは相当な映画好きといえよう。もし映画の話をしている時、唐突に「うぱー」と言ってみよう。それで反応できるなら、それは相当な通だ(笑)
 少なくとも一つ、「ウパー」という叫び声を一度は使いたくなるのが本作の最大の利点だろう。うぱー。

 

ウパー
【うぱー】
 北京原人の呼び声。なんでも“仲間”を示す言葉らしいが、劇中に喋った台詞の大半はこれしかなかったため、その真偽はかなり疑わしい。少なくとも、この映画を観た際はこれを喋りたくなる。 甘崎
大曾根
【おおそね】
 生命科学研究所の所長。あまりにもキレやすい性格と言い、生命工学を駆使して復活させた北京原人を単に見せ物としてしか考えてない辺り、どうやってこの地位を築いたのか、結構疑問だったりする。役は丹波哲郎。 甘崎
ケンジ フジタカシ、ヤマモトハナコ
【けんじ】
 復元された北京原人の息子の仮称。「うぱー」。両親は別姓らしいが、彼の名字は何というのだろう?役は小野賢章。 甘崎
佐倉竜彦
【さくら-たつひこ】
 若き科学者で日本の生命工学におけるパイオニアとなった人物。わざわざスペースシャトルで北京原人を復活させたのは良いが、それを投棄してしまったりするというドジな所もある。何故か北京原人の生態にも詳しく、自分たちを仲間と思わせるためにパンツ一丁になったりもする。北京原人の調教役に回されたりしたのはその罰だろうか?役は緒方直人。 甘崎
竹井桃子
【たけい-ももこ】
 佐倉の研究パートナー。北京原人を見つけた際、「仲間と思わせるんだ」と説得され、上半身ヌードを披露してくれる。役は片岡礼子。 甘崎
フジタカシ
【ふじ-たかし】
 復元された北京原人の父親の仮称。「うぱー」。役は本田博太郎。 甘崎
マンモス
【まんもす】
 北京でDNA解析により復元された存在。北京原人の呼び声に応え、親子のいる所にまっしぐらに駆けていく。こいつにもテレパシー能力があるのだろう。 甘崎
美々
【みんみん】
 中国人スパイ。ジャーナリストに変装し、本来中国のものである北京原人の奪取を試みる。最後は北京原人達の絆の深さに感動し、彼らを去るに任せる。はっきり言って中国のために何の役にも立ってない女性。役はジョイ・ウォン。 甘崎
ヤマモトハナコ
【やまもと-はなこ】
 復元された北京原人の母親の仮称。「うぱー」。小松みゆき 甘崎

HINOKIO ヒノキオ


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2004年
 突然の事故で母を失った岩本サトル(本当奏多)は、ショックのあまりリハビリも拒否し車椅子で自分の部屋に閉じこもったままだった。サトルの父薫((中村雅俊)は自分が勤める会社で開発された遠隔操作ロボット<H-603>をサトルに与えた。これを使い代理登校することとなるサトル。物珍しさも手伝い、ヒノキオという渾名が付けられたロボットは人気者となるが、早速ガキ大将のジュン(多部未華子)らはヒノキオにちょっかいを出し始める。その頃こども達の間では「パーガトリー」というゲームが流行っていた。煉獄から脱出し、天国へと向かう超難度のゲームに、自宅にこもるサトルも興味を持ち始める…
 正直この設定を見た時は「なんだこりゃ?」と思ったし、個人的に言えば、こどもの引きこもりとか不登校を主題とするのはあんまり好みじゃない。
 そんなもんでてっきり痛々しいだけの作品だろうと思ってスルーしていたのだが
良い意味で裏切られた感じ。古いジュブナイルを巧く現代的にまとめたような作品で、設定とかはともかく、本当に起こりえる物語が展開されていた。
 それになんだかんだ言って、あくまで人間に主体を置いた作品展開もよろしい。監督はCGデザイナーとのことなので、もっとメカメカ下ものとなるのかと思ったが、思った以上に自然な作品になっていたし、結局機械がどのように関わっても、結局は人間のつながりによって物語が展開しているのは好感度高し。ゲームの話は蛇足っぽい感じもするんだが、物語の組み込み方も決して悪くない。
 中性的な多部未華子の魅力もしっかり演出。この年代だけにしか出来ない演技ではあったけどね。二年後の
『夜のピクニック』ではしっかり女の子してたし。
 強いて言うなら、監督の経験不足で物語のつなぎがあんまり良くなく、多少強引な展開にしてしまったことか。特に後半部分のゲーム画面はあんまりにもやっつけ仕事な感じ。現実部分があんなに自然だったのだから、ゲーム画面ももう一工夫欲しかった。CGデザイナーのくせに、CGのみで作られた画面が下手ってのは問題ありじゃない?
 軽い毒が嫌味に感じる程度入ってるので、万人向けではないけど、結構面白い作品なので、幅広い人に観て欲しい作品ではある。

 

岩本薫
【いわもと-かおる】
 サトルの父。オーヴァーロード・エレクトロニクスに勤務する技術者。事故によって妻を失ってしまった。 甘崎
岩本サトル
【いわもと-さとる】
 小学生。元々不登校気味だったが、母の死にショックを受け、車椅子生活に入って、完全に学校に行かなくなってしまった。 甘崎
H−603
【えいち-ろく-ぜろ-さん】
 サトルの父薫が勤めている会社で作られた遠隔操作型ロボット。サトルはこれを使って代理登校することとなる。付いた渾名が「ヒノキオ」 甘崎
オーヴァーロード・エレクトロニクス
【おーう゛ぁーろーど-えれくとろにくす】
 サトルの父薫が勤めている会社。最先端のロボット産業。 甘崎
工藤ジュン
【くどう-じゅん】
 サトルのクラスメイト。ガキ大将気取りの少女。 甘崎
パーガトリー
【ぱーがとりー】
 密かにこども達に人気となっているゲーム。煉獄から天国へと向かうというアクションゲームだが、あまりの超難度のため、クリアは至難の業。これにはまったこども達に異変が起こるようになる。 甘崎
ヒノキオ
【ひのきお】
 遠隔操作ロボットH−603を小学校のクラスメイトが付けた渾名。材料に檜が用いられているからだとか。 甘崎

鉄人28号


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2004年
冨樫森(監)
 父を亡くし、母陽子とふたり暮らしをしている小学生金田正太郎は、ある日街に巨大ロボットが現れ、破壊の限りを尽くしている光景を目の当たりにする。驚く正太郎の前に綾部という老人が現れ、正太郎の祖父と父が研究していたロボット“鉄人28号"の操縦を任せられる。訓練の暇もなく、再び現れた破壊ロボット“ブラックオックス”に立ち向かうこととなる正太郎と鉄人…
 横山光輝によって創造され、以降度重なる映像化がなされている“鉄人28号”。日本では映像化の大部分はアニメーションによってなされているが、これが日本のアニメーション技術に多大な貢献をもたらしたのは言うに及ばない。
 そんな鉄人が、CG技術を駆使して現代によみがえる。
 と言うことで、鳴り物入りで製作発表された本作だったが、出来上がった作品は
どう観ても…という出来。
 これを簡単に
「金の無駄遣い」とか、「屑」とか、「駄作」とか、「馬鹿作品」とか、「恥さらし」とか言ってしまうのは簡単だけど、それじゃレビューにならないので、何故本作がこんなにダメになってしまったのかを考えてみたい。
 
一つには、本作には歴史的観点が見事なほどに抜けているということ。SFに歴史は不必要だと思っていたら、それは大きな間違い。特に現代を舞台とするSFであるなら、その真実性を増させるためにも、バックボーンをしっかり持たさねばならない。ここでは、“何故鉄人が作られなければならなかったのか”。その事をはっきりさせる必要があった。これがオリジナルだったら、大戦というのがその歴史付けにはぴったりなのだが、本作の場合は舞台を現代に持ってきてしまったため、新たに鉄人の存在の必然性を語らねばならなかったはずなのだが、それを抜かしてしまった“何故鉄人が必要なのか”それが分からない状態であるため、鉄人の存在感がとにかく軽い。
 
第二に、CG合成のいい加減さも挙げられる。CGは現実世界とアニメーションをつなぐことに成功したが、その目的は本来現実に近づけようと言う努力が重要なはず。ところが本作の場合はCGがセルアニメーションに毛の生えた程度で構わないという割り切りで作られていて、鉄人やブラックオックスが街から浮き上がりすぎているし、重量感も一切なし。鉄人とブラックオックスの絵を書いた旗を振り合って、それを“戦い”と見立てているようなもんだ。
 
第三にキャラ描写。これは色々工夫の跡がしのばせるのだが、それらが見事に失敗に終わってる。何より現代を舞台としてるのに半ズボンはないよなあ…正太郎に半ズボン穿かせないと怒る人がいるのは分かるけど、この格好じゃいじめられっ子にしか見えない。主人公にこれほど魅力の感じられない作品も珍しい。さらに戦いのフィードバックで鉄人のダメージが与えられるシーンは、ほとんど暗黒舞踏状態。笑わせたいのだろうか?

 総じて言えば、本作はあらゆる意味でオリジナル版を現代に持ってくることに失敗した作品と言うことだ。設定状態で困難なのは分かるけど、それを必然性に持ってこられなかったことが敗因だ。

 

綾部達蔵
【あやべ-たつぞう】
 金田正一郎らとともに鉄人を造っていた技術者。正一郎亡き後、その設計図を元に鉄人を完成させる。 甘崎
大塚雄之助
【おおつか-ゆうのすけ】
 警察署長。役は柄本明。 甘崎
金田正一郎
【かねだ-しょういちろう】
 ロボット工学の第一人者。その父と巨大ロボットを建造中だったが、その途上で死んでしまった。役は阿部寛。 甘崎
金田正太郎
【かねだ-しょうたろう】
 ロボット工学の第一人者金田正一郎の息子で小学6年生。見た物を瞬時に記憶する直感像資質と言う特殊な能力と、ラジコン操作の才能を持っていることから、鉄人の操縦者に選ばれる。役は池松壮亮。 甘崎
金田陽子
【かねだ-ようこ】
 金田正一郎の妻で正太郎の母。正一郎亡き今、正太郎を立派に育てている。役は薬師丸ひろ子。 甘崎
KOK
【けい-おー-けい】
 宅見零児が作り上げた巨大コンピュータ会社。裏で兵器開発を進め、ブラックオックスを完成させた。 甘崎
宅見零児
【たくみ-れいじ】
 コンピュータ会社・KOKの元会長で、最愛の妻と息子を亡くした悲しみから厭世的になり、全てを壊滅させ自分の理想郷を作ろうと企む人物。総力を結集してブラックオックスを作り上げた。役は香川照之。 甘崎
立花真美
【たちばな-まみ】
 マサチューセッツ工科大学に属する日本人エンジニア。鉄人の改良強化を行う。役は蒼井優。 甘崎
直感像資質
【ちょっかん-ぞう-ししつ】
 見た物を瞬時に記憶する特殊な能力で、正太郎はこの持ち主。 甘崎
鉄人28号
【てつじん-にじゅうはち-ごう】
 正太郎の父正一郎が開発していたロボット。遠隔操作によって操作される。 甘崎
ブラックオックス
【ぶらっくおっくす】
 宅見零児が作り上げた巨大ロボット。格闘ロボットとしても高い性能を誇り、自爆装置として核爆弾も搭載している。 甘崎

 

SHINOBI

2005年
下山天(監) 仲間由紀恵、オダギリジョー、黒谷友香、椎名桔平、沢尻エリカ
 忍者を代表する伊賀と甲賀の二大勢力は同じ発祥の地にそれぞれ伊賀・鍔隠れ、甲賀・卍谷という隠れ里を持っていた。それはただ戦うことだけを目的とした異能者の集まりで、歴史の陰で活躍してきたのだが、徳川家康が天下を統一し、時代は太平の世へと向かい始めていた時、隠れ里の存在は危険と見た服部半蔵は徳川家康に申し出、その二つの郷から五人の手練れを次期将軍の決定権を巡って戦わせ、その間に郷を消し去ろうと提案するのだった。そしてその中には、郷を越えて愛し合う伊賀の朧(仲間由紀恵)と甲賀の弦之助(オダギリジョー)がいた。それぞれの郷の次期頭領として育てられた二人を非情な運命が裂く。
 松竹110周年記念作品として大々的に宣伝されていた作品で、確かに山田風太郎の小説を実写で作り上げていたのは認めよう。
 山田風太郎の小説は私も好きだが、何故好きかというと、この人の描くのはたまらなく通俗性にあふれ、荒唐無稽な忍術合戦が楽しめるから。最近この人の小説を文学と称する人も多いようだが、本人はそれ絶対に喜ばないと思う。この人は子供から大人まで読む人間を楽しませようと夢をふくらませ続けた、パワフルな通俗小説家なのだから。いわば古いSF小説家と同じ。
 だからこの人の小説に文学性を求めてはいけないし、綺麗さもいらない。むしろ忍術合戦と殺陣に特化していれば充分。
 それに特撮ファンとしては、予告で流れた戦闘シーンなんかが結構映えていたのも面白いところだった。失敗だろうと何だろうとかまわない。とにかく観よう!と言う思いから。
 …いや、これは驚いた。
『パール・ハーバー』(2001)並の超弩級作品を見せられるとは!パートパートの画面を除けば、ストーリー、設定、演出全てが無茶苦茶。これを正気で撮ったと思っただけで笑ってしまう
 これまでの私だったら、ここまでの作品を見せられたら怒っていただろう。こんなとんでもないもの見せやがって!と。
 だが、そうはならなかった。むしろ
心の中で大笑いしながら観ていた
 思うに、私は昨年から映画の観方が少々変わったのだと思う。というか、一つのマインドコントロール用の呪文を覚えたと言っても良い。
 すなわちそれは、「『デビルマン』(2004)と較べればマシだ」というもの。そう。『デビルマン』を観る前と観た後では、
価値観が一挙に変わってしまっていたのだ。
 つまり、くだらないと断定した作品だったら、すぐに気持ちを客観的なものに切り替えて、頭の中で楽しくツッコミを入れることが出来るようになった。
 そう言う意味では、本作は
もの凄く楽しかった。何せ分単位どころか秒単位でツッコミを入れられるのだから。
 だから物語そのものの評価には目を瞑り、久々にツッコミ部分を書いてみよう(真面目にレビュー書いてたら怒りたくなるから)。何せ秒単位のツッコミが可能な作品。書く気になれば、それこそ延々と書けるけど、その中でも一部を。
<まず言葉の問題。現代語と江戸時代の言葉がごっちゃになってるのはともかく、全てが標準語で語られるし、話し言葉だけでなく、書いてる言葉まで楷書体できっちりと観てる側が理解できるように出来ている(これは配慮と取られるかも知れないけど)。少なくとも「我々」とか言葉を使って欲しくなかったところではある。
 隠れ郷の描写だが、卍谷はともかく、鍔隠れの郷は凄い。河川敷どころかそれなりに水量のある川の横に郷がある。雨が降ったら即床上浸水決定!台風が来たらその度ごとに郷を作り直す必要あり…きっと異能者の集まりだから、雨が降ったらだれかが(「帰ってきたウルトラマン」の)ウルトラバリアを張って浸水を防いでいるんだろう。うん。
 隠れ郷の割に、郷の人間が着ている服がみんなカラフルな上にまるで洗い立てのようにぱりっとしたものばかり。更に言わせてもらうと、みんな顔がまるで化粧をしたみたいにさっぱりしてる。
 お幻の葬儀は水葬のようだが、これは補陀楽浄土を目指して実際に行っていた地域はあるが、それは海とか大きな川とかでないと出来ない。あの程度の水量の川だったら、悪くすれば数十メートルで岸に激突。あれが郷での普通の埋葬だったら、鍔隠れの下流には白骨死体が延々とつながっていることだろう。
 幻之助の忍術は『サイボーグ009』に登場した加速装置みたいなもんだろうけど、この忍術は凄いよね。多分重力までねじ曲げることが出来るんだろう。落下速度まで速いんだもの。
 柳生一族による隠れ郷への攻撃。隠れ郷の人間は全く危機感がないのか、火矢が撃ち込まれる瞬間まで近寄っていたことに気づかなかった。異能者の集まりのはずだけど、よくこれで400年も保ったものだよな。しかも卍谷の何人かは変な予知能力があるのか、爆発が起こる前に吹っ飛んでるよ。
 幻之助と朧の決戦で、砂浜に残っていたのは幻之助の足跡だけ。演出としてはこれは良かったんだけど、駆け寄ってたはずなのに、まるで慎重に一歩一歩歩いていたような足跡しか残ってない。流石忍者だ。
 朧の決死の讒言を聞いて隠れ郷への攻撃を中止する家康。書状は一体どれだけの速さで郷まで届いたんだろう?攻撃が始まってすぐに中止の命令が入るわけだから、ファックス並みのスピードで届かせた訳だろ?何を使ったんだろう?
 そういえば幻之助の鷹は登場の度に大きさが変わってたし、幻之助と朧の逢い引きの場所はいつも川の流れが違っていた。ラストシーンでは清流に手を差し込んだ朧が立ち上がった途端、水は濁流のように流れていた。凄い川だ。>

 …と、まあ、思いつくまま。DVDをゆっくり観ながら脇でこれ書いてたら、一体どれだけツッコミが書けるか。
それはそれでやってみたくもあるな

 とにかく楽しい作品だから、笑ってみられる環境があったら、一見してみることをお薦めする。点数の低さは、むしろ楽しませてもらった分、敬意を表して。と受け取っていただきたい。

 

お幻
【おげん】
 伊賀・鍔隠れの頭領。服部半蔵より次期将軍選定の下知を帯び、戦うための5人を選抜するが、その直後卍谷の弾正と二人だけで立ち会い、結果相打ちとなり死亡。 甘崎
【おぼろ】
 見ただけで人間の肉体を破壊してしまうと言う邪眼を持つ女性で、伊賀・鍔隠れの頭領お幻の孫娘。お幻亡き後、鍔隠れの頭領として卍谷と戦わねばならなくなるが、卍谷の頭領弦之助との恋に心が引き裂かれている。彼女は二つの郷を守るためにある決断を強いられるが…役は仲間由紀恵。 甘崎
陽炎
【かげろう】
 甲賀・卍谷の一員で、選抜された五人の一人。子供の頃から毒を食らわせられており、彼女に口づけするもの全てを毒の力で殺してしまう。役は黒谷友香。 甘崎
如月左衛門
【きさらぎ-さえもん】
 甲賀・卍谷の一員で、選抜された五人の一人。幻術を使い敵を翻弄するのみならず、人の顔を自分の顔に移し取る能力を持つ。役は木下ほうか。 甘崎
幻之助
【げんのすけ】
 人間を凌駕した動体視力を持ち(要するに『サイボーグ009』の加速装置)、あらゆる攻撃をすり抜け、敵を斬ることが出来る。恐るべき事に落下速度まで速めることが出来るらしい。甲賀・卍谷の頭領甲賀弾正の孫で、弾正亡き後、卍谷を率いる頭領となる。鍔隠れの朧とは恋仲で、なんとかこの争いを止めようとするのだが… 甘崎
筑摩小四郎
【ちくま-こじろう】
 甲賀・卍谷の一員で、選抜された五人の一人。二本の鎖鎌を武器とするが、それ以外にも数多くの暗器を隠し持つ。殺し屋として育てられてきた自分を捨てることが無く、殺しこそが自分の使命であると自覚している。役は虎牙光輝。 甘崎
鍔隠れの郷
【つばがくれ-の-さと】
 甲賀の隠れ郷。異能者を排出する郷で、切り立った谷間にへばりつくようにたてられている。 甘崎
蛍火
【ほたるび】
 伊賀・鍔隠れの郷の一員で、選抜された五人の一人。ほんの少女だが、虫たちを操る能力を持つ。朧の妹のような存在だったが、その朧の身代わりとなって殺されてしまう。役は沢尻エリカ。 甘崎
卍谷
【まんじ-だに】
 伊賀の隠れ郷。異能者を排出する郷で、川の側に作られている。 甘崎
蓑念鬼
【みのねんき】
 伊賀・鍔隠れの郷の一員で、選抜された五人の一人。まるで獣のように木の上を移動して攻撃する。一番最初に殺された忍者。 甘崎
室賀豹馬
【むろが-ひょうま】
 甲賀・卍谷の一員で、選抜された五人の一人。最年長で、幻之助の後見人に近い存在。風水盤を用いることで人の動きを知ることが出来、更に気配を消して忍び寄る術を得意とする。役は升毅。 甘崎
薬師寺天膳
【やくしじ-てんぜん】
 伊賀・鍔隠れの郷の一員で、選抜された五人の一人。体に蟲を飼っており、どんな傷を受けてもその蟲が傷を修復してしまう。300年生きてきたと言うが、歴史を見る目は確かで、背後では二つの郷の終末を予見していた。役は椎名桔平。 甘崎
夜叉丸
【やしゃまる】
 伊賀・鍔隠れの郷の一員で、選抜された五人の一人。足下にまで垂れ下がる服を着ており、そこから数多くの縄(髪の毛?)を出して攻撃する。役は坂口拓。 甘崎

UDON


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2006年
本広克之(監) ユースケ・サンタマリア、小西真奈美、トータス松本、鈴木京香、升毅、片桐仁
 ニューヨークでの芸人を目指し、故郷香川から飛び出した松井香助(ユースケ・サンタマリア)は、夢敗れて多額の借金を背負って帰郷してきた。うどん製麺所の実家に転がりこみ、そこで地元の弱小タウン誌で働き始める。そこで彼は、編集部員の宮川恭子と2人でうどんをテーマにしたコラムを開始するのだが、これが大反響を呼び、日本中を巻き込むうどんブームへと発展していく…
 ヒットメーカー本広監督が今回選んだ題材は、なんとうどん。そもそも本広監督が香川県出身と言うことだからこそ通った企画だと思うのだが、ソウル・フードとしてうどんを取り入れたと言う英断にはまずは拍手を送りたい。
 私が映画を観る際、結構重要視しているのが
食べるシーン。それも気取った食べ方でなく、徹底した庶民的な視点から、安い食べ物をガツガツと詰め込むシーンが好き。更に好みを細かく言うのなら、麺類になる。麺類は基本的に気取った食べ方ができない。丼に顔突っ込んで音高くすすりこむのが麺類の特徴だから、一種の下品さがそこにはあり、ちょっとした背徳感もあるが、同時に最も庶民的な食べ物である。それなのにこう言う麺類を表立って出した映画と言うのはかなり少ない。ぱっと思い出す限りでは『タンポポ』(1985)を初めとするラーメンは結構あるが、他の食べ物は少ない。折良く今年は『立喰師列伝』(2006)の蕎麦もあったが、私が知る限りではうどんを主題に持ってきたのはこれが初めてのこと。これは快挙だと思う。
 それに私は麺類が大好きで、休み休みではあっても蕎麦のコラムを書いてるが、実際はうどんも大好き。特に旅行で行って食べた讃岐うどんのおいしさは忘れられない思い出である。あんまりおいしいものだから、
その時は半日で三食たべて気持ち悪くなったものだが(笑)、機会あれば又食べたいものだ…そう言うわけで、結構これは期待していた。
 さて、それで出来であるが、特に演出面は素晴らしい。何よりうどんの描写が良い。シンプルな食べ物をいかにおいしそうに映すか、考え抜かれたカメラ・ワーク、一杯数百円の食べ物の、ほんの小さな差異を大事件のように騒ぎたてる現場の風景、そしておいしそうにうどんを啜りたてる
面々の表情。庶民的な食べ物だからこそ味わえる良さを強調する作りはやっぱりうれしい。それに気の抜けたようなナレーションが妙にはまり、あくまでこの物語は日常の延長であることが強調され、小さな物語であることを何度も思い出させる作りとなっている。庶民的な食べ物だからこそ、こう言う演出は大切で、その辺よく分かっていらっしゃる。適材適所のキャラ配役も上手かった。本広監督の前作『サマー・タイムマシン・ブルース』からのキャラも出ていたりして、その辺の楽しみもあり。強いて言えば、主役のユースケ・サンタマリアの配役がはたして成功なのかどうか最後まで判断できなかったことくらいか?
 後、マニアックな楽しみ方が多数出てきたのも嬉しい。元より本広監督は押井守の大ファンで知られるが、あのカモメの鳴き声の演出は、それだけでにやにやしてしまうし、所々まさに『立喰師列伝』そのものの演出まで入れるという凝りよう。更にオープニングでニューヨークが出てきた瞬間、「やってくれるか?」と思っていた「二つで充分ですよ」がしっかり劇中劇でやってくれて、期待を外さなかったことも嬉しい。キャプテンUDONや本広監督作品には必ず出てくるマスコット太郎君の存在感とか、細かい楽しみ方は色々見つけられそうだ。
 ただ、その演出に耐えられるストーリーづくりか?と言うと、ちょっとこれは弱かった。前半と後半で完全に二極化された物語は、あまりに強引な展開だったし、2時間超の作品で話をまとめきれなかったのにはちょっと疑問が残る。
もうちょっと一貫性あった方が良かったんじゃないかな?庶民的な物語だからこそ物語を軽くしてはいけなかったはずだ。それに、いくら協賛だからと言って、香川県で某社のカップうどんばかり出すのもなんだ。
 しかし、こう言う素材で作られる余地がある邦画界は充分発展していけることを確信できたし、折角だから、うどんを世界中に紹介するために世界配信も可能なだけの出来に仕上がった作品であると思う。ソウルフードという観点は意外に盲点だったので、結構広がりも出てきそうだ…河崎実監督辺りが早速作りそうな気がする(笑)

 

うどんにコシがある限り、悪の栄えたためしナシ
【うどん-に-こし-が-ある-かぎり-あく-の-さかえた-ためし-なし】
 キャプテンUDONの登場時の口上。この後で「キャプテンUDON参上!」となる。 甘崎
キャプテンUDON
【きゃぷてん-うどん】
 松井香助が子供の頃に創造したヒーローで、キャシャーンのような白いボディに頭にCの文字、胸にUの文字が特徴。ハリウッドに渡った香助は後にこれに扮して映画出演を果たす。 甘崎
キャプテンUDON<amazon> キャプテンUDON<楽天>
TSUKIMIUDON
【つきみ-うどん】
 キャプテンUDONが月光を浴びてグレードアップした姿。 甘崎
ブッカケ光線
【ぶっかけ-こうせん】
 キャプテンUDONの必殺技。 甘崎
めん棒スティック
【めん-ぼう-すてぃっく】
 キャプテンUDONの背面に装着された二本のスティック。 甘崎

蟲師


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2006年
大友克洋(監) オダギリジョー、江角マキコ、大森南朋、蒼井優
 明治時代。日本の文明開化が進み始め、少しずつ闇が駆逐されていった時代。そこにはまだ妖しき生き物“蟲”がいた時代でもあった。蟲は人間に取り憑き、不可解な自然現象を引き起こす。蟲の謎を紐解き、蟲に取り憑かれた人々を癒す能力を持つ者は“蟲師”と呼ばれた。そんな蟲師の一人ギンコ(オダギリジョー)は日本中を旅しながら、各地で蟲に冒された人々を癒してきた。そんなある時、彼は虹を捕まえようとする不思議な男虹郎(大森南朋)と出会うのだが、その直後、蟲の力を文字に封じ込める女性・淡幽(蒼井優)の体に変異が起きたとの報せを受ける…
 漆原友紀の同名漫画の映画化作品で、これが実写第2作目となる漫画家・アニメ監督家の大友克洋が監督したということでかなりの話題になった。原作は私もそれなりに好きで、何話かは読んでいる。
 ただ、ネットの話題は今ひとつ。かなり酷評されていたので、私自身もほとんど期待はせずに鑑賞。
 う〜ん。確かに酷評の理由は分かる。私は全部読んでないけど、原作の何話かの話をつなぎ合わせたが、
つなぎがあまり良くなく、一見一つ一つの物語が乖離して見えてしまう。物語自体も結構退屈と言えば退屈。虹郎の存在が一見無意味に見えるし、それにギンコの子供時代ヨキがとにかく下手で見てられない。
 ただ、これが駄目作品か?と言われると、決してそんなことはない。少なくとも、この物語はある一定の方向性で見ると、「あ、なるほど」と思えるものを持っている。
 本作はエンターテインメントとして観るよりは、実はギンコという青年の精神的な物語として見ると面白い。ここに登場する蟲というのが、単なる自然現象ではなく、人間の精神のあり方として見るならば、実は本作の方向性はカウンセリングの過程をしっかりと辿っているのだ。
 本作の最大のテーマは“トラウマ”というもの。この言葉は割と簡単に語られることが多いし、私自身もレビューの際には適当な言葉を持ってくるより、これで一括りにすることが多いのだが、厳密に言えば、
トラウマとは心的外傷(psychological trauma)のこと。主に幼児期に継続的な暴力や性的虐待を受けたり、あるいは親の死を間近に経験することで起こる。これが人格形成にゆがみを生じさせてしまうことを言う。言わば、本来持つ性質がそれらの外的要因によって歪められてしまった状態のこと。これがあると日常生活にも支障が出るし、普段は隠されていたとしても、何らかの要因でこれが出てしまうと、命の危険さえある。
 最初の物語で真火という少女の話を持っていったのは、ギンコの役割は蟲を操ることであると共に、それを用いてトラウマを克服させるカウンセラーとしての役割を持っている事を見せようとしていたのだろう。真火は母親の死を直視することで、自分の中にトラウマを抱え込んだ。蟲のせいとは言っても、それは自分自身が引き込んだものだから、自分でそれを克服しなければならない。ギンコが真火の母親の頭に生えた阿を壊すことで回復したのは、真火がその瞬間母の死を受け入れたから。いわゆるギンコは蟲を使ってスピリチュアル・カウンセリングを施したのだ。
 そしてギンコ自身の話に移っていくが、彼の場合はもっと複雑。
 彼はヨキと呼ばれた子供の頃の記憶を持っていない。これも蟲のせいにされてはいるものの、これは実は彼自身があまりに辛い過去を持つため、自分自身の記憶に封印を施したからと見ることが出来る。
 では何がショックだったのか?それは母親の死と言うこともあっただろうが、蟲師としての先生であるぬいを失ったことの方が大きい。ぬいは自分自身闇の中に沈み込むが、その際、ヨキの左目をくりぬいている。彼女にとって、これはヨキを救うためだったはずだが、ヨキはそれを自分を拒絶したものとして受け取ったのかもしれない。だからトコヤミに支配されてしまい、それを記憶と共に封印した。ここでのトコヤミはギンコにとってはトラウマの象徴。
 それでも封印はほぼ完璧なものだったから、あんまり人と関わらないようにしている分には普通に生活出来ていた。
 しかし、淡幽の屋敷でギンコは自分の過去を直視せざるを得なくなる。絶対に見たくなかったものを見た瞬間、彼の自我は一旦崩壊してしまった。
 ただし、崩壊したからと言って、自我そのものが消え去る訳ではない。そこからが彼の本当の癒しへと入っていくのだ。
 彼の精神を癒していくのは、彼自身が蟲師であり、人を癒す立場にあったことから。虹郎の「人を癒し自分も癒してる」という言葉は実にその過程をよく表している。トラウマを直視してしまった人間が元に戻るためには時間がかかるが、そこで最も大切なのは、既に確立した日常生活の中で癒していくものなのだから。そこに虹郎が一緒にいたのも大きい。癒しは一人でも得られるが、彼を見つめ、面倒を看てくれる人がいるならば、その効果は非常に大きいのだ。人の闇を見続けるため、カウンセラーは無条件で時分自身を受け入れてくれる人を必要とする。虹郎は何をする訳ではないが、唯一、ギンコの全てを受け入れている。
 そうして時間をかけつつギンコは自分自身を受け入れていく。彼の心にあったトコヤミがトラウマの象徴であるとすればギンコ“銀蟲”は彼自身の本当の心。それを見つけ出していく。
 そしてラストシーン。トラウマに陥った人間に限ったことではないが、人が本当に癒されるのは、実は自分自身の中にある親を“殺す”事によってなされる。人の心には常に親の影があるが、自分の心の中で作り上げた親の姿に影響され続けると、人はいつまでも子供のまま。親は自分自身の心の延長に過ぎないから、自分と同一視してしまう。家庭内暴力というのは、実は自傷行為と変わらない。と言われるのはそのためである
(ついでに言えば、日本人は極めてこの親離れが下手な国民とも言われている)
 ギンコはラストシーンで自分の心を支配していた親であったぬいを埋葬する。その時に彼は“銀蟲”という自分自身を受け入れるのだ。

 つまり、本作は“蟲”というキーワードを使ったスピリチュアル・カウンセリングそのもの過程が描かれた作品とも言える訳である。

 ただし。言っちゃなんだが、
わざわざそれをわかりにくく物語にしているってのが本作の最大の問題。大友監督の狙いは大変優れているのだけど、物語がそれに付いていかなかったし、分かるように作ろうとしなかった。
 例えば『17歳のカルテ』(1999)なんかはその過程を丁寧に辿りつつ、それが観ている側にも分かるように作られていたのだが、ここに来て大友監督の実写での実力不足が露呈してしまった。
 傑作になり損ね…以前の問題で、今は全然受け入れられてないみたいだけど、ひょっとしたら10年くらいしたら再評価されるかもしれないね。

 

【あ】
 云と対をなす蟲。云の取り込んだ音を放出する。時に人間に寄生し、脳に直接人間の聞くことが出来ない音を伝えることがある。巻き貝のような姿をしている。 甘崎
【うん】
 阿と対をなす蟲。音を食物とし、人の耳に寄生して人間に音を聞こえなくさせてしまう。巻き貝のような姿をしている。 甘崎
ギンコ
【ぎんこ】
 主人公。白髪で左目を失っている蟲師。蟲を見ることが出来る能力を持つ。その過去は封印されており、自分でも覚えておらず、何故ギンコという名前を持っているのかも知らない。実はギンコという名前は、銀蟲と呼ばれる蟲の一種で、トコヤミと呼ばれる蟲を喰ってしまう。 甘崎
虹蛇
【こうだ】
 巨大な蟲。体が虹色に光っており、山々を巡る様はまるで虹が動いているよう。 甘崎
虹郎
【こうろう】
 子供の頃に見た虹を捕まえることを生涯の目標としている男。ギンコと知り合い、一緒に旅をする。 甘崎
淡幽
【たんゆう】
 蟲を文字にして封じ込める能力を持った少女。蟲師の元締めでもあり、その家狩房の蔵には各種蟲を封じた巻物が多数収められている。 甘崎
トコヤミ
【とこやみ】
 真っ黒な雲のような蟲。淀んだ水に住み、人間を含めた動物を時として引き込んでしまうと言う。 甘崎
ぬい
【ぬい】
 女蟲師。白髪で右目を失っている。ある湖を見張るために粗末な庵を結び、そこに住み着いている。鉄砲水で母を失った少年ヨキの面倒を看ているが… 甘崎
真火
【まご】
 阿という蟲に取り憑かれてしまった少女。額には角のようなものが生え、人が聞く事の出来ない音が常に頭の中で聞こえている。母も同じ症状で死んでしまっている。 甘崎
【むし】
 日本各地に住み着く得体の知れない不思議な存在。それ自体に悪意はないが、時として人間に取り憑き、不可解な自然現象を引き起こす。 甘崎
蟲師
【むし-し】
 蟲に取り憑かれた人々を癒す能力を持つ者の総称。ギンコは数少ない蟲を見ることが出来る存在。 甘崎
ヨキ
【よき】
 鉄砲水で母を失った行商の少年。ぬいによって拾われ、世話を受けている。 甘崎

最終兵器彼女

<A> <楽>
2006年
須賀大観
 小樽の高校生シュウジ(窪塚俊介)は、同級生のちせ(前田亜季)とつきあいをはじめた。ぎこちないながらも、徐々に心が近づいていく二人。だがそんな小樽を突然襲う爆撃機の群れ。彼らが知らぬ内、日本は戦争状態になっていたのだ。そんなシュウジを助けたのは、背中から鋼鉄の翼を生やして舞い降りたちせだった。彼女は政府によって選ばれ、最終兵器へと変えられてしまったのだった…
 いわゆる“セカイ系”と呼ばれる一連のメディアの中、その代表作の一本に数えられる原作を完全映画化…というのが売りだったと
思うのだが、これはもう最初から失敗が約束されてたような話だった。
 そもそもかつて“セカイ系”と呼ばれる一連の作品は、世界に何が起こっているのか、主人公は徹底して情報が遮断されており、その世界と関わりを持つ人物との交流が主軸となっていた。つまり主人公の物語は「世界なんかどうでも良い。彼女と一緒にいれば良いんだ」と言う姿勢に貫かれていながら、その彼女を通して自分のあずかり知らぬ間に自分自身が世界と関わりを強制させられるという物語となる。そのため物語のバランスがとても微妙なのだが、特にこの作品に関してはマンガだからこそ成り立つ物語だった。これを映像化すると最初から陳腐化するのは分かりきっていたことなのに、単に「流行っているから」というだけの理由で作ってしまったから。
 何というか、最早映画として成り立ってすらいないというレベル。世界観がはっきりしてないため、観てると落ち着かない気分になるのは織り込み済みとはいえ、物語そのものがとてもきつい。恥ずかしくて背中が痒くなるレベル。
 しかもキャラが凄まじくはまってない。前田亜季はそれなりのキャリアを持った女優ではあるものの、その立ち居振る舞いがSFに合わないことと、そもそも原作のちせは高校生にしては幼すぎる容姿という設定なのに、もはや歳がいきすぎてるってのもなんとも。更に凛々しさを強調したその姿は原作の片鱗すら無し。

 
『デビルマン』とまではいかないまでも、ここまでくると呆れてしまう。ま、地雷が分かってた分、劇場で観ないで良かったというくらいか?

 

アケミ
【あけみ】
 シュウジのクラスメイト。実はシュウジが好きだったが、それを言い出すことなく、小樽の空爆で死亡。 甘崎
アツシ
【あつし】
 シュウジのクラスメイト。やはりクラスメイトのアケミに惚れており、アケミを守るために自衛隊に入隊する。 甘崎
小樽中央高等学校
【おたる-ちゅうおう-こうとう-がっこう】
 シュウジとちせが通っている高校。 甘崎
最終迎撃モード
【さいしゅう-げいげき-もーど】
 ちせの最終形態。ここまで成長すると、地上のあらゆる兵器は無力化されてしまうのだが、プログラムに致命的なバグがあり、この形態になると世界を滅ぼしてしまうとのこと。 甘崎
シュウジ
【しゅうじ】
 ちせと同じ高校に通う青年。普通のつきあいを始めたばかりなのだが、否応なく世界に関わらざるを得なくなっていく。 甘崎
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そして、僕たちは恋していく
【そして-ぼく-たち-は-こい-していく】
 映画ラストで流れるテロップ。 甘崎
ちせ
【ちせ】
 シュウジと同じ高校に通う少女。シュウジとつきあい始めた矢先、政府によって選ばれて“最終兵器”にされてしまう。 甘崎
ちせ<amazon> ちせ<楽天>
テツ
【てつ】
 シュウジとちせの先輩で自衛官。最終兵器となってしまったちせと戦場で出会う。 甘崎
ふゆみ
【ふゆみ】
 テツの妻。教育実習でシュウジと知り合い、心を通わせることになる。 甘崎
ムラセ
【むらせ】
 映画版オリジナルキャラ。ちせを最終兵器にしてしまった科学者。 甘崎
名称
【】
  甘崎

 

大日本人


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2007年
松本人志(監、主) 竹内力、UA、神木隆之介
 電気を浴びると巨大化し、日本に現れる“獣”と呼ばれる存在を倒していく、古くから伝わった技を伝える大佐藤家。その6代目は、普通の時は毎日傘を持ち歩いて、家に帰ると自炊。週に二回は力うどんを食べに行くという、小市民を地でいく男だった。彼の一年にわたる密着取材と、彼を取り巻く状況を淡々と描いた作品。
 松本人志第一回監督作品として、徹底した秘密主義で撮影され、どのようなジャンルであるのかも最後まで知らされなかった。私自身予告でたまたま観て、
「なんだ特撮だったのか」と思って観に行ったという、はなはだいい加減な観方だった。
 で、その出来は…なかなか評するのに難しい作品。好きな人は好きだし、嫌いな人は嫌い。どうでもいい人はどうでも良い。これほど好き嫌いがはっきり分かれる作品は珍しい。
 とにかく言えるのは、松本人志のファンであれば、観て損は無い。だけど、ファンでもなく、映画にそれなりに思い入れがある人は劇場で観るべきではない。と言うこと。
 本作の特徴と言えば、前半3/4は基本的にルーティンで、
小市民的生活インタビュー→獣退治→その結果が延々と続く。獣を倒したからと言って何が変わる訳じゃないし、大佐藤の日常は相変わらず続いているので、どこを切っても問題なし。
 そして最後、これまでの展開を完全に無視する唖然とする展開が待っている訳だが、これが完全にテレビもの。あのラストには
「この番組は〜の提供で〜」と言うナレーション付きこそよく似合う。この作品が尻切れトンボに終わってしまうように思えたのはそれが無いからじゃなかろうか?
 総じて言ってしまうと、
本作は映画として成立してない。確かに撮影の細やかさや、どうでも良いようなシーンに徹底した長回しを用いるなど、映画的手法は駆使しているが、ストーリーそのものに重点が置かれてないので、どこで切って観ても同じ。だから何も最初から観ないで途中から観ても話は充分つながってしまうし、物語を通して何かを伝えようと言う姿勢もない。いわば、これは長大なコントであると言ってしまって差し支えないだろう。だから、松本人志特有の微妙な間のコントを観に行くと割り切ってしまえば何も問題なし。
 ところで、ここで一つの疑問が生じる。松本人志はこの作品を自分のギャグの表現様式の一つとして映画という媒体を選んだのだろうか?それとも本気で映画作りをしようと考えたのだろうか?ということ。前者であれば、チャレンジ精神を讃えたいのだが、もし後者であれば、あまりにもイタ過ぎる作品となってしまう。多分評価が大きく分かれるのはこの点だろう。映画を観るつもりで本作を観てはいけないのだ。
 私は当初映画観に行ったつもりだったので、途中までは結構腹も立ったのだが、中盤から頭切り替えてテレビの延長だと思うことにしたらそれなりに楽しめた。この作品の一番の楽しみ方は、テレビで流しっぱなしにして、時折目をやって笑う。と言う、
本当のテレビ的な方法だろうと思う。
 一方特撮ファンとしてこの作品を観た場合、この作品は特撮のパロディ、しかも1970年代で思考が止まってる人間が作ったものに過ぎず。残念ながら、現在の特撮作品として観ることは出来ない。その辺は松本の方も割り切ってるんだろうけどね。ゴレンジャイの延長だと思えば。
 少なくともこの作品は松本人志のギャグというものをそれなりに知ってないと笑えないので、カンヌに持っていた事が最大の失敗であろう事だけは間違いない。

 

締メルノ獣
【しめる-の-じゅう】
 両手がリング状につながった獣で、大きな建物に手を巻き付けて引っこ抜く 甘崎
【じゅう】
 日本各地に時折現れる巨大生物。人間に害を及ぼすこともあるが、基本的に自分のしたいことをしているだけなので“怪獣”とは呼ばれない。 甘崎
スーパージャスティス
【すーぱー-じゃすてぃす】
 某光の巨人をアメリカンにしたかのような外国のヒーロー。大佐藤のピンチにファミリーと共に颯爽と現れ、獣を集団でボコる。 甘崎
スーパージャスティスの父
【すーぱー-じゃすてぃす-の-ちち】
 スーパージャスティスの父。以上。 甘崎
ステイウィズミー
【すてい-うぃず-みー】
 スーパージャスティスの母。小太りでいつも息子のビーマイベイビーを抱いている。 甘崎
大佐藤
【だいさとう】
 電気を通すと巨大化するという特殊体質の家柄で、それを利用して日本各地に現れる獣を退治することを生業としている。六代目と四代目が巨大化した。 甘崎
ドントタッチミー
【どんと-たっち-みー】
 スーパージャスティスの妹。思春期らしく恥ずかしがっているが、新聞紙で棍棒を作るなどして兄を助ける。 甘崎
匂ウノ獣
【におう-の-じゅう】
 人糞のような匂いをまき散らす獣。基本的にはそこに突っ立ってるだけだが、それだけで大きな被害が出る。雄と雌の二体が登場し、交尾までやらかす。 甘崎
睨ムノ獣
【にらむ-の-じゅう】
 股間から巨大な一ツ目を生やしている獣で、その目をぶん投げて攻撃する。 甘崎
跳ネルノ獣
【はねる-の-じゅう】
 巨大な顔(竹内力)に一本脚が付いた獣。ビルの谷間をぴょんぴょん跳ね回るが、顔がビルに引っかかったら勝手に倒れてしまった。 甘崎
ビーマイベイビー
【びー-まい-べいびー】
 スーパージャスティス一家の末っ子の赤ん坊。いつも母ステイウィズミーの胸に抱かれているが、強力な必殺技の要でもある。 甘崎
童ノ獣
【わらべ-の-じゅう】
 赤ん坊のような姿をした獣。体があまり強くないらしく、落下しただけで倒れてしまう。 甘崎

ヤッターマン


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2008年
三池崇史(監)
 “泥棒の神様”ドクロベエから命令を受け、何でも望みがかなうと言うドクロストーンの破片を集めるドロンジョ(深田恭子)、トンズラー、ボヤッキーの三人組ドロンボー一味。インチキ商売で儲けた金をロボット制作につぎ込んでは、各地で混乱を引き起こしていた。そんなドロンボーの悪行を毎週阻止しているのが正義の使者1号と2号とオモッチャマによるヤッターマンだった。その果てしない戦いの中で、ついにドクロストーンのかけらが発見された。だがその発見者??博士は行方不明となり、その娘??がヤッターマンに救いを求めてきた。ドクロストーンの秘密とは?そしてドロンボーとヤッターマンの戦いの決着は?
 かつての日本アニメーションを支えたタツノコプロの代表シリーズ
「タイムボカン」の中でも最も評価の高かった「ヤッターマン」を、実に30年ぶりに実写映画化した作品。先行してアニメの方でもリメイク作が作られて、お父さんと子供がどちらに対しても知名度も上がっているので、丁度良い時期に上映と言うことになった。
 それで監督は三池崇史。この監督の作る映画は全部ハイテンションな上に過剰なまでのサービス精神にあふれているのが特徴となっている。もし今の監督の中でこれを作らせるとしたら
この人しかいない!という人選で、それは見事にはまってる。
 三池崇史という監督は面白い人で、特に原作付きの場合、繊細さと大ざっぱさが絡み合った独特の作風が特徴。作品の枠は徹底的に細かく原作に忠実に作るのだが、キャラを自分勝手に変えてしまうため、それが上手くはまると傑作に、はまらないと超が付く駄作になってしまう、かなりリスキーさを持つ。
 本作に関しては少なくとも枠組みに関しては本当に真面目に作ってるんだと言う事を思わされる。それは
オリジナル観ていた人が文句の付けようのない設定や演出に表れてる。演出が本当にアニメそのまんまで、よくもまあこんなところまで再現してくれたもんだ。と感心する事しきり。多分よほどのマニアがブレーンに付いてたんだろう。それで一々監督がお伺いを立てて作ってたんじゃ無かろうか?(細かいところはいくらでも言えるが、同じ個性を持っているはずのヤッターワンとヤッターキングで異なった個性で描いてくれたのも嬉しい。オリジナルのアニメでもそうだったんだが、ヤッターワンは基本的におだてられると舞い上がってしまうし、女の子の言う事を何でも優先するが、ヤッターキングはかなり大人っぽくおとなしくなってる。これに限らず、メカに関しては細かいツッコミ無用の完璧な再現っぷりを見せてくれる)。本当に繊細な作りだ。
 しかしながら、メカとか細かい設定は完璧に近い一方、キャラに関しては
完全に暴走状態…いや、たった一人徹底した暴走状態に持っていくことで、物語のバランスそのものを崩してしまってた。他でもない。この作品は深田恭子のドロンジョを監督が好き放題に撮っただけの作品と言ってしまっても良いくらい。彼女一人を除けば、残りはみんな有象無象。一応主人公であるはずの櫻井翔や福田沙紀なんかはオリジナル同様あまり個性を見させず。特にヤッターマン2号やゲストキャラの岡本杏里の無個性ぶりは、同じ女性でここまで撮り方を変えるか?という位の投げだしっぷり(だって本作を通してヤッターマン2号って、焼き餅焼きな女の子でしかないし)で、いっそそれがすがすがしいほどだ。他のキャラを抑えることで深田ドロンジョだけは、心情や内面にまで踏み込んで複雑なキャラを作り上げ、更に「これでもか」とサービスカットを取り込む凝りよう。しかも根本的にオリジナルのドロンジョとは全く違ったドロンジョを好き放題に作り上げてしまった。ここまでやったらいっそ立派。見事な大ざっぱぶりを見せてくれた。
 
繊細さと大ざっぱ。見事な三池ワールドの例がここにはある

 まあ、大ざっぱと言っても、やはり深田ドロンジョにくっついてるだけあって、生瀬勝久のボヤッキーとケンドーコバヤシのトンズラーの二人の造形は上手かった。ドロンジョが三池の思い入れで作られてる分、この二人はドロンジョを物語に戻す役割を担っていて、その分しっかりオリジナルに忠実な個性をつけてた。個人的にはオリジナル作品では粗暴なだけであまり個性を見せられなかったトンズラーが、義に篤い良い奴にしてくれたのだけでも結構嬉しかったりする。

 一方、演出に関しては、とても良いんだけど、あまりに暴走が激しく、子供向きの作品でここまでやるか?と言うのがいくつも。ヤッターワンとバージンロードの戦いなんかはほぼ倒錯した18禁の世界に近いぞ。それと、濃い演出が連発してくるため、精神的に落ち着かなくさせるので、2時間の作品でえらく精神的に疲れる。

 この作品は3つくらいのパートに分け、その間にアイキャッチと、ドロンボー、ヤッターマンの日常生活を挿入してくれたら面白かったと思う。で、パートの始まりには「説明しよう。一週間前、ドロンボー達が…」という山寺宏一のナレーションを入れて。

 

アイちゃん
【あい-ちゃん】
 本名上成愛。上成電気店の一人娘でガンちゃんのガールフレンド。ガンちゃんのことが大好きだが、かなり嫉妬ぶかい側面もあり。ヤッターマン2号となる。 甘崎
イカタゴサク
【いかたごさく】
 インチキ寿司屋で得た金を元に作ったドロンボーメカ。巨大なイカ型メカで、ゾロメカを生み出す機能もあり。 甘崎
お仕置き
【おしおき】
 ドロンボーが任務失敗する度に「お仕置きだベエ」の言葉とともにドクロベエから与えられる罰。 甘崎
お仕置き自転車
【おしおき-じてんしゃ】
 ドロンボー一味の敗走専用ビークル。ドロンジョ、ボヤッキー、トンズラーがが力を合わせて漕ぐ人力バイク。 甘崎
オジプト
【おじぷと】
 三つ目のドクロストーンが眠る地。砂漠で猫の顔をしたスフィンクスや、壊れかけたピラミッドなどがある。 甘崎
おだてブタ
【おだて-ぶた】
 ボヤッキーが作ったコクピットメカの一つ。ヤシの木に登り、「ブタもおだてりゃ木に登る」というのが定番だが、ここでは下半身剥き出しになってしまったボヤッキーの股間を隠すために登場する。 甘崎
オモッチャマ
【おもっちゃま】
 ガンちゃんが作ったサポートロボット。ヤッターマンの良き相棒。頭から出ているプロペラで空を飛ぶほか、手足を引っ込めるとサイコロにもなる。ガンちゃんのボケにツッコミを入れる役。 甘崎
海江田
【かいえだ】
 ドクロストーンの危険性をいち早く察知した学者で、ドクロストーンの回収のためノルウェイの森へと向かうが、そこで行方不明となってしまう。 甘崎
海江田翔子
【かいえだ-しょうこ】
 海江田博士の娘。博士からドクロストーンの一つを託されている。 甘崎
ガンちゃん
【がん-ちゃん】
 本名高田ガン。高田玩具店の一人息子で、父の設計したヤッターワンを完成させ、自らヤッターマン1号となってドロンボーに立ち向かう。 甘崎
ケンダマジック
【けんだまじっく】
 ヤッターマン1号の使う剣玉型の武器。玉の部分を相手に当てるほか、鞭のように使い、絡めた時点で電撃を流すことができる。 甘崎
シビレステッキ
【しびれ-すてっき】
 ヤッターマン2号が使う伸縮自在の武器。要するにスタンスティックである。 甘崎
勝利のポーズ
【しょうり-の-ぽーず】
 ドロンボー一味を倒した時に「やったーやったーヤッターマン」という台詞と共にヤッターマンが決めるポーズ。 甘崎
スーパーメカの素
【すーぱー-めか-の-もと】
 ヤッターキング用のメカの素で、ヤッターワンのと同様骨の形をしているが、巨大化したため、前のように放り投げて食べさせることができなくなった。 甘崎
ゾロメカ
【ぞろ-めか】
 ヤッターワンが生み出す小型メカの通称。これを吐き出す際、「今週のびっくりドッキリメカ」と言うのが定番。最終決戦ではドロンボーメカも繰り出す。 甘崎
ダイドコロン
【だいどころん】
 最初に登場したドロンボーメカ。ヤッターワンを後一歩の所まで追いつめるが、ドロンジョが間違って自爆スイッチを押してしまったために自爆。 甘崎
高田玩具店
【たかだ-がんぐ-てん】
 ガンちゃんの家でやっているオモチャ屋。地下はヤッターマンの秘密基地になっている。 甘崎
ドクロ印
【どくろ-じるし】
 ドロンボーがインチキ商売する際に掲げる商標。 甘崎
ドクロストーン
【どくろ-すとーん】
 四つの破片に分かれたいわゆるオーパーツ。四つが合わさると光を放つ骸骨の形となり、時空をゆがめてタイムトンネルを作り出す力を秘めている。 甘崎
ドクロベエ
【どくろべえ】
 自称“泥棒の神様”。決して素顔を見せない悪の黒幕で、何かの理由でドクロストーンを集めている。ドクロストーンの情報を得る度、ドロンボーに現地に行かせるが、探索失敗の度にお仕置きをするのを趣味にしている。愛称は“ドクちゃん”。 甘崎
ドロンジョ
【どろんじょ】
 ドロンボーのリーダー。ややヒステリックなところがあるが、ボヤッキーとトンズラーからの信頼は絶大で、女王さまのようにふるまうが、とても純情な側面もある。 甘崎
ドロンボー
【どろんぼー】
 泥棒の神様ドクロベエの配下。リーダーのドロンジョとその下僕トンズラーとボヤッキーからなる三人組。“ドロンボー一味”とも言われる。シリーズを通しての総称は“三悪”。 甘崎
トンズラー
【とんずらー】
 ドロンボーの一人。力持ちで気が良いキャラ。ボヤッキーの良きパートナー。目標は世界最強のプロレスラー。 甘崎
ノルウェイの森
【のるうぇい-の-もり】
 二つめのドクロストーンが見つかった場所。ここで海江田博士は行方不明となる。 甘崎
バージンローダー
【ばーじんろーだー】
 ドロンボーがインチキウェディングドレスを売って得た金を元に作ったドロンボーメカ。オッパイマシンガンおよびオッパイミサイルを武器とする。 甘崎
ハッチ公前広場
【はっち-こう-まえ-ひろば】
 渋谷の駅前のみつばちハッチの石像がある広場。最初にドロンボーとヤッターマンの戦いの場になった。 甘崎
ブーケ・ボム・ランチャー
【ぶーけ-ぼむ-らんちゃー】
 トンズラーが持つ花嫁のブーケ型のミサイル兵器。発車する時は何故か股間に持ってくる。 甘崎
ボヤッキー
【ぼやっきー】
 ドロンボーの一人。助平でどこか抜けてるがメカの天才で、ドロンボーメカのすべては彼が作り上げている。大好きなのは女子高生だが、何よりもドロンジョに惚れ抜いてる。 甘崎
南ハルプス
【みなみ-はるぷす】
 四つめのドクロストーンが眠る地。ドロンボーとヤッターマンの決戦の地。 甘崎
メカの素
【めか-の-もと】
 ヤッターワンが小型メカを生み出すために食べさせるアイテム。ヤッターワンの場合は骨の形をしている。 甘崎
ヤッターキング
【やったー-きんぐ】
 破壊されたヤッターワンの心臓部を元にガンちゃんが新たに作り上げた巨大犬型ロボット。ドロンボーとの最終決戦に臨む。 甘崎
ヤッターマン
【やったー-まん】
 ガンちゃんとアイちゃんがそれぞれ1号と2号に変身する正義のヒーロー。ヤッターワンに飛び乗り、事件現場でドロンボーと戦い続ける。 甘崎
ヤッターワン
【やったー-わん】
 ガンちゃんの父親が設計した自立型犬型ロボット。ドロンボーと戦うため世界中にヤッターマンをと共に繰り出す。メカの素を食べることで小型メカを生み出す機能を持つ。 甘崎
名称
【】
  甘崎

ギャラクシー街道


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2015年
三谷幸喜(監)

 

うず潮
【うずしお】
 木星にある人工居住区。 甘崎
キャプテンソックス
【きゃぷてん-そっくす】
 この宇宙を守る銀色の巨人。ややたるんだ腹と、いつも靴下を気にかける動作が魅力と言えば魅力。この宇宙での活動限界が近づき、故郷に帰らなければならない。実は宇宙警備隊メンバーのハトヤ隊員の素顔。 甘崎
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ギャラクシー街道
【ぎゃらくしー-かいどう】
 地球と人工居住区うず潮を結ぶ幹線ルート24666の通称。流行っていた時機に数多くの店も出来ていたらしい。 甘崎
ギャラクシー街道<amazon> ギャラクシー街道<楽天>
サンドサンドバーガー
【さんど-さんど-ばーがー】
 宇宙に数多くあるというハンバーガーのチェーン店で「33」のイルミネーションが特徴。ギャラクシー街道にもあり、ノアが店長をしている。 甘崎
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ズズ
【ずず】
 カエル型宇宙人。ハンバーガー好きで、サンドサンドバーガーの常連だが、体から水がにじみ出るため、あんまり歓迎されていない。役は西川貴教。 甘崎
ゼット
【ぜっと】
 宇宙の風俗の客引き。役は山本耕史。 甘崎
堂本
【どうもと】
 サンドサンドバーガーのスタッフルームにあるコンピュータで、ノアの相談相手。 甘崎
トチヤマ
【とちやま】
 宇宙警備隊隊長。ハトヤ隊員の良き指導者で、ハトヤ隊員がキャプテンソックスであることを最初に告げられる。役は阿南健治。 甘崎
ノア
【のあ】
 ギャラクシー街道沿いにあるハンバーガーショップ“サンドサンドバーガー”店主。元々大のハンバーガー好きが高じて、地球で所属していた劇団を辞めて、劇団員のノエと共に5年前に宇宙に出て店を開いたが、すっかり街道が寂れて変わり者の宇宙人ばかりが来るようになり、更にノエの浮気を疑うようになっており、精神状態は最低。店長を辞めて地球に帰ろうと考えている。役は香取慎吾。 甘崎
ノエ
【のえ】
 ノアの妻。ノアと共に“サンドサンドバーガー”をきりもりしている。最近家を空けがちで、それを浮気と思われている。実際リフォーム業者のメンデスに言い寄られているが、迷惑がっている。かつてはノアとレイの所属した劇団の裏方だった。役は綾瀬はるか。 甘崎
ハシモト
【はしもと】
 国土交通省の役人で、ギャラクシー街道を存続させるかどうか調査にやってきた。街道は不必要であると判断して、レポートを作成中に不思議な体験を味わうことになる。役は段田安則。 甘崎
ハトヤ
【はとや】
 宇宙警備隊の一員。実はキャプテンソックスの仮の姿で、この宇宙の活動限界を迎えようとしており、その別れをサンドサンドバーガーの中で告げる。マンモ隊員とはよきパートナーであったが、立場上結ばれることが出来ず、彼女にその事を告げる。役は小栗旬。 甘崎
ハナ
【はな】
 サンドサンドバーガーのアルバイト。いつもおどおどしており、とんでもないことをやらかしてばかりだが、時折鋭いところを見せる。役は大竹しのぶ。 甘崎
ババサヒブ
【ばばさひぶ】
 レイの夫。大学で言語学を教えていたが、不祥事を起こしてしまい、大学を追われ、レイと共に地球へ向かう。 甘崎
マンモ
【まんも】
 警備隊所属の女隊員。ハトヤとは良きパートナーであったが、ハトヤの煮え切らない態度に業を煮やし、結婚を申し出たトチヤマ隊長と結婚することにする。役は秋元才加。 甘崎
ムタ
【むた】
 客引きのゼットに連れてこられた客。地球ではドクターらしい。役は石丸幹二。 甘崎
メンデス
【めんです】
 リフォーム業者。ノエに思いを寄せる両性具有者で、ノエとの接触によって卵を産む。 甘崎
レイ
【れい】
 夫のババサヒブと共に地球に向かう途中でサンドサンドバーガーにやってきた地球人。実はかつてノアと同じ劇団のヒロインで、ノアの恋人だった。役は優香。 甘崎

 

事典目次