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アニエス・ヴァルダ
Agnes Varda

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Agnès Varda
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本名アルレット・ヴァルダ。ベルギー生まれのフランスの映画監督、脚本家、写真家。配偶者ジャック・ドゥミ。画家ジャン・ヴァルダは従兄弟で、短編ドキュメンタリー『アンクル・ヤンコ』の題材となっている。
​ロケ撮影を好み、職業俳優以外の俳優を起用したことも、1950年代のフランス映画では異例だった。ドキュメンタリー映画作家としても知られる。
マーティン・スコセッシ監督はヴァルダを「映画の神様の一人」と評した。
2015年のカンヌ国際映画祭で名誉パルムドールを受賞し、女性として初めて同賞を受賞したほか、1985年のヴェネツィア映画祭では『バガボンド』で金獅子賞を受賞し、アカデミー名誉賞も受賞。また、『顔と場所』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、競争の激しいアカデミー賞にノミネートされた最年長者となった。2017年には、女性監督として初めて名誉アカデミー賞を受賞した。
レネとヴァルダは生涯の友人であり続けたが、レネは「猫以外、共通点は何もない」と語っている。
ヴァルダは、フランスのヌーヴェルヴァーグの祖母であり母であると考えられている。

ヌーヴェル・ヴァーグより古いことから、レネ、クリス・マルケル、マルグリット・デュラス、アラン・ロブ=グリエ、ジャン・カイロル、アンリ・コルピらの映画とともに、正確にはフランス左岸の映画運動に属する。
女性を主人公にし、女性の映画的声を生み出したことから、フェミニスト的であると見なされることが多い。彼女は「私はフェミニズムの理論家ではありません。写真、技術、映画、生活、すべてを私の条件で、私自身の条件でやったのであって、男性のようにやったわけではない」と語っている。
Wikipediaより引用
経歴
1928'5'30 ブリュッセルで誕生
1946 ファーストネームをアニエスに変更した。
1965 幸福ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞
1971 当時フランスでは違法だった中絶をしたことを認め、中絶合法化を求める「343人の宣言」に署名
1977 自身の制作会社シネ・タマリスを設立
1983 『Ulysse』でセザール賞短編賞(ドキュメンタリー)受賞
1985 『冬の旅』がヴェネチア国際映画祭金獅子賞、国際評論家賞受賞
2000 『落穂拾い』がヨーロッパ映画ドキュメンタリー賞を受賞
名誉セザール賞受賞
2002 ルネ・クレール賞受賞
2007 フランス国家功労勲章グランドオフィシエを受章
2008 『アニエスの浜辺』でセザールドキュメンタリー賞受賞
2009 『アニエスの浜辺』でヨーロッパ映画賞ドキュメンタリー賞受賞
レジオン ドヌール勲章コマンドール受章
2010 カンヌ映画祭で監督週間の第8回カルロス・ドール賞を受賞
ベルギーのリエージュ大学から名誉学位を授与される
2013 フランス共和国の国家功労勲章大十字章を受章
映画の保存と修復の分野での功績により2013年FIAF賞を受賞
2014 ヨーロッパ映画賞生涯功労賞受賞
ロカルノ映画祭で名誉豹賞を受賞
2015 名誉パルムドールを受賞
2017 『顔たち、ところどころ』でセザールドキュメンタリー賞、米アカデミードキュメンタリー賞受賞、カンヌ国際映画祭ゴールデンアイ賞受賞。カンヌ国際ドキュメンタリー映画祭のゴールデンアイ賞(L'Œil d'or)受賞
レジオンドヌール勲章のグランオフィシエに昇進
2019 ベルリン国際映画祭でベルリナーレ・カメラ賞を受賞
2019'3'29 死去
5+
4+
5時から7時までのクレオ
幸福
3+
アニエスによるヴァルダ
ラ・ポワント・クールト
2+
個人的感想
年代
2019 アニエスによるヴァルダ 監督・出演
2018 映画はアリスから始まった 出演
2017 顔たち、ところどころ 監督・脚本・出演
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008 アニエスの浜辺 監督・脚本・出演
2007
2006
2005
2004
2003
2002 落穂拾い・二年後 監督・製作・脚本・撮影・編集・出演
シャレード 出演
2001
2000 落穂拾い 監督・脚本
1999
1998
1997
1996
1995
1994 百一夜 監督・脚本
1993
1992
1991 ジャック・ドゥミの少年期 監督・製作・脚本
1990
1989
1988
1987 カンフー・マスター! 監督・製作・脚本
アニエスv.によるジェーンb. 監督・脚本・出演
1986
1985 冬の旅 監督・脚本
1984
1983
1982
1981
1980
1979
1978
1977 歌う女・歌わない女 監督・製作・脚本
1976
1975 ダゲール街の人々 監督
1974
1973
1972
1971
1970
1969
1968
1967 ベトナムから遠く離れて 監督
1966
1965
1964 幸福 監督・脚本
1963
1962
1961 5時から7時までのクレオ 監督・脚本
1960
1959
1958
1957
1956 世界の全ての記憶 出演
1955 ラ・ポワント・クールト 監督・脚本
1954
1953
1952
1951
1950
1949
1948
1947
1946
1945
1944
1943
1942
1941
1940
1939
1938
1937
1936
1935
1934
1933
1932
1931
1930
1929
1928 5'30 ブリュッセルで誕生

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レビュー
アニエスによるヴァルダ
Varda par Agnès
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ロザリー・ヴァルダ(製)
アニエス・ヴァルダ(脚)
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
製作年 2019
製作会社
ジャンル
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原作
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幸福
Le bonheur
1965ベルリン国際映画祭銀熊賞
1966キネマ旬報外国映画第3位
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アニエス・ヴァルダ(脚)
ジャン=クロード・ドルオ
クレール・ドルオ
マリー=フランス・ボワイエ
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 叔父の経営する建具屋で働く夫フランソワ(ジャン=クロード)は美しく従順な妻テレーズと子供と暮らす楽しい日々を送っていた。だがある時、長期の出張で遠い町に行くことになり、そこで近くの町の郵便局員エミリーと出会った。妻とは違う奔放な性格のエミリーに引かれていくフランソワだが…

 このレビューは激しいネタバレを含んでいるため、少なくとも本作を一度観た上でご覧くださることを期待する。

 一口で言えば本作は「とても美しく、そしてとても分かりづらい作品」と言えようか。
 この時代のフランス映画は、様々な実験的手法を投入していたが、一概にとても綺麗な画面づくりをしている。本作もソフトフォーカスを巧く使って、幸せな家族描写をこれでもか!と言うほど作り出していて、画面は前編を通してとても美しい。
 物語も分かりづらいというのではなく、むしろとても単純なのだが、いったいどういう経路でこういう物語になるのかが全く分からないのだ。これをどう取ればいいのか、観た直後では全く分からなかった。やっと今頃になってなんとか分かってきたような気がする。


 整理してみると、本作は「とても仲がいい家族の物語」である。全てを要約すると本当にそれだけ。
 ホームドラマの基本は一応押さえていて、最初に仲のいい家族を「これでもか!」と描き、その後家族から離れて働きに出た夫が、そこで魅力的な女性と出会ってしまう。それで夫婦の危機を経て、家族の絆は更に強くなっていく。
 こう書くと普通のホームドラマっぽいのだが、本作のすごいところは最初と最後の家族が違うということ。つまり、物語途中で浮気相手の女性の方を主人公のフランソワは選んでしまうのだ。
 …いや、それならそれでも話は成り立つのだが、それで困ってしまうのは、ラストシーンはいかにもハッピーエンドになっているというところ。

 物語中盤で夫婦の危機を経る訳だが、その際本来の妻の方が身を引いて、自殺してしまう。それで妻の遺言通り浮気相手を家族に迎え入れ、元の家族と変わらずに家族仲睦まじく過ごしていく…

 なんでこうなる?正直あのラストシーンは訳が分からない。いくらなんでも夫が浮気したってだけで自殺する妻もそうだが、それでああ言う遺言を残すことも、更にその遺言をそのまま実行してしまう夫の方も。それを当たり前のように受け入れる子供たちも。何もかも想定外で混乱してしまう。

 かつて読んだ小説「髪結いの亭主」では、この幸せが徐々になくなっていくのが怖いと言って妻が自殺するというオチに持っていき、あれもよく分からなかったんだが、それ以上にこれは分からない。
 開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。理不尽極まりないこのラストシーンは、一種のどんでん返しとも言えるし、ここに至る過程が全く理解できない。強いて言うなら、「男とはこう言う生物である」ということを言おうとしているのかも知れない。男とは特定の人ではなく、愛する人であれば、誰でも家族ごっこが出来ますよ。という…違うかも知れないけど。

 でも、今から考えてみると、それこそが本作を名作たらしめているのかもしれない。ストーリーテリングを逆手に取ったこのラストは、一種のトラウマ映画として燦然と輝いている。
製作年 1964
製作会社 パーク・フィルム
ジャンル 家族
売り上げ
原作
歴史地域
関連
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ラ・ポワント・クールト
La Pointe-Courte
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アニエス・ヴァルダ(脚)
フィリップ・ノワレ
シルヴィア・モンフォール
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
写真家として働いている間に映画製作に興味を持つようになったが、映画という媒体についてはほとんど知らず、彼女は後に、最初の脚本を「人が最初の本を書くのと全く同じように書いた。書き終えたとき、私は『この脚本を映画化したい』と思い、友人数人と協力し、それを作ることにした」と述べている。彼女は映画製作のプロセスが小説を書くのと同じ自由がないため難しいと感じた。彼女のアプローチは本能的で女性的だったと彼女は述べた。ザ・ビリーバーとのインタビューで、ヴァルダは伝統や古典的な基準に焦点を当てるのではなく、(ラ・ポワント・クールトに関連して)自分の時代に関連した映画を作りたいと語った。[ 15 ]末期の病気で自力で訪れることができなくなった友人のために、フランスの小さな漁村ラ・ポワント・クールトで数日撮影した後、ヴァルダは、芸術監督を友人のヴァレンタインス・シュレーゲルに任せ、自分で長編映画を撮ることにした。[ 7 ]こうして、小さな漁村で関係を修復しようとする不幸なカップルを描いたヴァルダの最初の映画『ラ・ポワント・クールト』が1954年に公開された。この映画は、フランスのヌーヴェル・ヴァーグのスタイルの先駆けとなった。
この映画はヴァルダの友人で「左岸」の映画監督仲間のアラン・レネが編集したが、レネは「自分が作りたいと思っていた映画にあまりにも近かった」ため、参加をためらった。
非公式ではあるが、ヌーヴェル・ヴァーグ最初の映画であると広く考えられている
製作年 1955
製作会社
ジャンル
売り上げ
原作
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著者名 (検索) <A> <楽>
歴史地域
関連
キーワード
5時から7時までのクレオ
Cléo de 5 à 7
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アニエス・ヴァルダ(脚)
コリンヌ・マルシャン
アントワーヌ・ブルセイエ
アンナ・カリーナ
ジャン=クロード・ブリアリ
エディ・コンスタンティーヌ
サミー・フレイ
ミシェル・ルグラン
ダニエル・ドロルム
セルジュ・コルベール
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
製作年 1961
製作会社 シネ・タマリス
ローマ・パリ・フィルム
ジャンル シュール
売り上げ $1,945
原作
歴史地域
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