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1985 | 宇宙からの帰還 構成 | |
1984 | 12'2 死去 | |
1983 | 小説吉田学校 監督・製作・脚本 | |
1982 | 海峡 監督・製作・脚本 | |
1981 | 漂流 監督・脚本 | |
1980 | 動乱 監督 | |
1979 | ||
1978 | 聖職の碑 監督 | |
1977 | 八甲田山 監督 | |
腐蝕の構造<TV> 監督 | ||
1976 | 人魚亭異聞 無法街の素浪人 監督 | |
1975 | ||
1974 | ||
1973 | 日本沈没 監督 | |
放課後 監督 | ||
二十歳の原点 脚本 | ||
1972 | 初めての愛 監督・脚本 | |
蒼ざめた日曜日 監督 | ||
1971 | 潮騒 監督 | |
「されどわれらが日々-」より 別れの詩 監督 | ||
初めての旅 監督 | ||
1970 | 赤頭巾ちゃん気をつけて 監督・脚本 | |
1969 | 弾痕 監督 | |
二人の恋人 監督 | ||
1968 | 兄貴の恋人 監督 | |
首 監督 | ||
1967 | 続・何処へ 監督 | |
育ちざかり 監督 | ||
1966 | ゼロ・ファイター 大空戦 監督 | |
1965 | 赤ひげ 監督助手 | |
1964 | ||
1963 | 天国と地獄 監督助手 | |
太陽は呼んでいる 脚本 | ||
1962 | ||
1961 | 用心棒 監督助手 | |
1960 | ||
1959 | ||
1958 | 大人には分らない 青春白書 脚本 | |
1957 | ||
1956 | ||
1955 | ||
1954 | ||
1953 | ||
1952 | ||
1951 | ||
1950 | ||
1949 | ||
1948 | ||
1947 | ||
1946 | ||
1945 | ||
1944 | ||
1943 | ||
1942 | ||
1941 | ||
1940 | ||
1939 | ||
1938 | ||
1937 | ||
1936 | ||
1935 | ||
1934 | ||
1933 | ||
1932 | ||
1931 | 9'28 東京で誕生 |
タイトル | |||||||||||||||||||||||
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小説吉田学校 1983 | |||||||||||||||||||||||
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助監督に中田新一。 |
海峡 1982 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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動乱 1980 | |||||||||||||||||||||||
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八甲田山 1977 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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1977年邦画興行成績1位。当時の邦画興行収入最高値。 3年の歳月を使っての撮影と、直接製作費7億を投じて完成させる。 軍隊をモデルケースに据えた現代社会に対する組織論にもなっている。 助監督として神山征二郎が参加。 |
日本沈没 1973 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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原因不明の群発地震が日本を襲っていた。そしてとうとう小笠原諸島の島が一夜にして沈没するという事態が生じる。深海潜水艇乗りの小野寺俊夫(藤岡弘)は、海底火山学の権威田所博士(小林桂樹)らと共に潜水艇“わだつみ”で日本海溝に潜行した。そこで彼らが見たのは、巨大な海溝が口を開けている姿だった。日本で何が起ころうとしているのか。そしてこれからどうなっていくのか… 日本沈没という異常事態を前に描かれる小松左京原作の群像劇の映画化。当時の不安な世相を反映したかのような作品が受けたか原作はベストセラーとなったが、映画でも大規模な特撮と緊迫した人間ドラマが錯綜させたお陰で1973年邦画興行成績は堂々の1位(評論家によれば本作の評価は高くないのだが、日本映画史上初めての配給収入20億円を超えた大ヒット作となったという事実は変わりなし)。 私は原作を二度読んでいる。一度目は中学生の時。丁度SF小説にはまりだした頃で、当時は主に小松左京、筒井康隆、星新一、平井和正、豊田有恒、眉村卓と言った日本作家を中心に読んでいて(海外SFにはまるのは高校生になって)、その系列で読んでみたのだが、これは凄い作品だ。と確信。ジュブナイルが中心だった私にとって初めてのSF群像劇だったし、何よりこの豪毅なプロットに、矮小な人間の存在。そしてその中でヒーロー不在であがき続ける人間の姿…何もかもが新鮮であり、衝撃的な作品だった。子供の頃テレビでやっていた本作は微かに何話か観た記憶がある程度で、これもいつか観直してみたいものだ。その後長じてから改めて読むと、改めて原作のプロットの良さには感心。今読んでも充分楽しめる作品だ。 残念ながらなかなか映画の方は観ることが出来なかったのだが、ようやく先日になって拝見。 批評家の言うとおりで、意気込みは認められるものの、今の目で観るならば、稚拙な部分も多い作品ではある。特に特撮部分は、金をこれだけ潤沢に使えたのだから、もうちょっと工夫が必要か?思わせてしまったところが残念。使いどころさえ間違えなければ良いものが出来ただろうに。特に肝心の日本沈没のシーンがチープなのはいただけない。それに原作にあった、庶民的な部分での描写が極めて少なくなってしまい、政治的駆け引きや学術論争ばかりがトピックとして出されていたため、人間描写としても今ひとつと言った感じ。そう言う意味では『世界大戦争』(1961)のバランスの良さを思わせられる作品だった。 しかしながら、この映画に関しては、それで良かったのだろうと思う。僅か2時間足らずの時間で語るのならば、項目は絞るべきだったし、政治部分に特化したためにこそ、机上論と現実の推移の違いというものをしっかり演出することが出来たし、責任を持つべき人間の苦悩は、やはり見応えがある。 それに藤岡弘、丹波哲郎、小林桂樹と言ったアクの強いキャラを中心に据えることによって、緊迫感が増していたのも確か。特にこの作品に限っては首相は徹底的に個性的でなければ映えなかったが、その期待に見事にこたえた丹波哲郎の演技は特筆に値する。丹波哲郎か三船敏郎でなければこの役を務めることは出来なかっただろう。このキャラクタ描写は現実的でないとか、こんな格好良い首相がいるはずがない。とかは色々考えるけど、自分ではどうしようもない自体に対して、それでも戦い続けようとする姿が映える。自分の任期中にこんな事が起こったことを嘆くのではなく、更に自分の保身を考えることもなく、自分はどれだけ悪人になっても構わないから、一人でも多くの日本人を救おうとする姿は無性に格好良いぞ。 それと、結局庶民代表として全てを引き受けた形となった藤岡弘だが、言うまでもなく、この人はかつて仮面ライダーの本郷猛役をやっていた。それで、仮面ライダーとして守っていた日本という国そのものと戦わなければならないとすれば…なんて事を考えると、大変な皮肉に思えて興味深い。 翌年の『ノストラダムスの大予言』のヒットもあり、終末ブームが起こったというのも、世相を反映しているのだろう。 ちなみに1974年にはロジャー・コーマンによって買われてアメリカでも上映されたそうだが、その際追加カットでアメリカが日本を救うというシーンが入っているとか(本編ではしっかり「見捨てる」と言ってるシーンをわざわざカットして)。 随分と時間が経過してからリメイクである『日本沈没』(2006)が作られたが、やっぱり世相と合うか合わないかと言うのは大変重要なことを改めて感じさせてくれた。 |
赤頭巾ちゃん気を付けて 1970 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1970毎日映画コンクール撮影賞 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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1969年。巷では学生紛争がまかり通っていた時代に東大入試を眼前に控えた少年が、自分の行く末を考える。 学生運動華やかかりし頃のいわゆるノンポリ青年が中心となった話で、1969年には東大が入試を中止したということを通して、東大入学ために青春を捧げてきた青年の揺れる心境を描くこととなる。 時代に合わせて作っているのはよく分かるが、監督の狙いは日本版『中国女』(1967)を作りたかったのかな?とは思う。 に、しても何とも中途半端な作り方で、主人公は色々と論客と接触するのだが、議論より一方的な告白だけで終わってしまう。“自分は何者なのか”という哲学的な考察が念頭にあるにも拘わらず、結局何の答えも出ないまま漂い続ける少年を描いてるだけじゃないか。時折資料映像なども出してリアリティを出しているけど、やっぱり中途半端。 明確さを欠いた文体でも文学は成り立つが、映画は人に観てもらう事を前提としているので、それをそのまま映像化しても、おもしろみは無い。 ま、「時代だった」と言うのが一番良い説明なんだろうな。 |
弾痕 1969 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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兄貴の恋人 1968 | |||||||||||||||||||||||||||
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ゼロ・ファイター 大空戦 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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