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大河原孝夫

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書籍
著作
超少女REIKO(書籍)
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2001
2000
1999 ゴジラ2000 ミレニアム
1998
1997
1996
1995 ゴジラVSデストロイア 監督
1994 ヤマトタケル 監督
1993 ゴジラVSメカゴジラ 監督
1992 ゴジラVSモスラ 監督
1991 超少女REIKO 監督・脚本
1990
1989
1988
1987 「さよなら」の女たち 助監督
1986
1985
1984
1983
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1980
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1970
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1966
1965
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タイトル

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ゴジラ2000 ミレニアム 1999

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物語 人物 演出 設定 思い入れ
 人類の作り出したエネルギーを憎み、人類そのものへの破壊を繰り返すゴジラ。ゴジラが日本に近づきつつある時、日本海溝にて6500万年前の巨大な石塊が発見される。未知のエネルギー発見に驚喜する科学者達。だが突如として石塊は浮上し意志を持つように動き出した。そして謎の石塊は東海村原発を襲撃しようとしたゴジラに立ち塞がり、凄まじいエネルギーをもってゴジラを圧倒する。やがて全貌を現わした謎の物体は東京へ飛来、それを追ってゴジラも上陸した。物体の正体は一体何なのか、そしてゴジラとの戦いの行方は…ミレニアムシリーズ第1作(通算23作)

 無惨やな。本当に。



 数年の雌伏期間を経たゴジラ。その間に金子修介監督による
『ガメラ』(1995)があり、ハリウッドでは『godzilla』(1998)が作られた。それに何とか対抗しようと復活させたのは分かる。事実として東宝がネーム・ヴァリューだけで売るにはどうしてもゴジラ復活は必要だったのだ。
 だが、このゴジラの出来はどうだ?センスのまるでないネーミング。起伏のないストーリー、くだらないヒューマン・ドラマ、ばかげた設定。いやはや。良くもここまでの作品を作ったもんだ。
 前作『ゴジラVSデストロイア』(1995)で爆死したはずのゴジラ
(あの時は復活を匂わせていたが)とは設定自体が違っているようで(数年で関東一円があんなに復旧するはずはない)、ゴジラもジュニアではなく本物のようだ。だからと言うわけでも無かろうが、ゴジラはあくまで破壊神として存在する。そしてそれを上回る力を持った新しい怪獣をだし、「毒を以て毒を制す」という具合に話を持っていく。平成ゴジラ以降の定番ストーリーが今回も展開される。それはもう見たっつーの。更にIT時代に強引に合わせようとコンピュータを多用しているが、それも殆ど意味無し。6500万年前から存在したと言う設定のタコ型宇宙人が作ろうとしたのが千年王国。長いこと待ってた割にはずいぶんとスケールが小さいな。待ち時間の6万5千分の一の間だけで良いのか…
 でも本作を全く駄目にしているのは人間の方だろう。カメラを向けられ、突然わめき出す群衆
(叫びだそうと深呼吸するところまでカメラに収めるなんて、カメラワークに問題あるぞ)。笑いながら逃げる人間の群れは今回も健在。更にゴジラやミレニアムの方にのんびり歩いている人間がいるのも凄い。(知り合いがここでエキストラに出たそうだけど、弁当を一つ支給されただけとか)
 ただ、造形だけは結構凄い。巨大な背鰭を持つゴジラの勇姿は流石時代の進歩を感じるし、その背鰭が真っ赤に(!)焼けるのは格好良い。『godzilla』の後と言うこともあり、その造形もより爬虫類に近くなったが、それは上手く機能していた
(造形家品田冬樹氏によれば、これによって口の開閉ギミックが入れやすくなり、顎の形も良くなったのだとか)
 だけど、作品としては
本物のクズ。心底劇場で観なくて良かったと思う。
 「ゴジラは、俺たちの中にいるんだ」
とどめを刺された。ゴジラという存在を、人間の感性に取り込んでその存在自体を貶めてしまった。これほど脱力、且つ呆れた言葉はゴジラ映画屈指のクソ台詞
 何のために待った?何故復活した?それに何が作りたかったんだ?全てが不明。

 ちなみに、毎回ゴジラ映画には登場するゴジラの巨大な足。これは上から落としてミニチュアを破壊するためなのだが、実はこれは今まで同じものをずーっと使用していたのだとか。なにせ『モスラ対ゴジラ』(1964)からだというから、堂が入ってる
(勿論撮影の度に補修は受けてるんだろうけど)。次の『ゴジラ×モスラ×キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001)でも使用されたが、完全にバラバラにされてしまったのだとか…

 

ゴジラVSデストロイア 1995
1995日本アカデミー特別賞、録音賞、編集賞

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田中友幸
富山省吾(製)
大森一樹(脚)
林泰文
辰巳琢郎
石野陽子
河内桃子
村田雄浩
小高恵美
大沢さやか
篠田三郎
中尾彬
高嶋政宏
神山繁
斉藤暁
平泉成
藤巻潤
小野武彦
上田耕一
物語 人物 演出 設定 思い入れ
ゴジラ平成シリーズ第7作
 かつてゴジラを屠ったオキシジェンデストロイアー。その製法は製作者の芹沢博士の死亡と共に封じられてしまった。しかし、東京湾の底で、オキシジェンデストロイアーは生命を産む!同時に体内の核の暴走が始まり、最早抑えることが出来ないゴジラは日本海岸を迷走していた。ゴジラ、ミニゴジラ、デストロイアの三大怪獣が火花を散らす。
 平成シリーズの有終の美を飾るべく、平成シリーズ全てに同一個体として現れていたゴジラが自らの死をもって幕を下ろした作品…の、はずなのだが…
 これは
ギャグ映画なんだろ!そうだろ?だれかそうだと言ってくれ
 平成ゴジラは出来があまり良くないものが多いが、その中でも最終作である本作が最もどうしようもない。
 これに関してはいくらでも言えるぞ。
 
先ず初期設定だが、一応平成シリーズは第1作目『ゴジラ』(1954)とだけは話がつながっていると言う前提に立っているが、そうすると根本的にストーリーに整合性が出ないので、あの存在は無視すべきだった。この作品は、最強の怪獣を作るために、やってはいけないストーリーの合体を行ってしまった。いわば、禁断の結婚によって生まれた鬼子。これがこの作品である。
 オキシジェンデストロイアーと言えば、その名の通り、海中の酸素を破壊する。その際、水中にいる生物は全て液化する。と言うとんでもない代物(この製作者芹沢博士はこれを「世界平和のために」作ろうとしたらしいが、これをどう使えば世界平和になるのか、かなり疑問が残る)。これから生まれたというのである。生物を破壊するために作られた兵器から生物が生じる…しかも、この生物は兵器の能力を持つ…??? 
もしも仮に万が一本当にそんな生物が出来たとすれば、おそらくこの世界はその生物にとって毒素の固まりとなり、通常の環境に置かれた瞬間に死滅するだろう。科学的素養あるのか?この脚本家は?
 
体内の核が臨界にまで高まったゴジラ。生物としてそれに耐えられるか否かは、とりあえず置いておいて、臨界と言うのはあっという間に到達するもので、人の目に変化が分かると程度のスピードで暴走するなどとは…まあ、これについては、ゴジラの中に原子力発電所?があると考えれば済むのかもしれん?それはともかく、香港に出現したゴジラの足下では悠然と車が走っている。ゴジラに向かって走っている車まであるのはすごい。東宝ゴジラシリーズではお馴染みだが、にやけつつ逃げ回る市民の群は健在。
 
「いわゆる、チャイナシンドロームと言う奴か」違うよ
 
そして登場するデストロイア。この生物は恐ろしい。何せ脚を使わずに歩くことが出来るのだから!脚が動かないなら「跳ぶ」とかさせる工夫が必要なのに(それだって説得力無いけど)、そのまんま歩く格好をさせる馬鹿がどこにおるか!
 
自衛隊の精鋭。事前調査も行わず、何がいるか分からない工場に侵入。きっと彼らの上司は「死んでこい」と言って送り出したに違いない。しかし流石に怖いか、みんな及び腰。銃の構えがが全然駄目だし、何がいるか分からないエレベーターを平然と使おうとしたり、ダクトの部屋で銃を乱射したりと、プロとは思えないミスを連発する。戦場においては自殺行為ばかり。
 
ジャーナリストに迫るデストロイア。この演出は明らかに『エイリアン3』(1992)のもの。あの緊迫感を演出したかったのだろう。しかし、アップにすればするほど作り物にしか見えないため、怖いよりも痛々しい。
 
デストロイアの合体。合体前と合体後の姿が全く変わらないんだけど…まあ、バ○○ス星人の例もある。これは大目に見よう。
 
低温レーザーを発射する自衛隊。低温レーザーってのが、どういう原理で出来るもんだか、教えて欲しいもんだ。しかも、「低温レーザーの燃料も満タンです」…レーザーってのは電気で作るんじゃないのか?燃料が必要なレーザーってどんなのだ?
 
ゴジラVSデストロイア。動かない(動けない?)デストロイアをフォローするゴジラ。これほど悲しい戦いはない。なにせ、小学生の図工の宿題みたいなモンスターを強く見せねばならないのだから。
 
遂に臨界を迎え、爆発するゴジラ。関東一円を破壊したと言うのはまあ良し。だけど、地球の終わりだ。みたいなこと言ってた割には随分小スケールになったな。「これもデストロイアのお陰だ」の一言があれば、説得力はなくてもフォローになっただろうに。
 復活のゴジラ。…
今までのストーリー展開って、一体何だったの?

 とにかく突っ込みどころ満載で、ゴジラシリーズの最後を飾るにはお粗末すぎ。いや、
逆にらしいかも
 デストロイアと言うと、全日本プロレスの覆面レスラーのことを思い出すのだが、ひょっとしてあのザ・デストロイヤーが巨大化してゴジラとやり合うんだったら楽しかっただろうな。
 造形に関しては、デストロイアが殆ど冗談としか思えない出来なのに対し、ゴジラの方はかなり格好良く、だからこそ悲しい。
ゴジラ映画音楽ヒストリア──1954 ― 2016(書籍)
ヤマトタケル 1994

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富山省吾
森知貴秀(製)
三村渉(脚)
高嶋政宏
藤岡弘
篠田三郎
石橋雅史
ベンガル
阿部寛
麿赤兒
沢口靖子
目黒祐樹
宮本信子
杜けあき
上田耕一
栗原敏
益田哲夫
高嶋政伸
★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
ゴジラVSメカゴジラ 1993
1993日本アカデミー録音賞

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田中友幸
富山省吾(製)
三村渉(脚)
高嶋政宏
佐野量子
原田大二郎
小高恵美
中尾彬
宮川一朗太
シェリー・スウェニー
武野功雄
レオ・メンゲティ
上田耕一
中山忍
ラサール石井
佐原健二
高島忠夫
川津祐介
物語 人物 演出 設定 思い入れ
シリーズ第5作
 人類は未来人が建造したメカキングギドラの科学力を解析し、対ゴジラ兵器「メカゴジラ」を完成させる。その一方北の孤島アドノアでは巨大翼竜ラドンと卵の存在が確認されるが、やがて卵から孵化したのはゴジラと共通の要素を持つ恐竜ベビーゴジラであった。その存在を察知したかのようにベビーのいるところへと向かうゴジラの前に、メカゴジラが出撃する。ついに人類とゴジラとの決戦が始まった!
 
観たはずなのになんか印象が薄い作品。平成ゴジラシリーズの中でおそらく一番ゴジラの存在感が低かった作品だからだろうか?
 一応物語は前作『ゴジラVSモスラ』の続きとなり、オーバーテクノロジーを手に入れた人類がゴジラに対して反撃を企てると言う形を取る。しかし、ゴジラに対し、メカゴジラとは何とも芸がない。鮎の友釣り作戦とでも言うべきか?それにしても旧作
『ゴジラ対メカゴジラ』(1974)に登場した時より遙かに不細工になったもんだ。
 
人間の作り出す兵器はゴジラには敵わない事は暗黙の了解事項。それをやってしまった所にこの作品の最大の問題点がある。それを分かっていて劇場で観た私にも問題がある(笑)
 それと今回初登場となるリトルゴジラだが、ミニラ?と期待半分、恐れ半分で見守っていたところ、まるで違うのが出てきてしまった。メカゴジラとリトルの不細工のダブルパンチを食った感じ。
 言う必要もない気がするが、敢えて設定上の問題で言うと、突然変異種のゴジラがもう一匹出るとなると、一体どれ程の確立で誕生したのだろう?極めて0に近いと思うが。しかも恐竜の子供にしてはなんとも不細工なことだ。
ゴジラ映画音楽ヒストリア──1954 ― 2016(書籍)
ゴジラVSモスラ 1992
1992日本アカデミー新人俳優賞(大沢さやか、今村恵子)、音楽賞

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田中友幸
富山省吾(製)
大森一樹(脚)
別所哲也
小林聡美
村田雄浩
米澤史織
小高恵美
宝田明
小林昭二
大沢さやか
今村恵子
篠田三郎
大竹まこと
★★★
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シリーズ第4作
 巨大隕石の落下により長年海底で眠っていたゴジラは再び活動を開始。一方南海の孤島インファントでは巨大な卵が発見され、調査の結果かつて地球に存在していた古代文明の守護神・モスラのものだと判明する。だがそれだけでは終わらず、その古代文明を滅ぼした怪獣バトラも呼応するかのように復活を遂げた。卵は日本へと輸送されるがその途上でモスラは孵化、やがて海上より出現したゴジラ、名古屋を蹂躙したバトラと戦いを繰り広げる。決戦地横浜へと向かう三大怪獣。
 本作は比較で言えば駄作そろいの平成シリーズの中では健闘した方だと思う。理由は簡単で、モスラという存在感が良いだけ(スピンオフして平成版
『モスラ』という単独の映画にもなったし)。自分の意志で悪の怪獣と戦うその健気な姿はモスラという存在そのものを表しているので、好きな人は好きなはず…ただ、もしその後で『モスラ対ゴジラ』(1964)を観たならば、絶対に本作の評価は下がること請け合い(笑)
 本作に登場するバトラ(「バトル・モスラ」の略だそうだ。ネーミングセンス悪し)はその存在自体が謎なのだが、これは妙な効果をもたらしていたんじゃないかな?最後まで得体の知れない存在だからこそ、観ている側に色々考えさせる事ができる。最終的にどの側に味方に付くのか、それだけでも楽しめるから。
 ただ、評価できるのはその程度。この作品を徹底的におとしめているのは人間側にある。随所に冒険家の藤戸拓也(別所哲也)のライトな人間ドラマが入り込むが、本筋とはさほど関係を持たない。
『インディー・ジョーンズ』シリーズを極端にスケールダウンして下らなくしただけのもの。まあ、場つなぎ的なものと思って良かろう。一人気を吐いていた大竹まことの存在感は結構あったけど、これだって要するに『モスラ』(1961)のジェリー伊藤の焼き直しだったし…
 
本来怪獣と人間をつなぐ存在として存在するはずの小美人を全く活かせなかったのは、作品的には致命的。
ゴジラ映画音楽ヒストリア──1954 ― 2016(書籍)
超少女REIKO 1991

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大河原孝夫(脚)
観月ありさ
大沢健
島崎和歌子
長澤ユキオ
山田久子
磯崎洋介
杉原貴志
筒井道隆
佐倉しおり
佐藤B作
菅井きん
小泉今日子
佐藤浩市
★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ

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