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_(書籍) _(書籍) |
2023 | ザ・フラッシュ 監督 | ||||||||
2022 | |||||||||
2021 | |||||||||
2020 |
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2019 | IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。 監督 | ||||||||
2018 | |||||||||
2017 | IT/イット “それ”が見えたら、終わり。 監督 | ||||||||
2016 | |||||||||
2015 | |||||||||
2014 | |||||||||
2013 | MAMA 監督・原案・脚本 | ||||||||
2012 | |||||||||
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1979 | |||||||||
1978 | |||||||||
1977 | |||||||||
1976 | |||||||||
1975 | |||||||||
1974 | |||||||||
1973 | 8'26 ブエノスアイレスで誕生 |
ザ・フラッシュ The Flash |
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超常的なスピードを武器にジャスティス・リーグの一員となった“フラッシュ”バリー・アレン(ミラー)は、妻殺しの汚名を着せられた父親の無罪をなんとしても証明しようとしていたが、それが絶望的だと知らされてしまう。ついにバリーは危険を承知で超スピードの先にある過去への旅を行い、母の命を救うことを決意する。その結果母の命を救うことには成功するのだが、これによって世界は大きく変わってしまう。学生時代の自分自身と出会ったアレンは、彼を自分と同じ能力を持たせて二人で世界を元に戻そうとする。だがズレはますます大きくなっていくばかり。この時代のバットマンに会いに行ったところ、ブルース・ウェイン(キートン)が全くの別人になっていたり、この世界にはスーパーマンが存在せず、代わりにスーパーガールがいること、そしてクリプトン星からゾッドがやってくることなど。何度やっても最悪の結果しか出すことが出来ず、その度ごとに時間を遡る二人のバリーだが… アメコミの二大巨頭MARVELとDCの二つはそれぞれに映画化され続けているが、そのどちらも複数の次元を舞台にヒーローが活躍するというマルチバースシステムを用いている。二つのマルチバースには微妙な違いがあるが、コミックスとアニメーションの垣根を越えて何でもありで展開中のMARVELに対し、実写映像化されたものだけでマルチバースシステムを使っているDC。 それが可能なのは、一つにはDCには長い歴史があるからである。 最初のバットマンが登場したのが1949年。そこから遅れて1952年にはスーパーマンが登場し、大ヒットを博した。以降テレビや映画でこの二つを中心に数多くのヒーロー作品が作られ続けている。これまで作られてきた作品は多く、それぞれに個性と設定が異なっているが、そのどれもが正史として用いられている。 もう一つが、完全に全ての作品を統一しようとするMARVELに対して、同時並行に違う世界観の話を入れても気にしないというのがDCの特徴である。ちなみに現在も『ジャスティス・リーグ』(2017)の流れと『ジョーカー』(2019)の流れ、そして「スーパーマン&ロイス」および「ザ・フラッシュ」という別企画のテレビシリーズがあって、現時点では四つの別な世界観の話が同時並行で作られ続けている。更に言うなら、ノーランによる一連の「ダークナイト」シリーズも、続かせることは充分可能なポテンシャルを持ってるし、あの悪評高い『グリーン・ランタン』(2011)だってまだ企画が完全に潰れたわけではない。それらのいくつもの流れが全く統一されてないため、かなりカオスな状況だが、これまでそれをまとめようとする流れはなかった。そもそもそんな無謀なことをやろうと考える人もいなかった。 その火中の栗を拾い、全ての世界を統一しようという、大変無謀な企画が立ち上がり、そして作られたのが本作である。その結果で言うなら、「とにかくよく作った」と褒めてやりたくなる。 本作の直接の流れは『ジャスティス・リーグ』(2017)の世界であり、フラッシュのバリーはジャスティス・リーグの一員として働いている。登場するヒーローについても『ジャスティス・リーグ』と同じ役者が演じていた。ところがバリーが時を超えて歴史を変えたことで様々な可能性が混じり合った世界が誕生した。その理論は分かるような分からないような変なものだったが、少なくともこれによって、これまで作られてきたDCヒーロー達が一堂に会する豪華なものが出来上がった。 バットマン役にベン・アフレックとマイケル・キートンが出ると言うことは知っていたが、それだけでなく、色々混じり合った世界の仲ではジョージ・リーヴス(1952年のテレビシリーズでのスーパーマン)、クリストファー・リーヴ(『スーパーマン』(1978)のスーパーマン)が出てきてた。更に更にそれに加えてまさかのニコラス・ケイジまであの格好で出ていたのには吹き出した(かつてケイジ主演での映画が企画されたが、紆余曲折あって駄目になったという事実がある。かつてスチールでケイジのスーパーマン姿を見て「これないだろう」と思っていたのを懐かしく思い出す)。バットマン役にしてもアダム・ウエスト(テレビシリーズバットマンでのバットマン)や、ラストでジョージ・クルーニーが出るサービスっぷり。スーパーガール役にヘレン・スレイター(『スーパーガール』(1984)のスーパーガール)と、とにかく懐かしい顔が次々出てきて、それを観てるだけでワクワクしてきた。それだけで楽しい。 キャラだけで充分って感じだ。新キャラのスーパーガール役のサッシャ・カジェが凄く良かった。 他に、DCは何故かクライマックスに画面の色調を抑える傾向があるのだが、本作では基本的に明るいまま 問題として、過去に行く理論が今ひとつ分かりづらかったというか、訳が分からなかったこと。ドーム球場みたいな演出もCG丸出しで変な感じ。そしてゾッド将軍があまりに強すぎたこと。既に『マン・オブ・スティール』(2013)で倒されたシーンを観ていたので、まさかこんなに強いとは思いもよらず。結局一矢も報いられずに逃げ帰るしかないというオチは情けなくて、これで良かったのだろうか?という疑問も多々。何かしら救いを与えても良かった気がする(それでも逃げるしかない程度の強さのヒーローって考えるとフラッシュって適任だったとも思うが)。 色々あったが、キャラの良さだけで高得点上げたくなる作品ではある。 |
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IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。 It Chapter Two |
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デリーでのあの事件から27年が経過した。ビルたちルーザーズ・クラブの大部分はメイン州から出て、それぞれ社会的な成功を収めて暮らしていた。だが唯一デリーに残って警察無線に耳を傾けていたマイクは、再びペニーワイズが現れたことを知ってしまう。そしてクラブの面々に連絡を入れる。州を出た全員あの事件のことは忘れていたのだが、マイクの連絡で次々と記憶を取り戻していく。27年前の誓いで、再び町に帰らねばならないことを知りつつ、それでもあの恐怖体験を二度と味わいたくない面々は、ただ断りを入れるためだけにデリーに集結する。 前作『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の27年後を描いた作品。原作の単行本は二分冊で、前半が前作、後半が本作が描かれているパートとなる(私が読んだ文庫は四分冊で前半二冊と後半二冊に分かれる)。 『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』はホラー版『スタンド・バイ・ミー』(1986)と言った風情で、見所も多いし少年少女の冒険譚として見栄えがするため、画面映えとしては優れた素材だった。 それに対して本作は27年後の話で、全員中年となっていてアクションシーンもかなり控えめ。前作と比べると怖さも控えめでホラーとして考えるとやや中途半端な印象はある。 しかし、本作こそが原作の真骨頂で、原作者キングの筆の冴えは軽く前半を凌駕している。なんせキャラ全員が分別を持った年齢だし、社会的にもそれぞれ成功してる。そんな自分たちが何故又恐怖体験に向き合わなければならないのかという心の変化を丁寧に描き、更に幼少時、このデリーで味わったトラウマ体験をずっと引きずり続けている大人がそれを超えることで、人生をポジティブに生きていくという力強いメッセージにもなっているのだ。 原作のトラウマ話と、そのトラウマのために現在も長苦しめられている表現は小説ではたっぷり描かれている。その表現が映画ではどうなるかと興味持っていたけど、物語配分の問題もあって抑え気味。それでもちゃんと可能な限りその描写に力入れてる(それら一つ一つを丁寧に演出したら映画では間に合わない。テレビシリーズにでもしないと描けない)。全部は出せないまでもギリギリまで出そうと努力したのは、監督がその演出の重要性をよく知ってるからで、本当に原作のファンが作ってることが分かっただけで充分。 この時間内になんとか抑えようとして監督が真摯に原作に向き合っていることがいくつも分かってくる。 原作者スティーヴン・キング自身が登場してちゃんと演技まで演ってるのも、監督の原作愛によるものだろう。お陰でホラーにあるまじき丁寧なストーリー展開が楽しめる。すごく好みだ。 ただ、個人的には結構残念な部分もある。一人一人の描写が丁寧すぎたため、もはやホラーから離れてしまったということ。ペニーワイズの封印も精神的なものなのでカタルシスも弱い。それと前編はビルが中心で良いんだが、原作だと後編の本作はベンとベバリーの二人が中心なんで、この二人についてもう少しだけ突っ込んだ描写がほしかった。 それは望みすぎか。この演出力で半年くらいのテレビシリーズが作られたら最高なんだが。 |
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IT/イット “それ”が見えたら、終わり。 It |
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1990年のメイン州デリー。ある雨の日、風邪を引いてしまって弟のジョージーと遊ぶ約束が果たされずに家で寝ていたビル(リーバハー)。ところが一人で雨の中遊びに出かけたジョージーが失踪してしまう。風邪は治ったものの、弟が失踪した原因が自分にあると思い込んだビルは快活さを失ってしまってしまった。そんなビルを中心に、家に問題があったりしていじめられっ子になってしまった同級生が集まってくる。いつしか“負け犬クラブ”と自分たちで名付けたその仲間だが、メンバーの一人の転校生ベンが、デリーでは27年周期で子供の大量失踪が起こっていることを発見する。町のどこかにその原因があるのではないかと考えたベンは、それを探るべく“負け犬クラブ”全員で調査を開始する。 ホラー会の帝王と言われるスティーヴン・キングの諸作品は、その大部分が映画化されるというほど映画と相性が良いが、確かに映画として傑作と言われる作品も多々存在する。 では、その原作で一番評価が高いのは?と考えるならば、恐らくそのトップは「IT」となるかと思われる。 そして愛読者の一人として、私が最も好きな作品もまた「IT」である。 この作品は最も脂がのった時期の作品と言われることもあるが、前半は少年達の友情とホラーの見事な融合で、ホラー版『スタンド・バイ・ミー』(1986)とも言われるが、重厚さはそれを遙かに超える。更に後半に至ると宇宙規模の広さを持った物語になり、しかもきちんと破綻せずに決着が付いてるところが本当に見事。 映画とは関係がないが、私がこの原作と出会ったのは、就職して一週間程度の研修会に出席した時だった。五日間は同室に同僚もいたことから、大して本も読めなかったが、研修も終わり、一足先に同僚が帰ってしまって、一晩時間が空いた。そこでやっと持ってきた本を本腰を入れて読むかと、ホテルの一室で読み始めた(それでも五日で1巻の大部分は読んでいたが)。ところが読み始めるともう止まらない。明け方まで読みふけり、帰りの電車でもずーっと読んでいて、結局10時間くらいも読んでいただろうか?頭ふらふらになりながらも一気読みしてしまった。それだけ本当に面白かったということ。これほど集中して読んだ本は数少ない。 それだけ好きな作品である。前に映像化されていることを知り、すぐにレンタルで『IT イット』(1990)借りて観た。TMV作品だけに、前半後半合わせて合計4時間近く。割ときちんと映像化されていたが、凝縮しすぎと言った感じ。あの分厚い文庫本4冊分を2時間にまとめること自体が無理。 本作も『IT イット』の前半部は同じ程度の時間で作られたこともあって、たぶん同じく詰めすぎになるかと思ったのだが、案に相違し、かなり見事な作りになっていた。 これは演出の凄さのお陰。本来足りない時間を演出力でカバーしてみせた。それが本当に見事。 はっきりジャンルとしてホラー映画を確立したのはアメリカだったが、世界中でホラーが作られることによって、お国柄で様々な系統のホラーが作られるようになっていった。その中でも突出したジャンルホラーは日本のいわゆるJホラーと、メキシコで作られたスパニッシュホラーが挙げられる。 本作はそのJホラーとスパニッシュホラーの良いところを上手く融合させ、きちんとハリウッド映えするアメリカンホラーとして作り上げたところが上手い。 Jホラーは怪談の要素をホラーに取り込み、徐々に近づいてくる幽霊描写が優れており、そこに謎解きを加えることで、人間側と怪物側の双方が歩み寄ってくる描写が醍醐味。対してスパニッシュホラーの場合、刺激しなければ怪物を目覚めさせることがないため、慎重に慎重を重ねて怪物の横を通り過ぎようとしたところ、何かの拍子に怪物を目覚めさせてしまい、それ以降悪夢のような追跡劇に移行するというパターンが多い。そのどちらも取り入れ、更にアメリカンホラーのびっくり箱のようなショック描写を加えることで緊張感をしっかり高めていく。 その意味では完全に演出の勝利。 それに本作でのペニーワイズは群を抜く怖さ。『IT イット』の時は分かりやすいピエロの姿だったが、ここでのスカルスガルドの常軌を逸したピエロの造形は見事すぎるほど。特にあらぬ方向を向いてるのに、しっかりこちらを補足して見ている目玉の怖さは特筆すべき造形。あまりに見事にペニーワイズやったもんだから、既に『IT イット』のピエロ姿ではなくこれでアイコン化してしまってるくらい。最も新しいアイコン化されたモンスターと言えるだろう。 そうなると、今度は続編を心待ちにしてる。決着編を早く観たいものだ。 |
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