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| 2011 | キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー 監督 | |
| 2010 | ウルフマン 監督 | |
| 2009 | ||
| 2008 | ||
| 2007 | ||
| 2006 | ||
| 2005 | ||
| 2004 | オーシャン・オブ・ファイヤー 監督 | |
| 2003 | ||
| 2002 | ||
| 2001 | ジュラシック・パーク III 監督 | |
| 2000 | ||
| 1999 | 遠い空の向こうに 監督 | |
| アイアン・ジャイアント デザインワークス | ||
| 1998 | ||
| 1997 | ||
| 1996 | ||
| 1995 | ジュマンジ 監督 | |
| 1994 | ページマスター 監督 | |
| 1993 | ||
| 1992 | ||
| 1991 | ロケッティア 監督 | |
| 1990 | ||
| 1989 | ミクロキッズ 監督 | |
| 1988 | ||
| 1987 | ||
| 1986 | ||
| 1985 | ||
| 1984 | ||
| 1983 | ||
| 1982 | ||
| 1981 | ||
| 1980 | ||
| 1979 | ||
| 1978 | ||
| 1977 | ||
| 1976 | ||
| 1975 | ||
| 1974 | ||
| 1973 | ||
| 1972 | ||
| 1971 | ||
| 1970 | ||
| 1969 | ||
| 1968 | ||
| 1967 | ||
| 1966 | ||
| 1965 | ||
| 1964 | ||
| 1963 | ||
| 1962 | ||
| 1961 | ||
| 1960 | ||
| 1959 | ||
| 1958 | ||
| 1957 | ||
| 1956 | ||
| 1955 | ||
| 1954 | ||
| 1953 | ||
| 1952 | ||
| 1951 | ||
| 1950 | 5'13 テキサス州フォートワースで誕生 | |
| キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー Captain America: The First Avenger |
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| 2011興収第10位 2012サターンSF作品賞、主演男優賞(エヴァンス)、助演男優賞(トゥイッチ)、音楽賞、美術賞衣装デザイン賞、特殊効果賞 2012TSUTAYAレンタルベスト第18位 |
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| 1942年。ドイツではヒットラーの信任を受けたヨハン・シュミット(ウィーヴィング)がオーディンの力を持つと言うエネルギーの塊“コズミック・キューブ”を手に入れ、その配下のヒドラ隊を用いてヨーロッパを蹂躙する用意をしていた。その頃、ニューヨークでは、肉体が貧弱なために何度も兵士志願を断られていた青年スティーヴ・ロジャース(エヴァンス)は、その熱意を買われて実験的なスーパーソルジャー計画の候補に抜擢された。その結果、強靱な肉体を手に入れたスティーヴ。だが計画は主導者のアースキン博士を失い、スーパーソルジャーはスティーヴしかいなくなってしまう。彼の愛国心に目を止めた軍は… 新世紀に入ってからアメコミヒーロー作品(主にMARVEL)が数多く作られるようになってきた。ライミ監督の『スパイダーマン』(2002)の大ヒットがその皮切りとなったが、これはVFX技術によって、これまでのような安っぽい特撮(自分で書いてぐさっと来てはダメだが)ではなく、画面いっぱいに超常的な力を見せつけることが出来るようになったのが大きい。 ただしそれだけではなく、旧来のファンも、大人もこどもも楽しんでもらうための脚本も重要だろう。かなりギークな人間をブレインに据え、その上できちんと物語を形成するその作り方は見事なもの。どれほど単純に見える物語でも、原作との兼ね合いでかなり気を遣っていることも分かる。ちゃんとマニアにも配慮された作り方に、特オタ関係としては結構嬉しい時代でもある。 しかしそれで『スパイダーマン』以来ヒーロー作品を観ていく内に、その作り方も変化していっていることに気がつかされる。 具体的には、ヒーローを単なる夢物語とするのではなく、実際の歴史の中に彼らをあてはめて今と地続きの物語にしていこうとする試みが始まっているようである。例えば『アイアンマン』(2008)ではイラク戦争、『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』(2009)では第一次世界大戦からスリーマイル島事件まで、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(2011)でキューバ危機など。架空のヒーローを現実に持ってきて、あたかも現実世界と地続きにしようとしているかのような印象を受ける。 これを勝手に考えるならば、これまでのアメリカの辿ってきた様々な危機を正し、「ここにヒーローがいてくれたら」という思いを共有することによってアメリカという国を見ようとしているようにも思える。 そして、その最後に満を持して投入されたのが本作というのは、あるべき時代にあるべき作品が与えられたと言うことでもある。大体名前からしてアメリカを代表するキャラであることが分かるだろう。 ただ、製作に関して相当に慎重になっているのは分かる。なんせ「キャプテン・アメリカ」なんて言う名前でストレートなヒーロー作品作られたら、世界中から白い目で見られてしまいかねない。 だから、本作を通して観ると色々面白い事が分かる。 例えばスティーヴが入隊する動機は、あくまで平和を取り戻すための戦いであり「アメリカのため」という事を言わせず、更に「ナチをぶち殺す」とも言ってない。更に彼が戦うのはドイツ軍ではなくヒトラーという個人、あるいはヒドラという覆面で顔が分からないヨハンの私兵であり、彼が作ったチームも、様々な民族から構成されている。神経質なばかりに「アメリカ万歳」を出さないように注意を払っているのかが分かろうというものだ。 そんな事もあって、物語もきちんと戦争のことを描こうとしていることが見て取れる。 スティーヴは唯一の超人として大切にされるが、そんな彼のなすべき任務は、その肉体を見せつけて宣伝をすることだった。これも大切な任務には違いないが、自らがピエロに過ぎないと言う事を否応なく実感させられることになる。このテーマを掘り進めたのがイーストウッドの『父親たちの星条旗』(2006)だったが、ここでは“キャプテン・アメリカ”という名前自体がとても皮肉なものとして使われていることが特徴と言えよう。アメリカにおけるヒーローとは、宣伝によって作られるものである事を端的に示しているのだから。 彼は歴史上には、たんなる宣伝の人間だけとしか現れてないが、その姿が見えなくなって、誰も彼の名前を知らなくなった時に本当にヒーローとなったのだ。 この辺の設定がしっかりしていてとても面白い。 ただ、そこまではとても良かったのに、最後の一番盛り上がる場面でとてもありきたりなアクションになってしまったのが残念。ここまで工夫が出来ていたのだから、最後も何かしら工夫を入れて一風変わったアクションを入れて欲しかった。お陰で一番盛り上がるシーンで醒めてしまった。ここでもう一捻りしてくれれば最高点差し上げたのに。 ま、この作品はこれから始まる『アヴェンジャーズ』の前史として、そちらの方に期待させてもらおうか。 |
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| ウルフマン 2010 | |||||||||||||||||||||||||||
| 2010米アカデミーメイクアップ賞 2011サターンメイクアップ賞、ホラー・サスペンス作品賞、衣装賞、プロダクションデザイン賞 |
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| オーシャン・オブ・ファイヤー 2004 | |||||||||||||||||||||||||||
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| ネイティヴ・アメリカンの血を受け継ぐフランクは、彼の愛馬マスタングのヒダルゴと共に、アメリカ国内の長距離レースを勝ち残ってきた。だが、彼の故郷に届けた速達が、部族を死に追いやるものだったことを知り、何事にもやる気を失っていった。そんな彼にアラビア砂漠で行われる千年の歴史を誇る“オーシャン・オブ・ファイヤー”に出てみないか?と言う申し出が。世界最高と言われるアラビア馬の大会に出るという無謀さを押してエントリーするフランクだったが、伝統あるレースに外国人を入れることを嫌うもの、あるいは部族内の内紛が絡み、レースは混沌としていく… 実話を元に作られた話だと言うし、予告はかなり面白そうだったからと言う理由で劇場に足を運んで拝見。 見所は確かに多いし、演出も良い。ストーリーもベタながら結構楽しめる。ただ、色々見所を入れすぎてまとまりを欠く作品になってしまった。と言うのが正直な感想。 良い部分を言えば、CGで処理した演出がかなり面白いと言うこと。あの砂嵐はいかにもって感じだったけど、この作品は部屋の中の演出が意外に面白い。これはわざとだと思うんだが、わざと遠近法を狂わせてみたり、不自然なパーツを放り込んでみたりして、画面がちゃんとCGによって処理されていることが窺わせられる。カメラでは通常無理な(そして意味のない)演出が出てくると、なんか嬉しくなってくる。ややざらついた雰囲気が全般に出ているのも、“多分”わざとだろう(と思いたい)。 キャラの立ち方も良い。モーテンセンは単独でも充分に映えるキャラクターだと言うことを再認識。ボロボロに衰弱して、徐々に肌が荒れていく様子もなかなか見所だよ。 ただ、ストーリーに関しては良い部分とふざけた部分が複雑に絡み合っていて… 単純な物語として観るなら、飽きさせることはない演出が全般に渡っているし、良くも悪くもウェルメイドの職人芸的な面白さは持っているとは言えるだろう。ベタだからこそ、楽しめる作品というのもある。 ただ、問題はそのストーリーが既にどこかで観た作品を引っ張ってるだけと思えて仕方ないこと。特に中盤はモロに中東版『ラスト サムライ』(2003)だったし、その他にもモロ分かりであれば、『アラビアのロレンス』(1962)、『インディ・ジョーンズ』シリーズ、『スター・ウォーズ』(1977)と言った過去の名作から引っ張ってきたものばかりに思えるんだが…しかもそれらをギャグにすることもなく、何の衒いもなく出してしまう辺り、ちょっと引いてしまう。 『アラビアのロレンス』の影響が色濃く出てるのは良く分かる。二人の主人公の立場として、故郷には居場所がない。自分は何者であるのか、それを見つけられないままくすぶってる主人公が中東に来ることで、自分の存在意義を見いだそうとする(勿論これは『ラスト サムライ』にも通じる)。違いは、ロレンスは結局自分を見つけられなかったのだが、フランクは見つけたと言うところ。遠く離れた場所で、自分のあり方を見つける。しかも純粋なアメリカ人としての自分を。その方向性は悪くない。 ただ、ベタな分、感動も押しつけられた感じがどうしても出てくるし、単純なレースでは面白くないからと言うことでアクション活劇を入れてしまったあたり、作為的過ぎる。大体レースそのものよりもそっちの方に時間取られすぎじゃないか? 楽しませる要素は満載。ただし、それ以上のものを求めてはいけない作品。と言っていいかな? |
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| ジュラシック・パークIII 2002 | |||||||||||||||||||||||||||
| 2001ゴールデン・ラズベリー最低リメイク・続編賞 | |||||||||||||||||||||||||||
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| パラセーリング中に遭難した少年を助けるため捜索チーム編制された。その島のある場所はかつてジュラシック・パークがあった島であり、そのために急遽グラント博士(ニール)が呼び出される事に。あの恐怖を知っているグラントは不本意ながらもチームに同行することとなったのだが… 数々の映画イノベーションを起こしたスピルバーグの傑作の一つ『ジュラシック・パーク』(1993)。これによってハリウッドは本格的なCG時代へと入っていくこととなった。 そこからインフレーションを起こしたCGの波の中、それでも個性を出そうとした『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』(1997)に続いて作られた三作目。本作ではスピルバーグは製作のみへと後退し、ジョンストン監督が作り上げた。 さすが潤沢な予算があるだけに、大変見栄えのする作品ではあり、ジュラシック・パークの名を冠するには充分ではあった。 ただ、多少歯切れが悪くなるのは、少なくとも大人が観てもきちんとした考証をしていた作品が、こども向けのサバイバル作品にまで後退してしまったことだろうか。これはこれでありとは思うのだが、単にジェットコースターに乗って、安全な場所から映像を観ているだけって感じになってしまった。興奮度は高いけど、後に残るものがない。 いろんな角度から恐竜の怖さを観ているって意味では、よく頑張ったと褒められるのだが、続編の弱さが露呈したのが残念なところ。 この作品の特徴として、大人よりもこどもの方が順応性が高く、サバイバルには向いているという事を示していると言っている点だろうか?ジョンストン監督が前に監督した『ジュマンジ』のロビン・ウィリアムズがどんな風に生き残ったのか?そんなことを思わせるような部分はあった。その分、一作目の主人公役ニールを完全に食ってしまってた。 本作の売りは、かつて発見されたが失われてしまった化石スピノサウルスを復元したというところだったが、単に大きな恐竜に過ぎず、あんまり売りにはならなかった感じ。 |
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| 遠い空の向こうに 1999 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1999放送映画批評家協会ファミリー映画賞 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| NASAエンジニアであるホーマー・ヒッカムの自伝を元に制作。少年達の挫折や親子の葛藤など、映画的にもしっかりした内容を持つ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ジュマンジ 1995 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| アラン(ウィリアムズ)は家の倉庫で埃をかぶった奇妙なボードゲーム“ジュマンジ”を手に入れ、友達のサリー(ハント)とゲームを始める。しかしこのゲームは普通のゲームではなかった。進んだ目に書かれたことが実際に起こる恐ろしいゲームだったのだ。そしてとうとう“ジュマンジ”に取り込まれてしまうアラン。時は経ち、屋敷は売られその屋敷にジョディとピーターの兄弟が引越してくる。やがて屋根裏部屋で“ジュマンジ”を発見し彼たちもゲームの世界に巻き込まれることになる。26年前に始まったゲームはまだ終わってはいなかったのだ。あの体験が元で精神を病んでしまったサリーと、未だゲームに閉じこめられたままのアランを巻き込み、“ジュマンジ”のゲームが始まる。 ロビン=ウィリアムズにとって身体は大人だが、心は少年という役ははまり役で(彼の主演作の多くはそう言う役が多い)、この作品でもその魅力は遺憾なく発揮されている。何せ26年間、現実の人間とは誰とも会わず、そのまま死ぬことも出来ずに生き続けていた少年という、まさに彼のためにあるかのような役柄なのだから。 ただ、この作品には不満点も多い。先ず何と言ってもCGがしょぼい。当時の最先端技術を用いてリアルに描かれた動物たちだが、問題はその動物たちに重量が感じられなかったと言うこと。勿論CG作る上でそれが一番難しいのは分かるが、この作品でのCGはただの絵が動いているとしか見えない。 それに、この“ジュマンジ”なるゲームの謎解きがまるでされてなかったことも大きな不満。荒唐無稽な物語はたとえそれがいい加減でもそれなりの説明を必要とする(時折それを全く抜いて傑作が出来ることもあるが、その場合、ストーリーは謎そのものとは違った所に主眼が置かれる)。それがなされないままだとすると、続編が出るのか?とも思わされたのだが、そうでもないらしい。 それと、一番の不満点はやはりあのラストになるだろう。現実生活から途絶して長いアラン、しかも彼の家はすでに人手に渡っている状態でどのようなハッピー・エンドを迎えるか?と思っていたのだが、思いつく限りでは最も下らない展開となってしまった。 結局、この作品は何もかもが中途半端で終わってしまった訳だ。切り口は斬新だから期待したのだが… ところで変なことを考えた。“ジュマンジ”が時を変えられるアイテムとするなら、仮に誰かをゲームに閉じこめて、犯罪を犯し、又戻すなんてことも出来るし、その気になれば自分の寿命を延ばすことだって…色々夢が広がるな(笑) |
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| ロケッティア 1991 | |||||||||||||||||||||||||||
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| ミクロキッズ 1989 | |||||||||||||||||||||||||||
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| 原案はブライアン・ユズナとスチュアート・ゴードン。 | |||||||||||||||||||||||||||