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2016 | ジャック・リーチャー NEVER GO BACK 監督・脚本 | |
2015 | 完全なるチェックメイト 監督・製作 | |
2014 | カットバンク 製作 | |
2013 | ||
2012 | ||
2011 | ||
2010 | ラブ&ドラッグ 監督・製作・脚本 | |
2009 | ||
2008 | ディファイアンス 監督 | |
2007 | ||
2006 | ブラッド・ダイヤモンド 監督・製作 | |
2005 | ||
2004 | ||
2003 | ラスト サムライ 監督・製作・脚本 | |
2002 | ケイティ 製作 | |
テキサス・クライム・ジャンクション 製作総指揮 | ||
2001 | I am Sam アイ・アム・サム 製作 | |
2000 | トラフィック 製作 | |
1999 | ||
1998 | マーシャル・ロー 監督・製作・脚本 | |
娼婦ベロニカ 製作 | ||
恋におちたシェイクスピア 製作 | ||
1997 | ||
1996 | 戦火の勇気 監督 | |
1995 | ||
1994 | レジェンド・オブ・フォール 果てしなき想い 監督・製作 | |
1993 | ||
1992 | フォーエバー・ロード 監督 | |
1991 | ||
1990 | ||
1989 | グローリー 監督 | |
1988 | ||
1987 | ||
1986 | きのうの夜は… 監督 | |
1985 | ||
1984 | ||
1983 | ||
1982 | ||
1981 | ||
1980 | ||
1979 | ||
1978 | ||
1977 | ||
1976 | ||
1975 | ||
1974 | ||
1973 | ||
1972 | ||
1971 | ||
1970 | ||
1969 | ||
1968 | ||
1967 | ||
1966 | ||
1965 | ||
1964 | ||
1963 | ||
1962 | ||
1961 | ||
1960 | ||
1959 | ||
1958 | ||
1957 | ||
1956 | ||
1955 | ||
1954 | ||
1953 | ||
1952 | 10'8 イリノイ州シカゴで誕生 |
ジャック・リーチャー NEVER GO BACK 2016 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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過去優秀な軍の秘密捜査官だったが退役して今は当ての無い生活を送っているジャック・リーチャー(クルーズ)は、前に知り合ったターナー少佐(スマルダーズ)を基地に訪ねるのだが、その直前に彼女がスパイ容疑をかけられて逮捕されたことを知る。彼女が何らか軍に都合の悪い真実を掴んだ為と見たジャックは彼女を救うべく活動を開始する。 前に『アウトロー』(2012)でスマッシュヒットを飛ばし、「もう一度」とばかりにジャック・リーチャーものを作ってみたって感じ。 正直『アウトロー』はとても面白い作品だったと思う。物語自体は結構古いが、演出の良さとキャラの良さで成功に導いていた。 それもあって、本作はそれなりに期待していたのだが、前作の良さを全部殺してしまってしまった感じでかなり期待外れ。 前作の良さの大きな部分は、ジャックがどこか得体の知れない人物だった点。誰も知らないジャックがふらりと現れ、名推理ぶりをみせてたちどころに事件を解明。そして一人で悪人をばったばったなぎ倒して去って行く。『シェーン』(1953)などの西部劇の典型、もっと言えばイーストウッドの『ペイルライダー』(1985)がまさにそれで、ジャックが得体の知れない人物だからこそそれが映えていた。 それに対して本作は完全に機知の人物になってしまったため、とてもキャラクタが矮小化されてしまったのが敗因。更に娘?に対する態度はこれまでハリウッドで延々作られてきた、“家族をないがしろにしてきた優秀な職業軍人”のテンプレートであり、底が知れた人物描写になってしまった。 本作で最も売りであったはずの部分を。並の作品にしてしまったことで魅力が激減。 やってることもB級アクションの延長戦で、途中にどんでん返しがある訳で無し、なんとなくずるずると物語が展開するだけ。確かに演出面の水準はかなり高いので飽きることはないけど、「この作品ならではの魅力」というのに欠けてしまってる。残念ながら「凡作」というところかな? 楽しめると言えば、クルーズがこれまでのアクション主体から、どこかずれたファミリードラマっぽさにシフトしかけていることくらい。そんな役をこれまで演ってなかっただけに、クルーズの新しい側面は見られたくらいかな?年齢も年齢だけにそろそろアクション俳優も卒業で、そういう役にシフトしていってもいいのか?とも思えてきた。 |
ディファイアンス 2008 | |||||||||||||||||||||||
2008米アカデミー作曲賞 2008ゴールデン・グローブ音楽賞 |
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ブラッド・ダイヤモンド 2006 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
2006米アカデミー主演男優賞(ディカプリオ)、助演男優賞(フンスー)、音響効果賞、音響賞、編集賞 2006ワシントンDC映画批評家協会助演男優賞(フンスー) 2006ゴールデン・グローブ男優賞(ディカプリオ) 2006放送映画批評家協会作品賞、主演男優賞(ディカプリオ)、助演男優賞(フンスー) 2006ナショナル・ボード・オブ・レビュー助演男優賞(フンスー)、トップ10 2006アメリカ俳優組合主演男優賞(ディカプリオ)、助演男優賞(フンスー) 2007allcinemaONLINEユーザー投票第1位 |
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政府軍と民族戦線のRUFとの内戦が続シエラレオネ。RUFに捕らえられ、家族と引き離されてダイヤ採掘を強制されていたソロモン(フンスー)はとてつもない価値を持つピンク・ダイヤモンドを引き当てる。運良くRUFに悟られることなくそれを埋めることに成功したのだが、たまたまその話を聞き込んだ南アフリカ人の密輸業者ダニー(ディカプリオ)はソロモンに接触し、家族を探し出すことと莫大な分け前を条件にダイヤのありかを聞き出そうとする。だがソロモンの息子はすでにRUFに捕らえられて、洗脳を受けていた… 近年特に躍進甚だしいディカプリオを主演に迎え、アフリカの現状というものを直視して描いた作品。 冷戦構造の崩壊後、世界の紛争は局地へと変わっていったが、その中で最も甚だしいのは中東とアフリカ。中東は石油が産出することもあってニュースになりやすいのでよく聞くし、近年には湾岸戦争やイラク戦争などもあって多く映画にもなってる。ただ一方、実は更に悲惨な状況にあるアフリカはあまりニュースにされにくい傾向があった。アメリカが関わったことで『ブラックホーク・ダウン』(2001)がある位。ただ昨年『ホテル・ルワンダ』(2004)が受け入れられたお陰か、少しずつそちらの方にも目が行くようになったのかも知れない。 そう言う意味ではなかなかお目にかからないアフリカ関係のニュースだが、実はたまたま昨年仕事で調べ物があって南アフリカのことが書かれている本を何冊も読んだお陰で、色々と知らなかったことが見えてきた。 特に南アフリカと近隣国の現在の問題とは、エイズの罹患率が異様に高いこと。チョコレートの単作農業によってどんどん国内が疲弊していること。いわゆる民族紛争は続いており、その中で少年兵の割合がどんどん増えていること。これが最大の問題と言うことが分かる。 その中で最も犠牲になっているのは他でもない子ども達。女の子は8歳にもなればエイズに罹患するし、チョコレートプランターでは幼少から働かされる(こんな言葉がある。「チョコレートの一粒はカカオと砂糖とミルク。そしてアフリカの子供の涙で出来ている」)。そして消耗品として薬漬けにされて兵士に仕立てられる。しかもこれらを強いているのは、結局もとを正すと、先進国のエゴによるものだというもの。 私が調べたのは南アフリカとその近隣諸国だったが、本作を観る限り、それはアフリカ西海岸にあるシエラレオネも同様らしい。いやそれ以上にダイヤを算出する分、こちらの方がシャレにならない状況に陥っているらしい。チョコレートが子供の涙で出来ているというのならば、ダイヤモンドが輝くのは、人の血を吸い続けているから。とも言えるのかも知れない。 特に本作の冒頭部分。笑いながら銃を乱射する子供の姿を観た途端、居住まいを正させられた。本で読むのと実際に目にするのとでは、大きく異なる。その描写だけで凄い衝撃を受けた感じ。映画というフィクションの世界では子供に暴力を振るわせるのを徹底的に排除させる傾向があるが、それを避けることなく直視する。その姿勢が全編を覆っているため、制作側の、本作を単なるアクション映画にとどまらせない、真剣な思いが伝わってくる。これをストレートに描いてくれただけでも充分すぎるほど。ラストのダイヤモンドを買おうと思ってる人に。というメッセージもケレン味なく見事にはまる。ここまでストレートなメッセージを出して大丈夫なの?とか逆に思ってしまうが、敢えてあのメッセージを入れたことで、ぐっと話も締まった。 それに主役三人が見事にはまっているのも良い。かつて『タイタニック』(1997)でブレイクしたディカプリオは、これまでどうしてもそのイメージが抜けずに、演技を評価することはなかったが、本作で充分に演技派として通用することが分かった。アフリカ出身で過去に傷持つ傭兵の用心深さと破天荒な行動を見事に体現していた。そしてもう一人の主役フンスーも“強い父親”というものをしっかり演じきる。彼の息子を最後まで信じ切る強さがあったからこそ、周囲の人々も変えられていくのだ。このコンビは特に見事。コネリーも良いね。心の強い女性を演じさせたら、やっぱり見事にはまる。この人は昔から一貫してこういう役が似合う。珍しい人だ。 敢えて難点を言えば、物語が都合良く進みすぎるのと、偶然の連続があまりにも出来すぎるところだが、これは時間的な問題で仕方ないのかな?その点ちょっと点数のマイナス要素。 |
ラスト サムライ 2003 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2003米アカデミー助演男優賞(渡辺謙)、美術賞、衣装デザイン賞、音響賞 2003ゴールデン・グローブ男優賞(クルーズ)、助演男優賞(渡辺謙)、音楽賞 2003放送映画批評家協会作品賞、助演男優賞(渡辺謙)、音楽賞 2003ナショナル・ボード・オブ・レビュー監督賞、トップ10 2003AFIベスト 2003アメリカ製作者組合賞 2003アメリカ撮影監督協会賞 2003アメリカ映画俳優組合助演男優賞賞(渡辺謙) 2003ゴールデン・サテライト脚色賞、撮影賞 2004日本アカデミー外国作品賞 2004MTVムービー・アワード男優賞(クルーズ) 2004キネマ旬報外国映画第5位 2004毎日映画コンクール優秀宣伝賞 2004サターンアクション/アドベンチャー/スリラー作品賞、主演男優賞(クルーズ)、助演男優賞(渡辺謙)、子役賞(池松壮亮)、監督賞 2004外国映画興行収入1位 |
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南北戦争の英雄であるオールグレン(クルーズ)は、カスターによるネイティヴ・アメリカンの討伐戦に失望し、酒浸りの日々を送っていた。そんな彼が、近代化を目指す日本政府に軍隊の教官として招かれた。しかし彼に任せられた軍隊は農民の寄せ集めで、現時点では使い物にならない。それでも政府の要望で叛乱を起こした侍との戦いに赴かせられるが、案の定大敗を喫し、オールグレン自身は勝元(渡辺謙)の捕虜となってしまった。実は勝元は天皇に忠義を捧げていたのだが、武士の根絶を目論む官軍に反旗を翻していた事を聞かされ、更に村での侍の生活を目の当たりにしたオールグレンは侍の生き方に心惹かれるようになる。一冬を勝元の村で過ごしたオールグレンだったが… 実は本作はかなり期待していた。 最初から「外人が武士道なんぞ分かるはずはねえだろ」という思考停止には陥らぬように気は付けたつもり(だって私だって分からないもん)。むしろアメリカ人が考える武士道とは一体なんぞや。日本の中にいる私には分からない日本の面をここで出してくれることが出来るのか。と言う部分に魅力を感じていた。 かなり期待しながら本作の公開を待っていたわけだが、先ず予告編で驚かされた。なんじゃい!ストーリーがモロ分かりだろ?えらい大胆な予告だな。それだけ内容に自信を持ってるのか? それで本作を鑑賞。 確かに期待を大きく上回ることはなかったし、目新しい部分は感じられなかったとは言え、物語自体はそつない作りだったし、キャラクターにも魅力はかなりある。最初から最後まで飽きさせなかったし、面白い作品であったことを否定はしない。トムの殺陣シーンは、未だアクションスター健在ぶりをみせてくれたし、最後のガトリング銃でなぎ倒される侍たちの姿はかなりグッと来るものがあった(特攻好きだから)。というか、まさに『ワイルドバンチ』(1969)そのものって気がするんだけどね。 なによりこれまでのように日本人をエイリアン(この場合異星人)のように捉えるのではなく、全く逆に日本という文化に入り込んだエイリアン(この場合来訪者)として描かれると言った視点は大変気に入った。 ただ、映画単体としては充分評価できる出来なんだが、設定マニアの気がある私には、細かいところがどうしても気になってしまった。気にしなければ問題ないんだが、あまりにも多くの小骨がのどに引っかかり続けた感じ。 思いつくままにつれづれに挙げてみよう。 ・町並みとか吉野の郷とか寺とか、全部綺麗すぎ。年季とか、薫りとか(あるいは臭いとか)が全然感じられない。埃っぽくもなく、ゴミとかも全然落ちてなさそうな町や、「千年前に建てられた」はずの寺が全然黒ずんでないとか。全部表面的なんだよな。 ・日本最初の軍隊は農民によって作られていた…これはもうちょっと後の時代になってから。この当時は食いはぐれた氏族とか、薩摩や長州と言った侍達によって構成されていた。20年ほど時代がずれてるよ。 ・かたくなに鉄砲を用いず、刀に頼る勝元。鉄砲伝来は300年も前。集団戦において使わない武将はいないはず。それにしてもあの熟練した弓矢使いは見事だな。まるで『ロード・オブ・ザ・リング』のレゴラスみたい(笑) ・日本で撮影した訳じゃないから仕方ないんだけど、森の植生が明らかに日本のものじゃない。あんな裸子植物ばっかりの森なんて、日本では殆どなし(スモークでごまかそうとしてるけど、ごまかしきれるもんじゃない)。それに吉野の郷の描写ではあんな草地ばっかりの平地なんて日本ではあり得ない。あれだけ広大な土地があれば、全部田んぼになってるよ(ここではつっこみあり。奈良あたりでは結構広大な平地もあるそうな。この辺はもう少し調べる必要がありそう)。ちなみにロケ地はニュージーランドのタラナキ地方。『ロード・オブ・ザ・リング』と同じだったりして。郷の中でも山とかが全部草地だし。あれが全部畑とかだったら納得いくんだが。それと吉野で軒下に大根や柿がぶら下げてあるのはリアリティあるんだが、大根を一本だけぶら下げてみたり、その隣に柿をぶら下げるのはおかしい。大体干し柿作るなら、なんで柿の皮剥いてないの?(我ながら思うけど、細けすぎ) ・吉野の郷の描写も、落ち武者の郷じゃないんだから、城下町かそれに準ずるものがなきゃおかしい。士農工商の制度が確立していた時代に農村と城(この場合寺になってるが)が一緒になってるなんてどう考えたって変だぞ。それに江戸末期以降、農村は酷い暮らしになってるはずなのに、非常に牧歌的な村の描写がされてるしなあ(一応言葉ではちょっとだけ語られてるけど)。侍は自分の土地を持っていたわけだが、その土地に住むことは基本的には許されてなかった(例えば北陸なんかではその限りではなかったそうだが)。つまり、侍の住むところは侍とその家族しかいなかったはずだから。 ・冬場で雪が降ってないし、畑を耕してる人間までいる。き、季節感が… ・忍者の描写がニンジャになってる…これは別段良いか(笑) ・吉野の郷のモデルは多分薩摩だと思うけど、あそこの剣術である示現流って、実は立ち会いがないんだよね。示現流の特徴は型と木に向かって打ち込むことがほとんど。まるで木刀をバトンのようにくるくる回すのもちょっとなあ。 ・クルーズと小雪のキス・シーンは、日本では唇同士を合わせる習慣が出来たのは随分後になってから。閨の睦み事だったらともかく、女の方から唇をねだる描写は文化として存在してない。 ・最後の集団戦法が平地での力と力のぶつかり合い。なるほど。これがやりたかったから平地が必要だったのか。と言うのは分かる。だけどアメリカならいざ知らず日本でこんな正面衝突するのは、兵力に劣る側としては自殺願望としか思えない。戦闘力にどれほど自信があろうと、まずは相手を無力化することから考えなきゃなあ。要するに大将が無能だって事を強調してるだけだろ? ・後、これは非常に気になったことなのだが、桜がなあ。…日本で普通に見られるソメイヨシノは江戸末期に吉野で交配されて作られた種。この特徴はそれまでの桜と違い、葉に先立ち花が咲くことと、あっと言う間に散ってしまうこと。桜が武士道精神の象徴となったのは、実は結構後の時代になってから。それもあって舞台を吉野にしたんだろう。一応あれはソメイヨシノのように見えるんだが、吉野で桜の咲いたのを確認してから江戸に行き、命からがら吉野に戻って、戦の用意をして迎え撃つ、その時まで桜がずーっと咲き続いている。こんな長続きする桜なんて桜じゃない(ここにもつっこみがあり。ソメイヨシノは吉野が原産ではなく、江戸の染井村から吉野桜として品種改良されて出荷されたものだとのこと。情報感謝)。 ・相変わらずの超訳は健在…字幕を読むのが悲しくなる(これは関係ないか?)。 …以上。あまりといえばあまりに細かすぎる突っ込み(自分でも嫌な奴だと思うよ)。 要するにこの作品は仮想の国ニッポンを舞台にした作品であり、日本と思って観なければ良いだけの話なんだ。 …なんだか書いてる時はとても楽しいんだが、書き終わって急に虚しくなってきたな(笑) 一応、それなりに評価はしてるからね。 やっぱり暗黒面前面に出して書いてると、問題あるなあ。生半可な知識で書くことの危険性…でも性懲りもなく又やるだろうけど(笑) 尚、本作で重要な役割で登場した真田広之は海外ではかなり人気が出たらしく、「日本には本物のサムライがいた!」と盛んに宣伝されたらしい…あれ?『宇宙からのメッセージ』の主役で既にアメリカでは紹介されてるはずだけど?あれは無かった事にしたいんだろうか? 本作の構造は実は『風とライオン』そのもの。 |
マーシャル・ロー 1998 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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NYでアラブゲリラによる連続自爆テロ事件が始まった。事件を追うFBI捜査官(ワシントン)の前に独自の活動をするCIAのベニングが絡む。跡を絶たないテロについに大統領命令が下り、戒厳令(マーシャル・ロー)が発動した。陸軍司令官デヴロー(ウィルス)はブルックリンに戦車を含む大兵力を展開した上でアラブ人を強制的にスタジアムに収容し始めた。FBI・CIA・軍の3者の思惑が複雑に交錯する中、テロリストの最後の狙いは… 話の内容は重いがしっかりエンターテインメントに仕上げた好作で出来は良し。 ただ、実際にアメリカで起こってしまった連続爆破テロ(2001'9'11)を見た後では、本作は随分怖い内容に仕上がってしまったと思う。FBI、CIA、陸軍がそれぞれの思惑で動いた結果、話はますます混乱し、一体正義とは何か、そう言う根本的なところまで考えさせられてしまう(劇中「アフガニスタンは過去だ」という台詞があるのはご愛敬)。 デンゼル・ワシントンはさすがに上手いし、ブルース・ウィリスも、こういう一本気のある役が似合う(この人の場合、主役より脇役の方が似合うと思うのだが…)。アネット=ベニングは…よくこんな汚い顔にされるのを許したもんだ(笑) ところで、押井守ファンの間ではこれを観た時、『機動警察パトレイバー2 THE MOVIE』(1993)との関連が取りざたされていたが、確かに平和という名前の下、社会の奥にある危うさを無視して生きている。と言う事については一貫している。これがもしアメリカを混乱させるためだけのテロだったのなら、本当に『機動警察パトレイバー2』になってしまっていたな(笑) 後味が無茶苦茶苦い映画でもある。 冒頭でクリントン大統領の演説アーカイブが流れるが、本来はサウジアラビアでの米軍基地爆破を受けて「我々は国民を守り抜く」と言った時のもの。 |
戦火の勇気 1996 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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湾岸戦争のさなか、判断ミスで自軍の戦車を攻撃して親友を失ってしまったサーリング中佐(ワシントン)は、帰国後罪は問われなかったものの、閑職に回されてしまった。名誉勲章授与に関わる調査を依頼され、戦死した救助ヘリの女性パイロットのカレン・ウォールデン大尉(ライアン)の調査を開始する。史上初の女性の名誉勲章ということで、大きな宣伝効果を期待していたが、調査を進めるうちに、彼女の死には多くの謎が浮かび上がってくるのだった… 湾岸戦争開始してから僅か数年で作られた、当の湾岸戦争を主題とした作品。 これは持論だが、戦争を描く場合、本当にそれがこなれるのには時間がかかる。完全に戦争に納得がいかない限り、とても中途半端な作品にしかならないのだ。第二次世界大戦の場合、アメリカが完全勝利したし、悪人がはっきりしているため短い時間で消化出来たのだが、ヴェトナム戦争以降は全然それが出来ていない。特に湾岸戦争になると、未だ消化しきっているように見えないのに、その難しい素材をこの時代に作ったと言うこと自体が無理があった。 実際出来た作品は極めて感傷的なものとなり、戦争そのものよりも、戦争による悲しみとか悲惨さとかばかりが強調された作品になってしまった。しかもその悲惨さはアメリカ人だけのものとしてしまったのも観ていて引く。 それにコメディエンヌとしては最高のキャラであるライアンをここに起用した理由も今ひとつ。新境地を目指したのだろうが、肩に力が入りすぎて痛々しく見えて仕方ない。色々な意味で無理があった作品としか言いようがない。 話を『羅生門』(1950)風にしたのは、挑戦としては良いにせよ、それもこなれてないとあっては…はっきり言って「悲惨」である。 戦争の描写に関しては良かったし、ショートストーリー毎のメリハリも効いていたので評価できるところも多いのが残念。 ところで、本作に救護ヘリを攻撃されたことが問題になってるのだが、国際法上、救護ヘリは小銃以外を持ち込んではならないそうだ。バズーカまで搭載していた以上、あれは救護ヘリと見なされなくても文句は言えない。 |
レジェンド・オブ・フォール 果てしなき思い 1994 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
1994米アカデミー撮影賞、美術監督賞、美術装置賞、録音賞 1994ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(ピット)、監督賞、音楽賞 |
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元騎兵隊の英雄だったが、かつてネイティヴ・アメリカンの保護を求めたため政府を恨み、今は僻地で3人の息子達と僻地に暮らすウィリアム(ホプキンス)。彼はネイティヴ・アメリカンと生活を共にし、静かな生活を送っていた。だが、息子達は第一次世界大戦に志願して従軍し、ヨーロッパへと向かっていった。その中で三男のサミュエル(トーマス)は婚約者を残し戦死する。残された二人の兄は帰国し、次男のトリスタン(ピット)は弟の婚約者スザンナ(オーモンド)と結ばれるのだが… アメリカの田舎を舞台に一家の壮大な運命を描いた作品。 物語の冒頭で大体の物語が掴めた気がしたが、意外にもストーリーは二転三転。あれあれ?と思う間もなく、非常に重厚な物語に引き込まれていった。次男のトリスタン役のブラッド=ピットが一応の中心ではあるが、この物語はまさに家族の物語だ。運命の変転を経て、最後に父親のウィリアムが総括する。 物語の質はかなり高く、飽きさせずに全編を観ることが出来た。それぞれのキャラの持つ心理描写もなかなか良し。ピットもなかなかはまっていたが(彼の師匠とも言えるレッドフォードの『大いなる勇者』にも通じる役柄だ)、やはりこの作品の中心はホプキンス。おいしいところは全部持っていってしまった感じがする。ピットの役どころは都合が悪くなれば逃げて、好きな時に帰って来るという放蕩息子そのものなのだが、そんな無軌道ぶりも、ホプキンスのお陰でうまく締まってる。テーマは似てるけど『ハッド』(1962)とは全く違った家族愛に持っていってるので、その部分も良かったかな。 実は本作のテーマは宗教性に溢れている。聖書におけるカインとアベルの確執を物語を貫くテーマに、ケルト神話の「トリスタンとイゾルテ」の物語を絡め、ネイティヴ・アメリカンが語り部となるという… …心意気は買うけど、無節操に詰めすぎだぞ。 深いことを考えず、素直に楽しむべきだな。この作品は。 |
グローリー 1989 | |||||||||||||||||||||||||||
1989米アカデミー助演男優賞(ワシントン)、撮影賞、録音賞、視覚効果賞、編集賞 1989ゴールデン・グローブ助演男優賞(ワシントン)、作品賞、監督賞(ズウィック)、脚本賞、音楽賞 1990英アカデミー撮影賞 |
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きのうの夜は… | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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北軍に初めて組織されたアフリカ系だけの54連隊と白人指揮官ロバート=グールド=ショーにスポットを当てる。これは歴史に埋もれ、それまで語られることがなかった事実である。 ショーを演じたブロデリックは実はショーの遠い親戚に当たる。 ワシントンは二人目のアフリカ系助演男優賞受賞。 |
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