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アルフォンソ・キュアロン
Alfonso Cuaron

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鑑賞本数 合計点 平均点
allcinema Walker ぴあ IMDb CinemaScape
wiki キネ旬 eiga.com wiki(E) みんシネ
書籍
2019
2018 ROMA ローマ 監督・製作・脚本・撮影・編集
2017
2016
2015
2014
BELIEVE/ビリーブ
<A> <楽> 監督・製作総指揮・脚本
2013 ゼロ・グラビティ 監督・製作・脚本・編集
2012
2011
2010
2009
2008 ルドandクルシ 製作
2007
2006 パリ、ジュテーム 監督・脚本
トゥモロー・ワールド 監督・脚本・編集
パンズ・ラビリンス 製作
2005
2004 ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 監督
ダック・シーズン 製作総指揮
タブロイド 製作
リチャード・ニクソン暗殺を企てた男 製作
2003
2002
2001 天国の口、終りの楽園。 監督・製作・脚本
2000
1999
1998 大いなる遺産 監督
too Smooth(トゥー・スムース) 嘘つきは恋の始まり 出演
1997
1996
1995 リトル・プリンセス 監督
1994
1993 堕ちた天使たち 監督
1992
1991 最も危険な愛し方 監督・製作・脚本
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
1979
1978
1977
1976
1975
1974
1973
1972
1971
1970
1969
1968
1967
1966
1965
1964
1963
1962
1961 11'28 メキシコシティで誕生

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ROMA ローマ 2018
2018米アカデミー監督賞、外国語映画賞、撮影賞、作品賞、主演女優賞(アパリシオ)、助演女優賞(デ・タビラ)、美術賞、音響賞
2018英アカデミー作品賞、監督賞、外国語作品賞、撮影賞、
脚本賞、プロダクションデザイン賞、編集賞
2018ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(キュアロン)
2018全米批評家協会監督賞、撮影賞、外国語映画賞
2018NY批評家協会作品賞、監督賞、撮影賞
2018LA批評家協会作品賞、撮影賞
2018ゴールデン・グローブ外国語作品賞、監督賞、
脚本賞
2018インディペンデント・スピリット外国映画賞
2018放送映画批評家協会作品賞、監督賞、撮影賞、外国語映画賞、
主演女優賞(アパリシオ)、脚本賞、編集賞、美術賞
<A> <楽>
ガブリエラ・ロドリゲス
アルフォンソ・キュアロン
ニコラス・セリス
ジェフ・スコール
デヴィッド・リンド
ジョナサン・キング(製)
アルフォンソ・キュアロン(脚)
ヤリッツァ・アパリシオ
マリーナ・デ・タビラ
マルコ・グラフ
ダニエラ・デメサ
カルロス・ペラルタ
ディエゴ・コルティナ・アウトレイ
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 1970年メキシコシティのコロニア・ローマ地域。田舎から上京したクレオ(アパリシオ)はそこの邸宅で住み込みの家政婦として働いていた。留守がちの医師の夫アントニオの代わりに四人の子供の面倒を看つつ家庭を切り盛りしている妻のソフィア(デメサ)を助けて働いていたが、そんな時、ボーイフレンドのフェルミンとの間に子供が出来たことが分かる…

 キュアロン監督は常に意外性のある作品を世に出し、その度ごとに驚きをもって受け入れられてきた。これと言った得意な作風もないのだが、どんな作品であってもどれも質が高い。

 そして最新作もまた、とんでもないものを作ってくれた。
 プラットフォームとして選んだのは劇場映画ではなく、Netflixというテレビ映画。これは実際に作られた映画の配信でも知られるが、オリジナルの映画サイズのドラマも数多く作っており、低予算ながら質の高い作品もかなり多く作られている。ただ、基本的にテレビで観られることが前提のため、これまでの作品は映画として認識されてなかった。
 その流れを変えたのが本作となった。アカデミー賞をはじめとする数々の映画賞を総なめにして、Web映画の新世紀を作った(かもしれない)。
 それは本作の質が本当に高かったからに他ならない。

 これまでの作風とは全く異なり、本作はかなりの低予算作品。モノクロで、1970年のメキシコを舞台に、監督の幼少時代の出来事を描いた作品と言われている。主人公を家政婦のクレオに取り、女性たちの苦労の多い生活を描く作品となる。
 元はテレビサイズの作品だが、劇場でかかった映画サイズとなると、演出がとてもエッジ利いてて凄く迫ってくる。更に静かな作品なので、音響が良いと、ぐっと迫ってくるものもある。

 作品としては、昔のNHKの朝ドラっぽい雰囲気で、運命に翻弄される一人の女性が逞しく生きるという、まさにメキシコ版の
「おしん」っぽさがある。
 文明社会にあっては、表舞台で活躍するのは男性で、女性はどうしても弱い立場にある。それだけでなく、力の強い男は暴力で女性を従わせる事もあるため、女性は泣き寝入りせずにはいられないということも多い。
 そんな社会構造を変えるためにこそ戦後の社会運動があって、今はだいぶ社会状況も変化している。ただ、本作の舞台となった50年前ほどは運動も途上で肝心なところで男女の格差が垣間見える。
 メキシコにあっても状況は似たようなもの。女性の地位向上は少しは進んで男女交際ではほぼ対等な立場にあるような感じだが、子供が出来てしまって逃げる男に責任を取らせることはできないし、夫が浮気をしても妻はそれを受け入れるしかない。法律的にそれを咎めることが出来たとしても、なにもかも男に有利になってしまい、責任を取らずに逃げてしまうこともある。結果として理不尽な行為を受け入れるしかないのが女性の立場である。
 しかし女性は
泣いてばかりではない。そんな逆境も受け入れながら、逞しく生きていく。悲しみを受け入れながら乗り越えていく、そんな女性賛歌である。
 ほんとこれじっくり観れば観るほど涙を誘う出来だし、改めて女性に対して自分がどんな行為をしてきたかを問われ続けてる感じがして居心地も悪かった。とにかく身に迫ってくる。

 そんな風に思える作りは脚本の良さもあるが、何せ突出した演出の素晴らしさあってのこと。
 本作の視点は本来的にクレオのものだが、それだけでなく、雇い主のソフィアの視点もあるし、キュアロン監督自身が経験したこともあって、子供の視点もある。様々な視点で女性というものを見つめているため、多角的に女性の立場というものを見せつけられるため、演出的にもかなり凝ったものだし、それに結構救いのない話を描いているにもかかわらず、決して暗くはならないよう、上手く配慮された演出ですっきりしてる。
 絶望的な話を絶望的に暗く描くのは簡単だが、希望を感じさせるように作るのは大変。それがきちんと出来ているのがキュアロンの凄いところだ。

 なんだかフェリーニっぽさもあるが、色の工夫でカラーに対応しようとしていたフェリーニに対して、逆に色彩を抑えることでそれっぽくしているのが面白い。

 後はもちろん、本作はメキシコの歴史にちゃんとフィックスしているというところも評価高い。特に1970年付近だと、日本でも学生運動が盛んだったが、これは世界中で起こっていた。その渦中にあって体験しているというのが大きい。確かに監督自身は幼かったかもしれないが、実際のメキシコで起こった学生運動とメキシコシティの不穏さをきちんと画面に込められたのは、その空気感というものを肌で感じていたからかもしれない。いずれにせよ監督の強い思い入れがリアリティとなってる。
ゼロ・グラビティ 2013
2013米アカデミー監督賞、撮影賞、作曲賞、視覚効果賞、音響賞、編集賞、作品賞、主演女優賞(ブロック)、美術賞
2013英アカデミー監督賞、作曲賞、撮影賞、音響賞、特殊視覚効果賞、英国作品賞、
作品賞、主演女優賞(ブロック)、オリジナル脚本賞、プロダクションデザイン賞、編集賞
2013
日本アカデミー外国映画賞
2013LA批評家協会作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞
2013シカゴ映画批評家協会撮影賞、美術賞、
作品賞、監督賞、主演女優賞(ブロック)、編集賞、作曲賞
2013ゴールデン・グローブ監督賞、
作品賞、女優賞(ブロック)、音楽賞
2013ブルーリボン外国映画賞
2013放送映画批評家協会監督賞、撮影賞、編集賞、視覚効果賞、音楽賞、アクション映画女優賞(ブロック)、
作品賞、主演女優賞(ブロック)、脚色賞、美術賞、SF/ホラー映画賞
2013
セザール外国映画賞

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アルフォンソ・キュアロン
デヴィッド・ハイマン
クリス・デファリア
ニッキー・ペニー
スティーヴン・ジョーンズ(製)
アルフォンソ・キュアロン
ホナス・キュアロン(脚)
サンドラ・ブロック
ジョージ・クルーニー
エド・ハリス
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 地球を周回しているスペースシャトルで作業中だったエンジニアのライアン・ストーン(ブロック)は、ベテラン宇宙飛行士コワルスキー(クルーニー)のサポートを受けながら船外での修理作業に当たっていた。その時、ロシアが自国の衛星を爆破したことが原因で大量の破片が軌道上に散乱し、作業中のスペースシャトルは破壊され、その衝撃で宇宙へと放り出された2人…
 かつて『トゥモロー・ワールド』で、SF映画ファンの心をがっちり掴んだキュアロン監督が、再び世に送り出したSF作品。今度の舞台は宇宙で、本当にモロにSF映画って感じ。
 そして再び監督は見事な手法で素晴らしい映画を作ってくれた。素直に拍手を贈りたい。

 まず本作を特徴付けるユニークな点を考えてみよう。

 
一つ目として、無重力描写の良さが挙げられるだろう。本作はそのほとんどのシーンが無重力状態であり、重力を感じさせない描写が重要なのだが、それは単にふわふわ浮いてるだけでは駄目。重力がない分、慣性の法則に則った描写が必要になる。具体的には、何らかのエネルギーを受けて移動するなら、その方向に移動し続けることになる。移動を止めるためには他のエネルギーを使ってそのエネルギーを相殺する必要がある。宇宙での移動で、描写のみでそれをやってみせてくれた。
 そしてこれはキュアロン監督が得意とする長回しと相性がとても良い。黙って移動するだけのシーンでも、これだけ長いフレームで流されると、見応えがあるし、緊張感も持続する。
 撮影のこと考えたら、クレーン移動させるカメラの位置とか角度とか、ブルーバックで吊り下げての撮影だろうから、役者の動きのリハーサルとか、物凄い手間がかかる。このシーン撮るだけでどれだけ時間かけたんだろう?とも思ってしまう。
 でも、その手間があるからこそ、これだけの描写力見せつけることが出来たのだ。

 
二つ目。人数を極端に絞ったこと。一応最初のシーンでは数人登場するものの、あっという間にふたりに。そしてわずかな時間で今度はたった独りになってしまう。特殊なシチュエーションとは言え、これで一本映画作ってしまったのが凄い。自然物語は複雑に出来なくなるが、ひたすら生き残るという単純明快さに集中出来るようになった。次々にやってくる危機を前に、その都度その都度で考えていくというまさしくサバイバル。だから物語が単純でも全く緊張感は途切れることがない。

 
三つ目。説明を最小限に留めたこと。ほとんどの人に宇宙は未体験シーンとなる。前述した慣性の法則や重力など、言葉で説明すれば楽に伝えられることなんだが、敢えてその方法を使わず、描写のみで説得力を持たせてくれた。

 
四つ目。多分『アバター』(2009)以来ようやくまともな3D映画が出来たということ。単に奥行きを見せるだけじゃない。主人公の目線で、一緒に危機を体験していくことになる。ここも前述した長回しが上手く生かされる。

 これらによって観客はいきなり未体験ゾーンに放り込まれ、さらに次々とやってくる危機を体験することになる。ジェットコースターに乗せられてる気分になるのだが、それこそが本作の最もユニークな部分。本作はバーチャルな体験映画に仕上がっているということに他ならない。体が動く訳ではないけど、視覚だけでも十分自身の体験として受け止めることができる。

 そしてその体験あってこそのあのラストシーンにつながっていく。彼女が地上に降り立った際、これまでと違い、ぐっと筋肉をたわめて起き上がるのだか、その時の体がとても重そうになる。そのシーンを観た瞬間、観てる側も体が重く感じてしまう。これまで一緒に無重力の世界を体験してきたからこそ、そんな錯覚を覚えるのだ。このラストシーンの重力を感じる瞬間こそが監督の狙いだったとおもわれる。体験型アトラクションを志向した作品なのだ。
 基本映画を突き放して観る傾向のある私だが、こんな素晴らしい体験させてくれる作品作ってくれたことを素直に喜びたい。

 最後に一つ、ちょっとモヤモヤするところ。本作の邦題は
『ゼロ・グラビティ』だが、原題は『Gravity』となっている。最後のシーンみた後だと、こっちの方が本作にはふさわしい題という気がする。だけど、単に『グラビティ』とか『重力』では、邦題にはならんだろうな。この題で良かったのか?
トゥモロー・ワールド 2006
2006米アカデミー脚本賞、撮影賞、編集賞
2006英アカデミー撮影賞、プロダクションデザイン賞、特殊視覚効果賞
2006ヴェネツィア国際映画祭技術功労賞
2006全米批評家協会撮影賞
2006LA批評家協会撮影賞
2006サターンSF映画賞、
主演男優賞(オーウェン)、監督賞
2007キングベスト第5位
2007allcinemaONLINEユーザー投票第18位

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マーク・エイブラハム
エリック・ニューマン
ヒラリー・ショー
トニー・スミス
イアイン・スミス
アーミアン・バーンスタイン
トーマス・A・ブリス(製)
アルフォンソ・キュアロン
ティモシー・J・セクストン(脚)
クライヴ・オーウェン
ジュリアン・ムーア
マイケル・ケイン
キウェテル・イジョフォー
チャーリー・ハナム
クレア=ホープ・アシティ
パム・フェリス
ダニー・ヒューストン
ピーター・ミュラン
ワーナ・ペリーア
ポール・シャーマ
ジャセック・コーマン
エド・ウェストウィック
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
トゥモロー・ワールド(書籍) P・D・ジェイムズ
 西暦2027年。原因不明の不妊症候群により18年もの間新生児の誕生が無くなっていた。更に世界各地で混乱が起こり、比較的安定していたイギリスにも不法入国者が押し寄せていた。そんなある日、エネルギー省の官僚セオ(オーウェン)は、元妻ジュリアン(ムーア)率いる反政府組織“FISH”に拉致される。ジュリアンの目的は、キー(アシティ)という移民の少女を“ヒューマン・プロジェクト”という組織に引き渡すために協力してくれと強要するのだった。最初は拒否したものの、結局はジュリアンに協力するセオだったが…
 CGを手に入れた映画は、次々にSF映画を作っていった。それは良いのだが、CGとは中心となるべきものではなく、あくまで物語をサポートする描写に過ぎないと言うことを忘れている作品が数多くあり、金ばかり遣った結果、CGの派手さ以外全く残らない駄作ばかりが量産され続けている。
 正直、タイトルとか設定を見ただけでは、本作もその一本だろうと高をくくっていたものだが、ネットでの評価が妙に高かったので、つい観に行ってしまった。
 いや、
はっきり言って認識改めた
 はっきり言ってストーリーには爽快感がほとんど無い。イギリスを舞台としているだけに、陰鬱な森とか霧とか全編を覆っており、物語だって、ヒッチコックの『三十九夜』(1935)ばりに主人公は逃げ回るばかり。しかも、主人公自身はほとんど蚊帳の外に置かれ、何も分からないまま、少女を守りながら逃げるだけ。しかも協力してくれた人は一人一人と殺されてしまう…実際
ラストを除けば陰鬱な作品でしかない
 それが何故こんなに面白いのか。
 これは実際の話、
たった一つの終点を目指して疾走していく。と言うプロットがしっかりしているからなんだろう。余計な物語を挟むことなく、必要な物語のみを限定して、そして最後の希望へと持って行く。そう。どれほど陰鬱な物語だったとしても、痛みがずっと続こうとも、それを乗り越えたところに希望がある。と言う思いを抱かせてくれるのだ。
 そして事実、ラスト部分では
本当に奇跡が起こる
 ただ一度、赤ん坊が泣く。この事実が奇跡を呼ぶ。そしてそれまで絶望的と思われていた逃避行が、希望へと転換されていくのだ。
 憎しみあい、銃を向け合う人達が、その鳴き声を聞いただけで戦いを止めてしまう。戦場に一瞬訪れた本物の平和。
 この部分を作るためだけにこれまでのストーリーがあったのであり、それまでが重く苦しいだけだったため、その開放感たるや凄まじい。この展開は本当に見事で、ワンアイディアの、たった1シーンのために、緻密に物語が構築されていたのが分かる。先ほど『三十九夜』を引き合いに出したが、それだけでなく、本作はヒッチコックがイギリス時代から一貫して持ち続けてきた逃げ回りのストーリープロットにとても近い。それまでの物語が全てワンアイディアに結集していくのもヒッチコックが得意としていたし。
 勿論、そこに至るための演出も重要。暗いだけだと陰々滅々とするばかりだが、適度のユーモアと銃弾戦などの派手さを使い、飽きさせないように充分配慮された物語が展開している。
 ストーリー自体の感動よりも、むしろその巧さに感動出来る。
 それと、クライマックスの銃撃戦の長回しも凄い。この撮影ではなんと飛び散った血糊がカメラに付着しているのだが、それを全く拭き取りもせずに撮影を続けている。リアリティからは外れてしまうのだが、観てる側は「どこまで長回しをするんだ?」と思わせてくれる。あれをワンショットで撮影するためには、とんでもない努力を必要としただろうな。と思うと、それも感動ものだよ。
 本作はそれなりに金は遣ってるけど、超大作と言うほどではなく、CGなどの使い方はピンポイントに絞られている。荒廃した未来世界は、あくまで手作りで、見知った光景を改造して作られている。この手作り感覚がなんともたまらない感覚をもたらしてくれるのも嬉しい。SFは描写じゃなく、アイディアであることを改めて認識させてくれた。
ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 2004
2004米アカデミー作曲賞、視覚効果賞
2004英アカデミー観客賞、プロダクションデザイン賞、メイクアップ&ヘアー賞、特殊視覚効果賞、イギリス作品賞
2004放送映画批評家協会若手男優賞(ラドクリフ)、若手女優賞(ワトソン)、ファミリー映画賞
2005サターンファンタジー作品賞、助演男優賞(オールドマン)若手俳優賞(ラドクリフ)、監督賞、脚本賞、音楽賞衣装デザイン賞、メイクアップ賞、視覚効果賞

2004全米BOXOffice第5位
<A> <楽>
デヴィッド・ハイマン
クリス・コロンバス
マーク・ラドクリフ
マイケル・バーナサン
カラム・マクドゥガル
ターニャ・セガッチアン(製)
スティーヴ・クローヴス(脚)
ダニエル・ラドクリフ
ルパート・グリント
エマ・ワトソン
ゲイリー・オールドマン
ロビー・コルトレーン
マイケル・ガンボン
リチャード・グリフィス
アラン・リックマン
フィオナ・ショウ
マギー・スミス
ティモシー・スポール
デヴィッド・シューリス
エマ・トンプソン
ジュリー・ウォルターズ
ボニー・ライト
マーク・ウィリアムズ
トム・フェルトン
マシュー・ルイス
ワーウィック・デイヴィス
デヴィッド・ブラッドリー
ロバート・ハーディ
ジム・タヴァレ
パム・フェリス
ハリー・メリング
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(書籍)J・K・ローリング
シリーズ第3作
 ホグワーツ校の休みに相変わらずの叔父夫婦によるいじめを受けてキレたハリー=ポッター(ラドクリフ)は禁止された魔法を使ってしまう。しかし学校からのおとがめは無し。実は魔法使いの刑務所であるアズカバンから凶悪犯人ブラック(オールドマン)が脱走してしまい、彼がハリーを狙っているらしいと言うことによる。新学期が始まっても、その噂で持ちきりで、しかもアズカバンの看守であるディメンダーが多数学校にも入り込んできていた。ハリーは新任教師であり、かつての父の親友ルーピン(シューリス)から、魔力に対する防衛術を学んでいたが、ディメンダーは何故かハリーの周りに出没するようになり、ブラックの影も近づいていた…。
 
2001年には2本の童話ベストセラーの映画化作品が作られた。どちらも最初からシリーズを前提とした作品で、絶対に売れるだけに、慎重に慎重を重ねて作られた作品だった。言うまでもないが、一本目が本シリーズの一本目である『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)で、もう一本がトールキン原作の『ロード・オブ・ザ・リング』(2001)だった。どちらも原作は膨大な情報量を持っていたが、この2本の作り方は大きく違っていた。前者が原作のほとんど全てのエピソードを入れたのに対し、後者は話自体を多少端折っても監督の思い入れのある部分を徹底的に強調したものとなっている。そのどちらもかなりのヒットを飛ばしたが、賞の多寡を見ると、映画人に受け入れられたのはむしろ後者の方だったことが分かる。
 なんでこんな話をしたかというと、これまでのシリーズ2作と較べると、本作の作り方は随分異なっていたと言うこと。これは勿論前2作のコロンバス監督からキュアロン監督へとバトン・タッチしたと言うこともあるが、本作はむしろ『ロード・オブ・ザ・リング』の作り方に似ている感じがするから。
 前2作がかなり忠実に物語中の出来事をなぞっていたのに対し、
今回はかなり大胆に原作をいじっているのが特徴で、それが良い部分と悪い部分の両方を出していた。何でも見せようと詰め込んだのではなく、きっちり盛り上がりを最初から顧慮して物語を構成しているため、物語自体に緩急がしっかり付けられ、最後の盛り上がりに充分時間を用いることが出来たのは正解。原作全部を映像にすることが出来ないのだから、当然無駄な物語はばっさり切った方が良い。それに今回はホグワーツの謎ではなく、純粋なミステリーに近いので、冗長は避けねばならなかったし。
 だが、一方切り方が大胆すぎたため、
肝心な部分まで切れてしまっていたのもあったりする。切り方というのは人それぞれで、どれを重要に思うかはそれこそ原作を読んでる人それぞれが違ってくるとは思うのだが、私はこの物語の主題はブラックとハリーの父親との関係にあると思ってるので、その部分の説明が見事に切られていたのには随分疑問。
 ルーピンが狼男だというのはこの作品でも重要な要素として語られているのだが、それでは何故ブラックは犬に変わることが出来るのか、そして何故ハリーの父親の幻想が鹿の格好をしていたのか。
これは最後にルーピンの口から語らせねばならなかった事だ。それにスネイプが命の恩人の息子であるハリーにこれだけ辛く当たるのか。それにあのいたずら地図はルーピンとハリーの父親が作ったんだよ。と言う、その辺の説明が全くないのは問題じゃなかろうか?喋らせるだけなら3分もあれば出来ただろうに
 クィディチシーンは前2作で散々やられているのでカットしたのは良かったけど、ここで父親の幻想が垣間見えるシーンも重要だったはず
(ここで一瞬牡鹿の姿を見せていれば、最後のシーンも随分分かりやすくなったと思う)。それと最後に最速の魔法のほうきファイアボルトが登場するが、最初にこれは売られているのをほんのちょっとで良いから見せておくべきだったんじゃないか?後、スピードを重視したため、ディメンターの恐ろしさが今ひとつ伝わってこなかったのも、残念なところ。
 キャラクターについてはかなり面白くなってる。ハリー、ハーマイオニー、ロンの3人を3作共通としたお陰で、1作目からの変化が感じ取れるところが良い。世界で最も金持ちのティーンエイジャーとされるラドクリフも少年の容貌が消え、反抗期まっただ中と言った風情だし、自分で何でも出来るというふてぶてしさと父親を思う繊細さが同時に良く出ていた。ハリーと言うより、ラドクリフ自身の魅力を巧く引き出した結果だ。この3人の中でも一番はハーマイオニー役のワトソンだろう。1作目の時とはまるで質が違ってる。本当に女になったと言った感じがするが、何より演技の幅が非常に広くなった。3人が危機にあった時、咄嗟にハリーではなくロンの方をかばう仕草なんか、巧いもんだ。物語中一言もそんなことは言わず、しかもハリーと一緒にいる時の方が多い位なのに、明らかにロンの方に惹かれている事をよく示していたよ。後、オールドマンは相変わらずだな。この人は狂気を中に秘めた役が何と言ってもよく似合う人物。はまり役だったかも。
 良いところもあり、悪いところもあり。でも観てる間はストレスなしに通して観られるし
(今回初めて時計を観た時は既に1時間半を過ぎていた)、余韻も悪くない。好作と言っても良いだろう。設定で不満感じたなら、原作を読んでみることをお薦めする。
 後、余計なことだが、このシリーズの字幕は相変わらずもの凄く、あきれかえるほど。冒頭に出てきたバスの車掌が「あのしと」と言ってるのを聞いて頭抱えた(いくら自分が訳したとは言え、他の映画から台詞勝手に引用するか?)。劇中の台詞の超訳も凄い。かなりむかっ腹が立ったぞ。むしろ本作は吹き替えで見る方をお薦めしたい(精神衛生のためにも)。
天国の口、終りの楽園。 2001
2001ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(ディエゴ・ルナ、ガエル・ガルシア・ベルナル)、脚本
2001ゴールデン・グローブ外国語映画賞
2001ヨーロッパ映画インターナショナル(非ヨーロッパ)作品賞
<A> <楽>
アルフォンソ・キュアロン
ホルヘ・ベルガラ
デヴィッド・リンド
エイミー・カウフマン
セルヒオ・アグエロ(製)
アルフォンソ・キュアロン
カルロス・キュアロン(脚)
ガエル・ガルシア・ベルナル
ディエゴ・ルナ
マリベル・ベルドゥ
フアン・カルロス・レモリーナ
アナ・ロペス・メルカード
マリア・アウラ
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ

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