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2012日本アカデミー助演男優賞(大滝秀治)、助演女優賞(余貴美子)、作品賞、助演男優賞(佐藤浩市)、監督賞、脚本賞、音楽賞、撮影賞、照明賞、美術賞、録音賞、編集賞
2012キネマ旬報新人男優賞(三浦貴大) |
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市川南
平城隆司
服部洋
見城徹
山本晋也
岩本孝一
冨木田道臣
宮坂学
吉川英作
笹栗哲朗
樋泉実
中井靖治
佐藤善宏
前田光治
小久保利己
進藤淳一
佐々木崇夫
村田正敏
河合隆
横山哲夫
武蔵徹
島倉正
大辻茂
古田栄昭
伊藤裕造
前原晃昭
渡辺興二郎
加藤宏一郎
藤原恵美子
傳野貴之(製)
青島武(脚) |
| 高倉健 |
| 田中裕子 |
| 佐藤浩市 |
| 草なぎ剛 |
| 余貴美子 |
| 綾瀬はるか |
| 三浦貴大 |
| 岡村隆史 |
| 石倉三郎 |
| 根岸季衣 |
| 不破万作 |
| 山本哲也 |
| 掛田誠 |
| 井上康 |
| 芦川誠 |
| 井上肇 |
| 岡田花梨 |
| 船木正人 |
| 野澤結可 |
| 御供信弘 |
| 大滝秀治 |
| 長塚京三 |
| 原田美枝子 |
| 浅野忠信 |
| ビートたけし |
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| ★★★☆ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
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5 |
3 |
3 |
3 |
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一年前、妻の洋子(田中裕子)を失った富山の刑務所で指導技官を務める倉島英二(高倉健)は、妻の遺言によって、妻の故郷長崎に散骨するために手製のキャンピングカーで旅立つ。妻がなぜこのような遺言を残したのか、その真意を知るために…
日本ではもう数少なくなった、古い意味での名優高倉健が実に6年ぶりに主演を演じた作品で、これ又名コンビの古旛康男とのタッグ作。
今し方“名優”と書いたが、果たして“名優”とはどんな人を言うのだろう?と考えてみた。
海外はともかく、少なくとも日本においては、名優と呼ばれる人は、“それぞれの個性を存分に出している人”と言えそうな気がする。
役者の個性。これはヴェテランになればなるほどその傾向は強くなる。昔の日本映画では、それを引き出すのが監督の技量でもあった。
いわゆるスターと呼ばれる役者も、最初からその個性を出せる人は多くない。むしろ色々な役を演じているうちに、その人に合った役の傾向がでてくるものだ。そしてその傾向に沿った役を演じていくうちにはまり役が出てきて、やがてそのタイプの役はこの人に演じさせたい。となっていく。そして最終的には映画そのものが役者の方にあわせて役作りをしていくようになる。
たぶんここまで来たら“あがり”というか、ここまで到達した時に、日本では“名優”と呼ばれるようになっていくのだろう。
日本ではこれまでにも三船敏郎や勝新太郎、丹波哲郎などがそのタイプと言えよう。若い頃は色々な役をやっていったが、キャリアが長くなるに連れ、だんだんと演じ方が狭くなり、やがてはその人のために映画が作られるようになっていった。
高倉健も又その領域に達した人でもある。前に演じた『鉄道員』であれ『ホタル』であれ本作であれ、この人にしか演じられない役を、役の方が合わせられるようにして作られていった。
そして彼の演じる役割も決まっている。かつてCMで高倉健自身が「不器用ですから」とぼそっとしゃべってたのがあったが、それはそのまま彼の演じる役柄そのものになっている。この場合の不器用さというのは、木訥とも言えるし、一つの仕事をただ黙々とし続けるしか能がない人とも言える“不器用なまでの真面目さ”と言うべきかもしれない。
この作品でも、それは全くそのままで、これまで刑務所の、しかも工作班の監視だけをずっと続けていただけの男を演じている。仕事一筋で、それ以外のことは老いて結ばれた妻のことしかない。そんな彼の生き甲斐だった妻が亡くなったことで、その遺言に従うことで新しい世界に飛び込んでいく、やっぱり不器用な男を演じて見せた。
「やっぱりこういう役だな」。それはある意味安心感とも言えるわけだ。この作品を観に来る人の大半は、映画を観に来るのではなく、高倉健という人物を観に来るのだろうから。
物語は滔々と流れるロードムービーに、それぞれ名のある役者たちが入れ代わり立ち替わり登場して、それぞれの絡みで物語が構成されている。高倉健と仲がいい、あるいは一緒に映画に出たいという人はいくらでもいるだろうから、本人が移動しつつ一見さんと関わっていくという構成は正しいのだろう。一応最後にどんでん返しのような展開も待っているものの、あくまで物語は滔々と流れていくばかり。まあこれはこれでいいんだろう。少なくともこれ以上を求めてこの作品を劇場まで観にいく人はいないだろうし。
ところで本作を観ていて結構違和感を感じる部分がいくつか見受けられた。その一番がカメラワークだろう。
最近の邦画は基本的に画面は平板なものが多い。もちろんカメラを振ったりズームを使ったりもするが、人間同士の対峙の場面では基本的に固定フレームを使うことが多いし、それに慣れてしまった気がするが、本作はとにかくクレーン撮影によって画面が縦横に動くことが多い。元々動きの少ない作品なので、これによってメリハリをつけようとしたのかもしれないが、ちょっとそれがうざったく感じてしまった。
昔は当たり前だったこういう撮影が嫌味に感じてしまうのは、単に監督の演出が古いのか、あるいは自分自身が平板な画面作りに馴れすぎているのか。ちょっと考えさせられるところでもある。 |
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