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黒沢清

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鑑賞本数 7 合計点 21.5 平均点 3.07
allcinema Walker ぴあ IMDb CinemaScape
wiki キネ旬 eiga.com wiki(E) みんシネ
書籍
著作
ロスト・イン・アメリカ(書籍)
黒沢清の恐怖の映画史(書籍)
映像のカリスマ(書籍)

_(書籍)
2008 トウキョウソナタ 監督・脚本
オカルト 出演
2007
2006  監督・脚本
パルス 脚本
殺しのはらわた 出演
映画監督って何だ! 出演
2005 LOFT ロフト 監督・脚本
楳図かずお恐怖劇場 蟲たちの家 監督
2004 ピンクリボン 出演
2003 刑事(デカ)まつり 監督
3on3 スリー・オン・スリー 出演
2002 アカルイミライ
愛と不思議と恐怖の物語 7人の巨匠がおくる7つのショートストーリー 監督
ドッペルゲンガー 監督・脚本
呪怨 監修
曖昧な未来、黒沢清 出演
2001 学校の怪談 物の怪(け)スペシャル 監督
血を吸う宇宙 出演
2000 回路 監督・脚本
1999 大いなる幻影 Barren Illusion 監督・脚本
カリスマ 監督・脚本
降霊 KOUREI 監督・脚本
1998 蜘蛛の瞳 監督・脚本
蛇の道 監督
学校の怪談G 監督
1997 復讐 THE REVENGE 消えない傷痕 監督・脚本
復讐 THE REVENGE 運命の訪問者 監督・脚本
CURE キュア 監督・脚本
学校の怪談f<TV> 監督
1996 勝手にしやがれ!! 英雄計画 監督
勝手にしやがれ!! 成金計画 監督・脚本
勝手にしやがれ!! 逆転計画 監督・脚本
勝手にしやがれ!! 黄金計画 監督・脚本
DOOR III 監督
1995 勝手にしやがれ!! 脱出計画 監督・脚本
勝手にしやがれ!! 強奪計画 監督・脚本
1994 893(ヤクザ)タクシー 監督・脚本
打鐘(ジャン) 男たちの激情 監督・脚本
1993
1992 地獄の警備員 監督・脚本
よろこぴの渦巻<TV> 演出・脚本
1991 ミカドロイド 出演
幕末合唱団<TV> 出演
1990 もだえ苦しむ活字中毒者 地獄の味噌蔵<TV> 演出
1989 危ない話 監督・脚本
スウィートホーム 監督・脚本
1988
1987
1986
1985 ドレミファ娘の血は騒ぐ 監督・脚本
1984
1983 神田川淫乱戦争 監督・脚本・ナレーター
1982 さらば相棒 脚本
1981
1980 しがらみ学園 監督・脚本・編集
こいつは朝から 出演
1979 太陽を盗んだ男 制作進行
1978 SCHOOL DAYS 監督
四つ数えろ 脚本・出演
1977 白い肌に狂う牙 監督
1976
1975
1974
1973
1972
1971
1970
1969
1968
1967
1966
1965
1964
1963
1962
1961
1960
1959
1958
1957
1956
1955 7'19 兵庫県神戸市で誕生

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 2006

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黒沢清(脚)
役所広司
小西真奈美
葉月里緒菜
伊原剛志
オダギリジョー
加瀬亮
平山広行
奥貫薫
中村育二
野村宏伸
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ

 

アカルイミライ 2002
2003カンヌ国際映画祭パルム・ドール
<A> <楽>
  
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ

 

回路 2000
2001カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞(黒沢清)
2001日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞(麻生久美子)、ベスト10(第3位)

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黒沢清(脚)
加藤晴彦
麻生久美子
小雪
有坂来瞳
松尾政寿
武田真治
風吹ジュン
菅田俊
哀川翔
役所広司
★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 黒い影を残し、失踪してしまうと言う奇妙な事件が頻発していた。会社員の工藤ミチ(麻生久美子)の周りでも、大学生の川島亮介(加藤晴彦)の身辺にも次々と失踪者が増えていく。そんな時亮介のパソコンに異変が起こっていた。勝手に「幽霊に会いたいですか」と問う無気味なサイトにアクセスしてしまうのだ。同じ大学の先輩で大学院生の吉崎(武田真治)の見解によると、霊魂を受容出来るエリアがいっぱいになり、それらがこちらの世界に溢れ出して来ているらしい。そして、溢れ出た霊魂と出会った人間は孤独感の中に閉じ込められ、それに耐えきれず死を選ぶのだという…
 ジャパニーズホラーの代表作の一つと言える作品で、これまでも特に海外で評価されることが多かった黒沢清監督がついにカンヌで受賞した代表作。これまでも黒澤監督はホラーにカテゴライズされる作品を作り続けてきたが、それを本当にホラーとして描いたのは本作が最初となる。
 理由も何も分からないまま“何か”が静かに進行していて、自分自身が一体何をすべきなのか、何をするべきでないのか。そのヒントが与えられないまま、他者の推測に従うしかないと言う不安は監督のテーマとなっているようで、ここでもそれは存分に活かされている。ここでは
「人と人は繋がってなんかいない」と言う言葉が大変象徴的な言葉になっていて、脈絡のない言葉や真理を突いているようで裏付けのない言葉の羅列が続いていて、それが余計に不安を増してる。ホラーとジャンル分けされているが、純粋に“恐怖”の演出は極めて少なく、最初から最後まで、ただ不安がずーっと続いている。多分それこそが監督の目指した方向性なんだろう。実際本作は、突出した幽霊の表現方法で話が展開するのだが、幽霊無しでも充分に話がつながったりする。あくまで“終末”の象徴として幽霊を捉え、そこに自分自身の作り方を守って作り上げたのが本作なのだろう。
 それと、カメラの構図がとにかく見事。極力ワークを廃し、アングルだけで魅せるシーンが多く、長回しによりシークエンスまでワンショットで撮ってる箇所がある。特に例の
給水塔に女の子が登って落ちて自殺するシーンをワンショットで撮るというもの凄い場面は無茶苦茶驚かされた(ビデオで観たもので、このシーンだけは何度も巻き戻して観た)
 ただ一方、あまりに主人公達が何も出来てないのが気になるところ。主人公達がどこに逃げようとも、結局流れは変わらないまま。結局主人公達は流れに任せるだけだし、ラストもなんの解決も与えられない。結局物語が物語になってない。それが売りなのは分かるけど、
ちょっと行き過ぎだったかな?
大いなる幻影 Barren Illusion 1999

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黒沢清(脚)
武田真治
唯野未歩子
安井豊
松本正道
稲見一茂
億田明子
青山真治
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 ほんの少し近未来の西暦2005年。音楽制作会社を経営しているハル(武田真治)と国外宛の郵便を専門に扱う郵便局に勤めているミチ(唯野未歩子)は恋人同士だったが、二人とも現実ではない、ここではないどこかを夢想していた。くっついたり離れたりを幾度も繰り返していた二人だったが、ある時不良仲間と郵便局に押し入り強盗を働こうとしたハルは、そこに勤めるミチを見かけてしまう…
 はっきり言って、このレビューは
私には結構苦痛である。実は本作は劇場で観たのだが、観た直後に気持ち悪くなってしまい、今それを思い出すのは、私自身の精神に関わってきそうで、どこか怖い。

 1999年の邦画というのは、今から考えると、大変不思議な位置づけに入った時代じゃないかと思う。たまたまこの年にノストラダムスの予言があったからだろうか?妙に死を指向する作品が多かったような気がする。直接的に死を描くと言うよりは、生きようとする意志を放棄したような作品が多かった。
生きてる実感が持てず、さりとて積極的に死のうとする気もない。なんとなく生きていて、何となく死を夢想する。ここには燃え上がるような恋もなければ、何かを求めての肉体的な戦いもない。あるのはむしろ、何をやってもすぐに日常化する毎日と、外から刺激を受ければ反応はするが、自分から何かをしようとはしない、いわば終わらない日常を淡々と描いているものばかり。そこでは死んでるとは言わないまでも、積極的に生きているという実感もない。これがこの年の流行りだったんだろうか?それともこれこそが世紀末を示す良い指標なのだろうか?
 で、私は何を間違えたか、本作を劇場に観に行ってしまった。たまたまこの年を境に、映画を徹底的に観てやろう!と心に決めていて、近所で掛かっている映画でタイトルの面白そうなものはなんでも観ようとしていた。本作を劇場で観たのもそのままタイトルが名作『大いなる幻影』(1937)と同タイトルだったという、ただそれだけの理由。
 で、結局
首を捻りながら映画館を出ることになった
 これは多分純愛を描こうとしているんだろう。肉体関係を持ちながらも、あくまで精神的にプラトニックな関係の男女二人。そんな二人が本当に実体的に出会うまでを描こうとしているのではないか?とは思うのだが、
結局は動かない世界を描くばかりで終わってしまった
 やっぱりこの1999年という時代に飲み込まれてしまったのだろうか?
 ただはっきりしていたことが一つ。その感覚、つまり生きていると言うことが実感できないというのは、まさにこの
時代付近に生きていた私自身に他ならなかった。
 当時私は専門学校を経て新しい仕事に入ったのだが、戸惑うことばかりで、自分の位置関係がどうも曖昧なまま。本当にこの仕事やっていけるんだろうか?と言う不安があり、現実から逃避するように映像の世界に没頭しようとした時代だった。
 それでこの作品、自分自身の中とどこかでシンクロしてしまったのだろう。凄く気持ち悪かった。まるで
私自身の心が浸蝕されていくようで、平静で観ていられない。浮遊感が最後まで去らず、胸がむかついた
 …今から考えると、やはりそう言う時代だったのだろう。とは思う。私自身が時代に流されていたのか、たまたま転職が契機になったのかはともかく。
 だからこの作品のレビューは当時は出来なかった。何を書くか分からなかったから。
 しかるに、それから5年ほどが経過して、改めて本作を考えてみるのならば、それはやはり“現在”を作るためには大切な過程だったのだろう。現在(この映画の舞台であるはずの2005年時点)では、邦画は大変レベルが上がっていて、その中での作品の多くは積極的に生きることを指向している。全くベクトルは逆になっているが、日本映画も、一旦こういう時代を経たからこそ今の時代があるのだろう。
 この映画では最後にハルとミチは某かの実体をお互いの中に見た。それは、それを明確に描く現代に至るために必要なものだったはずだ。
 今になってやっとそう思えるようになった。

 …レビューになってないな。何せ突然猛烈に書いてみたくなったから。それだけの理由だし。
カリスマ 1999
2000日本映画プロフェッショナル大賞作品賞、ベスト10
2000ヨコハマ映画祭第8位

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黒沢清(脚)
役所広司
池内博之
大杉漣
洞口依子
戸田昌宏
風吹ジュン
★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 ここの駆け引きは、奥が深そうでいながら、実は全てが本音。考えたこと、見たことが全て言葉となって紡ぎ出される。ここでカリスマとは木のことだが、寓意というよりも、それはそのまま人間社会について話しているのと、何ら変わりがない。
降霊 KOUREI 1999

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黒沢清
大石哲也(脚)
役所広司
風吹ジュン
石田ひかり
きたろう
岸部一徳
哀川翔
大杉漣
草なぎ剛
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 効果音技師の克彦(役所広司)と霊能力を持つ純子(風吹ジュン)の夫婦。純子は大学院生の早坂(草g)の紹介で降霊術を時々行ったりしていた。そんなある日、少女を誘拐したまま逃走中に事故を起こして犯人が意識不明になるという事件が起こる。警察は行方不明のままの少女の居場所を探ろうと純子に協力を求めてくるのだった。降霊術そのものは失敗するのだが、偶然克彦がその少女を見つけてしまい…
 黒沢清監督によるテレビ映画
『降霊 ウ・シ・ロ・ヲ・ミ・ル・ナ』が予想以上に好評だったため、一旦16mmを32mmにブローアップして海外に売り、その後日本に再上陸。という複雑な過程を辿り劇場公開された作品。
 なるほど。ホラーと言っても、色々な作り方があるんだね。全然怖そうに見えない、と言うか怖そうに見せようともしてないのに、ちゃんとストーリーになってる。
 確かに本作は万人向けのホラーとは言えないとは思うし、恐怖の演出というのも中途半端な印象を与えるが、各人の考える恐怖とは、決して画一のものではないのだから、こう言った側面から怖さの演出のアプローチもかけられるべきだろう。
『リング』以来和製ホラーブームだが、決してそこに留まろうとしない黒沢監督には頭が下がるね。
 役所広司はここのところ邦画を代表する第一人者として認知されながらも、こう言ったマイナーな作品にも出演するし、何を演らせてもちゃんと役作りをするから良いね。
 こう言った実験的な作品がもっと出てくれるなら、これからの邦画は進歩発展し続けるだろう。期待していきたいね。
CURE キュア 1997
1997日本アカデミー助演男優賞(萩原聖人)
1997
日本映画プロフェッショナル大賞作品賞、助演男優賞(萩原聖人)、ベスト1
1997東京国際映画祭最優秀男優賞(役所広司)

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黒沢清(脚)
役所広司
萩原聖人
うじきつよし
中川安奈
螢雪次朗
洞口依子
でんでん
大杉漣
戸田昌宏
大鷹明良
河東燈士
春木みさよ
田中哲司
★★★☆
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 ジャンル分けは難しいが、強いて言えばサイコ・ホラー。自分が自分でなくなる感覚を描く。
 ストレスを抱えながら生きる現代人の心の奥を覗き込むような気にさせられる。
スウィートホーム 1989

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黒沢清(脚)
宮本信子
山城新伍
NOKKO
黒田福美
古舘伊知郎
伊丹十三
渡辺まち子
益岡徹
三谷昇
★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 著名な画家で30年前に変死した間宮画伯の屋敷に幽霊が出るという噂を聞きつけ、TVの取材チームが訪れた。ディレクターの早川秋子、プロデューサーの星野和夫、カメラマンの田口亮、レポーターのアスカ、それに夏休み中の和夫の娘・エミの総勢5名が屋敷に屋敷に入ったのだが、屋敷に入った途端、アスカが何者かに憑かれて奇矯なふるまいをし始める…次々と悪霊に取りつかれてしまう面々…
 役者としても監督としても名声を得ている伊丹十三が、次に選んだのはホラー。しかも怪談ではなく、ハリウッドの伝統である"館もの”と言われるホラーで、しかもスプラッター要素を取り入れたものだった。たださすがにこれまでまったく経験したことのないものを作るためか、監督を新鋭の黒沢清に任せ、メイクアップ・アーティストとして名匠ディック=スミスを招くという力の入れようだった。
 それで出来としてどうか。と言われると、やっぱりこりゃ
ホラーじゃないんだよな。ホラーでも怪談でもない。非常に中途半端な作品…特撮作品とさえ言い難い。強いて言えばホラー風味のごった煮映画
 ごった煮ならごった煮で作りようによっては面白くなったんだろうけど、凝った演出がかえって人間ドラマを阻害した上に物語自体が陳腐。役者が日本人ばかりなのに、ホラーっぽくするためにわざわざ洋館を舞台にしたため、その違和感も激しい。
 黒沢監督はこの10年後『CURE キュア』(1997)を皮切りに、目に見えない恐ろしさというものを追及していく事になるのだが、逆にこういった陳腐な作品を監督したことが、彼の映画作りに大きな影響を与えたのではないだろうか?とも思う。後の黒沢作品との違いを考えてみると、きっと伊丹十三自身が役者に徹することなく、なにかれと口を出していたんじゃないかと思うんだけど。

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