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1976アカデミー主演男優賞(フィンチ、ホールデン)、主演女優賞(ダナウェイ)、助演女優賞(ストレイト)、作品賞、助演男優賞(ビーティ)、監督賞、撮影賞、編集賞
1976NY批評家協会脚本賞
1976LA批評家協会作品賞、監督賞(ルメット)、脚本賞
1976ゴールデン・グローブ男優賞(フィンチ)、女優賞(ダナウェイ)、監督賞(ルメット)、脚本賞 |
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ハワード・ゴットフリード
フレッド・カルーソ(製)
パディ・チャイエフスキー(脚) |
| ウィリアム・ホールデン |
| フェイ・ダナウェイ |
| ピーター・フィンチ |
| ロバート・デュヴァル |
| ネッド・ビーティ |
| ウェズリー・アディ |
| ビル・バロウズ |
| ビアトリス・ストレイト |
| コンチャータ・フェレル |
| ウィリアム・プリンス |
| ジョーダン・チャーニイ |
| ダリル・ヒックマン |
| ロイ・プール |
| マイケル・ロンバード |
| レイン・スミス |
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| ★★★★★ |
| 物語 |
人物 |
演出 |
設定 |
思い入れ |
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5 |
4 |
5 |
5 |
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かつて人気ニュースキャスターだったビール(フィンチ)は、今や落ち目で視聴率も低迷中。身受りの決まったTV局の報道部長マックス(ホールデン)は解任を通告する。理不尽な通告に怒ったビールは翌日のイブ二ング二ュースで、何と自分の下当解雇のことを喋り、自殺までほのめかしてしまった。TV局は大慌てだったが、この日の視率は記録的なものとなった。そこに目を付けたのは新しく重投となった野心家のダイアナ(ダナウェイ)で、彼女はビールを現代の偽善と戦う予言者として「ビール・ショー」という番組を放映したところ、これが大ヒット。社会に対する不満を叫ぶビールは時の人となり、視聴率もウナギ上りとなった。だが、過激さを増していくビールの言動は、思わぬ所に影響を与えていく…
本作はSFとも社会批判とも言える作品で、視聴率獲得のためにしのぎを削っている当時のTV界を皮肉って製作されたものだろうが、ここに現れる狂気は特筆すべきレベル(尚、本作の脚本は元テレビドラマの脚本をしていたパディ=チャイエフスキー。TV界の内幕がよく分かってる訳だ)。どこかキャプラ監督の『群衆』に通じるものがあるが、こちらの方がテレビという時代性がある分生々しい描き方がされている。
もちろんここで本当に狂気に陥っているのはフィンチ演じるビールに他ならないが、そんな存在さえも視聴率アップのためには喜んで使っていくというTV局の狂気。そしてそれに感化される無言の大衆(無言じゃないけど)の方向付けられた狂気。全てが狂ってる。
そしてその狂いっぷりがこの作品の肝であり、それを笑う私自身もなんか後ろめたい気持ちにさせるという、ブラックジョークとなっている。
テレビは洗脳装置と言われることがある。これを身に置き換えてみよう。しばらくバラエティ番組を観ていない状態で、久々にそう言うのを観るとよく分かる。笑いのツボが全然分からないのだ。テレビから伝わる笑い声に全然ついて行けない。これはおそらくテレビを観ている人間は、そこで「お約束」というものを知っていくことになり、その約束に従った笑いを提供されると、自然と笑えるようになる。というところから来ているのではないか?などと考えたりする(単に私が笑いを理解できないだけという可能性も高い。未だにドリフのコントが一番笑えるし)。
そう言う意味でテレビは一方的に「お約束」を視聴者に強要する。仮にその「お約束」が狂気であったらどうか?そして製作者側がそれが狂気と分かっていても、視聴率のために敢えてそれを流すならば…これこそブラック・ジョークだよ。
今やネット時代に入り、多くの情報が瞬時に手に入る時代になったが、この危険性は今も有効…と言うか、現代こそ実は最も危険な時代なのかも知れない。情報というのは常に人間を変えていくものだから。特にニュースサイトも並行してやってる自分自身が一番情報に振り回されてる人間だったりするしね。
何よりこれを一種のブラックジョークとしたことが本作の最大の功労点かも知れない。全てを戯画的に捉えることによって、物語を後ろめたい笑いへと持っていくのは、かつてのドイツの表現主義にも通じる。
特に狂気の演技が映えるフィンチが素晴らしいが、気の強い役で特に映えるダナウェイが、まるで自虐のようにエキセントリックな役を好演(最後の最後まで一切反省しないんだもんな)。ついでに言えば、唯一まともな見識を持ちつつ、やっぱり状況に流されていくホールデンも良し(手の早さも(笑))。
このキャラクタ性が功を奏し、ダナウェイ、ストレイト(なんと登場回数はたった2回しかない)およびフィンチがオスカーを得ているが、フィンチは授賞式の時は既に故人で、授賞式には未亡人のエレナがオスカー像を受け取った(フィンチは、オスカーの意欲満々で、数々のインタビューに出演。だが無理がたたった。ホールデンは「フィンチが死ななきゃ二つ目のオスカーだった」と述懐)。現時点では唯一の例である。
この年『ロッキー』が無ければ確実に本作がオスカーを得ていたとも言われるが、素直なアメリカン・ドリームを高々と歌い上げた『ロッキー』と、アメリカの暗黒面を徹底的に描いた本作が並んでいたというのはなかなか面白い事実でもある。 |
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