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ロブ・マーシャル
Rob Marshall

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鑑賞本数 4 合計点 13 平均点 3.25
allcinema Walker ぴあ IMDb CinemaScape
wiki キネ旬 eiga.com wiki(E) みんシネ
書籍
2015
2014 イントゥ・ザ・ウッズ 監督・製作
2013
2012
2011 パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉 監督
2009 NINE 監督・製作・振付
2008
2007
2006
2005 SAYURI 監督
2004
2003
2002 シカゴ 監督
2001
2000
1999 アニー 監督・振付
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
1979
1978
1977
1976
1975
1974
1973
1972
1971
1970
1969
1968
1967
1966
1965
1964
1963
1962
1961
1960 10'17 ウィスコンシン州で誕生

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イントゥ・ザ・ウッズ
2014米アカデミー助演女優賞(ストリープ)、美術賞、衣装デザイン賞
2014英アカデミー衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアー賞
2014ゴールデン・グローブ作品賞、女優賞(ブラント)、助演女優賞(ストリープ)
2014放送映画批評家協会助演女優賞(ストリープ)、アンサンブル演技賞、美術賞、衣装デザイン賞、ヘア&メイクアップ賞
2015MTVムービー・アワード悪役賞(ストリープ)

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ジョン・デルーカ
ロブ・マーシャル
マーク・プラット
カラム・マクドゥガル(製)
ジェームズ・ラパイン(脚)
メリル・ストリープ
ジョニー・デップ
エミリー・ブラント
ジェームズ・コーデン
アナ・ケンドリック
クリス・パイン
トレイシー・ウルマン
クリスティーン・バランスキー
リラ・クロフォード
ダニエル・ハットルストーン
マッケンジー・マウジー
ビリー・マグヌッセン
ルーシー・パンチ
タミー・ブランチャード
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
スティーヴン・ソンドハイム、ジェームズ・ラパイン
 魔女にかけられた呪いのせいで子どもに恵まれなかったパン屋の夫婦(コーデン&ブラント)は、子どもを授かりたければ「赤いずきん」「黄色い髪」「白い牛」「黄金の靴」の4つを森から持ち帰れと魔女(ストリープ)から命じられ、森へ向かう。丁度その森にはそれぞれの願いをかなえるため赤ずきん(クロフォード)、ジャック(ハトルストーン)、シンデレラ(ケンドリック)たちもに森へとやってくるが…
 世界中の誰でも知っているディズニーキャラクターを総出演させた“if”の物語で、元々はスティーブン・ソンドハイムの手がけたミュージカル。本来ハッピーエンドに終わるべき童話を大人向けのピリッと辛めのダークファンタジーに仕上げたという物語。
 童話の大部分が
「幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」で終わることに違和感を覚える人は多い。大半は「これは物語だから」として強引に自分を納得させることになるのだが、その疑問点を持ち続けることができる人は、世界に対して違った視線を持つことができるようになる。尤もその大半は“批評家”と呼ばれ、世の中を斜に構えたいらん事言いになっていくのだが(…)、その中にもクリエイティブ性を発揮する類の人もいる。「めでたしめでたし」の物語を一度壊し、その上で物語を再構成するようになる。
 作家と呼ばれる人たちは誰しもそう言う観点をもっているのだと思うのだが、それを極端に表す人もいる。物語を破壊したうえであえて再構築しないまま作品を終わらせ、それを“芸術性”とするなど…
 そして本作はその極端に表した物語であると言って良いだろう。
 本作の基本は童話の脱構築だが、それぞれの物語を一度ばらばらにして、その上で、「めでたしめでたし」の後を描いたり、物語そのものを書き換えたりして、そんな人物たちが一堂に会して雑然と物語を作っていく。
 ここで語られるテーマは、
「その結末は本当にめでたいの?」という疑問から出ている。たとえばシンデレラは重労働から解放され、お城でお姫様として扱われることになるが、そもそも市井の出で、貧乏生活が当たり前の人間がお姫様としてお城に幽閉されることが幸せなの?というのもあるし、天上の国をめちゃくちゃにした上に巨人を殺したジャックに対する罪は?などの小骨が引っ掛かるような疑問点を敢えて物語に組み込み、その決着をつけようとしている。
 それはとても面白い試みだ。敢えて人が目をつむるような細かいところにツッコミ入れて、自分なりの解釈を入れて再構築する。なんかわくわくするような、それでいて、誰にも認められないような、そんなスリリングさを感じさせる設定だから。

 で、物語だが、少なくとも今言ったようなことはすべて含まれているし、物語を作ろうとしているのは良い。
 だが、これには根本的な問題がある。
 
オリジナルの物語は普遍でも、批判は時代にとらわれるという問題だ。
 正直言って、この物語、2010年代の目からは、はっきり“古すぎる”のだ。物語の解釈と再構築の仕方がいかにもポストモダニズムで、モロに80年代の感覚をひきずっている…実際本作がブロードウェイミュージカルになったのは1987年だから、それは仕方ないとも言えるのだが、30年前の脚本をそのまま今の時代に持ってきた場合、当時の先進性は、現代から見たら古すぎるとしか見えない。本作が90年代に映画化されていたら、まだ納得がいくものになったんだろうけど。

 本作で必要だったのは、物語の脱構築を行ったこの物語を更にもう一度解体して現代版にすることだったはず。それを放棄してしまったのが本作の最大の難点だった。オリジナルに忠実なのは良いけど、観ている側に納得させられない作品を作ってしまったような。もう一歩解釈に踏み込んでくれれば傑作にもなり得たのだが。
パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉 2011
2011興行収入第5位

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テッド・エリオット
テリー・ロッシオ(脚)
ジョニー・デップ
ペネロペ・クルス
ジェフリー・ラッシュ
イアン・マクシェーン
サム・クラフリン
アストリッド・ベルジュ=フリスベ
ケヴィン・R・マクナリー
キース・リチャーズ
スティーヴン・グレアム
グレッグ・エリス
リチャード・グリフィス
ジュディ・デンチ
ジェマ・ウォード
クリストファー・フェアバンク
ポール・ベイズリー
ブロンソン・ウェッブ
リチャード・トムソン
松崎悠希
セバスチャン・アルメストロ
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
特撮事典
 ブラック・パール号を失い、乗員もちりぢりとなったジャック・スパロウ(デップ)は、相棒ギブス(マクナリー)を救うべくロンドンへとやってきた。そこで、かつて愛した女海賊アンジェリカ(クルス)と思わぬ再会を果たす。ところがアンジェリカが父親である最恐の海賊"黒ひげ"のために探している"生命の泉"の在処をジャックが知っていた事から、泉探しの旅に無理やり協力させられるハメになってしまう。更にイギリスに忠誠を誓うバルボッサや、イギリスの宿敵スペイン軍までもが生命の泉を目指していた…
 これまでのヴァーヴィンスキー監督からロブ・マーシャルに監督を変えた大好評のシリーズ4作目。一応3作目の『パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド』(2007)で物語は一度完結しているのだが、性懲りもなくというか、
ブラッカイマーなら当然というか、出来てしまった4作目。それで律儀に観に行くような奴もここにいる…デップもペネロペもどっちも好きだし、一体ロブ・マーシャル監督がこの素材をどんな風に仕上げるのか興味があったし。

 これまでの3作ではオーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ、ジョニー・デップの三人が主役であったが、その内の二人が抜け、どうなる?という心配はよそに大ヒット暴進中である。
 これは結局このシリーズ、
主役は3人いるといっても、ほとんどすべてをデップに負っていたという事実をはっきりさせたわけだが、でも実は私はこれは改悪のようにしか見えなかった。
 大きな意味合いとして、デップ演じるジャック・スパロウの立ち位置というものがある。
 彼は何を考えてるかよく分からず、しかも気分によって態度をころころ変えるので、周りの人間をとかく混乱に陥らせる。
 この立ち位置はトリックスターである。そしてトリックスターが最もその役割を果たせるのは、主人公側にまともな人間を配置することによる。
 これまでの3作は主人公は3人いるとしても、その重点はデップではなくオーリー演じるウィルの方にあった。彼がまともな役をやってるからこそスパロウの無茶苦茶さが楽しくなっていくのだ。しかもウィルはどんどん逞しくなっていくため、1作目、2作目、3作目とスパロウはぜんぜん変わらなくとも、それを見つめる主人公の視点が変わっていき、スパロウの奇行がすべて新鮮に思えていた。
 で、4作目となる本作は、スパロウ本人が単独の主人公として演じている。これはつまり奇行をしてる本人が主人公なので、それを諫める立場にいる存在がない。だから、何となく宙ぶらりんと言った印象がある。いくらスパロウが奇行をしても、主人公側に立つと、なんかそれに意味があるような気になってしまう。せめてあの宣教師にその重みを受け止めるだけの器量があれば良かったんだけど、スパロウとほとんど接触らしい接触がないため、存在自体が無意味になってしまった。
 この結果、
無意味な行動が無意味に見えなくなってしまう。これがどれだけスパロウの魅力を減らすのか、脚本は分かってるのだろうか?しかもその行動の大半は事実ちゃんと意味を持っているので、無軌道な行いになってない。
 それで一番残念だったのは設定面。折角“生命の泉”なる魅力的なアイテムを用意してながら、それが上手く機能してないようにしか見えなかった。その時代の人間にとって、“生命の泉”がどれほど求められていたのか、それにまつわる人々の行動があまりに画一的で、別段なんでもよかったんじゃないか?という必然性がないし、最後にスペイン人がした行いも設定を丁寧に描かなかったために説得力に欠ける。更に黒ひげが何故あんな魔法を使えるのか、それが簡単に受け継がれるのか、その辺もほとんど説明がなく、銀の杯と人魚についても必然性が薄い。バルボッサにしても、何故王室と手を結んだのかも過程が全然描かれてない。
 アンジェリカが何故そこまでして父の寿命を延ばそうとしているのか、その行動原理もぼんやりしてる。本作で重要なのは
信仰と信念を描くことのはずなのに、その描写がほとんど無いのは、説得力を放棄してしまったとしか思えない。
 演出面に限っては良い部分がたくさんあるのに、肝心の部分で手を抜いてしまっては魅力を存分に伝えることができない。

 作りとしては褒められるものではないが、『デッドマンズ・チェスト』(2006)『ワールド・エンド』みたいに最初から二分割して作るべき作品だったのかもしれない。それでも客は絶対に入ったよ。
NINE 2009
2009米アカデミー助演女優賞(クルス)、歌曲賞、美術賞、衣装デザイン賞
2009英アカデミーメイクアップ&ヘアー賞
2009ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(デイ=ルイス)、女優賞(コティヤール)、助演女優賞(クルス)、歌曲賞
2009放送映画批評家協会作品賞、助演女優賞(コティヤール)、アンサンブル演技賞、撮影賞、編集賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞、歌曲賞

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アンソニー・ミンゲラ
マイケル・トルキン(脚)
ダニエル・デイ=ルイス
マリオン・コティヤール
ペネロペ・クルス
ジュディ・デンチ
ケイト・ハドソン
ニコール・キッドマン
ソフィア・ローレン
ファーギー
リッキー・トニャッツィ
エリオ・ジェルマーノ
アンドレア・ディ・ステファノ
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
原作:アーサー・コピット
 イタリアの生んだ大監督であるグイド(デイ=ルイス)待望の新作『イタリア』の撮影開始目前。ところが、脚本は未だ完成せず、グイドの頭の中も白紙状態。周囲では準備が着々と進んでいた。そしてついに逃げ出してしまったグイドは愛人のカルラ(クルス)と共に海辺のコテージに避難する。だが、彼と長年組んでいた敏腕プロデューサーによってその事はあっという間に知られてしまい、なんとそのコテージに映画のセットが全部持ち込まれてしまう。更に妻のルイザ(コティヤール)までが同行してきて…
 先にオスカー作品『シカゴ』によって大監督となったマーシャル監督が再びミュージカルに挑戦した野心作。しかもオールスターキャストを用いての巨大作。
これを観ずして何を観る!ってな感じで勇んで劇場まで行ってきた。
 とりあえず前知識としては上記以外になかったのだが…何というか、
妙な失望感を感じてしまった。期待が大きかった分、落差も大きい。
 まず事前に知っておくべき事。これがフェリーニの『8 1/2』(1963)のリメイクだと言う事。これを事前にしていたら、最初から期待なんてしなかったものを。
 『8 1/2』というのは、言ってしまえば
映画史における鬼子。あの当時、本当に映画に愛されていたフェリーニだから出来たものだし、あれが傑作と言われるのは、ほとんど奇跡のような噛み合いによるものだ。いくら真似しても出来るものじゃない。これに挑むという時点でアウト
 あの作品は、あらゆるものから逃げだそうとしていたフェリーニが、いい加減に作ってしまったのが、
恐ろしい程の偶然の重なりで、とんでもない映像になってしまったに過ぎない。あれを作るのは、監督であるフェリーニでも二度と無理。映画が生み出した奇跡と言ってしまっても良いくらいだ。
 そんな唯一無二の作品に挑む事自体が無茶。大体あれはどこか投げやりに作っているところが妙な説得力を持っていたのに、それを真面目に作ってしまったら、面白さが全く抜けてしまう。
根本的に素材の選定に間違いがあったとしか思えない
 更に登場するキャラの大部分がはずしまくり。登場する女性達は軒並みオスカー俳優ばかりなのだが、何故彼女たちがオスカー俳優となれたかというと、チャレンジ精神で自分には無いものを引き出す事が出来たからに他ならない。しかるに、本作に登場するほとんど全ての女優達は、今までの演技の延長線だけで演技してる。はっきり言ってしまえば、チャレンジ精神を失った抜け殻の演技ばかりを見せられた気分。
 特にペネロペの扱いは酷かった。元々この人はフェロモンの固まりなんだが、そんなのに日陰の女なんかやらせたら、単なる色気ありすぎる女で終わってしまう。こういう役は彼女の色気を無駄遣いにするだけ。色気が過剰だと、
単純に下品になる。彼女に関してはこの使い方は避けるべきだっただろう。『抱擁のかけら』(2009)でアルモドヴァルは存分にペネロペの色気を使いこなして見せたのに、これでは全然駄目(それでも本作がオスカーノミネートしたのは納得いかん)
 他にもキッドマンやローレンも単に存在感のみの立ち位置で、演技を引き出そうともしてない。役者として非常に高い位置にいるのに、それを活かす演技をさせられなかった。せいぜい本作で頑張ったのはコティヤールくらいだろうか?
何という勿体ない使い方か
 ミュージカルシーンのやや下品な演出は良いにせよ、少なくとも『シカゴ』で見せた見事なはまり具合も感じられず。もうちょっとぐっと引き込んでくれる部分を作って欲しかったな。
 それでもこの作品の評価をあまり低くしたくないのは、男優陣の巧さに救われていたことと、好みの女性がこんなにたくさん出てる。と言う贔屓目あってののこと。気持ちとしては大変複雑。
SAYURI 2005
2005米アカデミー撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、作曲賞、音響効果賞、音響賞
2005
英アカデミー作曲賞、撮影賞、衣装デザイン賞、主演女優賞(ツィイー)、プロダクションデザイン賞、メイクアップ&ヘアー賞
2005ゴールデン・グローブ音楽賞、女優賞(ツィイー)
2005放送映画批評家協会音楽賞、作品賞、サウンドトラック賞
2005日本映画批評家協会新人賞(大後寿々花)
2005ナショナル・ボード・オブ・レビュー助演女優賞(リー)、
作品賞
2006MTVムービー・アワードセクシー演技賞(ツィイー)

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ロビン・スウィコード
ダグ・ライト(脚)
チャン・ツィイー
渡辺謙
ミシェル・ヨー
役所広司
桃井かおり
工藤夕貴
大後寿々花
ケネス・ツァン
コン・リー
ツァイ・チン
ケイリー=ヒロユキ・タガワ
ランダル・ダク・キム
テッド・レヴィン
ポール・アデルスタイン
ユージニア・ユアン
カール・ユーン
シズコ・ホシ
伊川東吾
マコ
★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
さゆり 上(書籍) さゆり 下(書籍)アーサー・ゴールデン
 貧しい漁村に生まれた千代は、9歳で花街の置屋に売られ、そこで芸妓を仕込まれる。同じ境遇のおカボという少女と一緒に、辛い日々を送っていたが、その置屋にいる花街一の売れっ子芸者の初桃(コン・リー)の執拗な苛めに、置屋を逃げ出した千代は、“会長”と呼ばれる立派な紳士(渡辺謙)と出会う。優しく声を掛けられた“会長”にもう一度会いたいと願う千代は、やがて豆葉(ミシェル・ヨー)の厳しい指導の下立派に芸者として一本立ち。名前も「さゆり」となった。さゆり(チャン・ツィイー)はやがて花街一の芸者へと花開いていくが、時代の流れはどんどんきな臭いものになっていた。
 アーサー・ゴールデンによるメモリー・オブ・ゲイシャ(邦訳「さゆり」)のスピルバーグ製作による完全映画化。
 海外においてはとても奇異なものに映る芸者の生き方はどのようなものか。と言うのを紹介したものだが、日本においても庶民にとっては芸者なんて全然知らないものなので、日本で観ていてさえ、かなりエキゾチックな作品に見えてしまう。その辺もあってか、設定のおかしさはほとんど感じずに終わった。
実際私とはほど遠い世界なんだから、日本が舞台でも分からないから
 これが日本で作られていたなら、もっと置屋の苛めやもっと心情的にドロドロ下ものになったのかもしれないが、そこはやはりアメリカ。そう言ったシーンは可能な限り描写を軽く、むしろ純愛路線で話を持っていったのはなかなか上手い方法。人間関係の複雑さはすっぱり切った方が実際描写的に良くなる。描写不足を指摘する必要は無かろう。
 本作の場合主要キャラを中国人俳優に演じさせたために、少々奇異な感じを受けなくもないが、元よりさゆりは日本人離れした容貌が求められていたのだから、その辺は仕方ないところか。ツィイーほど目鼻立ちがすっきり通って、日本人離れした日本人なんてのは確かにいないからね。
 物語においては…数奇な芸者の運命を描いたものと言っても、主軸が「あしながおじさん」っぽいからなあ。テンポが良すぎて余韻を感じる間もなかった。
基本的には美しい演出を観るための作品だと割り切った方が良さそう。

 本作はスピルバーグが製作しているが、実はこの版権を買ったのは相当に前。随分寝かしておいたのだが、スピルバーグ曰く、本当は自分で監督するつもりで、そのスーパーバイザーに黒澤明を呼ぶつもりで買ったのだとか。リップサービスかもしれないけど、「黒澤を呼ぶために買った」とまで言っていた。

 

シカゴ 2002
2002米アカデミー作品賞、助演女優賞(ゼタ・ジョーンズ、ラティファ)、美術賞、衣装デザイン賞、音響賞、編集賞、主演女優賞(ゼルウィガー)、助演男優賞(ライリー)、監督賞(マーシャル)、脚色賞、撮影賞、歌曲賞
2002英アカデミー助演女優賞(ゼタ・ジョーンズ)、音響賞、作品賞、主演女優賞(ゼルウィガー)、監督賞、作曲賞、撮影賞、プロダクションデザイン賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアー賞、編集賞
2002ゴールデン・グローブ作品賞、男優賞(ギア)、女優賞(ゼタ・ジョーンズ、ゼルウィガー)、助演男優賞(ライリー)、助演女優賞(ラティファ)、監督賞(マーシャル)、脚本賞
2002放送映画批評家協会作品賞、助演女優賞(ゼタ・ジョーンズ)、アンサンブル演技賞
2002アメリカ映画俳優組合主演女優賞(ゼルウィガー)、助演女優賞(ゼタ=ジョーンズ)、アンサンブル賞
2002PEOPLEベスト
2002
ナショナル・ボード・オブ・レビュー優秀作品賞第2位
2002AFIベスト
2003
MTVムービー・アワード女優賞(ラティファ)
2003日本アカデミー外国作品賞

2003日本映画批評家大賞西條笑児賞
2003キネマ旬報外国映画第8位

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ビル・コンドン(脚)
レニー・ゼルウィガー
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
リチャード・ギア
クイーン・ラティファ
ジョン・C・ライリー
テイ・ディグス
ルーシー・リュー
クリスティーン・バランスキー
コルム・フィオール
ドミニク・ウェスト
ジェイン・イーストウッド
チタ・リヴェラ
スーザン・マイズナー
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 1920年代シカゴ。しがない工場勤めの夫エイモス(ライリー)を尻目に、スターを夢見るロキシー(ゼルウィガー)は日々キャバレーに通い、そこでのスター、ヴェルマ(ゼタ・ジョーンズ)を羨望の眼差しで眺めていた。だがある日、彼女をデビューさせてやると約束していた愛人のセールスマンの言葉が嘘だと分かり、彼を撃ち殺してしまう。逮捕され、留置所に送られた彼女は、そこで、不倫した夫と姉をやはり撃ち殺して留置所に送られたヴェルマと出会う。ヴェルマは辣腕弁護士ビリー(ギア)のおかげで、巷では一躍スター扱い。ロキシーも同じ手段でヴェルマ以上の注目を浴びようとビリーを雇うのだが…
 1975年にブロードウェイで上演されたビル・コンドン原作の同名舞台の映画化。この舞台劇はかなり人気があったらしく、その後ボブ=フォッシーとフレッド=エッブによりリメイクされ、そのリメイクの方の映画化となる。
 絢爛たる舞台の中で登場人物たちが踊り、歌う。まばゆいばかりの華麗さで、当時日本にも来てかなりヒットしたらしい。
 ストーリーもなかなか人を食っているし、主演のゼルウィガーやゼタ・ジョーンズの個性も際だっている。特にゼルウィガーは
『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)での、あのぽっちゃりした姿しか記憶にないから、随分違って見える。これも役者魂か。それを言うならゼタ・ジョーンズは演技の幅が本当に広く、今回は見事に悪女を演じきっていた(最近は強い女性を演じることが多くなった。この作品も然り)。リチャード=ギアはますますナルシストぶりに拍車がかかってるようだが、こんな二人を相手にするんだから、そのくらい個性がないと渡り合えないか…(それでもやっぱり負けてたよな)。婦長役のラティファの存在感も凄い。ちらっとルーシー=リューが出ていたのも良かった。
 かなり良質の映画だという事は認めるのだが、さりとて、好みか?と聞かれると困る。ミュージカルをやるならやるで、映画ならでは。と言う描写があまりなく、本当に舞台そのものだから、映画である必然性があまり感じない。台詞の言い回しとかも大袈裟過ぎ。
 アカデミーだって舞台装置賞とか衣装デザインでのオスカーなら理解できるけど、なんでこれが作品賞?と言う感じはする。
 この映画の正しい観方は、ひたすらキャラクターの個性に没入すること。これに尽きる。それが出来さえすれば素晴らしい作品だと思えるだろう

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