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ポン・ジュノ
Pong Jun-Ho

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鑑賞本数 3 合計点 13 平均点 4.33
書籍
著作
母なる証明(書籍)

_(書籍)
2011
2010
2009 母なる証明 監督・原案・脚本
2008 TOKYO! 監督・脚本
ミスにんじん 出演
2007
2006 グエムル -漢江の怪物- 監督
2005
2004 20のアイデンティティ/異共 監督
三人三色 監督・脚本
2003 殺人の追憶 監督・脚本
2002
2001
2000 ほえる犬は噛まない 監督・脚本
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
1979
1978
1977
1976
1975
1974
1973
1972
1971
1970
1969 9'14 誕生

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母なる証明 2009
2009インディペンデント・スピリット外国映画賞
2009キネマ旬報外国映画第2位
2009映画館大賞第7位
2010LA批評家協会女優賞(キム・ヘジャ)
2010オンライン映画批評家協会外国語映画賞
2010ボストン映画批評家協会外国語映画賞
2011サターンインターナショナル賞

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パク・ウンギョ
ポン・ジュノ(脚)
キム・ヘジャ
ウォンビン
チン・グ
ユン・ジェムン
チョン・ミソン
★★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
グエムル 漢江の怪物 2006
2006キネマ旬報外国映画3位
2007allcinemaONLINEユーザー投票第8位

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ポン・ジュノ
ハ・ジョンウォン
パク・チョルヒョン(脚)
ソン・ガンホ
ピョン・ヒボン
パク・ヘイル
ペ・ドゥナ
コ・アソン
イ・ジェウン
イ・ドンホ
ユン・ジェムン
キム・レハ
パク・ノシク
イム・ピルソン
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
特撮事典
 ソウルを流れる漢江の河川敷で三代で売店を営むパク一家。家長のヒボン(ピョン・ヒボン)、愚鈍で兄弟からも馬鹿にされる長男カンドゥ(ソン・ガンホ)、アーチェリー国体選手の長女ナムジュ(ペ・ドゥナ)、かつて学生運動の闘士であり、今は無職の次男ナミル(パク・ヘイル)。カンドゥには中学生になる一人娘ヒョンソ(コ・アソン)がおり、彼女が一家全員の愛情を一身に受けていた。そんなある日、河川敷から突然正体不明の巨大な生き物が出現し、驚く人びとを次々に襲う。ヒョンソを連れて逃げようとしたカンドゥだったが、怪物に追われる人びとの中でヒョンソの手を離してしまい、ヒョンソは怪物に連れ去られてしまうのだった。その後、怪物は強力なウィルスの宿主であるとした政府によってパク一家は強制的に隔離されてしまう。そんな時、カンドゥの携帯に死んだと思われたヒョンソから助けを求める一本の電話が入る…
 韓国では記録を塗り替える大ヒットを記録し、興奮そのままに日本に乗り込んできた韓国製モンスター作品。事前情報でもかなりの高評価を得ていたし、友人などはこの作品が日本の特撮作品の屋台骨を揺るがすのでは?などとも言っていたし、結構楽しみにしていた。
 それで一見。
 まずはっきりしているのは、これは日本の怪獣作品と較べるべきものではないと言うこと。
 日本の怪獣映画は『ゴジラ』(1954)を頂点とし、独特の進化を遂げてきた。それは一種の
“伝統芸能”というか、“粋”の領域に入り込んでいるのかもしれない。日本の怪獣ものにとって重要なのは“タメ”の部分。つまり怪獣を出さずにどれだけ人間で持って行けるか。と言う演出である。最後のカタルシスへとつなげていく重要な“間”という奴である。ある映画批評家は「怪獣映画では、怪獣が出た時点で物語は終わる」と言っていたが、それはその通りで、今の日本で怪獣映画を作ると、怪獣が出た時点でプロレスになってしまい、物語そのものが意味をなさなくなってしまうのである。
 これには構造的な問題もある。
 円谷英二が世に送り出した空前絶後の怪獣映画『ゴジラ』は多くの影響を映画界に残してくれたが、同時に負の遺産も残してしまった。それもいくつか挙げられるが、その一つが、
“怪獣は巨大である”というテーゼを作り出してしまったことにある。
 巨大怪獣は、その
巨大さ故に人間と断絶する
 
その断絶をいかにして埋めていくか。これが以降の日本怪獣映画における最大の命題となった。これには様々な方法が考案されたのだが、何故か最も肝心な部分。何故怪獣を人間サイズにしなかったのか?と言うごくごく単純なものを作ろうとしなかったのか。そこに問題があるのだと思う。
 作れる要素はあったはずなのだ。少なくなくとも30年前にだったら、それを作ろうと思った人間がいてもおかしくなかったんだが…多分諸般の事情があるのだろうが、お陰で日本における怪獣映画とはすなわち巨大怪獣の出る、怪獣プロレスの作品になってしまった
(アニメだったら結構あるんだけどねえ)。東宝や円谷、東映大映といったメジャーがそう言う呪縛に捕らわれているんだったら、松竹か日活辺りが出してみても良かったと思うんだよな。
 しかし、海を隔ててそれを考えている人がいたわけだ。何も慧眼というわけではない。
日本映画が取り残してしまったものをすくい上げただけだ
 ただ、その分、色々考えられている。怪獣のサイズがあの大きさだからこそ、最初遠目になんだか分からない存在というシチュエーションが活きるのだし、特に怪物が人間を“下からすくい上げる動作”が多いのも感心できる点。あまつさえ怪物を踏み台にするシチュエーションまで用意されている。あのサイズだからこそ出来ることを最大限に活かした演出は見事と言おう。
 それに、本作は怪物そのものよりも人間ドラマの方に力点が置かれている。
 それに関してはクリアしてると言って良いんじゃないかな?無力なはずの一家族が、家族を助けるために命がけで戦う!というのは、燃えるシチュエーションだが、実はこう言うのは結構少な勝ったんじゃないかな?彼らに怪物と戦う使命のようなものは無い。あるとすれば、ただ家族が無事でいればいい。というだけの実に単純な動機に突き動かされているに過ぎない。当然特殊装備なんぞ無く、おじいちゃんの持っている財産や、へそくりまで導入して何とか怪獣に近づいて、何とか子供を救おう。と言うもの。必死なのは分かるが、ただ必死なだけ。しかし逆にそれが妙なリアリティとなっているのが面白い。少なくとも、これだけ人間よりのストーリーが展開する怪獣ものは日本にはなかった。近いのを挙げればハリウッドのモンスター作品だろうけど、家族を助けると言うシチュエーションをここまで出したものは記憶がない。本当に家族を大切にする、
韓国という土壌の上にこそ成り立った物語なのだ
 それと、本編を貫くブラックな笑いも重要。最初にホルムアルデヒドを漢江に流したという事件は事実を元にしたそうだが
(2000年に起きたいわゆる「メックパルレンド事件」がそれで、米軍の指示により、古くなった死体霊安室に置かれていたホルムアルデヒド25箱を漢江に流したというもの)、これでアメリカと韓国の関係を端的に示しただけでなく、軍と民間人の軋轢や、金で転ぶ友情など、どことなく滑稽に、しかし痛切に批判して見せている。この作品が韓国国内で大受けしたというのは、結局怪獣そのものよりも、こういった批判精神の方に共鳴する人が多かったと言うことなんじゃ無かろうか?

 ただし、一応褒める部分は多いのだが、同時にこの作品には問題も多く、
実は最後までどうしても乗り切れないものも感じてしまう。怪物と人間との対決は緊張感があるんだが、肝心な人間同士の問題で、あんまりにも簡単に軍の病院から脱走する主人公とか、いくら金がものを言うと言っても、あんまりにも簡単に買収されてしまう人間のいい加減さとか、これは笑うべきなんだろうか?それとも韓国的なリアリティなんだろうか?その辺が斟酌できなかった。何より、怪物が何故生まれてきたのか。本当に怪物は一体だけしかいないのか?その辺が綺麗にスルーされているのはいただけない。怪獣映画では、そう言ったケレン味があってこそ楽しいんだから。
 それにしてもシチュエーションは結構
古くささを感じるんだよなあ。次男のナミルは学生時代は闘士であり、それ故にまともな就職も出来ない上、手慣れた動作で火炎瓶まで作ってる。あまつさえ「俺たちが民主化に貢献したのに」とまで言ってる。これって朴 正煕軍事政権の時代の話じゃないのか?朴政権が転覆したのって、1979年。今から30年前だよ。ポン監督、その時からこの作品を考えていたんだろうけど、設定の大枠を変えないのは問題じゃないか?

 結論言わせてもらうと、本作は決して傑作ではないが怪獣好き以外の人間にも広くお薦めできる面白い作品には違いない。

 

殺人の追憶 2003

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ポン・ジュノ
シム・ソンボ(脚)
ソン・ガンホ
キム・サンギョン
パク・ヘイル
キム・レハ
ソン・ジェホ
ピョン・ヒボン
パク・ノシク
チョン・ミソン
イ・ジェウン
★★★★
物語 人物 演出 設定 思い入れ
 パク刑事は任務に忠実なあまり、拷問やでっち上げも辞さないが、一方のソ刑事は冷静に事件を受け止める。冤罪が許されていた時代の韓国を描く。

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