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30 |
読書 |
僕のヒーローアカデミア13
ヒーロー仮試験の決勝はチームワークを必要とする救助任務だった。すぐに運営の意図を察知した学生達は能力を生かす連携を取って順調に任務をこなしていくが、その中で、轟に対抗心を燃やす夜嵐は、轟の邪魔をし始める。一方の轟もそんな夜嵐の態度が腹に据えかねる。そんな二人を見た緑屋は…
前半はヒーロー仮免試験が展開。主人公の緑屋を差し置いて勝手なライバル関係にある轟と夜嵐の意地の張り合いが展開する。後半になると今度はオールマイト不在となった現在の世界の混乱が近づいていることを描いていく。 |
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42話 |
不死者を殺す力をダグデド・ドゥジャルダンから受け取ったラクレスは、ギラではなくダグデドを斬る。そのままギラに共闘を持ちかけ、ダグデドと戦うこととなった。だが、ダグデドの力はあまりにも強く…
敵はダグデド・ドゥジャルダン。
ラクレスの真の目的が明らかになった。全ては17年前に、ラクレスが王位を受け継いだ時から始まった。これまでの歴史で、歴代シュゴッダム王は星の住民の命を人質にダグデド・ドゥジャルダンに屈辱的な屈服を強いられていたことを知る。
それでラクレスはなんとかしてダグデドを倒してその歴史に終止符を打とうと考え、表向き暴虐の王として振る舞いつつこっそり活動していたという。
当初は他の四王国を踏み台にして星をまとめてダグデドの隙を窺おうとしたが、お目付役としてやってきたギラが思いもかけない力を持っていることを知り、ギラに希望を託すことにしたという。しかし王宮にはカメジムが化けたボシーマルというスパイが潜り込んでいる事を知ってしまったため、ギラを彼に近づけないようにして、まずは自分がダグデドの元に潜り込むことを決めた。暴虐の王を装っていたためとして気に入られたお陰で宇蟲王に潜り込み、ダグデドの忠実な部下を演じていた。
そして不死者を殺す力を手に入れることで、ようやく本心を明かしてダグデドと戦う。不死者を倒す剣を持つオオクワガタオージャーと、不死者であるクワガタオージャーの二人でダグデドに挑む。ここまでが随分長かったが、ようやく素直に燃える展開へと移ることが出来た。よくここまで引っ張ったもんだ。
これが最終回だったらそれで終わるのだが、まだ話は続いている。それでもダグデドの力はその上を行っていて、二人がかりでも敵わなかった。なんとかギラの怒りの力の発動でなんとか今だけは退けることが出来た。一応ダグデドに対抗する力を持てたというところまで。
ダグデドを倒すのがギラの怒りで終わらなくて良かった。訳の分からない力で圧倒するのは興ざめだから。
そして最後、ラクレスはギラに全てを託して倒れるのだが、ギリギリでキングオージャーが間に合い、その命を長らえさせることに。そこはちょっと肩すかし。
まだまだ物語は終わらない。 |
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ラース・フォン・トリアー「ヨーロッパ三部作/The Europa Trilogy」 |
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作家主義以後 映画批評を再定義する(2023) |
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須藤健太郎 |
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29 |
映画 |
新宝島(1965) |
港町に住むウサギの少年ジム(田上和枝)は、いつも冒険の航海を夢見ていた。そんなジムの元に、父親の知り合いという航海士が訪ねてきた。父親の遺品がないかというその男をあしらったジムが家を探してみると、そこには古びた地図が見つかった。ジムが敬愛する鹿のリプジー先生(北原隆)にその地図を見せたところ、それは宝の地図だと見抜く。町長を説得し、宝探しに出ようとするリプジー先生は、町外れにする引退した航海士で狼のシルバー(加藤武)に船を見てほしいと願うが…
手塚治虫が初めて漫画化として評価された作品が1947年に刊行された「新宝島」だった。スティーヴンソンの「宝島」をベースに、何でもありのアクション大作となっており、まさしく以降の日本の漫画のベースとなった偉大なる作品である。ただ、「宝島」はあくまでベースで、内容はナンセンスギャグあり、擬人化あり、活劇ありで、手塚治虫の原点そのものそして日本の漫画全てのベースと言って良い極めて質の高い作品だった。
ただ、この作品は映像化されたことはない。本作は同じタイトルを持つのだが、手塚の漫画の映画化ではない。
本作は純粋にスティーヴンソンの「宝島」をベースに作られた物語となる。
そこで普通にそのまま作るのではなく、手塚は独自の解釈をそこに付け加えている。それが登場人物全員が動物というものだった。
単に人間を動物に置き換えただけでは無い。動物にした必然性というのも本作ではしっかりと描いているのが特徴である。
その特徴は、理性というものを話の中心にしたこと。登場人物は皆理性を持った動物だが、激情に駆られ理性のたがが外れると野獣化してしまい、そうなってしまうともう戻らなくなってしまう。そのため、野獣かしないように、できるだけ感情を抑えて行動しなければならない。この設定はとても面白く、宝を目にした時に誰もが目の色を変えすぐに野獣化してしまう。それはいつも冷静なリプジー先生も同じで、宝というのは誰もが理性を失う可能性があると言う設定にしたことで、単なる冒険譚とは随分趣が異なる。
理性を保つという一点をしっかり設定に組み込んだお陰で大人が観ても感心出来る内容に出来ているのが良い。
それに自らの内なる獣の欲望を最も抑える事が出来るのがシルバーというのが面白い。原作では単なる悪人だったのが、本作では悪人ではあるものの、頼れる大人になっており、原作とは随分造形が異なる。これは後の出崎統の「宝島」に少なからず影響与えたのではないかと思っている。
後は、言うまでもないが、手塚治虫のフェティッシュな描写も映える。初監督作と言うことで思い入れも強かったんだろうけど、ちょっと自分を出し過ぎたのでないかと、今になるとそう思う。 |
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16話 |
宝太郎はりんねにクリスマスで大忙しのキッチンいちのせを手伝ってくれるように頼み、半ばアルバイトで手伝いに入る。そんな二人は空から巨大な蛇が落ちてくるのを目撃する。ケミーカード絡みと見た二人は現場に急行するが、そこにいた巨大な蛇はガッチャードの姿を見た途端に消えてしまう。それから急に人々が石化する事件が頻発する。
敵はオロチマルガム。ラケシスがジャマタノオロチケミーで変身したマルガムで、八体の頭を持つため、八体存在する。八体の頭部全てを破壊した時に本体が現れた。冥黒三姉妹の前に現れたグリオンが使役している。
新たなライダーが登場する。現時点では完全に謎の存在で、しかもその姿はオレンジ色のガッチャードだった。現時点では宝太郎のガッチャードに助言を与えるだけで去っている。
オロチマルガムの頭の一つにも敵わずガッチャードに任せるしかない黒鋼スパナはますます存在感が薄くなってしまったが、それでかなり苛々しているようだ。宝太郎に対しては態度でマウント取ろうとしてくるが、実力不足を指摘されて引き下がるしかない。こちらも何か動きが起こりそうだ。
冥黒三姉妹には上司がいることも発覚した。少し展開が進んでいる。 |
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27 |
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14話 |
エンジンの点検のためにモンゴメリー宇宙基地へと向かうエンタープライズ号。そこで彼らを待っていたのはライカーの父親カイル・ライカーだった。戦略武官として宇宙を飛び回り、15年間も音信不通だった父親との確執が深まっていく。
今回はライカーの中心回。最初エンタープライズ号を離れ、U.S.S.アーレス号の艦長を打診され、それを受ける気持ちもあったのだが、そこに現れた父親と喧嘩になってしまった。結局激しい決闘を行うことで確執が解消されたことで、エンタープライズ号に残る決心を付けた。
父親のカイル・ライカーはそれなりに連邦の中でも有名人で、特にポラスキーとはかなり深い仲だったらしい。
一方この話ではウォーフも別な意味で中心で、とにかく終始苛ついていた。クリンゴン文化から離れすぎたため、精神が不安定になっていたらしい。ホロデッキで過酷な訓練のシミュレーションをすることで精神が安定した。
結果として二つの物語が関わりなく同時並行で展開するため、今ひとつバランスが良くない。ライカーが新艦長任務を拒否するのも説得力が薄い。
カイルはダイアナがウィリアムと恋仲である事をすぐに見抜いていた。意外に洞察力があるのか?
<幼少時に地球に来たという設定のウォーフだが、色んなクリンゴンの儀式に精通してる。
それでウォーフは飛翔の儀式なるものをシミュレーションするのだが、それはクリンゴンが正式に認めたものではないし、ウェスリーが提案したものだから、当然儀式に不備があるはず。それでも喜べるものか?本人喜んでるならそれでも良いのか。
アンボウ術というスポーツが出てくる。薙刀術に近いスポーツだが、変な漢字とかも書かれていて、胡散臭さ満載。> |
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26 |
映画 |
マーベルズ(2023) |
アベンジャーズマニアの高校生で、自らもオーラを使うヒーロー、カマラ・カーン(ヴェラーニ)は、いつか最強のアベンジャーズであるキャプテン・マーベルと一緒に戦いたいと願っていた。丁度その頃ニック・フューリー(ジャクソン)率いるS.A.B.E.R.
のエージェント、モニカ・ランボー(パリス)は、フューリーの依頼で宇宙の歪みを調査していたのだが、それはダー・ベン(アシュトン)というクリー人の女戦士によるものだと分かる。ダーがとある惑星で見つけたバングルを装着したところ、キャプテン・マーベル、カマラ、モニカの3人が、力を使うたびに入れ替わる謎の現象に巻き込まれてしまう。
第二期MCUもだいぶ進み、そろそろ方向性が定められる時期に入ってきたと思うのだが、テレビシリーズとの関わりも出てきたので話はまだ拡大を続け、どう収束していくか見えない状態になってる。
事前情報で、本作で少しまとめにかかると思ってたのだが、少なくとも全くその気はなさそうだ。前作となる『キャプテン・マーベル』(2019)から、キャロルの親友マリアの娘モニカ・ランボーと、テレビシリーズの「ミズ・マーベル」との絡みまであって、話は拡大中。特にセイバーのエージェントとしてモニカがやってることは次元のひびを直すような行為は、これまでのマルチバースやクォンタムゲート、地球にある地下世界、はたまたセレスティアルズと関わりがあるのかないのか全くヒントが無い。お陰で更にシリーズの混迷が増すだけの結果となった。
MCUの一本として大きく見る限りは本作は今ひとつと言ったところだが、単体の物語としてみる限りは結構面白い。他の作品と較べてもコミカル度が高いし、何より女の子三人が楽しそうに戦ってるシーンは結構見応えもある。
そのキャラクターだが、本作には三人のヒーローが登場する。キャプテン・マーベルであるキャロルは一作目からの続投で、最強のキャラとなるが、精神の入れ替えという不思議な現象によって力をセーブさせられてるのは面白い。更にモニカに関しては『キャプテン・マーベル』では少女だったが、この作品ではだいぶ年月が経っていて成人しており、エージェントとして活躍中。超人の能力はないものの、エージェントとしては一流というキャラ。一方のミズ・マーベルはMARVELヒーローの中では初の中東出身のヒーローで、家がイスラム教徒のヒーローも初ということで、面白い立ち位置にある。更に昔MARVELキャラを使ったソーシャルゲームで持ちキャラだったということもあって、ちょっと思い入れも高い。
そんなもんで、意外に期待度は高く、結構楽しみにしていたし、少なくともそれに見合うだけの内容は持っていた。
ストーリーの大きさというか、宇宙を舞台にした広さで言えばシリーズ中最高だし、コミカルさとシリアスさのバランスも良い具合。特にマーベルの飼い猫のグースが出る度に笑える描写が出てくるし、途中でミュージカルになってしまう星とかの描写も良い具合。三人が入れ替わるって設定もストーリーの根幹に関わるものなのに笑える部分が多い。
同時にこれまで以上に人というかスクラル人たちが死んでいく。国民の大部分は何の力も無く、ただ運命に翻弄されて死んでいくばかりという描写はこれまでにないシリアスさでもある。
概ね文句の無い出来だった。だが、強いて言えば物語にもう一押し欲しかったところ。ラストシーンはちょっと意外だったが、これからますます設定が増えていきそうで、どうやって収集付けるのか更に分からなくなってきた。
それに『アベンジャーズ エンドゲーム』(2019)を過ぎている今、この程度ではまだ満足がいかないというのが正直な感想ではある。脳が刺激になれてしまった気がする。 |
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23話 |
次々と現れるデルタンダルに対応するため、スカードは連戦に次ぐ連戦を強いられ、ブレーザーも出撃していた。そんな中、疲れ気味で倒れてしまったゲントは精密検査を受けたところ、肉体の消耗が激しすぎると診断を受ける。
敵は月光怪獣デルタンダル。複数出現し、アースガロンとブレーザーが次々撃破している。そして甲虫怪獣タガヌラー。これも次々と現れるようになった。
何度もブレーザーに変身しているため、ゲントの肉体は消耗していて、このまま戦い続ければ死んでしまうと診断されてしまう。展開としては「ウルトラセブン」48話に対応するため、終わりも近い感触。
地球人もそれなりに怪獣への対抗手段を持っているとは言え、まだブレーザーは必要で、そのため出現する度にゲントの生命力が削られていくという話。ブレーザーは何も言わないが、ゲントの体を不調にすることで戦いを止めようとしているらしい。
現時点での怪獣対抗手段はアースガロンが一体しかいないため、複数の怪獣が出現すると対応できなくなりつつある。新しいロボットが必要だと思われる。
今回の戦いでは前半にデルタンダルが、後半にはタガヌラーが登場する。デルタンダルは宇宙からやってきて、タガヌラーは地底から現れる。この出現は偶然では無く、地球と宇宙での戦いがあることが分かってきた。3話に登場したタガヌラーが最後にビームを宇宙に向かって撃っていたが、それが宇宙にいた小惑星に当たっていたとのこと。タガヌラーは地球を守るために行っていたことが推測された。それを推測したエミはむしろタガヌラーにビームを撃たせて小惑星の破壊を進言した。その結果充分にティーテリウムを補給したタガヌラー二体が同じ小惑星にビームを発射したが、小惑星は破壊出来ず、今も近づいている。
しかしそのビームによって、小惑星の中に怪獣がいたことが明らかになった。
そしてブレーザーは最後のタガヌラーの爆発に巻き込まれてしまう。
<防衛軍はタガヌラーに対してサーモバリック弾を発射する。今アースガロンがタガヌラーと交戦中なんだが、アースガロンは見殺しかい。> |
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スーパーロボット&ヒーローARTWORKS2(2023) |
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24 |
読書 |
パタリロ!40
自分自身を見直したくなったパタリロは家出をして日本にやってきた。そこでシバイタロカ博士として生活を始めるのだが、自分の事を発明家と言ってしまったため、近所の高校生に頼まれごとされてしまう。
いつもとは全く趣が異なる長編だが、主人公が高校生になって、なんだかおかしな青春ものになってた。ネタが無くなって適当に描いたような作品という感じ。 |
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41話 |
ダグデドの束縛から逃れたシュゴッドと共にダグデドに戦いを挑むキングオージャー。だが全力の攻撃も一切通用せず、ダグデドはもうこの星で遊ぶのも飽きたと言い始める。その意を汲んだラクレスは、シュゴッダムの人間だけを生き残らせてダグデドの手足として使うように進言していた。
敵はダイゴーグ。かつてキングオージャーに倒されたが、ダグデド・ドゥジャルダンによって強制的に復活させられた。そしてオオクワガタオージャー。ダグデド・ドゥジャルダンより不死者を殺す力を得てギラを倒そうとする。
前回語られて真偽不明だったが、ギラは本当にダグデド・ドゥジャルダンによって作られた不死の存在である事がはっきりした。これまで死ぬような目に遭っても生き残ってきた理由はそれだったと説明された。そこでラクレスはダグデドに願ってギラを殺せる力を得た上でギラに挑戦する。
カグラギもそれに同調し、ギラを騙してキングオージャクラウンを借りた上でラクレスにキングオオクワガタオージャーの力を与えた。
そして決戦でラクレスのキングオオクワガタオージャーはクワガタオージャーを倒した上で不死者を殺す力を用いてギラにとどめを刺そうとするのだが、最後の最後でその力で、ダグデドを斬る。
ここに来てついにラクレスの真意が明らかとなった話だった。これまでの経緯から、幼少時のギラに王としての心得を説いていたシーンが何度も挿入され、その教えを守ってギラは王になっていたと言う事実があり、いつか本心を明かすのだろうと待っていたのだが、まさかここまで引っ張るとは思ってもみなかった。
今回ラクレスの真意というのが少しだけ出てきた。シュゴッダム王は2000年前からダグデド・ドゥジャルダンの意を受けて、その情けにすがり続けてきた。ラクレスもまたその運命から逃れられなかったのだが、実はラクレスのお目付役としてギラが存在したため、その監視の目を恐れてダグデドに対して抵抗できず、ずっと従ってきたという。ギラの記憶を消して王宮から追い出したのは、僅かな時間の猶予でダグデドを倒す用意をしていたらしい。そのためにカグラギは協力していたらしい。
結局ギラこそが本人も知らないまま「邪悪の王」であったことがはっきりした話でもある。 |
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22 |
映画 |
水の中のナイフ(1962) |
裕福な夫婦アンジェイと妻のクリスティナは休日に2人で湖にヨットを出して、そこで過ごすことにした。その途中でヒッチハイクをしている青年を見かけた二人は彼を車に乗せ、話をしている内に盛り上がってヨットに招待するのだった。ゲームや食事で楽しく語らっていたのだが、若者とクリスティナの距離が近づいていることを感じたアンジェイは、眠っている若者のナイフをポケットから抜き取ろうとしたのだが、そこで目を覚ました若者ともみ合ってしまい、若者はボートから落ちてしまう。
それまでポーランドでインディーズ映画作りをしていたポランスキー監督のメジャーでの初監督作にして大出世作。ポランスキーは本作で世界に知られる監督となり、以降の世界進出の足がかりとなった。監督自身はこの作品を評して「状況を扱う映画が撮りたかった」と語っている。
作品はとても単純である。枠だけ見るならそれなりに仲の良い中年夫婦に若い男が絡み、不倫を疑う男の空回りという、一種のコメディ作品となる。しかしその単純な物語の中で、会話や視線で感情的な駆け引きをたっぷり描き、目を離せない緊張感をずっと持続させていた。物語はコメディなのだが、タッチはサスペンスというアンバランスさが面白い。
単純だからこそできる緊張感というものに驚かされるが、言葉によらない描写だけで人の感情を示すことが出来るということをはっきりと示した好作でもある。明らかに映画で文学的表現が出来た。
監督自身はおそらく本作が世界に与えた影響については考えてもいなかったと思うのだが、本作が世界の映画に与えた影響は非常に大きい。特にインディーズの映画撮影では本作のテクニックは今でも有用だし、実際にこれをこの技術を使っている監督も多い。 |
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15話 |
レベルナンバー10のエックスレックスの力を得てスーパーガッチャードとなった宝太郎はクロトーが変身した仮面ライダードレッドと戦う。だがそこにいた間辺父娘が人質に取られてしまう。
敵は仮面ライダードレッド。そしてクローバーマルガム。
今回は珍しくひたすら一つの戦いに集中した話となった。この短い時間の中でもかなり濃密なストーリーが展開していく。
メインの物語はエックスレックスを巡る話で、人の心を操る冥黒三姉妹によって間辺父娘と、りんねが追い詰められていく。
アトロポスによって裏切り者の父親をなじられてしまうりんねだが、その言葉はアトロポスが人間に憧れているからと見抜き、逆にアトロポスを精神的に追い込んで焦らせたお陰で突破の切り口を見いだす。
一人一人の強さを追求する冥黒三姉妹に対し、仲間を信じる宝太郎がスーパーガッチャードになった時に更なる力が湧き出る。パワーアップの瞬間、仮面ライダー1号のものらしいベルトの姿が現れ、風によってパワーアップするという、なかなかに燃える展開ではあった。
これまで二度にわたってラケシスはクローバーマルガムに変身していたが、そのケミーカードが回収されたので、これでもう変身はしなくなるのかな?
<「俺を誰だと思ってる」と言った瞬間に崩れ落ちるスパナ。格好良い台詞と行動が合ってないが、これは意地って奴か。
力を増したスーパーガッチャードの姿を見たクロトーの台詞は「パワーを上げたとでもいうのか?」と富野構文だった。
クリスマスの余興でピンクレディを歌う加治木。更にマイクを受け取った宝太郎は渡辺美里を歌っている。70年代と90年代か。なんの狙いだ?> |
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21 |
映画 |
アカデミー賞受賞スピーチで感謝された回数 |
第1位 |
スティーブン・スピルバーグ |
42回 |
第2位 |
ハーベイ・ワインスタイン |
34回 |
第3位 |
ジェームズ・キャメロン |
28回 |
第4位 |
ジョージ・ルーカス |
23回 |
第5位 |
ピーター・ジャクソン |
22回 |
第6位 |
神 |
19回 |
第7位 |
フラン・ウォルシュ |
18回 |
第8位 |
シーラ・ネビンズ |
17回 |
第9位 |
フランシス・フォード・コッポラ
バリー・M・オズボーン |
16回 |
第10位 |
マーティン・スコセッシ
ソウル・ゼインツ |
15回 |
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読書 |
響け!ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌
三年生の卒業が迫り、北宇治高校吹奏部も新体制を取りつつある時、定期演奏会が近づいてきた。新部長である吉川優子と副部長の中川夏紀によって演奏会リーダーに選出されたのは鎧塚みぞれで、そのサポートに久美子が指名された。「冬色ラプソディ」」「星影セレナーデ」の二本の中編とインタビューを収録する。
久美子が一年生だった頃の後半の思い出となる話。コンクールとは別のエピソードとなる外伝的作品。立華高校のマーチングバンドとの絡みもあり。お陰で本編のキャラの深みは増した。 |
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機動警察パトレイバー35th 公式設定集(2023) |
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19 |
読書 |
JJM 女子柔道部物語9
二年生の道大会へと出場したカムイ南高校女子柔道部。全員実力を上げており、個人戦では二年生も一年生も着実に勝ち進んでいく。中でもえもの実力はもはや高校生では止められないほどになってしまっていた。
スポーツに限らないが、本当の実力者が正しい訓練をすると、とんでもない強さとなる。それを何の衒いもなく描いているのだが、特に著者の格闘描写は冴え渡っているので読んでいて大変心地良い。 |
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22話 |
日本怪獣損害保険株式会社で働くスズキテツオは成績も悪く、やる気を失ってしまっていた。そんな彼が担当したミチコという高齢者のいる地域が怪獣に襲われたと聞かされる。慌ててミチコを見守るために現地に向かうテツオだが…
敵はどくろ怪獣レッドキングと冷凍怪獣ギガス。日本アルプスに出現した二体の怪獣で、その争いが民家に及ぶ。力関係は完全にレッドキングの方が上で、ギガスはその命令に従ってるようにも見える。
本筋からちょっと離れた話で、しがない保険屋の青年を主人公に、自分を見つけるという話。終わり近くになってやるべき話ではなく、もっと早い段階で作るべき作品なのでは?出てくる怪獣は「ウルトラマン」25話に出てきた二体で、ある程度それを踏襲してる。
強いて言うならば一応ブレーザーがファードランアーマーを装着すると高音を発するので、冷凍怪獣に凍らせるという話を持ってきたかったのだろう。それでギガスか。
スズキテツオ役は金井勇太。かつて有名な子役で、かつて「ウルトラマンダイナ」で少年役で出演したことがある。
<出現したレッドキングは二体目で、一体目はタタリ島に出たとのこと。タタリ?
ブレーザーはチルソナイトランサーを使って闘牛士のようにギガスをいなしてる。これって「ウルトラマン」10話の対ジラース戦だな。色々オマージュの多い話だった。> |
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17 |
映画 |
ゴジラ-1.0(2023) |
1945年。特攻隊の敷島浩一(神木隆之介)は、特攻へ向かう途中で零戦が故障したと偽って大戸島の守備隊基地に着陸する。その夜、基地は巨大な恐竜のような生物に襲われ、零戦の機銃を撃てと言われた敷島は、恐ろしさのあまり一歩も動けず、自分と整備兵隊長橘(青木崇高)以外の守備隊の全滅を見守るしかなかった。そして戦後、東京の我が家が空襲で無くなっていることを知った敷島は、そこで機雷の除去作業という危険な仕事をしつつ、新たな生活を始めた。偶然から大石典子(浜辺美波)という女性と、彼女の連れ子を引き取ることとなり、奇妙な同棲生活を始める。そんな折、機雷除去船船長の秋津C治(佐々木蔵之介)は機雷除去ではない変わった仕事を受け、船員の敷島も同行するのだが、そこで彼が見たのは、かつて大戸島を襲った恐竜が巨大化した姿だった。大戸島の伝承から「ゴジラ」と呼ばれるようになったその生物は、東京に向けて進撃していく。
既に世界的なコンテンツとなったゴジラは、現在レジェンダリーによってキングコングと共にシリーズを担う重要キャラになっている。一方、そのゴジラが生まれた日本では、アニメーションで映画『GODZILLA』 シリーズおよびNetflixの「ゴジラSP」があったが、特撮では庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』(2016)以来全く音沙汰がなく、寂しい思いをしていた。
ただ、次に特撮版ゴジラを作るとしたら、前々から第一候補として山崎貴が挙がっており、更に山崎監督にはあまり期待できないというのが特撮ファンの共通認識だった。
確かに山崎監督は日本映画におけるVFXの第一人者だし、実際『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズというヒット作もある。ただ、これまで何作も手がけたアニメーションの実写化作品を観てみる限り、どうしても期待はしぼむ。
とはいえ、何よりゴジラだよ。観ないわけにはいけない。しかもオープニングでとんでもない高評価を得ていた。まさかあの山崎監督が傑作をものにしたのか?と逆に興味が湧き、結構ワクワクしながら観てきた。
まず一つ言えるのは、これまで散々山崎監督のことを馬鹿にしていて済まなかったと言う感情と、素直に頭を下げられる素晴らしい内容だった。ほぼ同じ事を『シン・ゴジラ』(2016)の時もやってるので、我ながら全然成長してない。
本作はある意味ものすごくオーソドックスな作りと、これまでになかった要素を取り入れたことの合わせ技で、新しい価値を作り上げた作品と言うことになる。
ゴジラに限らないが、怪獣映画の問題点は、人間ドラマとの絡みが難しいという点である。怪獣を中心にすると人間ドラマが薄くなり、一方人間のドラマを強調すると、折角怪獣を観に来たのに怪獣が出てこないと叱られる。
結果として、人間のドラマは簡素にして、その代わりに怪獣の戦いをメインにすることが多くなる。それが無難な出来というもので、特にゴジラシリーズはずっとこのパターンで作られてきた。それでも歴代の怪獣映画は人間ドラマと怪獣との戦いの融合を可能な限り何度も試みてきた歴史がある。
しかしそれを全く違うアプローチから作ってみたのが『シン・ゴジラ』(2016)だった。あの作品では人間ドラマを極限まで無くし、その代わりとして、ゴジラと戦う人間の姿を徹底して描いた。ゴジラ自体は登場しなくても、全てゴジラの対策描写で、戦い続ける人間そのものがドラマになっていたのが大きな特徴で、ゴジラの搭乗時間が少ないのに満足度は極めて高かった。
今までに無いアプローチの『シン・ゴジラ』の後を継いで作られたのが本作となるのだが、そうなるとどういう作りになるのか、相当に大変だったと思う。
そして山崎監督の出した答えは、オーソドックスな作りを極限まで突き詰めることだった。人間ドラマをしっかり作り込み、その中にゴジラを入り込ませ、その上で主人公を戦いに行かせる。物語の形式は単純だが、このバランスが難しい。
そこで山崎監督がやったことは、まずゴジラと戦う必然性を主人公に与えることだった。主人公に絶対ゴジラと戦わねばならないというモチベーションを持たせるため、時代設定を戦後に持って行く。主人公を特攻上がりの敗残兵という設定を与えることによって、彼にとって、自分の戦争を終わらせるけじめとしてゴジラを倒さねばならないという覚悟を与えた。このことによってゴジラとの戦いをこれ以上無いシチュエーションに持って行けた。トラウマを克服するストーリーとしてPTSDを使うのは最高の設定となる。しかも特攻に出ることができずに部隊を見捨てた人間が、今度は日本を救うために特攻するというのは設定としては見事な設定だ。
更にもう一点。本作はドラマ部分の作り込みがある。特攻上がりの敷島は自分自身戦後を整理できないまま疑似家族を作っていく。この辺りは『ALWAYS 三丁目の夕日』で培った監督の技量が遺憾なく発揮される。本物の家族ではなくてあくまで擬似的なものというのが特徴的で、血縁に頼らない純粋な善意による人間関係。ままごとのようでもあり、偽善的にも見えるが、逆にそれくらいに極端にすることで、超日常的なゴジラの存在が際立つ。
そしてゴジラという存在は日常を完全に破壊するだけでなく、敷島にとっては乗り越えるべき人生の節目をも意味している。敷島にとっての敗戦は惨めなもので、それをずっと引きずって生きていくが、その惨めさの一部はゴジラこと呉爾羅によって蹂躙されたという思いが強い。そのゴジラを倒すことは、過去の惨めな自分を超えることが出来るものという意識がたかまっている。ゴジラを倒すというモチベーションを持たせることで、ゴジラと戦う意味合いを持たせつつ、人生の困難を乗り越えるという意味合いを持たせることが出来た。
日常生活と非日常がちゃんとつながることで、きちんと人間ドラマを作りつつ、特撮作品としての体裁もしっかり作れたことで本作はしっかりしたバランスの上に作る事が出来たのが大きい。
ここは推測でしか無いのだが、敷島は戦争以来性的に不能状態に陥っていた可能性がある。だから本物の家族を持つ事が出来ず、ままごとのような疑似家族で満足するしか無かったが、最後にそれを乗り越えることで真の意味で脱却したという部分もあったのかもしれない。だからこそ敷島は特攻から生きて帰ってこなければならなかったし、そして敷島を待つ存在として典子は生きていなければならなかった。ラストの邂逅は物語上の必然でもあったのだ。
ゴジラに限ったことでは無いが、怪獣特撮映画での一番の問題点とは、人間ドラマと怪獣との戦いの間にストーリー上の乖離が見られてしまうことだった。特撮がどれだけ良くて怪獣パートが素晴らしくても、所詮は怪獣映画として安っぽく見られる問題点は、まさにそこにある。逆に人間ドラマを中心にしてそれに付け加える形で特撮パートを入れた作品もあるが、それらは話題になりにくい。そのジレンマをストーリー配分のバランスで乗り切れたのが本作の素晴らしいところだ。
更に新怪獣ではなくゴジラが使えたのが大きい。破壊神として、何人にも倒せない神の如き存在としてのゴジラのネームバリューは世界的に高い。それほど強い怪獣に対し、現代では無く過去、しかも敗戦国の日本がどうやって対峙するのか。タイトルにもあるがそのマイナス部分をきちんと描けたことも大きな要素だろう。
そこで終わっても良い。しかし気づかれないように最後に爆弾を仕掛けていたのも、気づく人は気づく悪意で良い感じ。最後に冷水を浴びせるような描写があるが、それでこそゴジラと言うべきなのだろう。
単純に見えるラストシーンが意外に複雑な奥行きがあるラストでもある。
そしてもう一つ言うならば、特撮の良さもあり。着ぐるみゴジラが街を破壊するシーンはこれまで散々観てきた。それはそれで溜飲が下がるし、それを観るために映画館に行くような部分もあるのだが、本作はそれ以上に水上戦が多いのが良い。船でゴジラを迎撃するために色んな知恵を絞り、色んなアイディアで対抗するのも目新しい。それ以上に水中を進むゴジラの姿が本当に恐怖そのもので最高に良い。上から見下ろして巨大な脚を下ろすゴジラも良いが、後ろから巨大な頭部が迫ってくるのは悪夢っぽくて実に良い。
本当に賞賛ばかりになってしまうが、それだけ本作が見事だったという事だ。
個人的なことを言えば、この作品だけは絶対に日比谷で観るんだと、TOHOのIMAXで拝見したのだが、これは大正解。まさしく今、隣をゴジラが歩いているという実感を持って観る事が出来た。“観る”と言うより、“見る”感触と言った感じ。とても素晴らしい時間を持つ事が出来たことも感謝である。 |
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40話 |
宇蟲五道化の一人ゴーマを倒すことには成功したが、強すぎる力の反動で満身創痍となってしまったキングオージャーたち。王様不在の中、ゾンビ化したサナギムの群れに襲われる国々。そんな中、ダグデド・ドゥジャルダンに忠誠を誓うラクレスはギラに全ての責任を負わせてチキューを破壊させようと策略を巡らす。
敵はゾンビ化してダグデド・ドゥジャルダンに操られるサナギムの群れ。
話も終わり近くになって、それでもやはりギラを追い詰めるラクレスの姿がある。ラクレスに言わせると、シュゴッドの感情が分かり、説得によって言い聞かせることが出来るギラの能力はダグデド・ドゥジャルダンによってチキューに送り込まれた存在だったが、裏切ってこの世界を滅ぼそうとしているというものだった。その策略が当たり、又しても国民からギラが裏切り者として扱われることになる。この構図は延々と続いてる。
王様の中で唯一シュゴッドを自在に操る力を持つのはギラだけで、しかもその力はダグデド・ドゥジャルダンと同じものと言うことで、説得力はあった。実際ギラが何故その力を使えるのかは誰も知らないので、あながち間違ってない可能性もある。
ちょっと前にギラ達と一緒に来てしまったガブティラを連れ返しにプリンスがやってきて、一瞬だけギラと一緒に戦うが、すぐに帰ってしまった。友情を語るくせにだいぶ薄情だ。
<チキューから地球までに五年かかるらしいのだが、プリンスがチキューにいたのは数分。それで良いんだろうか?
リタは三途の川を見たと言っていたが、この世界にもその概念があるのだろうか?
ダグデドがギラに「ねえねえどんな気持ち?」と聞くポーズは昔懐かしい掲示板のアスキーアートと同じものだった。
前回ラストでカグラギはラクレス側に付いていたが、冒頭では他の王様と同様体の苦痛で動けなくなっていた。あれはちょっと前の出来事だったのかな?あるいは二人いるか。> |
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MIX MEISEI STORY 〜二度目の夏、空の向こうへ〜
MIX(2nd) |
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wiki |
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14 |
読書 |
裏世界ピクニック7 月の葬送
Tさん事件から数日後。“私”紙越空魚は唐突に裏世界に消えたはずの閏間冴月の訪問を受ける。的確に精神攻撃を仕掛けるようになった裏世界に対し、冴月の葬儀を行うことで影響を断ち切ろうとする“私”は鳥子と小桜、そして冴月によって特殊な力を得た潤巳るなを巻き込み、裏世界で葬儀を行おうとするのだが…
前巻からの続きで長編が続いている。しかしこれで一応の区切りが付いた感じなのか、それともまだ続くのか。なんにせよ、そろそろ物語を閉じている過程のような感じはする。 |
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14話 |
店のクリスマス準備のため手伝いに来てくれたりんねの悩みを聞く宝太郎。そんな二人の耳に恐竜のような咆吼が聞こえる。新たなケミー出現を感知した宝太郎とりんねは早速向かうが、その前に恐竜の写真を撮りたいという間辺爽という女性が現れた。
敵はエックスレックス。人間を捕食する巨大な恐竜型ケミーで、レベルナンバー10にカテゴライズされる個体。そして仮面ライダードレッド。冥黒三姉妹のラケシスが変身した。
前回レベルナンバー10の一枚が登場したが、続けて新たなレベルナンバー10カードが登場してきて、一度は装着までしている。展開が早い。
話は無茶目な上に宝太郎が必要以上に熱いためなんだか微妙な感じ。
ドレッドドライバーを取り返すためにスパナが冥黒三姉妹のアジトに乗り込んでいるが、あっけなく撃退されてしまった。なんかちょっと可哀想になって来た。
仮面ライダードレッドに関しては、前回の錆丸は試験で、今回ラケシスが変身したのが発展系らしい。まだ成長するっぽい。
<爽は恐竜の写真を撮りに来たと言う。それがどれだけおかしいのか誰もツッコミを入れない世界。
エックスレックスを見てすぐに恐竜だと気づいた爽だが、そうは見えないよな。良く言ってロボット。> |
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ウルトラマン ニュージェネレーション英雄伝(2023) |
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12 |
映画 |
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン(2023) |
第一次対戦終了後、叔父のウィリアム・ヘイル(ハンクス)を頼ってオクラホマへと移り住んだアーネスト・バークハート(ディカプリオ)。その土地にはアメリカ政府によって強制的に移住させられた先住民族のオセージ族が暮らしていたが、その土地に石油が出たために先住民族が皆大金持ちという不思議な地域だった。ウィリアムはそこでオーセージ族と町の住民をつなぐ役割をしており、その助手のようなことをしているウチにアーネストにはオーセージ族の娘モリー(プレモンス)と知り合い、やがて結婚する。でありながら多くが資産家となっていた。やがてアーネストは、そんなオセージ族の女性モリモリーの一族の一員となったアーネストに、ウィリアムは色々と頼み事をしてくるようになる。一方でオーセージ族が次々と殺されていく状況が進んでいく。
相変わらずおいてますます盛んというか、どんとん新しいジャンルに挑戦しているスコセッシの最新作は、アメリカの恥部を描く作品となった。主役に馴染みのディカプリオと、更に助演にトム・ハンクスを加えてがっちりと固めた意欲作である。
本作の舞台はオクラホマで実際に起こった事件をモティーフに、その事件を告発したFBIのトム・ホワイトの手記を元にしたものとなっている。
この事件というのは、アメリカ政府によって、どんどん悪い土地に追いやられていたネイティブ・アメリカンのオーセージ族が最後に押し込められたオクラホマで、たまたまその居住地から石油が出たことから始まる話である。
当然石油利権を巡ってアメリカ人はこの土地を狙うが、政府お墨付きの居住地であり、有能な弁護士が弁護に付いたことで土地の所有権および石油利権はオーセージ族のものとなる。そのお陰で、オーセージ族は最も裕福な先住民族となった。しかし金のあるところには当然犯罪もある。1920年代、ここに住むオーセージ族は次々と何者かに殺害され、そして彼らと結婚していたアメリカ人がその利権を自らのものにしたという。危機を覚えたオーセージ族はFBIの介入を要請し、1925年に、殺人者およびそれを指揮した人間が逮捕された。しかし本来もっと多いはずの犯人はたった三人しか逮捕されなかったという。同じオクラホマ州で1921年に起こったタルサ人種虐殺(こちらはなかなか映画化されていなかったが、テレビドラマ「ウォッチメン」で描かれていた)と並び、アメリカの恥部とされている。
実はこの話は割と有名な話で、何本か映画にもなっていたりする。私が観たのは『シマロン』で、石油利権をオーセージ族のものとするよう努力した弁護士を描いたものだが、他にもいくつかあると聞いた。
実際に起こった事件を映画化するに当たり、主人公をどうするかは重要になる。多くの監督ならこの手記を書いたFBIの職員トム・ホワイトをベースにした主人公を設定し、裁判を中心にする形を取る。言うなればオクラホマバージョンの『ミシシッピー・バーニング』(1988)になるかと思う。
しかしスコセッシは面白い人物を主人公にしている。ディカプリオ演じる主人公アーネストは、基本的には善人だしちゃんと判断も出来るのだが、素直すぎて誰かから命令されたらそれを忠実に行う主体性の無い人物として描かれる。主体性がないのでこう言う人物を主人公にすることはあまり無いのだが、敢えてそれを使っている。
アーネストは叔父のウィリアムの言うがままに行動する。ウィリアムの言うことにしたがっていれば良いと、判断を丸投げした結果、どんな犯罪もやることになる。ウィリアムとしては手駒として非常に有効なカードだった。
普通に考えてこう言うキャラは犯罪者の三下にしかならない。正義の元蹴散らされる、強がるだけの弱者なのだが、自覚無く犯罪を犯す人物を主人公にしたことで、これまでの映画にはない不思議な感覚を与えてくれた(督の前作『アイリッシュマン』もそれに近いものがあるので、今の監督のテーマになってるのかも知れない)。
彼を主人公にした事によって、この事件の最初から最後までを通して描く事が出来た。叔父の言われるまま結婚し、犯罪を行い、金持ちになることを喜ぶ。そして犯罪が発覚して罰せられる。ここにおいて謎やどんでん返しは一切無く、そのまま素直に裁判まで行き、拒否もせずに判決を受けいれてる。
結局これだけの長さを使い、本当に素直な作品が出来上がってしまった。
それは新しい作りではあったのだが、盛り上がりに欠けるという問題点もある。本来盛り上がるべき裁判が取って付けたようなものになってしまったのは、勿体ない作り。オーソドックスだが、事件そのものを半分程度の長さに、そして残り半分を裁判にする方がバランスは良くなったとは思う(それが『アイリッシュマン』だった訳だが)。
それにしてもディカプリオは、最近こう言う凡人役を嬉々として演じてるな。貴重な役者に成長してくれた。 |
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21話 |
アースガロンMod3の試験が行われた。操縦していたヤスノブは高速飛行のGに耐えられなかったため、以降アースガロンの操縦はエミに任せるという上層部命令が下る。そんな時、何故かアースガロンの試験飛行を行った海域から巨大なデルタンダルが現れた。
敵はデルタンダルB。14話に登場したのとは別個体で、大きさは約6倍という。ちなみに名前のBは爆撃機を示すボンバーの頭文字。
二回目となるヤスノブの中心回。誰よりもアースガロンを愛し、その整備に情熱をかけてきたが、逆に性能が上がりすぎてアースガロンのスピードについて行けず自分では操縦できなくなってしまう。ある種コメディめいた話だが、本人はいたって真面目で激しく落ち込んでいた。
そんなヤスノブが改めてアースガロンに乗って戦い意地を見せる話に持って行った。
今回はヤスノブとアースガロンが中心となったため、ブレーザーは主にアースガロンのサポートで、動けなくなったデルタンダルBのとどめを刺すだけだった。
前回の話で劇から逃げてしまったため、劇が全国公演になってしまったそうで、一県一県スカードが回っていることが言われていた。みんなそれで疲れてしまっているが、なんか「特車二課」感溢れている。 |
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09 |
読書 |
悪役令嬢転生おじさん4
頓田林憲三郎が転生した悪役令嬢グレイスの魔法学園での生活は順調だったが、魔法学園祭が近づいた。生徒会では恒例となっている劇を行う事になったのだが、そこで生徒会に保管されていたシナリオを探してみたところ、グレイスの母ジャクリーヌが書いたシナリオを発見した。それを読んでみたところ、まるであつらえたように今の学園の生徒にぴったりの配役だった。そこでそのシナリオ通りに劇をすることになるのだが…
学園ものの定番である学園祭。新しいキャラも入ってきたりしてますます賑やかになってる。内容的には相変わらずで、主人公が何をやってもみんなの好感度が上がってしまうと言ういつものパターン。色々手を変えてるので飽きないけど。
少しずつだがこの転生の裏が見え始めてきているようで、どうやらこの世界を作り上げていたのがグレイスの母とアンナの母の二人らしいことはわかる。 |
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39話 |
チキュー五王国の内三国が奪還できた。そして一度は奪還失敗したンコソパ攻略に向かう王達。ンコソパ王であるヤンマには秘策があると言うが…
敵は宇蟲五道化全員。
一度失敗したンコソパ攻略だが、それを可能にするためには、オージャカリバーに秘められたパワーを解放する必要があるという。具体的にはシュゴッドのパワーをそのままオージャカリバーに宿すと言うこと。それは命を賭けることになるが、それが出来ればダグデド・ドゥジャルダンさえ倒せるという都合良い設定になる。
そしてヤンマの策略でウルトラコンピュータが活動を再開し、シュゴッドが再び動き出した。その結果、パワーを解放し、ついに宇蟲五道化の一人ゴーマを倒す事が出来た。
命乞いをするヒルビルに対して「考えても良い」と言った後で攻撃するキングオージャー。嘘をついたとなじるヒルビルに対してカマキリオージャーが言った台詞は「英雄じゃない。王冠を戴くく戦士」だった。これまでのスーパー戦隊とは一線を画す存在である事をよく示している。
ゴーマの死はヒルビルの身代わりになったからだった。実はヒルビルがゴーマを危機の時に入れ替わるように洗脳していたからだという。それを助言したのはラクレスと、なんとカグラギ。相変わらず全方位を騙し回ってる。
<ウルトラコンピュータの偽物にはうんこのフィギュアが入っていた。それを見たミノンガンは「つんつくつん」と言っていた。「ドクター・スランプ」のアラレの台詞だが、同じ東映だから良いのか。> |
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07 |
映画 |
ブールパーティ |
球技の一つ、ブールに興じる人たちを撮影したドキュメンタリー作品。
映画初期のリュミエール兄弟作品の一本。ゲームに興じる人たちをただ映しただけの作品のようだが、技巧を凝らさない素朴な雰囲気で、これはこれで悪くない。試合をしてると言っても素人のゲームなので、なんとなく微笑ましい感じだ。
最初に観た時はブールという競技がどんなゲームなのかよく分からないのがなんだったが、なんとなくボッチャに似てると思ったら、ほんとにボッチャの元となったゲームと分かった。 |
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13話 |
冥黒三姉妹によって仮面ライダードレッドにされてしまった錆丸を救う方法を考える宝太郎たち。鍵はUFO-Xケミーから与えられたエクスガッチャリバーにあると、その使い方を考察する。そんな時、クラスメイトの加治木から、UFOの目撃情報が増えていると言われた宝太郎はUFO-Xケミーを呼び出す方法を考える事にした。
敵は仮面ライダードレッド。
これまでわりと陽性の話ばかりだったが、先輩の命が掛かっていることから、話はかなり深刻なものへとなっていく。特にドレッドドライバーは装着者に強い負荷を与えるため、このまま変身していたら錆丸の命が持たないと分かる。
錬金連合の内部事情も少し垣間見える描写あり。針馬汐里が裏切っていたことを伝えたミナトに対し、二人の上司は不問にすると言っていた。内部で不協和音が鳴り響いているようだな。この作品はあんまり暗くならないよう願いたい。
ドレッドに対抗するためレベルナンバー10の一つUFO-Xの力を手に入れたガッチャードは仮面ライダースーパーガッチャードへと進化した。レベルナンバー10はまだいくつかあるので、ここからはレベルアップした仮面ライダーが見られることだろう。レベルナンバー10は人間に支配されないはずだが、宝太郎に力を貸したのは、本人曰く「信用してくれたから」だそうだ。歴代の錬金術師が出来なかったことをやってのけたため、宝太郎は錬金連合からも一目置かれる存在となった。
ちなみにエクスガッチャリバーの本当の使い方は、畳んでガッチャードライバーに合体させることだった。
<やるんじゃないかと思ったんだが、本当に「ベントラベントラスペースピープル」言ってるよ。70年代かよ。> |
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05 |
読書 |
わたしの推しは悪役令嬢4
交換留学生としてナー帝国で学び始めたレイとクレアは、この帝国に何か裏がある事が分かってくる。そんな中、女帝ドロテーアに呼び出された二人は、そこでこの国の深部に魔族が存在することを知らされる。
新たな舞台での話もだいぶ進んできている。この世界は人間だけのものではないと言うところだが、作品の都合上、どうしても百合展開に持っていく事になる。コメディでないとバランスが悪い感じもあり。 |
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20話 |
父が倒れたという連絡を受け、急いで実家へ帰るテルアキ。だが実はそれはテルアキを実家に戻したい父のついた嘘だった。防衛隊を辞めないというテルアキと、実家で結婚して農業を継いで欲しいという父。二人の主張は平行線のままだった。実家の周囲には何故か季節外れの虫の音が聞こえてくると聞かされるのだが…
敵は地底甲獣ズグガン。人間と同じくらいの大きさの巨大な虫で多数現れる。音波や口から出すアルカリ溶液で土地を冒してしまう。果てしなく巨大化するようで、最も大きな個体はブレーザーと同じ程度の大きさになる。ブレーザーの力でも振りほどけない強度の粘液を吐く。
スカード副隊長のテルアキが中心となった話。田舎に起こったちょっとした違和感が怪獣出現につながるという話で、昔のウルトラマンシリーズでは比較的あったパターンの話になる。父親としては防衛隊にいる息子の身を案じてのことだが、テルアキは使命感があるためその申し出は受け入れられないという、父と息子の相克を描く事になった。
現在日本では熊の被害が増えているので、結構リアルタイムに怖い話になってる。アースガロンで容赦なく撃ち殺してるのも、動物愛護の見地からは褒められないが、それも問題提起かな?
一方、スカードは怪獣が出ない時の仕事の様子があった。今回は怪獣対処の手順を子ども達に教えるための劇をやっていた。ノリノリのヤスノブ一人を除いて全員やる気が無いところが味噌で、怪獣出現の報を受け、嬉しそうに出撃するゲントの姿もあった。 |
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S.H.フィギュアーツ キャプテン・マーベル(マーベルズ) |
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03 |
映画 |
最後にして最初の人類(2020) |
20億年後の人類からのメッセージ。それは地球が滅ぶ直前に過去の人類に託す重要なメッセージだった。そこで語られるのは宇宙の始めと終わり、そして壮大な地球の歴史。
2022年に日本で公開された映画で、SF小説の朗読と、実在する巨大モニュメントの描写で展開する不思議な物語。ここで語られるのは、オラフ・ステープルドンによって書かれたSFの古典「最後にして最初の人類」の本文の抜粋だが、その物語自体を映画化するのではなく、文章を朗読し、そこに不思議なオブジェを重ねていく手法を採った。
朗読劇なので、目を瞑って聞いている限り、オーディオブック的な話なのだが、目の前にオブジェが広がってくると、関連があるのかないのか脳が混乱を起こしてくる。気がつくとこの雰囲気に浸ってる自分がなんかふわっと浮いてる気分になってだんだん心地よくなっていく。
なんかドラッグ系の映像を観させられてる気分にさせられる不思議な作品である。
浸ってると幸せな気分になるのだが、内容が全然頭に入ってこないという問題があるので、なんか何度も観たくなる不思議な作品である。 |
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38話 |
こっそりゴッカンへと潜入したキングオージャーの面々だったが、そこで彼らが見たのは、宇蟲五道化の一人ミノンガンとゴーマが開催する宇蟲王専属アイドルオーディションの開催と、そこで踊り回るリタの姿だった。
敵はミノンガンとゴーマとヒルビル。
イシャバーナ、トウフと順調に国を取り戻していって、今回はゴッカンだったが、異様な雰囲気の話になってしまった。
元々コミュ症で、裁きしかしてなかったリタがいきなりアイドルになるという極端な話で、あまりのギャップに他の王様達が戸惑うばかりだったが、これまで培ってきたコミュ症キャラが一気に転換したため、観てるこっちの方も頭が混乱する。よくぞこんな脚本描いたもんだ。
結局リタがやったことは潜入捜査で、宇蟲五道化を探っていたのだが、ほかの王様達の介入によってそれは失敗。一応ゴッカンも取り戻せはしたものの、チキューを救うという手立てまでは探れなかった。
<オーディションの審査員にもっふんまでいたが、この中身はだれ?
アイドルオーディション途中で乱入したヒルビルは「五王家のことは嫌いになってもあーしのことは嫌いにならないで下さい」と言っていた。元ネタ考えると、これ馬鹿にしてないか?
謎の多いリタの行動に対して、ジェラミーが「言葉にしなければ伝わらないだろう」と言ってる。こいつにだけは言われたくない台詞だ。> |
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02 |
読書 |
俺物語!!10
パティシエのコンクールに出場した一ノ瀬は大和を助手に付けて挑む。その一ノ瀬から一方的にライバル宣言されたことがショックの猛男は、いつものような気力が出ない日を送るのだが…
前巻からの続きで、大和を巡って天才パティシエと猛男の三角関係となるのだが、オチとしては、最初から大和は猛男のことしか見てないのでそもそも三角関係が成り立ってなかった。恋に悩みながら、パワーで突っ切る猛男はいつも通り。読んでいて心地よかった。 |
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12話 |
スパイダーマルガムに変身していたのは錬金連合から派遣されていた針馬汐里だった。実は冥黒三姉妹に共感し、暗黒の扉を開く禁断の秘術に手を染めていたのだ。だがそこに現れた冥黒三姉妹は汐里を消し去ってしまい、更にそこにいた錆丸を捕らえて無理矢理ドライバーを握らせ漆黒の仮面ライダーに無理矢理変身させるのだった。
敵は仮面ライダードレッド。冥黒三姉妹のスパイを探しに冥黒三姉妹が作った仮面ライダーで、レプリケミーカードを用いて通常の仮面ライダー以上のパワーを発揮する。錆丸の知識を使うため、ケミーカードの属性を瞬時に理解し最大限に用いる。来た調査官本人がスパイだったというオチから始まり、新たな仮面ライダーの登場と、流れるように話が進んでいく。
宝太郎の良き先輩であった錆丸が自分の意思とは異なり暗黒の仮面ライダーに変身してしまう。新しいキャラが出るかと思ってたのだが、結構意外。意思を操られるので、誰でも仮面ライダーになれると言うことで、あるいは装着者は変化するのかも知れないけど。
圧倒的な仮面ライダードレッドの力に対し、UFO-Xケミーが現れてガッチャードに専用剣を与えて去って行った。都合良すぎるパターンだが、どうやら宝太郎は特殊なケミーであるレベルナンバー10との相性が良いことが分かった。過去何か関わりを持つのか偶然なのかはこれからの話次第。
宝太郎は死ぬほどの怖さに直面したが、それでも錆丸を救う事を誓っている。こう見えてメンタルは相当強いようだ。 |
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スタジオジブリの撮影術 撮影監督・奥井 敦の仕事のすべて(2023) |
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奥井 敦
野崎 透 |
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