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30 |
| 映画 |
| デッドプール&ウルヴァリン(2024) |
恋人のヴァネッサの命を救ったデッドプールことウェイド・ウィルソン(レイノルズ)は、その後何をやっても上手くいかず、ヒーローを引退して寂しく中古車セールスの仕事を続けていた。そんなある日、ウェイドの前にTVA(時間変異取締局)のエージェントであるミスター・パラドックス(マクファディン)に呼び出され、神聖時間軸アース・616の将来的な危機を守るように言われる。ようやくヒーローになれると大喜びするデッドプールだったが、その際デッドプールが存在する時空アース10005はキーとなる人物ウルヴァリンが死んでしまったことで時空そのものが消去されてしまうを告げられる。神聖時間軸よりも自分の時空を救う事を選んだデッドプールはTVAのエージェント達を皆殺しにしつつ、他の時間軸からウルヴァリンを自分の時空に引っ張ってくることを画策する。いくつかの次元を渡った後でようやく捕まえたウルヴァリン(ジャックマン)は最低な性格で、しかも時空を歪ませてしまったことからパラドックスによって虚無次元ヴォイドへと二人は送り込まれてしまった。そこでこの世界の支配者カサンドラ・ノヴァ(コリン)から、パラドックスの本当の狙いを聞かされることになる。ここで二人が朽ちていくのを見守るというノヴァに反旗を翻そうとするが…
『デッドプール2』(2018)公開からもう6年が経ってしまった。デッドプールは結構好きな私としては、いつかくる続編を待っていた。
この間スーパーヒーローものは色々あった。同年に公開された『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』(2018)および翌年の『アベンジャーズ エンドゲーム』(2019)でMCUは一区切り。そこから次の道がなかなか見つかってない状態。その中でディズニーによるフォックス買収によってX-MENとF4、そしてデッドプールはMCUに組み込まれることになった。更にディズニーはコロンビアとの連携によってスパイダーマンまでMCUに組み込んでいたお陰で、マーベル作品の大部分を包括するようになった。
そこで問題となったのが本作デッドプールとなる。
ディズニーの考える映画は基本的にポリコレに準じたお行儀の良いもの、少なくとも下品に陥らないものが求められる。ところがデッドプールの売りはまさしくその下品さに他ならない。
だからFOX買収の報を受けた時、「あーこれでデッドプール続編ないわ」と思ったのだが、何故か企画は生きていた。いや、生きていたどころか、余計パワーアップして登場してきた。予告編観た瞬間に声が出たくらい。
なんせあのウルヴァリンが出ると言うのだ。しかもこれまでのシリーズ同様のヒュー・ジャックマンで、更に『X-メン』(2000)のような黒いプロテクターではなく、オリジナルシリーズの黄色と黒の服で。これは期待せずにはいられまい。
割と本作事前情報も多くて色々ニュースが入ってきたが、そこで色々分かったのは、本作はそもそもMCUに入れる予定で調整していたのだが、どうにも上手くいかず、ダメ元でジャックマンにウルヴァリン役を演ってくれないかと申し出たところ快諾を得たということ。ジャックマン自身『LOGAN ローガン』(2017)でウルヴァリン役に区切りを付けたはずだが、まだくすぶってたらしく、言われて喜んで出演したという事らしい。要するに本作が作られた最大の理由はジャックマン自身に会ったと言うこと。近年の映画で一人の役者の言動がここまで影響を与えるって珍しい。しかもジャックマンは乗り気どころか積極的に制作にも関わったという。本当にウルヴァリン好きだったことが分かる。
という事で、かなり期待度高く観たわけだが、オープニングでいきなりとんでもない光景見せられた。どうやらデッドプールがいたアース(次元)は『LOGAN ローガン』と同じらしく、しかもウルヴァリンが亡くなってからだいぶ経った時代だった(じゃなんでエグゼビアスクールの初期メンバーのコロッサスが若い姿のままいるのかというツッコミも入るが)。それでこのアースを救うためにはウルヴァリンに蘇ってもらわねばならないのだが、墓を暴いたところ完全に骨になってしまってもう復活は望めない。それでデッドプールはアダマンチウムでコーティングされたウルヴァリンの骨をバラバラにした上で武器にして戦ってるし、その際にディズニーに対する文句ダラダラ言っていたりして、よくこのシーン撮れたもんだと、そこだけでも充分感心出来た。その際『LOGAN ローガン』の余韻を完全にぶち壊してるが、単に茶化すと言うより、覚悟を決めたというところだろう(そもそも過去を改変すれば問題ないのだが、敢えてそれは無視してるようだ)。
そこから本編に入り、別のアースからウルヴァリンを引っ張ってきて本来のウルヴァリンの代役をさせるというのが骨子になるが、そこら辺がとにかく適当。本当にデッドプールは適当に探して適当なウルヴァリンを連れてきただけだった。更にそこからの展開も全部なし崩し。ストーリー部分は適当すぎて全く評価出来ない。前作『デッドプール2』が結構ストーリーに力を入れていたのとは対照的で、全てなし崩しで物語は展開していく。デッドプールとウルヴァリンはほぼ主体性なく、流されるままに物語に従うだけ。その間一体何をしてるかというと、お互いに殺し合ってるだけ。
ただ、その殺し合いこそが本作の最大の売りである。理由は異なるのだが、ウルヴァリンもデッドプールも不死身キャラ。それでウルヴァリンは苛つきから、デッドプールは相手の痛みが分からないという理由で人生の中で何度も人を殺してしまう。そういう生き方をしてるからどっちも世界の中では異端者となる。そんな二人が出会い、そしてどれだけ殺そうが生きて向かってくる。それはお互いを嫌い合って殺し合ってる一方で、お互いを必要としている共依存関係が出来上がる。
この作品の中心はどこにあるかというと、実はデッドプールとウルヴァリンの二人がホンダオデッセイの中で一晩中殺し合うあのシーンだろう。これまで抑えてきた衝動を全て相手にたたきつけ、情欲の限りに殺し合える。見ようによってはあのシーンは愛し合ってるようにさえ見える。短いシーンだが、あれはお互い本当に幸せな瞬間だったのだろう。はっきり言えば、このシーン観られただけで本作の大半の評価はそれで定まった。
後は、本作ならではのカメオが実に良い。出てくるのがファンタスティック・フォー [超能力ユニット](2005)からヒューマン・トーチ。実は役はクリス・エヴァンスで、後にキャプテン・アメリカを演じた。そのためデッドプールは技とキャプテン・アメリカと間違えるというギャグかましてる。それからブレイド(1998)からブレイド。この映画はマーベルの最初のヒット作で、このヒットが次のスパイダーマンシリーズを呼び込み、MCUシリーズも、この作品が原点と言っても良い。それに前述した『LOGAN ローガン』から、ウルヴァリンが命を捨てて助けた女の子ローラが参戦。あとはエレクトラ(2005)からエレクトラ…は、まあw。それとガンビットも出ているが、これは映画の企画が駄目になった作品。
この中ではローラの登場が物語を締めてる。前述したように『LOGAN ローガン』をオープニングで散々馬鹿にした上で、ちゃんとフォローもしてるのが心憎いところだし、短い間とはいえウルヴァリンとともに旅をして、その孤独さを共用したローラだからこそ、別次元から来たウルヴァリンを別人としながらも、魂の本質をぴったり言い当てていた。ウルヴァリン自身はその言葉を無視していたが、結構心に残っていた感があって、それが最後につながったとも言える。
後は次元のゴミ箱と言えるヴォイドに多量に存在するデッドプールの変異体。やられるためにだけ出てくるのだが、結構個性的で、調べてみると、デッドプール役のレイノルズの知り合いが多数出てくるとか(レディ・プールは奥さんであるブレイク・ライブリー。赤ん坊のデッドプールはこの二人の間の息子とか)。
あとは言うまでもないが、ジャックマンとレイノルズがノリノリで役作りしてることだろう。これまでの絵以外がシリーズでは一貫して黒いプロテクター姿だったウルヴァリンがコミック版の黄色と黒のコスチュームに身を包み、ついにマスクまで身につけるのは、コミックを知ってる人には大サービスだが、それ以上にジャックマンの筋肉が凄い。ジャックマンが最初の『X-メン』出演をきっかけに筋トレにのめり込んだのは有名な話だが、本作ではその肉体美を余すところなく表してる。話が進むにつれてコスチュームがどんどん破れ、最後は上半身裸状態になってるが、はっきり言えば『X-メン』当時よりもマッチョ具合が上がってる。もはやその筋肉はアラカンのものではない。ジャックマン、筋肉美を見せ付けたいがためにこの役受けたんじゃなかろうか?
対するレイノルズは相変わらずなのだが、この人、かつて『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』(2009)で同じくデッドプール役でジャックマンのウルヴァリンと戦っている。ただ、『デッドプール』(2016)観る限り、それはレイノルズにとっての黒歴史になってるので、その巻き返しという意識が強かったのだろう。デッドプールの強さとタフさを徹底的に強調してる。
ジャックマンとレイノルズ、双方が激しい思い入れを持って挑んだお陰で本作のキャラの濃さというか個性が爆発してしまっていて、これは素晴らしいとしか。
何度も言うが、ストーリー自体は最低限必要な物語だけしかないが、それをここまで引き上げたのだから充分だ。 |
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| 50話 |
全ての力を手に入れたグリオンは、この世界全てを黄金に変えるべく、ドレッドトルーパーを世界に放つ。宝太郎らは三人の仮面ライダーを中心にドレッドルーパーとの戦いを開始する。
敵は仮面ライダーエルド。そしてドレッドトルーパー。
最終回。この世全てを黄金に変えようとするグリオンの野望を打ち砕くために戦う。
グリオンが錬成した黄金の仮面ライダーエルドはガッチャードを圧倒し、宝太郎も黄金に変えてしまうのだが、その中から新しく仮面ライダーガッチャードアルティマスチームホッパーを錬成する。最後に錬成した究極のガッチャードはオリジナルのスチームホッパーだった。ちょっとだけベルトが赤くなったくらい。でもそれが良い。
名言は多いが、話は単純。
ラストは全員元の生活に戻っていく。記憶を消さなくても、みんな勝手に忘れてしまったらしい。いい加減な。宝太郎の錬金術の力は、地球そのものを複製出来るほどの力を持っていた。おそらく歴代のキャラの中で最強となったのだろう。
そして本当のラスト。仮面ライダーレジェンドが次の仮面ライダーガブにプレゼントを渡して終了。
<ラストで世界の人たちは錬金術師のことを忘れてしまっていた。宝太郎によれば「大人って結構いい加減」だそうだ。政治家を見ていれば実によく分かる。
ところで、前に宝太郎の前に現れたデイブレイクは一体何のためにやってきたのか最後まで説明がなかった。> |
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| 28 |
| 読書 |
シリウス・ゼロ
惑星に娯楽を提供する商売人ウェリーとその一家はある星系で未知の惑星を発見する。居住可能のこの星には何故か地球で見たことがあるものばかりいくつも発見され、更にウェリーの旧友までもが現れる。
なんとも人を食った作品で、まさしく星新一的物語と言って良い。実際似たような作品は星新一のショートショートで読んだことがあった。 |
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| 7話 |
急激に星元市の気温が上がり、SKIPの職員もバテていた。そんな時に現れた怪獣ホムガーがガスタンクからガスを吸収し始める。どんなエネルギーも吸収してしまうホムガーにアークもなすすべがないのだが…
敵は灼熱怪獣ホムガー。地下から現れた獣型の怪獣で、あらゆるエネルギーを吸収する。そのエネルギーを一気に放出することで子どもを産む。アークによって爆発が抑えられた結果、出産は先送りになった。
現実世界における近年の気温上昇を受けたネタ的な話。なんと50度近くにまで上がっている。かつては30度でも暑すぎと言われていたのだが、時代は変わってしまった。
今回登場した怪獣は出産のために地上に上がってきただけで、敵意はない。ただし、出産時に爆発してしまうことがわかり、アークは親子共々その怪獣を救おうとして、その心が新しい力ルーナアーマーを作り出した。現時点では怪獣のエネルギーを抑えることで爆発を抑え、出産を先送りにしてほむがー本体の命を救った。
<ユピーの淹れたコーヒーを一口飲んだシュウは「キンッキンに冷えてる」と言っていた。お前はカイジか。> |
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| 定本 たかが映画じゃないか(2024) |
<A> |
<楽> |
| 谷川 建司 |
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| 26 |
| 映画 |
| 金魚漁 |
庭にしつらえたテーブルの上にある金魚鉢を見つめ、それに手を入れようとする赤ん坊と、赤ん坊をあやしながら、赤ん坊の手をのけようとする母親の微笑ましい展開。
リュミエール兄弟による初期の短編作品の一つで、赤ん坊を主題とする何作かの短編の一つ。本作の場合は、単に子どもの姿を見て微笑ましい重いになるだけでなく、ちょっとしたサスペンス要素も込められているのが特徴となる。
サスペンスと言っても他愛の無いもので、赤ちゃんが金魚鉢に手を突っ込んだら金魚鉢が転がるのでは?というちょっとだけの怖さだけで、生活の中でよくある出来事。今だったらショート動画でネットにいくらでも転がっているものだが、ハプニングを期待してドキドキしながら観る最初の作品とも言えるだろう。
その意味では本作は不完全ながらストーリー性もあるので、色々新機軸が入った作品でもある。 |
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| 25話 |
失敗続きでなかなかギャーソリンを集めることが出来ないキャノンボーグは苛々が増していた。そこでサンシーターには任せておけないと、大量にギャーソリンを回収出来るジャッキー・ホイホイを呼び出す。現時点では宇宙に出るブンブンカーがない状態で出来るのは、隠れているキャノンボーグを直接叩くしかなかった。
敵はキャノンボーグ。
キャノンボーグ編の最終話。これまで前線に出ようとしなかったキャノンボーグは、最後まで隠れて多量のギャーソリンを手に入れる作戦を遂行しようとしたが、何者かの介入でブンブンジャーにアジトがばれてしまった。
キャノンボーグはブンバイオレットに仲間にならないかと誘いを掛けたもののブンバイオレットはようやく出来た仲間といる方が楽しいと、にべもなく拒否していた。
更にサンシーターを巨大化させてブンブンジャーと戦わせようとしたのだが、ヤイヤイヤルカーの反抗で逆に自分が巨大化させられて自ら戦わざるを得なくなってしまう。これまでの戦いからブンブンジャーの戦力を正確に把握していたが、全てのブンブンカーが合体したデータのないブンブンフルスロットルエディションによって倒される。
キャノンボーグのアジトの場所を教えたのはISAだった。ただし、何故ISAがそれを知っていたかは分からず、調も不審に思っている。
<現時点で宇宙に出る方法がないと言っていたが、18話で先斗とビュンディは地球を去ろうとしていたから、方法はあると思う。
ジャッキー・ホイホイというと、『キャノンボール』でジャッキー・チェンとマイケル・ホイが同じ車で出演していたのだが、多分それそのものだろう。
ジャッキー・ホイホイは形状と言い、機能と言い、『シン・ウルトラマン』のゼットンそっくりなのだが、宇宙でくぐもった声で「ゼットン」と言ってるように聞こえるのだが?
ブンブンフルスロットルエディションの攻撃は、固定砲台のような大出力砲だが、簡単に避けられそうだが?> |
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| 24 |
| 読書 |
パタリロ!46
マリネラにやってきたマライヒは、またしてもバンコランとの子どもが出来たと言ってくる。最新の医療技術でマリネラで産むことになったのだが、次々に起こるトラブル。なんとか出産までは出来たものの、生まれた子どもは強力な電磁波を発してマリネラ中の全てのコンピュータを狂わしてしまう。
バンコランとマライヒの間には前にも一度出産騒ぎがあったが、今度は本当に子どもが生まれてきた。ただ、どうやら一筋縄には行かない様子。 |
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| 49話 |
本当の自分の力を解放するため、ヴァルバラドライバーを自ら調整しているスパナの前にギギストが現れ、真の力を解放してやろうと語りかける。一方、次々に現れるマルガムに危機を覚える人々は錬金術師を排除せよと迫るようになる。
敵はギギスト。
前回のマジェードに続きギギストの炎の力を取り込んでヴァルバラドのパワーアップが描かれる。己の中にある黒い炎を使いこなすためには、闇を受け入れるのではなく、光を取り入れることだった。その事を宝太郎との戦いを通して学んだという。これによってギギスト自身から後継者として名指しされた。
ただし錬金術の力自体はそのままグリオンに奪われてしまい、グリオンは全ての力を手に入れ、最終的な野望へと向かう。
前回のアトロポスに続きラケシスまでもが消えてしまう。 |
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| 22 |
| 映画 |
| 密輸1970(2023) |
韓国の平和な漁村クンチョン。豊かな海でアワビなどを獲って生計を立てていた海女たちだったが、化学工場からの排水の影響で漁獲量は激減し、生活が立ち行かなくなってしまう。そこで海女チームを率いるリーダーのジンスク(ヨム・ジョンア)は、計画的に海底に沈められた密輸品を引き上げる仕事を請け負うことに。しかし作業中に税関の摘発に遭い、ジンスクたちは現場からいち早く逃亡したチュンジャ(キム・ヘス)を除いて、みな刑務所送りとなってしまう。2年後、出所したジンスクは、大物やくざクォン(チョ・インソン)の依頼でチュンジャから新たな密輸の儲け話を持ち掛けられるのだったが…
海女を主演にした作品が韓国で作られているとちょっと前に聞き、それが古き良き東映実録ものっぽさがあると、評判が良いため、興味を持って観てきた。70年代の東映作品が結構好きな私としては、本当に東映っぽい作品に仕上がってて大満足。
ここに描かれる人はみんなパワフルだ。とにかく生きる事に貪欲で、生きてる限り金持ちになりたいし良い生活をしたい。そのためには誰でも踏みつける。その代わり、身内に関しては命を賭けて守るというという側面もあって、簡単に命のやりとりをする人物像も凄い。とにかく何でもかんでも熱い。
出てくるキャラみんな濃いし、やってることも効率性はなく理性的でもないために今の目で観ると、「なんでこうなるの?」的な展開が多いのだが、その辺も全部パワーで乗り切ってしまった感あり。
しかしこれが映画の楽しみそのものなのかもしれない。理性があった方が良い映画もあれば、こういう理性よりも感情やパッションを優先させる映画もある。そしてこう言う作品の方が感情を爆発させて楽しさを得られる。
かつての邦画はまさにそうだった。激動の70年代。映画が娯楽の最先端を行ってた時代は、次々と安っぽい映画が作られ続けたが、そこでのヒーロー達は常にダークで自分の欲望に忠実で、それがたまらなく格好良かった。
すっかりおとなしくなってしまった邦画でも、こう言うパッションだけで引っ張っていく作品が作られ続けてほしかったが、すっかり無くなってしまったのが寂しい。強いて言えば白井和彌監督の『止められるか、俺たちを』(2018)があるが、これはジャンル的には別だし、こういう創作娯楽を突き詰めたような作品はほぼ壊滅。
しかしそんな作品が韓国ではまだ作られ続けている。しかもちゃんと進化して、安っぽくなくきちんとした演出で。
まさに「私はこう言うのが見たかったんだ!」と素直に思えた。こんなのが量産されたら、到底韓国映画に敵わなくなる。邦画ももっと危機感持ってほしい。
女性たちを主人公とし、基本的に男を必要としないという設定も良い。舞台となる1970年は日本であれ韓国であれ男性優位の時代で、女性はどうしても地位が低くなるし、自由度も低い。しかし手に職を持った女性であれば別。自分の腕一つで稼ぐ海女というのはぴったりな設定だ。しかも危険と隣り合わせの職業のため、ぐっと切実度とアクション度合いが増す。男社会の中田からこそ味わう屈辱や苦労もあるが、それに負けずにしたたかに生きるパワーがとても良い。
とにかく登場人物みんな激しい性格だけに、よくそれをコントロール出来たものだと感心も出来る。まとまらないまま放置した邦画ではなく、ちゃんとまとめてるところが本作の素晴らしいところだ。
細かいところで気になったのが、ヴェトナム戦争帰りの社長とその秘書の二人の戦い方と、地元のやくざの戦いが、数が全く違うのに圧倒的に違うというのに差があるのが面白い。これは地元のヤクザが重く長い武器を振りかぶって殴りつけるのに対して、ナイフを相手の太ももに突き刺すことで最低限の動きで相手の戦力を奪うという、実践的な戦いの差があるという。ネットでその解釈を見て、あれも結構リアルな戦い方だったのが分かった。
それにもう一つ。1970年という時代の韓国にとって、日本は本当に憧れの地だったことも。なんだろうなあ。この圧倒的強者感は、観てる間はとても気分良かったが、一方で、今の現実を見せ付けられるとだいぶ落ち込むことになる。何より韓国が日本に対するコンプレックスから脱却しつつあることも感じられるので、ますますこれから韓国映画が発展していくことを大きく期待させるものになった。 |
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| 7話 |
VERSUS ROAD敗北によって親友の翔李が消えてしまい、意気消沈する世那の前に、同じプレイヤーでYチューバーの南雲太輔が現れ、プレイヤーの凉介と大の元へと誘い、そこでVERSUS
ROADについての推測を語り出す。
生き残ったプレイヤー達が現実世界で集まる。そこで太輔から、様々な推測と何者かから導かれるものとして、VERSUS ROADの世界がゲームではなく転送された魔界ではないかという推測を披露される。
そして協力を要請されるが、このままだと一人だけが生き残るものの、残りは全員消えてしまうことから、世那は他に道がないかと太輔の話に乗る。一方自分さえ良ければ良いという残り全員はゲームを続けることを選択している。
そして開始される四回戦。8人のプレイヤーが4人になるまで戦うと言うバトルロイヤルだが、今回の戦いでは魔剣なるものが登場している。絶大な力を手に入れられる代わりに99.9秒以内に敵を倒さなければならないというもの。牙狼剣と同じものなのかな?
親友の翔李を失い落ち込む世那に対し、「親友なら何故殺してやらなかった」と逆になじられてしまう。このゲームは常識が全く異なることをよく示す言葉だ。
太輔のホームページに送られてきたメッセージには「ガロはもういない」と書かれていた。黄金の鎧は存在しているが、動けないという意味だろうか? |
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| 20 |
| 読書 |
三体III 死神永生 下
迫り来る三体艦隊に対し、ついに最終手段が執られ、地球の滅亡は確定された。その日が来るまで太陽系を離れようとするもの、地球と運命を友にしようというもの、太陽系の中であれば安全と考え、宇宙移住をするものなど、様々な人々の中、自分の行動を決めかねる程心はかつて三体に送り出した雲天明のメッセージを読み解こうとしていた。
壮大な宇宙叙事詩もこれで最終巻。次元そのものが兵器になるという考えがSF的で面白いが、色々と取り残した設定もあるし、何よりラストシーンが納得いかないためにちょっとすっきりしない。SFの名作「タウ・ゼロ」っぽい終わり方ではあるのだが、なんかもやっとする。 |
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| 総集編 |
SKIPフジヤマ分所では、怪獣騒ぎも全くなく、暇な日常を過ごしていた。その職員も中村イチロウとユピーと同型AI搭載型ロボットのチャッピーの二人だけ。することがないので、星元市での怪獣の分析を始める二人。
1〜6話の総集編。「ウルトラマンブレーザー」どうよう特別なキャラを登場させてこれまでの話の解説をさせるパターン。全く違う地方での人物なので、本編に登場することがあるのかどうかは不明。
<チャッピーによれば、「俺は自分の眼で見たものしか信じない」だそうだが、散々その目でユピーは怪獣見てる。スタンドアローンでAIの並列処理はしてないのだろうか?> |
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| 19 |
| 映画 |
| ドラゴンボール超 スーパーヒーロー(2022) |
かつて少年時代の孫悟空によって壊滅させられた悪の組織レッドリボン軍は今もしぶとく生き残っており、その総裁マゼンタは亡き父のレッドの意志を継いで世界征服に乗り出そうとしていた。そのため天才科学者ドクター・ヘドをスカウとし、最強の人造人間の開発を依頼するのだった。孫悟空こそ地球を破壊する悪の総大将であると聞かされたヘドは、最強の戦闘機械を作るという野望と、世界を救う使命感でついにスーパーヒーロー、ガンマ1号と2号を完成させる。偶然からその事を知ったピッコロだが…
鳥山明による原作終了後もしぶとくアニメ化され続ける「ドラゴンボール」。始まったのが1986年なので、もう40年近くやってるし、しかも登場人物の大部分の声優が変わってないというとんでもない作品になっている。
その中で完全新作となった2015年〜2018年までテレビ放映された「ドラゴンボール超」の完全新作の続編となった。
「ドラゴンボール」の主人公は孫悟空で、これまでのシリーズの中で、盟友のベジータと共にこの次元世界の生物の中では最強となり、もはや残りは破壊神となるだけという状態にあって、もはや誰も敵わないレベルに至っているので、悟空とベジータの話を入れず、ドラマを重視してピッコロと悟空の息子孫悟飯を中心とした話に仕上げた。
具体的には孫悟飯の娘パンが誘拐され、それを助けるために父の悟飯と、どっちかというと育ての親というか祖父のような立場にあるピッコロが奮闘する話としている。悟空とベジータが強くなりすぎたため、危機を演出するためにはこういう話にしたのが正解だろう。
ただ、話として面白いか?と言われたら結構微妙。都合良く話が展開するとか、なんかなし崩しにピッコロがパワーアップしたり、強いはずの敵が味方になった途端更に強い敵が現れるとか、どこか本編に出てきたのと似た敵が出てきたとか、漂い出るパチモン感がなんとも気持ち的には落ちる。
むしろピンポイントに登場する悟空とベジータの話が後につながる重要なポイントとなってるので、そっちの方が以降のシリーズの伏線として面白かった。
そうそうあと一つ。今回の主人公となるピッコロはオリジナルキャストの古川登志夫が声を当てているが、ガンマ1号と2号は神谷浩史と宮野真守。「うる星やつら」における新旧の諸星あたるがライバルキャラとして戦い、更に面堂終太郎が加わるという、かなりカオスな話になってるので、ちょっと笑えた。 |
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| 24話 |
かつて大也が通っていた学童保育施設にブンブンジャーの面々とやってきた大也。そんな大也を見た園長先生は大也の初恋の人のことを口にし、ブンブンジャーの面々は興味津々でその話を聞きたがる。
敵はアコギグルマー。アコースティックギターの苦魔獣。手にしたドリームギターをかき鳴らすと偽物の夢に引きずり込むことが出来る。眠った人間は悪夢を見てギャーソリンを出すようになる。
大也の過去にまつわる話。アコギグルマーの技で過去に囚われ眠ってしまった大也を他のブンブンジャーが現実に戻すという話になってる。学童の先生が初恋の人だったらしい。大也の過去話は結構多いな。
一方ギャーソリンの回収がなかなか出来ないキャノンボーグが焦り始めている。そろそろこの敵も尻に火がつき始めたか。
<他のメンバーはともかく公務員の錠は施設の慰問になんか行って良かったのか?> |
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最強タンクの迷宮攻略 〜体力9999のレアスキル持ちタンク、勇者パーティーを追放される〜 |
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<楽> |
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| wiki |
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| 16 |
| 読書 |
悪役令嬢転生おじさん5
学園の授業の一環で学園地下の迷宮探索に挑む頓田林憲三郎ことグレイスとアンナ。浅い階層での訓練のはずだったのだが、いつの間にか深層へと飛ばされてしまう。戸惑うまま、他のパーティと豪州誌、迷宮攻略に挑む二人。何故か現実世界のアイテムが取れるという不思議な状況で、他のメンバーを探す。
唐突に迷宮巡りの話になった。ちょっと脈絡はないが、コメディだからそれで良し。出来は相変わらずだが、現実世界との関わりが少しずつ出てきはじめてる。 |
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| 48話 |
突然九堂風雅の前に現れたグリオンは、ガエリヤによってアトロポスが奪われてしまい、このままだと殺戮キマイラにされてしまうため、助けてくれと願う。二人はガエリヤの元へと向かうのだが…
敵はガエリヤ。
突然父性に目覚めたようにアトロポスを甘やかしていたグリオンの本当の狙いが描かれる。結局グリオンにとってはアトロポスも道具に過ぎなかった。そんなアトロポス自身は自らの消滅を受け入れているが、その際自身のモデルとなったりんねをかばっている。
アトロポス消滅によって、その一部はりんねの精神の中に入り込み、りんねは新しく仮面ライダートワイライトマジェードに変身し、ガエリヤを倒す事に成功した。
グリオンはアトロポスをキマイラ化する目的は失敗したものの、ガエリヤの賢者の石を奪う。結局今回はグリオンの非道ぶりばかりが強調された話だった。仮面ライダーシリーズにおける父親は駄目なものばかりだ。
<入れないはずの異空間にガッチャードが入れたのは、決闘に必要な銃に変身したからだという。ただ、既に銃はその空間にあるので入れる必要はないのだが。
ガエリヤは人間が感情を捨てることが正しい進化であり、自分はそうしたと言っていたが、どう見ても感情的な言動をしてる。
トワイライトマジェードは冥黒王まで撃破出来る。それって物理的に無理なのでは?> |
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| インド沼 映画でわかる超大国のリアル(2024) |
<A> |
<楽> |
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| 映画 |
| フェラーリ(2024) |
1956年。息子のディーノを筋ジストロフィーで亡くし、失意の中にあったフェラーリ社長エンツォ・フェラーリ(ドライヴァー)は、妻のラウラ(クルス)への愛も冷め、愛人のリナ(ウッドリー)と私生児の息子ピエロへと愛を注いでいた。一方経営に関心が薄くレースに注力するエンツォのお陰で会社は経営破綻の瀬戸際だった。そんな時、彼は社運を賭けて、イタリア全土を縦断する公道レース"ミッレミリア"に参戦することを決める。
世界に冠たる名車フェラーリを作り上げたエンリオ・フェラーリの伝記作品。伝記と言っても、ほんの一年くらいの期間の、フェラーリ社が危機に陥っている時代を描く作品となっている。
フェラーリの一生はかなり劇的なもの。彼にとって車は一生を賭けるべきもので、20歳そこそこでドライバーとしてキャリアを始め、その後アルファロメオのディーラー、レーシングチーム、第二次大戦を挟んでフェラーリ社の立ち上げと、そこから10年に及ぶレース。そこからのフィアットへの身売り。どどこを取ってもドラマチックだし映画になるが、その中で敢えてこの時を映画にしたのは、監督の思いによるものではないだろうか。
本作に先行し、2019年に『フォードvsフェラーリ』(2019)が公開されたが、その作品ではフェラーリがフォードの申し出を蹴ってフィアット社に身売りするところが描かれている。本作はまさしくその直接の原因を描く話となっていて、丁度この二作を観ると色々興味深い。そもそも本作の監督マイケル・マンは『フォードvsフェラーリ』でも製作総指揮で関わっていたから、その時に本作を構想したのではないだろうか?
ただ『フォードvsフェラーリ』ではレーサーだからレースに集中出来るが、本作はオーナーが主人公なので、レースそのものに関わるのはレーシングチームを作ることと、応援するくらいしかない。むしろ物語は経営に苦しんでフォードとフィアットのどちらに身売りするのかの選択と、妻から経営権を譲ってもらうこと、そしてその妻から内縁の妻を守ることと、はっきり悪いことが続き、色んな意味で行き詰まってしまっていて、よくもまあこんな状況を映画にしようと思ったものだ。
しかしながら、悪いことばかりなのに、途中でレースが挿入されることできつさが緩和されてちゃんと見られるところが良い。バランスの良さが光る演出だ。
それでレースの方は白熱していくのだが、ラストであれを描写するのか!というとんでもない展開もあって、全く飽きさせない。ホラー映画かよ。
キャラクターも流石。なんと言ってもエンツォ役のアダム・ドライヴァーが凄い演技見せてくれる。同じく伝記物では[ハウス・オブ・グッチ](2021)があったが、あそこでは青年役を演じてたのに、本作では初老役。しかも全く違う演技を見事に演じ分けていた。この人どこまで演技の幅を広げるのやら。驚くばかりである。更に妻のラウラ役のペネロペ・クルスは貫禄の演技の巧さを見せ付ける。こう言う役が似合うようになったね。まるで昔のソフィー・マルソーばりだよ。
これだけ気持ちが滅入る設定の話をこれだけ目を離せない作品に仕上げたのだ。監督の実力を見せ付けた作品と言えよう。 |
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| 6話 |
VERSUS ROAD三回戦が始まった。18人のプレイヤーが8人になるまで殺し合いを行わせるという過酷なバトルロイヤルで、瞬間的に協力しつつ敵を倒していくプレイヤー達。その中で親友の翔李の裏切りを疑う世那。
一回戦同様のバトルロイヤル形式の戦いが展開する。一回戦と違うのは人数が少ないために狭い空間の中での戦いとなったことと、これまでの戦いを経て協力関係を結ぶチームが出来ていること。主人公である世那は当然親友の翔李と組むが、ゲーム直前にゲームを降りることを勧めていたことで、裏切ったのではないかと疑心暗鬼に囚われてしまう。
そんな迷いのせいもあって、翔李がホラーに憑依されてしまい、それを助けることが出来なかった。
翔李は自ら爆弾のスイッチを押して死にのだが、それに責任を感じら世那は大変落ち込んでしまう。 |
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| 10 |
| 映画 |
| 塙凹内名刀之巻(1917) |
侍が商人から刀を購入し、試し斬りをしようと、目に付いた町人の後を付け、背後から袈裟懸けに刀を振り下ろすが、自分の不器用さと刀がなまくらだったせいで、全く相手を傷つけられず、逆襲されてたたきのめされてしまう。。
タイトル名は「はなわへこないめいとうのまき」と読むが、一般には「なまくら刀」として知られるアニメーション作品。
日本映画における初のアニメーション作品は『凸坊新畫帖 芋助猪狩の巻』と言われるが、その数ヶ月後に登場したのが本作である。実はどちらもフィルムは散逸してしまったと思われていたのだが、奇跡的に2007年に本作が発見された。今ではネットで全長版を観る事も出来る。
僅か5分程度の作品だが、漫画的デフォルメを駆使した人物造形と言い、きちんと伏線まで張ってオチを用意したストーリーの軽妙さと言い、質的にはかなり高い。
物語自体はナンセンスコメディだが、だからこそアニメーションで作る意味があるというもの。特に侍の動きと言い表情と言い、この時代にしてほぼ完成した動きを見せていて、未来からやってきた漫画家?というほどの巧さ。
アニメーション黎明期の作品として、多くの人に観てもらいたい作品である。 |
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| 23話 |
少年野球のコーチをしている錠の前に苦魔獣グローブグルマーが現れた。そこで他のブンブンジャーも現れて戦闘になりかけたが、錠はグローブグルマーとサンシータに対して野球勝負を挑むという。その心意気を受け入れた大也も協力することになり、ブンブンジャーとハシリヤンの野球対決が実現する。
敵はグローブグルマー。グローブ型の苦魔獣。野球している子ども達にプロの厳しさを教えて絶望させてギャーソリンを得ようとする。野球勝負ではピッチャーとなり、誰にも打てない魔球的なボールを投げたり、ボールに魂を宿したりしていた。
かつての戦隊ものでは比較的多く出ていた野球ものだが、ストレートに野球をやるのは珍しい。考えてみると、ブンブンジャーは確かにメンバーは9人いるので可能な話だった。尤も相手が相手なので、ルールは無茶苦茶になってるけど。それ含めて島本和彦味にあふれた話だった。118対0を高すぎるフライを打つ事でその間に何度も点数を入れて勝利した。
なんか島本和彦の「逆境ナイン」味がある話だった。謎格言の連発とか、漫画で出てきた男球まで出てくるので、間違いなく脚本はそれを意識してる。ノリ過ぎだろ。
ブンブンジャーロボとブンブンレオンが合体することでブンブンジャーロボ119が登場した。
<野球勝負は良いんだが、勝った方が何を得て負けた方が何を失うのか全く分からない。
デコトラーデが持つバットは長すぎるので、振り回したらキャッチャーと審判に当たる。
ハシリヤンの方が勝手にルールを押しつけてるけど、それは…良いんだろうな。
強烈なカウンターでボールを当てられた錠に対してブンブンは「ジョー!」と叫んでいるが、どう聞いてもそれって矢吹?
9回表で118対0だが、律儀にゲーム続けてるのがさすがだな。
ブンブンジャーに変身してもちゃんとユニフォームは着てるのね。
調が大也に言ったのは「急がば回れ」だが、どうやら大也はその言葉を「急いで回れ」と受け取ったようだ。
ブンレッドが119に変身したらユニフォームは消えてた。流石に無理か。
逆転されてしまった際、グローブグルマーが言った台詞は「ベンチがあほやから野球ができへん」だった。江本孟紀の名言だぞ。
グローブグルマーが巨大化したら何故か球場が甲子園になってた。
最後のブンブンの台詞は「ホームランだね」だが、これってひょっとして吉野家のCM?> |
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| MCU 比類なき映画スタジオの驚異的〔マーベル〕な逆転物語(2024) |
<A> |
<楽> |
ジョアンナ・ロビンソン
デイヴ・ゴンザレス
ギャヴィン・エドワーズ |
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| 08 |
| 読書 |
ユーディの原理
“私”ハンクは友人の科学者チャーリーが画期的な発明をしたと連絡を受け、早速その機会を試してみる。それはユーディの原理なる特別な機構で動くヘッドバンドで、それを装着すると、頭で考えたことが実現するというのだが…
ショートショートとしての出来はなかなか。オチも面白い。もうちょっと練れば名作となりえた作品だろう。 |
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| 47話 |
錬金術師である事を明かし、ケミーを全て廃棄すると宣言したスパナは宝太郎を呼び出して全てのケミーカードを強奪。そのまま全てのケミーを自ら取り込んで自分ごとケミーを消し去ろうとする。
敵は仮面ライダーヴァルバラド。
前回ラストで全てのケミーを廃棄すると宣言したスパナは、自らに全てのケミーを錬成して冥黒王を倒そうとしている。命を賭けていることが分かったが、実はその考えそのものがガエリヤの差し金だった。
それに対し、ケミーと人間の共存を訴える宝太郎とは完全にぶつかる事になり、お互いの主張を通すためにガッチャードとヴァルバラドの直接対決になった。ライバル通しのがちの殴り合いは分かりやすい。
しかし仮面ライダー同士の決戦は感動的な物語のはずだが、ここ数回仮面ライダーの終わり近くのパターンは全部同じだし、概ね予想が付いていたのがなんとも。
一方、ガエリヤの目的もはっきりした。それはアトロポスを用いて究極生命体を作ろうとしている。アトロポスのモデルはやはりりんねで、そのりんねの力を全てアトロポスに注ぎ込むそうだ。これが完成すると言うことはりんねの命を奪うことになる。
<スパナにケミーカードを全部奪われているはずだが、宝太郎はガッチャードに変身出来ている。近くにいれば勝手に宝太郎の方に来るのかな?> |
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| figma シン エヴァンゲリオン劇場版 碇ゲンドウ |
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| 06 |
| 映画 |
| ビースト(2022) |
メレディスとノラという2人の娘を連れて亡き妻との思い出の地である南アフリカに旅行にやって来た医師のネイト・サミュエルズ(エルバ)は、旧友のマーティン(コプリー)と再会し、サバンナの野生動物保護区を案内してもらう。すると途中で住民の多くが残忍な“魔獣”に襲われ壊滅した集落に出くわす。悪魔と呼ばれるその雄ライオンの行方を探ろうとしたマーティンとの連絡が突然絶え、車の中に残された一家。そこに忍び寄る影があった。
定期的に作られている映画ジャンルがいくつかあるが、その中では根強い人気を保っているのに動物パニック映画がある。近年では鮫が大人気で、毎年多量に作られている上に地上や空中や果ては宇宙にまで鮫が出現するという訳の分からないものが出てきていて、もはや動物パニックと言うよりSFホラーと言った風情だが、それ以外にも一種定番として作られ続けている。
そんな中、メジャー作品として動物パニック作品が作られるのは結構珍しい。しかも相手はストレートな肉食獣。逆に新鮮な気持ちにさせられていて、機会があったら劇場で観ようと思っていたが、他の観たいものに押されて結局観ずじまいになってしまった。
幸い早いタイミングで配信されたので、そちらの方を観てみたが、かなり面白かった。
動物パニック作品には良い部分と悪い部分が存在する。良い部分というのは、動物は人間のようなタイミングを見計らわないので、いつ襲われるか分からないと言う緊張感を作り出す事が出来るという点がある。計算外に突然現れると考えるなら、映画全編にわたって緊張感を作り出す事が出来る。一方悪い点では、動物をコントロールするのは思いの外大変で、動物が怖く見えない事が起こってしまうという事。生き物を使う以上それは仕方ないかと思っていたが、CGの発達によって、それがかなりコントロール出来るようになった。
本作はCGを上手く使う事で、その悪い部分を克服して良い部分を強調させる事に成功している。特に前半の姿を見せないライオンの気配は、常に緊張感をもたらしていて、観てるのも結構疲れるほど。仮に劇場で観ていたら緊張感でたまらなくなっていたことだろう。更に登場した後のライオンの恐ろしさもきちんと演出出来ていて、かなりの出来だったと思う。
それで点数が伸びなかったのは、中盤以降が完全に普通のホラー映画の手法になってしまったため、目新しさが無かった事と、終わり方になんか納得がいかないところもあったため、私の中では残念な部類に入ってしまった。
もうちょっと突き抜けるか、意外性のあるストーリーを用意出来ていたらもっと点数も上がっていただろうけど。 |
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| 5話 |
星元市で恐竜の化石が発見され、恐竜博士と言われる牧野博士が調査にやってきた。憧れだった牧野に会えると喜ぶユウマと、かつて牧野の弟子だった伴ヒロシは複雑な思いを持っていた。
敵は巨鯨水獣リヴィジラ。星元市の地下で冬眠していた怪獣。星元市の地下を自分の好む環境へと変えるべく多量の塩を用いて地下を汚染する。
SKIPの所長である伴ヒロシの中心回。なんと怪獣の出現を最初に提唱したのはヒロシだったことが分かった。恩師である牧野に、そんな生物がいるはずがないと突っぱねられて袂を別った。そこでSKIPに入隊したという。
そんな二人が協力して怪獣捜しをするという話で、アークの登場は最後になって。昭和時代のシリーズを彷彿とさせる。
今回は初の回虫での戦いになるが、敢えて光を抑えて暗闇の中で戦ってるのは面白い演出だ。
SKIPの任務は怪獣の調査なので、聞き込みや地質調査などを丁寧に行っていることが描写される。これも新しい。
<リヴィジラは対外環境を自分の住みやすいように変えると言うが、そのために必要な塩が体内にあるというのは矛盾してないだろうか?そういう論理無視だからこそ怪獣なのかな?> |
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| 04 |
| 読書 |
新仮面ライダーSpirits25
地上では岩石大首領とJUDOの両面攻撃に先輩仮面ライダー達は苦戦していた。しかし異空間でのゼクロスとの戦いに意識が奪われ、真の力を出すことが出来ないという分析と、旧バダン怪人が独自に大首領を攻撃することで少しずつ拮抗も崩れていく。
戦いが続いているが、話は全く進んでいない。御影を慕う少年ヒデがタイガーロイドを操るようになったくらいか? |
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| 22話 |
恩のある内藤の頼みで、キャンプ中の内藤の甥のために花火を持っていくこととなった大也。だがそこで大也が見たのはテントグルマーによってギャーソリンを奪われる子ども達の姿だった。
敵はテントグルマー。テント型の苦魔獣。人間をテントに閉じ込めて苦しみのギャーソリンを得る。
今回は大也だけが活躍する話。山奥でのキャンプ場まで荷物を届けに行ったら、そこに偶然怪人がいた(ついでに先斗もいた)という、無理目な偶然の話。サンシータの台詞では「ここならブンブンジャーはいないからな」とか言ってた。
前回ブンレッドが強化されて119となったが、他のメンバーもそれぞれ自分専用の武装を欲しがっている。錠は110、射士郎は007だと言うが、わかりやすいナンバーだ。
キャノンボーグは新たに戦闘員のネジレッタを巨大化させるようになった。それに対抗するように、新たなビークルとして消防車のブンブンレオレスキューが登場した。はしご車がライオン型のロボに変形する。他の四人のビークルを合体させることも出来るが、人型にはならなかった。
<大也は山奥まで子ども用の花火を届けに来た。ちょっと大げさ過ぎやしないか?とツッコむ前に当の内藤の甥からツッコミ入った。
キャノンボーグがブンレッドを呼び出す際、「子ども達がどうなっても知りませんよ」と言っていたが、まあこの番組だと命の危機は無かろう。
サンシータが大也の車の前で写真を撮っていたが車自体に悪さはしないのね。> |
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| 若き日の映画への熱狂: わが菊地浅次郎、私もあなたのようになりたかった(2024) |
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<楽> |
| 鈴木輝夫 |
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| 02 |
| 映画 |
| ルックバック(2024) |
山県に住む小学4年生の藤野(河合優実)は学年新聞で4コマ漫画を毎週連載し、学校のみんなからの賞賛を受けていた。ある日、先生から、不登校児の京本(吉田美月喜)の漫画を同時に学年新聞に載せても良いかと聞かれ、嫌々ながらそれを了承する。ところが新聞に載った京本の絵の画力の高さにショックを受けてしまう。クラスのみんなの賞賛が京本に向かったことから激しい屈辱を覚えた藤野はひたすら漫画の勉強を始めるのだった。約一年間頑張ったが、画力の差がますます開くばかりの京本の絵に、ついに筆を折ってしまう。そして卒業の日。先生から京本に卒業証書を持っていってくれと頼まれた藤野は、そこで初めて京本と顔を合わせるのだが、その時京本から大ファンだと伝えられる。そこから二人は、コンビを組んで漫画を書き始めるのだった。
「チェンソーマン」の著者藤本タツキが連載中に突然ネット上に発表した中編漫画があった。「ルックバック」という名のその作品は期間限定ながら無料で読めるということもあったが、グロテスク描写を多用する「チェンソーマン」とは全く異なる青春ものとして、意外性を持って受け入れられたし、それ以上に完成度の高さで多くの人たちの賞賛を受けて当時話題となった。
私も無料期間中に読ませてもらった。確かに良い作品だと思ったが、単独で映画になるというのは驚き。
ただ50分弱という短い時間と、割引の効かない一律料金と知って、配信待ちにしようかとも思ったのだが、ネットの評判が大変高く、こう言う場合は観ておくべきだろうと言うことで、視聴決定。
それで観終わっての感想を言えば、本作を舐めていたとしか。確かに50分ちょっとの作品だけに短い。それは確かなのだが、その分凝縮された物語は全く飽きさせることなく、気持ち的には盛り上がりが途切れないまま全部見せてくれたという感じ。飽きるとかなんとかのレベルじゃなくて、こんなことが出来るのか!という素直な賞賛の気持ちしか残らない。これは凄い作品だ。
基本的に本作は藤野の主観視点のみで構成される。
最初は小学校での出来事。みんなから一目置かれる存在であり、漫画を描くことが何より楽しい藤野は毎週漫画を書き続けていて、学年のみんなもそれを楽しみにしている。しかし自分よりも遙かに絵が上手い京本の存在が分かると、自分勝手にライバル視し、自分で勝手に絵を上手くなろうと努力し、自分勝手に敗北を自覚して、漫画なんてもう描く意味がないと勝手に判断して辞めてしまう。これらは全部藤野の考えのみで、周囲の人間のことなどほぼ考えてもいない。
それで自分勝手にライバル視していた京本が本当は自分自身を尊敬していたということを知って、再び漫画を描く活力を得ていく。
この時点で人間関係は変わる。京本は自覚してないが、藤野を救った関係となった。そして藤野はそれを分かっていながら京本には一切それを語らず全て自分自身の判断で行ったことを強調する。
そして中学から高校時代に入ると、藤本にとって京本は自分の付属物で、親友ではあっても、あくまで自分を引き立てる存在と思っている。
それは一面の真理でもある。京本は驚異的な絵画の技術を持っているがストーリーテリングが全く出来ず、彼女だけでは漫画として成立させられない。藤野が主体となって物語を作り、動きもつけ、背景のみを京本が描く。非常に時間がかかる裏方作業を自ら進んでやってくれる京本は、藤野にとっては便利な人間に過ぎない。勿論二人は親友なのだが、藤本の中では明確に人間関係の上下が出来ているし、それはおそらく京本にとっても同じだった。
だが、ここで京本は本当に自分がやりたいことを見つけた。それは漫画家ではなく画家になりたいという夢が出来たという事。京本にとっての絵とは、自分を表現するための大切なツールで、だから自分の絵に人生を賭けてみたくなった。だがここで二度目の人間関係の転換が起こる。それまで自分の付属物だと思っていた京本の裏切りに遭い、喧嘩別れをした上で藤野は自分一人で漫画を書き続ける選択をする。
そして社会人としての時間。藤野はついに週刊少年ジャンプで人気作家となり、一人でもなんとかやっていけることを証明した。しかし、彼女は本当は自分を支えてくれる人物をいつも探し続けている。それはそれまで藤野がどんな勝手を言っても、それをしっかり受け止めてちゃんと藤野を盛り上げてくれる京本という存在あってのことだったから。彼女でなければならなかったのだ。アシスタントを雇っても長続きせず、結局一人で書き続けていることからもそれが分かる。
ここで終わるか、それとも京本が本当に必要なのだと気づいて迎えに行くという物語だったらすっきり終わって、「ああ良かったね」で終わるのだが、ここで唐突に京本の死という意外な展開となった。
京本の死を知り、藤野は葬儀に出席するが、そこで妄想をする。
それは「もしも小学校の時、藤野と京本が出会ってなかったら」というIFの物語が始まる。その物語だと、二人は無関係のままで、藤野は漫画家にもなっていない。ただし、その代わりとして京本の命を救う事が出来たという道だった。
ちょっとしたSF的要素だが、これこそが本作の本当の肝。この妄想によって藤野は自らをリセットさせる。これは藤野の頭の中だけの出来事かもしれないが、これを経ることで、藤野は再び歩き出せるようになった。
自分には他に道があったかもしれないし、それも幸せだったかもしれない。しかし自分は自分の選択でここにいる。ならばその選択した自分を肯定しようという領域に達している。
きっちりここまで描いてこの物語ははっきり完成した。
よくぞこのような物語を考えついたと素直に賞賛を与えるべきだろう。唯一無二とも言える物語が完成した。
ここまで賞賛ばかりだし、完成度の高さも充分分かっているのだが、どうしても点数をあと少し上げられない。それはこの物語が全てが一人の人間の心の中だけで完結してしまっていたから。それで終わるのが本作のユニークさだが、一方では最後にそれを逆転させる一瞬が欲しかったという思いもあった。物語構成の違和感があったため、ちょっとだけ点数は落とす。 |
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| 46話 |
ガエリアによって、これまでケミーの記憶が封じられていた人々の記憶が蘇っていく。錬金術師の存在も知られてしまい、その力を奪おうとする人間が現れるようになって来た。混乱状態の中でスパナは宝太郎の言う、ケミーと人間の共生は無理だと語るのだが…
敵はゴリラマルガムとポイゾナマッシュルームマルガム。ゴリラマルガムは過去一度ゴリラマルガムになった剛力だが、ポイゾナマッシュルームマルガムは剛力を連れてきた暴力団風の男。
前回魔方陣を作っていたガエリアが行ったのは、ケミーの目撃者の記憶を取り戻させることだった。これによってケミーの存在を知った人たちによって町は混乱し、人の醜さを目の当たりにしたスパナはその事態を修復するためにケミーを消そうと考えるようになった。
ただ、このスパナの考えそのものがガエリアにそそのかされたようで、全てはガエリアの手のひらの上。最後はスパナの肉体から黒い霧のようなものが生じ始めている。
一方、アトロポスを「我が子」と呼ぶようになったグリオンは子供服をアトロポスに着せて絵本を与えるなど、親子関係の真似事を始めている。これは何の伏線なのだろうか。その際グリオンは九堂風雅と、幼き頃のりんねの親子を思い出していた。アトロポスはりんねをモデルに作られたのだろうか? |
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| POP UP PARADE ダンジョン飯 ファリン[キメラ] XL size |
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