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30 |
| 映画 |
| 鉄腕アトム 宇宙の勇者(1964) |
天馬博士が創造した少年ロボットアトムは正義の心の命じるままに多くの事件に立ち向かっていた。その中で合体・分離可能なロボット宇宙艇の誕生、地球防衛組織ナンバー7が挑む悪の宇宙人との戦い、そして謎の少年ベムによる地球爆発の危機、それらの事件に遭遇する。
1963年に始まった日本初のSFアニメ「鉄腕アトム」はそれからの日本アニメを作り出す最重要作品。私はまだ生まれていないのでリアルタイムで観ているわけではないが、その後機会があってかなりの話数を観る事が出来た。
正直思ったのは、これが第一作目で本当に良かったということ。これはこども向きの作品ではあったが、内容的には大人にも十分対応できる作品が多い。SFを主題にした分、物語に幅を出すことが出来たということもあったが、何より脚本に当たったのが当代を代表する漫画家たちで、彼らが総力を上げて作り上げただけに、テーマとして今でも古びない見事な話が多い。
それは本作を観ても分かる。本作は元々テレビで放映した作品の内、三作(第46・56・71話)をくっつけて再編集したものとなっている。再編集したためか、所々カラーになったりして変な具合だが、内容的にはかなりハードなものが多い。一本目に関してはややコミカルでテレビアニメ向きだが、二本目は人間同士の不和から始まって和解へと至る人間ドラマを直球で描いている。三話目に関してはSF小説を読んでいるかのようなハードな内容だった。今の眼で見てもこども向きとは思えないほどしっかりしたものになっているし、こう言うのを最初からテレビアニメとして放映していたと考えるなら、かなり感慨無量というか、よく作ったものだと感心出来る。
また旧作「鉄腕アトム」を最初から観てみたくなった。 |
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| 15話 |
SKIPフジヤマ分所からミヤコ市分所に出向となった中村イチロウ。そこには京都弁のAIロボットまいこッピーがいた。
二回目の総集編。一回目同様中村イチロウが新しい分所でやはりアークの戦いを振り返る。今回は主にアークの鎧。ソリスアーマー、ルーナアーマー、ギャラクシーアーマーの三つを集中して紹介する。 |
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| 日本映画の「働き方改革」: 現場からの問題提起(2024) |
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| 深田 晃司 |
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| 28 |
| 読書 |
パタリロ!48
度が過ぎたきれい好きのタマネギが入団し、みんなが辟易し始める。特に不潔が大好きなパタリロはそのタマネギを排除しようと画策する。
今回は短編が三本だけ。きれい好きなタマネギが大騒動を起こす話とパタリロが前世を見る機械を作る話。そして盗難事件をパタリロが解決する話。前巻は丸ごとマライヒの息子フィガロの話だったが、今回はまたマリネラに全部戻ってしまった。 |
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| 1話 |
高校生広野健太は大の特撮ヒーロー好きで、学校の授業もそっちのけでヒーローの扮装作りと、町の美化などのヒーロー活動にいそしんでいた。そんなある日、クラスメイトの小川美紅の危機を救ったことで怪我を負ってしまった健太の前に突然不思議な格好をした女性が落ちてきた。
一介のヒーローオタクが本物のヒーローになるという話。日常から自分をヒーローと思い込んでいた少年が異界からの使者によって力を得るというパターンはヒーローもののフォーマットに則ってるが、演出が上手くオタクっぷりがそんなに痛々しく感じないのが面白い。流れるような展開で変身まで至ったが、そこで今回は終了。
主人公広野健太は重度のヒーローオタクだが、東映特撮に大変傾倒しており、話題の中でも「電子戦隊デンジマン」とか「仮面ライダー」とか宇宙刑事シリーズなども出てくる。ネタも細かいし、よく知ってる人でないと書けない脚本だった。
主人公の健太役が藤岡弘。の息子藤岡真威人とか、劇中のBGMにアニメ版「ウイングマン」の主題歌が使われるとか、胸熱の演出もあり。
<ツッコミどころではないが、オリジナルと同じ「電子戦隊デンジマン」に傾倒している。今は配信があるのだが、リアルタイムの戦隊ではないところが不思議なところではある。
原作通りだが、ノートがないからというだけの理由で勝手に人の持ち物に書き込んでしまうとか、おおよそ信じられないことをしてしまう。
俺がヒーローとなって戦うという健太の言葉をすぐに信じてしまうアオイ。単純すぎる。> |
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| AMC ガメラ(1996) |
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| 27 |
| 映画 |
| 侍タイムスリッパー(2023) |
幕末。新選組をはじめとする佐幕派と長州薩摩を中心とする討幕派の争いは激化していた。そんな中、佐幕派の会津藩士高坂新左衛門(山口馬木也)は長州藩士風見恭一郎(冨家ノリマサ)を討つ密命を受け、京都の寺で風見を待ち伏せした。ところが戦いの最中に起こった落雷で気絶してしまい、気がつくと現代にタイムスリップしてしまった。そこで混乱して騒ぎを起こしてしまうのだが、近くの住職夫妻に助けられる。そこで現代のことを学び、この時代で生きる事を決意する。初めてテレビの時代劇を観て、ここでならば仕事が出来ると、知り合った映画助監督の山本優子(沙倉ゆうの)を通して斬られ役のプロ集団「剣心会」に入門するのだった。
2024年の邦画界に一作の映画が激震を与えた。それは僅か2400万円で作られた自主映画だったのだが、公開直後にSNSで大きな話題になり、単館上映から一月ほどで拡大公開、更に全国公開へと移ったという、映画界におけるシンデレラストーリー的な作品となった。丁度私が住む地方都市にもやってきたので早速観に行ったのだが、映画好きも多いらしく、大入り満員で、これは凄いもんだと思えた。あと、なんだか高齢者が多かったのも面白いところ。
単館上映から全国的なムーブになったというと、過去『カメラを止めるな!』(2018)という前例があって、初めてというわけではないが、あちらはストーリー運びの巧さの他、物語のトリッキーさが大きな要素だった。対して本作は本当にストレートな作りで、シンプルな物語でもしっかりした作りの作品が出来るということで、後進に大きな勇気を与えたのではないかと思える。
設定上SFチックだが、基本路線は一人の男が様々な悩みを経て自分の生きる道を見いだすまでを描くものとなり、非常に単純。しかしむしろこの単純さを見たかったのだと実感させられる。
物語を単純化させ、且つ面白くするためには考え抜かれた演出が必要になる。本作はコメディなので笑える要素が多いが、笑えるようその中に絶妙なタイミングで自分自身を見つめる要素と、自分が信じたものが崩れたとき、その代わりにどう生きていくかを真剣に考える要素がしっかり入っている。単純に物語だけでなく、それは観てるこっちの身に迫るものもあって共感度も高い。一見蛇足のように見える恋愛要素も程よいスパイスになっていて、緩急取り混ぜた演出が本当に上手い。
とにかく隙の無い作品で、みんなが待っていた、思った通りの作品が目の前にある喜びを感じさせてくれる良作となっている。
ただ、本作の場合は徹底的なローコストである一方、江戸時代のセットを自由に使わせてもらえたという強みがあったのは事実で、安っぽさを全く感じなかった。ストーリーの良さを最低限支えるセットの強み。それを可能とさせた事前のプレゼンの重要性というものも考えさせるものだった。 |
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| 34話 |
玄蕃がブンブンジャーに復帰し、全員揃ってディスレースと戦う事を心に決める。そこで新生ブンブンジャーのため大也は宇宙用のブンブンカーであるチャンピオンキャリアーをお披露目する。早速その試運転を兼ねて運び屋の任務を始める面々だったが、その前にハシリヤンの暴走車が現れる。
敵はエレキギターグルマー。エレキギターの苦魔獣。ギターをかき鳴らしてネジレッタをパワーアップする。本人は擬態能力を有する。
新生ブンブンジャーが新しいブンブンカーを使って新しい戦いに挑む。一方ハシリヤンの方はマッドレックス・フューリーを殺されたと思い込んだサンシーターは復讐に燃えてブンブンジャーに挑む。双方の意地のぶつかり合いだが、どっちかというとサンシータの方はディスレースにおだてられてしまったという意味合いが強い。
そして今回ブンブンが過去なんとハシリヤンにいたことが発覚した。BBG追放になった後で短い時間身を寄せて兵器開発していたとのこと。それを知ったビュンディは怒って去ってしまう。元のブンブンジャーの面々はそれでもブンブンを受け入れるが、ディスレースにそれを見つかったため、ハシリヤンから裏切り者を処罰する部隊が送られてくると言う。
今回の走り屋の依頼は内藤からのものだったが、そのコースがハシリヤンにばれていた。これも当然伏線だろう。
<トレーラー同士のスピードレースに屋根に乗ってギターをかき鳴らすシーンがある。これは『マッド・マックス 地獄のデス・ロード:』からだな。> |
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| 25 |
| 読書 |
不死鳥への手紙
とある事故によって極端に老化が遅くなってしまい、18万年という時間を生きている“私”は、これまで多くの文明の終わりを見てきた。その経験から、今のこの文明についての警告を与える。
18万年という壮大な話を短編に収めたシンプルな作品。この経験から現代を批判的に見るのかと思ったが、そういう風にはしないのが著者らしさか。 |
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| 7話 |
幸果が掃除を頼まれている画廊の一員末継に画商が尋ねてきた。ショウマは前回の珠樹の事件を思いだし、それもグラニュートによるものではないかと考える・
敵はディーン。前回に続いての登場だが、外の人間は変わっている。分身能力を持ち、分身は何度倒されても新しく作れる。
今回は幸果の心を描く話。人を応援したいという思いはあるが、それが空回りしてしまうという性格で、それで落ち込むこともあるという。やや空気を読めない性格らしい。
前回倒したと思ったグラニュートは生き残っており、違う人間の姿で再び現れた。外側の人間はいくらでも変えられるらしいことも分かる。
今回は同じチョコレート型と言うことでガヴとヴァレンの共闘となった。同時に必殺技を放っている。
<ガヴの変身シーンでヴァレンに見つからないように広がるグミを拾って隠そうとしていた。そんなもんで隠せるのか?> |
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| ポール・ニューマン オリジナル映画ポスター・コレクション ポスター・アートで見る〈反骨のヒーロー〉の肖像(2024) |
<A> |
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| 井上由一 |
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| 23 |
| キングダム2 遥かなる大地へ(2022) |
内紛を経て秦王宮奪還を果たした政(吉沢亮)は、その後始末で大変な日々を送っていた。そんな時、隣国の魏が国境を越え秦への侵攻を開始したとの報が入り、国境の蛇甘平原に軍が派遣された。その中には天下の大将軍を夢見る信(山崎賢人)の姿もあった。初陣となる本戦では歩兵として参加することになったが、そこで合流した同郷の尾平(岡山天音)・尾到(三浦貴大)、優柔不断な隊長澤圭(濱津隆之)、そして女戦士・羌カイ(清野菜名)ととも隊を組むこととなる。しかし信たちが戦場に着く頃には、既に呉慶将軍(小澤征悦)率いる魏軍が圧倒し、平原は魏軍であふれていた。
これまで金が無いから合戦ものの作品を作れないと言われてきた邦画界だが、それが可能だと示すことが出来たのが前作の『キングダム』だった。一作目はあくまで話の始まりに過ぎず原作はまだまだ先がたっぷりあり、映画もヒットしたので当然ながら続編が出来上がった。
一作目は王子の政が復権するまでと言うことで見所が大変多く、主人公の信も絡んでいたので、物語の起伏も大きかった。物語と言うより激動の歴史の中にいる主人公と言った感じで、物語性も高かった。
主人公と政との絡みはしばらくはここまでで、これから王の政は国の運営へ、そして信は自身の夢である大将軍になるべく戦いへと身を投じるようになる。それを受けて作られた続編の本作は、国同士の戦いへと入っていき、主人公は信へと一本化される。
本作は魏によって攻められた国境を守る戦いに終始することになる。
そのため本作は大軍同士の合戦と、その横で知恵を絞って勝利へと向かう遊撃隊の物語へと変化している。一回の戦いなので、物語はシンプルで主人公の信の見せ場も多く。とてもストレートな物語に仕上がっていた。
話があっちこっちに飛んだ一作目のスケール感を期待すると期待外れではあるが、まだ続くことが前提のため、ゆっくりそしてたっぷり演出が出来ると言うこと。この演出で充分。
上手いCGの使い方と、ワイヤーアクションによってちゃんとそれっぽく演出できて安っぽくならないのが良いし、一人に物語を集中させることでスケール感も抑えられてる。
概ね褒めるところばかりの作品だった。
新しく登場したキャラもなかなか魅力的で、充分存在感を見せていたところも良し。漫画原作ならではの派手演出をCG駆使してしっかり演出できていた。
強いて文句を言うならば、台詞がだいぶクサいというところで、これは漫画の文脈なら自然な台詞が映画になると浮くというところが出過ぎてしまったところくらいだろうか。その変換が良ければもう少し点数を上げられたな。 |
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| 11話 |
VERSUS ROAD最終戦が始まった。最後に残った四人の殺し合いとなるが、そのうちの一人南雲太輔の様子がおかしかった。何の躊躇もなく襲いかかる姿に違和感を覚える世那。
いよいよ最終戦。この話は基本的に戦いがメインとなる話で、その中で誰も殺したくない世那がどう戦っていくかの決断が描かれる。一方真実に近づいたためにアザミに意識を乗っ取られてしまい、無理矢理戦わされている太輔は世那の言葉で自分を取り戻すが、直後太輔の中から現れたアザミに剣で殺される。
その一方で凉介と貴音が戦い合い、ほぼワンサイドゲームで凉介が勝利を得ている。貴音は負けることを拒むが如何せんこれは殺し合いであり、敗北が死である以上、復活はなし。凉介の方は覚悟が出来ているという事になる。
そして残されたのは世那と太輔の二人。覚悟を決めた世那は勝利した上でこの世界を壊すために戦い、太輔は死んだ大の分まで生きようと心に決めて戦う。
結局世那が太輔にも勝利するが、殺す事は拒否する。
剣と肉弾戦。どちらの戦いもなかなか見応えあり。 |
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| 21 |
| 読書 |
大市民挽歌2
70歳手前となり、自分自身の最期について考えを巡らすようになった山県。そんな山県が知り合った近所の高齢者から、遺産を受け取って欲しいと願われてしまう。
1巻ではいつも通り食べて蘊蓄を語るパターンだったが、今巻となり、急にドラマが展開してきた。基本的に終末期についての話が大部分で、人生の綺麗な終わり方というのはなかなか難しいことを思わされる。明らかに「続く」なのだが、3巻はまだ出てないよね? |
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| 15話 |
スイードによってついに封印の証が姿を現した。その事実を前にしたSKIPの面々は防衛隊が何か知っているのではないかとシュウに問いただす。そこでシュウが語ったのは、地球破滅に関する重要な秘密だった。
敵は宇宙獣ザディーメ。
シュウがSKIP星元市分所に出向した真の理由が明らかになる。それはコードネームオニキスと呼ばれる特異点が星元市にあるからで、それを探るためだった。まさにその特異点を解放し、惑星ソニアの余剰エネルギーを地球に向けるためにやってきたのがスイードだった。ザディーメにはその力がある。
ただし、封印を解かないとやがてエネルギーは飽和し、ほどなく決壊して地球は滅びる。そのことを知りつつ、アークは問題を先送りにしたのだという。
コードネームオニキスが解放されたら直後に地球は破滅するが、当然封印を解いたスイードも巻き込まれる。本人はそれでも構わないと言っていた。
アークはこの地球を救う術は思いつかないが、それでも未来に希望をつないだという。その希望こそがユウマの存在とのこと。
最後の希望を賭けてアークはザディーメに立ち向かうが、全く敵わなかったのだが、ユウマの想像力によって、アークは新たな力ギャラクシーアーマーを手に入れる。これを含めソリスアーマー、ルーナアーマーも合わせた力を使うことが出来るようになった。
一応これでザディーメは一度追い出すことは出来たものの、根本的な問題は先送り。このままでは程なくして地球は滅びることは確定している。 |
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| 20 |
| 映画 |
| エイリアン:ロムルス(2024) |
2142年。鉱山惑星のジャクソン星で亡き父の修理した旧式アンドロイドのアンディ(ジョンソン)と共に暮らす孤児のレイン(スピーニー)。太陽の無いこの星での危険な仕事では早死にしてしまうため、一日も早く他の星への移住を望んでいた。そんな時、同世代の仲間タイラー(ルノー)の誘いに応じ、座礁して惑星の軌道内を彷徨う宇宙ステーションの回収へと向かう。しかしそこには、彼女たちが想像も付かない恐ろしいものが待ち構えていた。
SFホラーの金字塔『エイリアン』(1979)から半世紀近くが経過した。その間定期的に続編が作られる人気シリーズとなったエイリアン。しかし作れば作るほど話は変な風に拡大して徐々に収拾つかなくなっている。それは人気ホラーの宿命と言ってしまえばそれまでだが、好きな作品がどんどん変な方向に行くのは少々悲しいものがある。
しかし一方で、全く同じものを作られても意味がないという問題もある。続編を作る事自体は難しく無いものの、ブランドとしてしっかりしたものを作るのはかなり困難でもある。少なくともナンバリングのあるシリーズ作品は一作毎に新しい視点と、意外性のある物語作りをしてきた。それが成功することもあり失敗する事もあったが、そこでチャレンジしてきたことには一定の評価を与えるべきだろう。
一方視聴者側としては、そう言ったチャレンジ作品は評価するものの、定式に則った完成度の高い作品を観てみたいという欲求もあり、そっちを求める部分もある。
もし一作目の『エイリアン』の正統的な続編が観られたら良いのに、という気持ちを受け止めて作られたものこそ、本作の最大の売りである。
一作目はなんせ1979年。当時として完成度は高かったが、ギミックなどには様々制約もあったし、今の目からすると見栄えしない。それを現代の技術を駆使して作ってみたらどれだけ楽しくなるだろうか。
と、実に40年越しにその夢を叶えてくれたのが本作と言うことになる。
本作の舞台は『エイリアン』と『エイリアン2』(1986)の間の時間で、(1作目は2122年。2作目は2179年。本作の舞台は2142年。)リプリーは未だ宇宙を漂っている最中の出来事で、まさしく一作目『エイリアン』の続編的な時間軸にある作品となる。その時間軸に本作を置いたのは監督の狙いで、本作は『エイリアン』そのものを推し進めた続編となる。だから登場するエイリアンはとにかく強く人間が太刀打ちできない力を持っており、エイリアンと対峙した人間は逃げ回る以外の方法を持たないという状況で作られている(反撃は可能だが、反撃した人は死ぬ)。だから基本路線は逃げるだけの物語となる。
しかし逃げるだけでも充分に面白いものが作れるという自信あってのことだし、見事にそれで面白いものを作り上げた。
アルバレス監督の特徴は、アクション面にとにかく強いこと。金を極力抑えつつ、見所が多い作品を作れるというのは大きな強みだろう。ここまで監督が作ってきた作品はどれもあまり金は遣わなくてもそれを感じさせないようなものばかりだった。それは監督が演出に敢えてきつめの緩急を取り入れることで、観客の感情の上がり下がりを上手くコントロールしている事から来ている。それはおそらく監督がとても映画好きで、徹底的に演出のタイミングを勉強したからなのだろう。アクション作品のプログラムピクチャーを作らせたら無類の強さを見せる。
本作も監督らしいこだわりが随所に観られる。例えばCGをあまり用いずミニチュアとギミックにこだわった作りで、まさに一作目『エイリアン』をきちんと踏襲していることが分かるし、それを最大限活かすようにローアングルでの視点が多く、それが監督らしさになっているが、本作はそれが極端に映えており、アルバレスの個性が最大限活かせた作品となった。シリーズを通して必ず必要なアンドロイドの扱い方が上手く、アンディの存在感は作品全体を上手く締めていた。
全般見渡しても全方位に隙の無い作品だった。
ただ隙がないと言うことは、新しい発見は無かったということで、点数は少しだけ落とさせてもらった。
あと一つ。この「ロムロス」という題がちょっと引っかかる。ロムロスとはローマの建国者にしてその語源だが(双子の兄弟にレムスが存在し、本作でも宇宙ステーションの名前で用いられている)、この題を付けたと言うことは、ひょっとしたら本作がヒットしたら、新しいエイリアン・サーガを始めるという意思があるのだろうか?本作観たら、充分に可能性ある気がするぞ。 |
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| 33話 |
玄蕃と話したことから、マッドレックス・フューリーの心が戻っていたことがばれてしまい、再び洗脳を受けてしまった。そんなマッドレックスから自分の握るべきハンドルのことを言われた玄蕃は…
敵はマッドレックス・フューリー。そしてイシヤキイモキグルマーとレンガブロックベイグルマー。双方それぞれサウナグルマーとブロックベイグルマーの再生苦魔獣。コンビでブンブンジャー分断作戦を行う。
復活したマッドレックス・フューリーが再び倒される話。記憶は戻っても、いずれにせよディスレースに支配されることを悟ったマッドレックスは死に場所を求めていたことが分かる。その前にディスレースに心を支配されてしまった玄蕃にアドバイスを与えている。
その言葉を聞いた玄蕃は自分のハンドルとは何かと考え抜き、ついに自分の居場所はブンブンジャーのところだと悟る。他のメンバーも黙って玄蕃が戻ってくることを待ち続けていた。
マッドレックス・フューリーは最後はディスレースに暴走して自爆するように命じられたが、最後の最後再び記憶を取り戻し、自らの意思で宇宙へと飛び出して爆発四散。最後の最後に部下のサンシーターに向かって声援を呟くが、サンシーター自身にはそれは聞こえてなかった。
ブンブンジャーは更なるパワーアップとしてチャンピオンブンブンジャーへと変身した。見た目は単にジャケットを羽織るだけだが、ブンブンカーの能力を使用できるようになるのだとか。
今回はマッドレックスが格好良すぎたため、ブンブンジャーのパワーアップの印象が薄いのが問題点か。
<玄蕃がブンブンジャーを助ける際に投げたのはマンホールの蓋だった。これだけで笑える人はかなりの特撮ファン。ここに登場させたか。> |
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| 映画に導かれて暮らす韓国: 違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ(2024) |
<A> |
<楽> |
| 成川 彩 |
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| 18 |
| 読書 |
なりひら小僧
たまたま手相を見てもらった易者から、自分を好いている女性がいると聞かされた左膳は、暇に飽かせてその女性を探して江戸市中をぶらつき回る。そこでこれぞと思った女性を発見したのだが、大きな問題に直面していた。それで江戸を騒がすなりひら小僧の事件に首を突っ込むこととなる。
映画のシナリオとして書かれたもので、読んでるだけでもかなり軽快なチャンバラ活劇。もしこれが映画になっていれば。とは思ってしまう。 |
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| 7話 |
ショウマと絆人。二人の仮面ライダーが出会った。互いの正体を知らず、自分の正体を知らせないようにという意味で自己紹介でそれぞれヴァレンとガヴと名乗る二人。何でも屋に帰ったショウマは幸果から新しい仕事として家事代行を任される。そこで会った芸術家の卵がグラニュートに襲われるところを見てしまう。
敵はディーン。古代魚型のグラニュート。
オープニングで二人の仮面ライダーが出会い、お互いそれぞれ自己紹介する。その際、ショウマはこれまで名乗ってきた「赤ガヴ」を短くしてガヴに、「チョコレート君」と呼ばれた絆人はその言い方が嫌だから咄嗟に思いついたヴァレンタインデーから「ヴァレン」を名乗る。なんといういい加減な。そしてなんと7話になってやっと名前が確定した。ショウマはヴァレンをグラニュートの改造人間だと思い、絆人はガヴを人間が改造されたものとお互いに勘違いしたまま。
そしてショウマは何でも屋として働くこととなり、そこで絆人とも出会うのだが、お互い正体が分からないまま、ここでもすれ違い。今回はそんな二人のコミカルな面ばかり強調された回となった。かつて「仮面ライダー555」でのやりとりを思い出すような…
ガヴは新たなフォームであるチョコダンフォームに変身した。同じチョコレートフォームのヴァレンとおそろいだ。 |
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| 16 |
| 映画 |
| 箱男(2024) |
某地方都市。そこにはダンボールを頭からすっぽりと被った姿で都市をさまよい、覗き窓から世界を覗いて妄想をノートに記述する「箱男」(永瀬正敏)がいた。段ボールから街を眺め、時に写真を撮ってノートに記す。時に箱男を憎む人間からの攻撃を受けたりもしつつ、基本的には満ち足りた生活を送っていた。だがある日、自分自身が写真の被写体になっていることを知ってしまい、その日から追われるものとして生きる事となっていく。一方、この街の裏町にある医院では、地下で研究を進める老医師(佐藤浩市)が、表向きこの医院の主である無免許医(浅野忠信)を使い、様々な実験を行っていた。そんな中、箱男に興味を覚えた老医師は無免許医に彼を探るように命令する。
日本における幻想文学の草分け的存在の安部公房。とにかく限界まで自分自身の能力を試せる素材のため、ある世代の監督であれば、安部公房作品を映画にしたいと願う。ただし、これまで安部公房原作の作品をまともに作れたのは勅使河原宏ただひとり。しかもどれも1960年代ばかり。そんな安部公房作品を新たに作るというのはかなり大変だっただろう。
調べてみたら、本作の企画は1997年に決定されたそうだが、クランクイン直前に撮影が頓挫してしまい、30年近くも凍結されていた。そこで主演予定だった永瀬正敏が“わたし”を演じたそうだ。息の長い企画だったわけだ。
原作の「箱男」は既読だが、何書いてあるのか良く分からない作品で、章ごとに出てくる箱男が果たして同一人物なのだろうか?等とまで考えていたくらいで、自分でも何を考えていたのやら。「変な本を読んだ」という記憶だけが残っていて、内容が頭にあんまり残ってなかったというのもあって、原作通りなのかどうかさえよく分からない。
まあ強いて言えば、一人しかなれない箱男になるために戦っている男達の話というものなのだろう。その基本シチュエーションに色んな要素を付け加えた結果、訳の分からない話になってしまった。
それで完成した映画自体もやっぱりよく分からないというのが正直な感想。
しかしだからといって本作がつまらないとは全く言いたくない。むしろこんなシュールな作品を現代で作れる人がいるだけでもなんか嬉しくなってしまう。
60年代後半から70年代にかけて、シュールで訳の分からない作品と言うのは結構作られていて、その後の映画史の中でも突発的にそう言う作品が出てくる度に、それをありがたがって観ている人間というのは確かにいるものだ。
だが2000年代に入ってから、そう言う作品はとても少なくなってしまった。数少ない作家の一人が園子温だったが、この人は色々問題起こしたお陰でもう映画作れないから、新世代に新しい人が出てほしいものだ。
映画のレビューで「訳が分からない」と書くのはなんか敗北感があって、それを追求するのが映画の楽しみということを常に考えている。そう言う人間にとって、本作は久々にありつけたごちそうのような作品とも言える。
とりあえず私に関しては、もう一度「箱男」を読み返すことから始めたいと思う。 |
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| 11話 |
VERSUS ROAD最終戦が始まった。最後に残った四人の殺し合いとなるが、そのうちの一人南雲太輔の様子がおかしかった。何の躊躇もなく襲いかかる姿に違和感を覚える世那。
いよいよ最終戦。この話は基本的に戦いがメインとなる話で、その中で誰も殺したくない世那がどう戦っていくかの決断が描かれる。一方真実に近づいたためにアザミに意識を乗っ取られてしまい、無理矢理戦わされている太輔は世那の言葉で自分を取り戻すが、直後太輔の中から現れたアザミに剣で殺される。
その一方で凉介と貴音が戦い合い、ほぼワンサイドゲームで凉介が勝利を得ている。貴音は負けることを拒むが如何せんこれは殺し合いであり、敗北が死である以上、復活はなし。凉介の方は覚悟が出来ているという事になる。
そして残されたのは世那と太輔の二人。覚悟を決めた世那は勝利した上でこの世界を壊すために戦い、太輔は死んだ大の分まで生きようと心に決めて戦う。
結局世那が太輔にも勝利するが、殺す事は拒否する。
剣と肉弾戦。どちらの戦いもなかなか見応えあり。 |
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| 14 |
| 読書 |
亜人ちゃんは語りたい9
ひかりの様子が何かちょっと違っていると言われ、ひかりを注意して見るようになった高橋。彼の目から見たひかりはなんと言うこともないように見えたが…
ひかるが友だちの亜人たちが次々と自分なりの道を見つけていく中、全く変わらない自分自身に苛立ちを覚えていくという話。亜人達のリーダーとしてみんなを引っ張ってきたひかるだが、実はかなりのストレスが溜まっていたらしい。過去妹のひまりとの間に起こったことも含め、ようやくひかるの存在が出てきたので、そろそろ話も畳む頃合いか。 |
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| 14話 |
ギヴァスが星元市に落下した理由を調査していた防衛隊は、星元市に特異点がある事を突き止めた。その中心となるのが16年前に生じたモノホーンだった。その調査を命じられたシュウ。一方、ユウマに語りかけるアーク。
敵は宇宙獣ザディーメ。スイードが連れてきた怪獣で、空間を割って出現するため、神出鬼没。ウルトラマンアークと同等以上の力を有し、アークをねじ伏せる。
話は一気に前進。アークがこの星にやってきた理由と、星元市にあるモノホーンの関連性について語られる。
そしてもう一つ。これまでほぼ何も言っていなかったアークがユウマに対して自らの過去を語っている。アークの元となったルティオンは、元々別な宇宙の人間。そこで自分たちの天体の恒星が危機を迎え、それを抑えるために地球を犠牲にしようとする指導者を止めようとする勢力から、地球を守るために送り込まれてきた。そしてゲートを防ぐことには成功したが、それを阻止しようとする勢力との戦いでユウマの両親を守れなかった。そのゲートこそモノホーン。これを開くと地球は破滅するという。
宇宙かもう一人の精神生命体スイードが登場。ただしはアークの元となったルティオンを裏切り者と呼んでおり、アークも彼女をはっきり敵と呼んでいた。彼女が指導者側の人間らしい。
これまでSKIPと仲良くやってきたように見えたシュウだが、やはり防衛隊の秘密任務があるらしく、ユウマにも隠れて何かを調査している。
今回は心象風景的な描写が多用されている。かつての実相寺演出を思い起こさせる。ウルトラマンの戦いでも、お互いに遠隔操作をする武器同士のぶつかり合いが長く続くなど、これまでにない描写も映える。
<アークの存在自体謎だったが、ここでちゃんと全部説明された。親切だが、前作「ブレイザー」は最後まで推測させられたからあっけない。> |
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| ヒット映画の裏に職人あり!(2024) |
<A> |
<楽> |
| 春日 太一 |
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| 13 |
| 映画 |
| 巨人の星 宿命の対決 |
星飛雄馬が編み出した、勝手にバットに当たるという逆転の発想の大リーグボール1号によって飛雄馬は負け知らずの大投手と呼ばれるまでになった。誰にも攻略できない大リーグボールのお陰で巨人軍は連戦連勝を重ねていた。一方阪神に入団したライバルの花形満は大リーグボール1号打倒のヒントを掴み、身体をボロボロにしながらも特訓を重ねていた。そしてついに対決の時がやってくる。
テレビを後追いして総集編として続いていた劇場版の一応の最終作。テレビではこれから大リーグボール2号編、3号編と続いていくのだが、ここで止まってしまった理由は分からない。その辺は事情があるのだろう。
最終話という割には本作は内容的には結構異色で、主人公は星飛雄馬ではなく花形満の方。前作ラストで飛雄馬が編み出した大リーグボールを攻略するための花形の特訓がメインとなる。
花形は飛雄馬のライバルとして登場するが、元は金持ちで嫌味なキャラとして出てきた。しかし花形が飛雄馬を終生のライバルと認めたところからだいぶ変化してくる。花形自身が正々堂々と勝つための努力を惜しまなくなる。前に登場したホープ速見とは全く異なる、ある意味最も正しいライバルの姿がここにはある。
そんな花形がライバルと戦うためにプライドも何も捨て、ひたすら特訓に打ち込む姿は本当に良い。
当時はそこまで分かってなかったけど、今となると、これはある種のフェティ要素を含むもので、実に味わい深さを感じさせるものだ。 |
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| 32話 |
ディスレースに敗北し、先斗とビュンディの手当を受ける玄蕃。そんな三人の前に突然トッキュウ6号である虹野明が現れた。そんな時街では、無理矢理人に電車ごっこをさせるセンログルマーが現れた。急行するブンブンジャーだが、全員センログルマーの光線を受けてしまう。
敵はセンログルマー。イターシャが間違えて電車ではなく線路にイグニッションを差し込んでしまって誕生。近くにいる人を強制的に電車ごっこに参加させてしまう苦魔獣。ゆっくりではあるが常に駆け足で人を巻き込む。ちなみに停止したら爆発するらしい。
12話の「炎神戦隊ゴーオンジャー」とのコラボに続き、今回は「烈車戦隊トッキュウジャー」とのコラボ。6号の虹野明が最初に現れたが、クライマックスではなんと1号のライトまで現れた。既にトップ俳優となった志尊淳がしっかり出ている。ちゃんと名乗り口上もブンブンジャーを巻き込んで行っているし、乗り換えチェンジもしてる。しっかりトッキュウオーも登場してる。
今回の苦魔獣は止まると爆発するとのことで、止まらないようにする必要があって、線路で環状線を作って動き続けさせることにした。トッキュウジャーにはぴったりの敵だった。
珍しく先斗と玄蕃が絡んでいるが、かつて絶望に沈んだ過去のある先斗にとって、まさに現在死に場所を探している玄蕃は他人事に見えないらしく、何かと面倒を看ようとするが、玄蕃の方が拒絶している状況。
ちなみにビュンディは乗り物酔いしやすい体質らしい。バケツ持って嘔吐しようとしてるけど、朝っぱらからこの描写かよ。
<電車ごっこを無理矢理させられているが、ヤイヤイヤルカーは後ろにいる射士郎が手で持って前のイターシャにくっつけてる。このローテクがなんとも良い感じ。
電車が止まれば爆発。まさに『新幹線大爆破』だな。
ライトは子どもではなく大人で登場してる。ちゃんと10年の時が流れてるのか。
玄蕃の包帯は先斗によって面白がって付けられているので、変に派手。その顔でシリアスやられても全く似合わない。> |
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| 11 |
| 読書 |
正月女
心臓病を患い余命幾ばくもない“私”は最後の正月を嫁ぎ先で迎えていた。この地方では正月に女が死ぬと七人の女を地獄に連れて行くという伝説があり、死という理不尽を前に“私”は自分が死んだ場合、誰を連れて行くかと想像を巡らす。
理不尽さと復讐とでまさしくストレートな怪談話。長編にも出来る話だが、敢えて短くしてシンプルにした感じ。 |
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| 6話 |
自分の使命は人を幸せにすることだと考えたショウマは幸果の何でも屋で働くことにしつつ、部下のゴチゾウたちに街のパトロールを命じていた。一方、師匠塩谷がグラニュートに襲われてしまったことを知った絆人は、酸賀の元に行き、師匠を助けるためには自身が仮面ライダーにならねばならないと言われる。
敵はオタケ。キノコ型のグラニュート。手品師の格好で人を消して闇菓子作りをしていた。身体中の粘液で敵の攻撃を防ぎ、胞子を用いて攻撃する。仮面ライダーヴァレンに倒された。
早くも二人目の仮面ライダーが登場した。新しい仮面ライダーは人間である辛木田絆斗で、グラニュート研究家の酸賀が開発した人間をグラニュートに近い存在にする特殊な措置を受けることになった。
ショウマは兄弟と戦って人間を守ることを心に決め、そのため大叔父であるデンテに味方になってもらおうとする。ただデンテも何か腹に一物秘めてるみたいな感じがする。
<圧縮された人を元に戻すのには仮面ライダーガヴの力が要るはずだが、絆人はガヴを探さずに酸賀の元に行っている。そんなことしたら不幸になるだけなのに。
異世界の食べ物によって変身する二人目のヒーロー。かつてザ・ブレイダーというヒーローがいてだな。
酸賀は仮面ライダーの変身アイテムの他にヴァアレンバスターという銃も開発している。常識を完全に逸脱してる。> |
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| 09 |
| 映画 |
| きみの色(2024) |
地方のカトリック系の女子校に通う日暮トツ子(鈴川紗由)は子どもの頃から特定の人のことが“色”で見えていた。そんな彼女が気になっているのが別のクラスで同級生の作永きみ
(髙石あかり)だった。彼女の持つ“青”にどうしようもなく惹かれていくのだが、そのきみは突然学校を退学してしまう。その後きみが働いている古本屋を探し当てて再会を果たすのだが、ひょんなことからそこに居合わせた影平ルイ
(木戸大聖)という男の子と共にバンドを組むことになってしまった。ルイの住む小島に定期的に集まって練習を繰り返し交流を深めていく内、お互いの中にある世界に対する生きづらさを知っていく。
これまで京都アニメーションの顔として数々のアニメの名作を世に出してきた山田監督がスタジオを変えて次に挑んだのは、独特の色の世界だった。
元より山田監督は音に対して並々ならぬこだわりがあるようで、相当フェティッシュな音の表現を用いていた。今回も多くの楽器を用意して音の表現はこだわりを持っているが、今回は視覚情報にも力を入れているのが特徴だった。
それは主人公トツ子が幼少時よりも人の姿を色で観る事が出来るという事にも表されているし、スタジオが変わったことによってキャラデザインも変わり、特徴的な柔らかい人物像の描写にも表されている。またストーリーのあちこちで演奏に合わせてシュールレアリスムのような奇妙な描写も多用される。その意味で映像と音の融合を試みたようだ。お陰でかなりユニークな表現が実現できている。
そして肝心なストーリーだが、これもまた特殊なものになってる。
基本的に本作は三人の男女のバンド活動を描く事になる。恋愛要素も少しはあるのだが、概ねお友達の関係が深まるところだけで終わっているし、かなりジェンダーフリーの物語になっているので、恋愛関係が淡いまま。それが本作の特徴的な良さになってる。
本作は恋愛関係よりもむしろ一人一人の心の内の世界を描くことに注力している。三人が三人ともそれなりにこの世界に適応はしているのだが、この世界にちょっと窮屈さも覚えている。それぞれが違った形で覚える窮屈さをお互いが知ってそれを受け入れ合うことで友情が深まるという物語になる。友情とも恋愛とも言えるが、踏み切れるギリギリのところで留まってお互いの内面世界を大切にしているというのが特徴的。リズと青い鳥でやった内面世界の描写をここで違った形で行った感じ。
大きな展開は無いものの、淡い描写と音楽に乗せたPV味のある画面描写はなかなかに素晴らしく、音楽の演奏風景など観てる間は結構心も持ち上がる。
ただ恋愛要素はなくても構わないのだが、恋愛要素に発展しそうな微妙な距離感をずっと見せられると、もどかしいというか、軽く苛つくというか、その辺がちょっと物語の没入を拒否されている感があって、そこがちょっとマイナス要素となる。
山田監督の良さの一つは没入感なので、それが今回私には無かったのがちょっとだけ残念。 |
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| 10話 |
決勝戦を前に残った空遠世那、天羽涼介、南雲太輔、香月貴音の四人はそれぞれ実世界で交渉を持ちつつその時間を待っていた。その中で南雲太輔は自分にGAROに関わるなとメッセージをくれた人物を突き止める。
最後の戦いの前の実生活の話となる。かつてナグスケのサイトに「GAROに関わるな」と書き込んだ人物が特定されたが、それは前話で死なずに残った敗者55番だった。太輔はそれを特定したが、彼と接触したことによってその男はアザミによって殺害されてしまう。その後太輔の前にアザミが現れる。
貴音の元を訪れた世那は、何故戦うのかを問いただすが、「君には分からない」とだけ冷たく言われてしまう。その後今度は凉介の店へと行き、そこでゲームを止めようとしていると語るが、その後で葉霧宵刹が目の前に現れ、共に新しい世界を作ろうと誘われる。 |
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| 映画のなかの自衛隊:防衛省のメディア広報戦略(2024) |
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| 須藤 遙子 |
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| 07 |
| 読書 |
帽子の手品
一室で酒を飲んで酔っ払ってしまった四人の男女。男の一人が手品を始めたが、酔っ払って手元がおぼつかず、その手際の悪さを笑っている内に、もう一人の男が手品をやらされることになってしまった。そこで男が見せたものは…
ホラー絡みの作品で、ちょっと手を加えれば中編にしても良いくらいの内容があった。でも中途半端に終わるからこそ短編の良さってのもある。 |
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| 13話 |
これまでの星元市の怪獣出現と顛末をレポートにして防衛隊に送っていたシュウは改めてこれまでのSKIPの活躍を振り返る。
シュウの目からこれまでのSKIPを見た総集編。シュウの発案で他のメンバーもそれぞれ事件を振り返り、自分が関わった怪獣事件を通して振り返っている。一度振り返ってみると、随分この作品はバラエティ豊かだ。
これが単なる振り返りでは終わらないのが、本作は未だかなりの謎が残っていて、それを言語化していること。特にアークに関しては変身しているユウマ自身にも理解出来ていない状態。
一方前回のギヴァスとの交信はシュウにとって重要なもの。前回少々納得のいかない描写があったが、やはりそれが引っかかったようだ。
更にユウマは何故シュウがその姿を見ただけで「ウルトラマンアーク」という名前を付けたのかと疑問を感じている。
<シュウは幻のコーヒーであるコピルアクの匂いまで分かる。つまり一度は飲んだことがあると言うことだろうが、よく分かるな。コピルアクに関しては「怪奇大作戦セカンドファイル」でも出ていたが、そこではルーアクになっていた。> |
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デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション |
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<楽> |
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| 05 |
| 映画 |
| REBEL MOON — パート2:傷跡を刻む者(2024) |
帝国軍の派遣軍指揮官ノーブルを倒したことで帝国軍をなんとか撃退し、ヴェルトに帰還したコラ(ブテラ)たち。帝国の法律によって、指揮官がいなければ惑星に干渉できないため、数年は余裕が出来たと喜ぶ住民達だったが、なんとノーブルは再生カプセルによって復活してしまい、すぐに攻撃を命令してきた。このままでは全滅だと、王女殺しのお尋ね者になっている自らの命を差し出して許しを乞おうとするコラ。だがそれを知った仲間達はコラの命を救うためにいち早く攻撃を始めてしまう。
前作はかなり酷い出来。ほぼ『荒野の七人』(1960)とスター・ウォーズ最初の三部作のパロディで、先の展開が丸わかりという変なパターンに陥ってた。まさかこれだけ元ネタ分かるパクリ作品を評価は出来ない。
それでスナイダーに対する期待は猛烈に低くなっていたが、それでも義理で後編は観ておこうと思って拝見した。
一通り観てみた限り、出来は前作ほど悪くはなかった。
一応本作も西部劇にインスパイアを受けて作られているのは分かり、全般的にホークス監督の諸作品っぽさはあるが、前作のほどあからさまではなく、割と平均的なレベルに収まっているので、そこまで気にならないレベル。
それと、前作では謎の人物だった主人公のコラが自分の過去を語ることでやっと位置が定まったし、自分自身の意思で行動し、自分の思いを語るようになったことで、単なる流されるだけのキャラでなくなった。
そう言う意味では平均的なレベルにまで上がったと言えるのだが、あくまでこれは平均に過ぎず、それ以上にはならなかったというのも正直な感想だった。
本作は局地戦だけで終わっているので、本式な帝国との戦いも考えられているのだろうか?作る気になったら作れるだろう。私がそれに付き合うかどうかはともかく。 |
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| 31話 |
新しくできたカレーショップ走り屋カレーが大人気で、未来が子どもの頃から大好きなカレーショップの客がみんな取られてしまった。その秘密を探るために走り屋カレーの味を確かめに行くブンブンジャーの面々だったが、実はこれはハシリヤンのギャーソリン集めの店だった。
敵はトケイグルマー・セカンズ。3話のトケイグルマーの再生苦魔獣。限定空間の時間を加速させることが出来る。その時間を利用して瞬間的に呪い入りのカレーを作ってそれを食べさせ、ギャーソリンを効率的に集める。
子どもの頃から通っていたカレーショップを救ったという事で中心は未来だが、ブンブンもかなり重要な役割を果たした話。
ディスレースの言うタイパに従い、効率的にギャーソリンを集めるため、依存症必至のカレーを振る舞うという話。「庖丁人味平」のブラックカレーそのもの(古すぎて知ってる人もいないか)。そんな依存症必至のカレーに対し、カレー作りに執念を燃やすブンブンとの対決となる。結論は時短で作るカレーよりもたっぷり時間を掛けて作るカレーが美味しいという話だった。
店の再建のために大也が申し出た計画は全部金にものを言わせるものばかりで現実的でないので、何でも出来る大也に意外なところに盲点があった。
トケイグルマーによって時間を操作された先斗は、ビュンディに向かって「ありのまま今起きたことを話すぜ。俺がカレーを食べようとしたら、皿は既に空になっていたんだ」だった。間違いなくぴったりの台詞には違いないのだが、思いっきりパクリの台詞だ。更にその後、「俺にカレーを食わせろ」と叫んでいた。
未来のいきつけのカレーショップの名は“カレーショップ・ゴン”で、その二代目店長の名字は江戸川だった。まあ、そう言う事もあるか。でも年代的には三代目でも不思議ではないが。
カレーを食べたビュンディの言葉は「認めたくないものだ。このカレーの虜になってしまったという事実を」だった。花江夏樹ってポスト池田秀一狙ってるのか?
基本的にはコメディ回だったが、ラストでディスレースに完膚なきまでに叩き伏せられる玄蕃の姿があった。その前にマッドレックスと戦っていたが、マッドレックスは正気を取り戻していたことが分かった。
<カレーショップ・ゴンの初代店長は芝崎昇だったが、本当に江戸川司令の高原駿雄に似てたので結構ビックリした。
ブンブンによれば、宇宙にカレーがあるのは当たり前だそうだ。カレーって日本ローカルじゃないのか?
トケイグルマー・セカンズの能力は時間を操るのだが、もっと効率的な攻撃もありそうなんだが。> |
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| 03 |
| 読書 |
巨匠と過ごす夏(前編)
1998年。デビューしたもののなかなか芽の出ない漫画家の著者は、行き詰まりを感じて宮崎駿の主催するアニメ演出志望者の私塾「東小金井村塾」に申し込んだところ、偶然にも受かったために、そこでアニメ演出について学ぶことになる。
著者の自伝に近い作品なのだが、東小金井村塾で出会った同窓生や講師としてきた人を描くのがなんともリアル。特に「エヴァ」で燃え尽きてしまって、それでも講師に来た庵野秀明がひたすらネガティブな言動を垂れ流し続けてるとか、何故か呼ばれた押井守がモロに「ガルム」のダメージ引きずったままひたすら言動を垂れ流し続けるとか、まさにその時代ならではの出来事が色々。押井と宮崎を同じ部屋に入れて喋らせてはならないというのもよく分かるし、それを「コナンとジムシィ」と訳してるのがなんとも微笑ましい。 |
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| 5話 |
又しても行き倒れてしまったショウマを助けたのは異形の人物だった。それが悪いグラニュートと思い攻撃しようとするショウマだが、その姿にその人物デンデは喜んでいた。
敵はエージェント。
前回でショウマがグラニュートの世界での落ちこぼれだと分かったが、ショウマの兄弟はグラニュートの世界を変えるために活動中。人間をベースに作った闇菓子を富裕層に売り込むことから始めているとのこと。
人間とグラニュートのハーフのショウマは他のグラニュートとは違いガヴから眷属を生み出すことが出来ない。それで医師のデンデがガヴを改造したのだが、それが機能したのはショウマが人間世界に来てからだった。
それでグラニュートの世界に嫌な思い出しかないショウマは助けてくれたデンデに対しても父親に対しても憎しみの感情しか持つ事が出来ず、ただ逃げることしか出来ない。なかなかコンプレックスの強いキャラ造形だ。
エージェントが人間を捕獲することを目撃した絆人はエージェントに襲われてしまうのだが、そこをガヴに助けられる。そしてガヴの姿に怯える人間達にこれは仮面ライダーだと熱弁していた。
ラストでショウマは再び幸果の元へ。何でも屋になりたいとお願いしていた。どうやらここから話は始まるらしい。 |
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| ミュージカル映画が《最高》であった頃(2024) |
<A> |
<楽> |
| 喜志哲雄 |
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| 01 |
| 映画 |
| ソウルの春(2023) |
1979年。大統領暗殺事件により大混乱の韓国。民衆によって民主化を期待する声が高まっていった。だが民主化で軍の影響力が低下することを恐れたチョン・ドゥグァン保安司令官(ファン・ジョンミン)は、陸軍内の秘密組織“ハナ会”の将校たちを掌握し、自ら新たな独裁者となるべくクーデターに踏み切る。一方、国内の混乱を収めるために首都警備司令官に就任したイ・テシン(チョン・ウソン)は、クーデターを何とか止めようと必死の努力をしていた。
韓国の映画は年に一本くらいだと思うが、歴史をしっかり見据えた傑作を作ってくれる。どれも見事な作りで羨ましいばかりである。それは例えば光州事件を扱った2017年の『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017)および学生による民主化運動を描いた『1987、ある闘いの真実』(2017)を皮切りに、朴正煕大統領の暗殺事件を描いた2020年の『KCIA 南山の部長たち』(2020)はこの年のマイ・ベストだったし、金大中の選挙戦を描いた2021年の『キングメーカー 大統領を作った男』(2021)も出来が素晴らしかった。
そんな歴史大作に大傑作が又一本加わった。
本作は朴正煕大統領暗殺後の混乱した国内で粛軍クーデターと呼ばれる政変によって無理矢理大統領となった全斗煥(チョン・ドゥファン)を主人公にした作品となる。
そんな全大統領の伝記となるが、映画として作る場合、これをポジティブに描くかネガティブに描くかが問題となる。映画的には彼を救国の英雄として描く事も可能である。無理目なクーデターを知恵と幸運を味方に付けて成功に導いたというのは、映画的にも映える。
だが、本作が選んだのはネガティブな方向だった。むしろ首都警備のイ・テシンの方を正しい側に置き、全はあくまで悪に置いたというのが本作の特徴となる。一応主人公となっているはずだが、明らかに悪者としてしか描いていないのが面白い
仮にも8年間も大統領職にあって韓国を率いた人物である。これを英雄として描く事も出来たはずである。
一方の見方ではそれは可能だった。当時停戦中とは言え、北朝鮮との戦闘が続いているという意識が強く、そんな中で民主化を取った場合、戦争に負けてしまうと言う意識もあったし、当時の韓国はまずなにより国を栄えさせる必要があって、それは民間企業ではなく国主体で行わねばならなかった。実際その政策によって韓国経済はなんとか保ち続ける事が出来た。その側面から見たら全大統領は救国の英雄と言っても良い。
だが、国にとっての“英雄”とは、民衆にとって、そして政敵にとっては恐怖そのものとなる。全大統領はクーデターによる大統領就任後に戒厳令を敷き、民主化を求める政治家達をまとめて逮捕監禁し、軍隊によってデモ隊を蹴散らした。更にこの年、悪名高い光州事件が勃発。自国民に向けて銃を発砲し、多数の死傷者を出した(これは『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017)で描かれている)。
民衆は英雄よりも自分たちが安心して暮らせる社会と、自分の表現が出来る社会を求めているのに、それを無理矢理押さえつけて不自由な生活を強い続ける結果となった。当然全大統領は民衆に全く人気がなく、大統領退任後は裁判によって死刑判決まで受けてしまう(まさしく全大統領によって虐げられ、死刑判決まで降った金大中大統領によって死刑は停止されて、後に病没)。
これだけやってしまった以上、今の時代に彼を“英雄”と呼ぶのは限られた人たちだけだろう。そんな人物だけに、この粛軍クーデターをポジティブに捕らえる人は極めて少ない。
特に映画人にとってはまさしくそれは直撃するだろう。なんせ全大統領時代において、メディアは大統領賛美を強いられており、映画にも多大な制限が加えられていた。自由な映画作りは出来ず、才能ある映画監督を全部潰してしまった。それを知っている映画人としては全に対して激しい憎悪を覚えている人が多い。当然と言えば当然か。
実際の事件で、しかもかつての権力者をこれだけ悪し様に言えることは、映画としては本当に素晴らしい。日本ではかつての政治家はみんな聖人君子にされてしまって悪く言うことが出来ない(遺族に訴訟を受けるという話もあるし)。それが出来るだけで韓国映画は羨ましい限り。
設定面も良いのだが、その裏打ちあってのストーリーも実に素晴らしい。実際ストーリー上正義は完全に警備側のイ側にあって、一見権力に従って命令系統もしっかりしているイが優勢のようだが、これが物語進むと、次々に立場が変わっていく。結果はあらかじめ分かっていたのに、気がつくと真剣にクーデター失敗を願っていた。それだけ物語にのめり込んでいたので、本当に見事な物語形成だった。
それこそ数分の差で事態が入れ替わる緊張感と、その合間に映るキャラの表情。特に勢いで初めて無理目なクーデター計画に、一喜一憂したり、誰か責任を押しつけようと周囲を睨めつけるチョンの表情は本当にクルクル変わって見応えがある。あまりの名演に、実生活でも嫌われそうなレベルだったが、ファン・ジョンミンの名演はとにかく印象に残る。
ほぼ全てにおいて素晴らしいとしか言いようがない作品で、文句なしのトップクラス作品だ。 |
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| 12話 |
ギガスと交渉すべきか攻撃すべきかを巡って意見が対立するユウマとショウ。確かにギヴァスには意思が宿っていることを確信するユウマは防衛隊による攻撃の前にギヴァスの中に入ってその意思を聞こうとする。
敵は機械巨像ギヴァス。そして古代地底獣オカグビラ。
前後編の後編。ファーストコンタクトをじっくり時間を掛けて描いた作品で、これまでの作品にはなかった、先の見えない展開となっていた。
ギヴァスが発したメッセージで「ギヴァス」という言葉を「敵」と訳したことで混乱するのだが、実はそれは「友」という言葉だった。かつてギヴァスの中には一人のメグマ星人が乗っていたのだが、彼は宇宙の旅の途中で死を迎え、ギヴァスをさみしがらせないように死を隠してきた。やがて友が出来たときに新しい生き方をしてくれることを願って。
ただ、地球では友は得られず、ギヴァスは本当の友を見つけるために再び宇宙へと向かった。普通の作品だったら地球人、またはアークが友となっていくだろうが、それを敢えて行わず、宇宙に送り出すという終わり方はなんか釈然としない。ただなんかこれは伏線っぽさもある。
今回クロコ星人のアキラ100%が再登場。風呂にやってくるので笑ってしまった。流石裸芸人。
<ギヴァスが作られたのは惑星メグマだそうだ。メグマというと大槻ケンヂの小説「新興宗教オモイデ教」で出てきたメグマ波か?> |
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帰ってきた あぶない刑事 ABOOKLET Ver. |
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<楽> |
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